優しい魔王の願いの行方
第43話 地球人組全員泣かすぞ選手権・最終戦
今日は良い知らせがあるんだ。
朝食の後休憩していた俺達は、天幕の中で寛ぎながら色々な話をした。
前日の事件のお陰でとうとう俺の三人組に対する好感度がMAXになったらしく、ついにリッカくんの事情について聞くことができたのだ。
話してくれたのはハヤトくんだ。リッカくんはうまいこと自分の体に残った傷を隠し通していたようで、ハヤトくん以外の二人は、リッカくんが虐待を受けていたことを転落事故以降に知ったのだという。
この話題の最中はそりゃもうお通夜のような空気だった。俺の頭の中では花火が打ち上がってたけど。
虐待、口論の末義理の父親が目の前で事故死、それにより母親が塞ぎ込み、幼い妹を抱えて仲が良いとはいえよそのご家庭で世話になると。なるほど16歳の少年が抱えるにはヘビーな事情である。
そりゃ邪神にだって目を付けられることだろう。
俺はこの件を目に涙を浮かべつつ、なんて大変な苦労をなさっているのでしょうとか適当にそれらしいことを言い、心の中でとてもよく興奮した。すみませんね心がドブ色なもんで。
そして同時に疑問を覚えた。
この一連の不幸の中で、リッカくんにとって最も後悔している部分というのは、一体どこなんだろうな。
十中八九彼の願いはそこに関係するだろうから、その点をしっかりおさえておくことは当然重要だ。
う~~~~~~ん。一応推測はしているけれど、俺はリッカくんを実際には知らないからな。
これは親友三人に考えてもらったほうが良いだろう。
ちょうど全員悩み事が解決し、いまが一番コンディションが良いだろうから、いい案も浮かぶんじゃないかな。
というわけで俺は、どんよりしている三人組に、神妙な顔をして質問してみた。
「……三人は、リッカくんが邪神に願い事をするとしたら、一体何と言うと思いますか?」
「うん? んー……、そうだな。ちょっと待って、話し合うわ」
ハヤトくんがそう言うと、三人がお互い顔を見合わせる。そうして代わる代わるくるくると話し始めた。
「立夏、なんて言うと思う?」
「元の世界に帰してください」
「ありそう。もしくはこの世界で生きるのに不自由しなさそうな力をください」
「ありそうだけれど自力で何とかしそう。僕に憑りつかないでどこか行ってください」
「言いそう。でもそれ全部違うから、いまこんなことになってる?」
「じゃあ別の視点でしょ。……時間を巻き戻してください」
「多分無茶な願い事をするリスクに気付いてる」
「それはそう。だから死んだ人を生き返らせてください系もない」
「ない。お母さんと妹の幸運値10倍にしてください」
「言いそうだけれど得体のしれないもんに他の人を関わらせないでしょ」
「それはマジでそう。立夏の個人的なお願いだと思う」
「リスクのない範囲で移動させてください、みたいなの一回やったのはほぼ確定でいい?」
「いいんじゃないかな。詳細は違うかもだけれど。その後は願い事してないっぽい?」
「ぽいと思う。この世界の知識をください系は?」
「ありそうだけれどなんかしっくりこない」
「憑りついてるやつが誰で何をしたいのかは聞いてそう」
「でもしてたとして初期でしょ」
「じゃあそれ以外」
「……立夏なら何を一番後悔する?」
「助けられなかったこと」
「助けを求め損ねたこと」
「悲しませたこと」
「悲しませた記憶をお母さんと妹の二人から無くしてください、も無いか」
「ありそうだけれどなさそう。立夏は誰も巻き込みたくない」
「だから人のいない所へ行ってる?」
「この世界の人も巻き込みたくない?」
「立夏は一人になりたいって思ってる」
「立夏はこの世界で誰も巻き込まずにやりたいことがある」
俺は三人の邪魔をしないよう無言で彼らの話に耳を傾けていた。
いや面白いな。
彼等は個人で見ると三人それぞれ個性を持っているが、こうして一つの話題について会話を始めると、まるで一人の人間が脳内で会議を繰り広げているように見えることがある。
自己の意識と意見は持っているのに、同時にお互いの思考回路を共有しているような話し方をするのだ。
聞くところによれば彼らは幼稚園からの付き合いらしい。人生の多くの時間を共有しているんだろう。
だからなのか、彼らは全く別の人間でありながら、ふとした瞬間に三つ子のように似ているのだ。
立夏くんが混じるとまた違った雰囲気になるんだろうけれど、とにかく彼らの仲間の心情に対する理解度は、なかなかに高いと思っていいだろう。
話し終えた三人は、うん、と頷き、揃って俺の方を向いた。そしてハヤトくんが代表で口を開く。
「合ってるかはわかんないし、具体的になんて言うかもわかんないんだけれど、立夏だったらきっと、自分が犠牲になってでも邪神を封印する方法を考えると思う。
普段の立夏だったらもっと邪神から逃げようとしそうなんだけれど、いまあいつ、父親のことで自分を責めてるから。
だから願い事は、邪神が破滅するように誘導するための内容のはずだ」
俺もその意見に同意する。
リッカくんは非常に賢くてメンタルも強靭だが、自己犠牲精神の強い子みたいだからな。
彼は延々願い事を聞いてくるクソbotである邪神が、放っておいたら人里に突撃しかねないことと、願いを叶えさせたらろくなことが起きないことを、早い段階で理解したのだろう。
それこそ三人組が言ったように、邪神自身から相手の情報を得たのかもしれない。
例えばリッカくん本人にその気はなくとも、「憑りついている奴が何なのか少しでも知れればいいのに」なんてぼやきを邪神がお願い事としてカウントし、叶えた可能性もある。
だとすると、リッカくんがこの町の近くに移動したことにもおそらく意味がある。
最初は彼が追っ手を撒くために人気のない場所へ転移したのかと考えていたが、直後にローチに鉢合わせたことをふまえると、この転移の意図は若干変わってくるはずだ。
それ以降の彼の逃亡ルートも、邪神の力の増加を考慮すると意識が乗っ取られる期間があってもおかしくないはずなのに、一貫してほぼ一定の方向へ向かっている。
リッカくんは単純に人目を避けていたのではなく、どこか目的地を邪神と共有していて、そこに向かって移動しているんじゃないだろうか。
俺は三人組に頷き、僅かに眉間にしわを寄せて左下を数秒見つめた。「悩んでいます」というポーズだ。
それから改めて真剣な表情を作り、きりっと顔を上げる。
「そうですか……。みなさんがそう言うなら、きっとそうなのでしょう。
ひとつ、考えていたことがあります。僕を誘拐したローチは、邪神を信仰する集団があると話していました。願いを叶えてくれる神の存在が伝えられていると。言われてみれば、超常の力を持った存在が度々現れて被害を出していたのなら、それを語り継ぐ人間が出てくるのは当然のことです。
邪神はたいていの場合、願った本人にとって不本意な行動をしますが、中にはローチのように、願いを叶えてくれたと無邪気に受け取る人間もいたのでしょう。
僕の暮らすこの国では女神様を信仰することが一般的ですし、他の国でも、一般的な神話に登場する神々以外に対する信仰というものは、あまり聞いたことがありません。おそらく邪神への信仰は秘されたものなのだと思います。
邪神が願いを叶える相手には一定の基準がありますが、信徒とそれ以外を区別する、ということはないでしょう。となると、かの神を信じる者たちは、その利益を自分達だけで独占するために何らかの対策を講じたはずです。そうでなくては自分たちにとって不利益な願いも叶ってしまいかねませんから。
これはただの推測ですが、リッカくんが向かっていた先には、邪神の信徒が邪神を祀り、とどまらせるために、何らかの魔術的処置をした神殿かなにかがあるのではないでしょうか。それもおそらく、立地か何かの問題ですでに放棄され、無人となったものが」
可能性はあると思うんだよ。
実際女神の神殿は神の力が一番通りやすいように、また女神にとって居心地が良いように工夫がされている。だから神官たちは俺達と違って加護を強く受けているわけでもないのに、女神からの神託を受けられるのだ。
あとはこれまでも女神の使徒によって魔王、というか邪神が退治されていたことから考えて、邪神の信徒たちは自分の信仰が秘匿しなくてはならないものだっていうことも理解しているだろうし、下手に情報を残さないことで信仰を守ってきたんじゃないかな。
ローチくんは頭がアレだからか普通に喋ってくれたけれど、あれも信者に伝わる邪神の情報が口伝のみだったせいで、変質して曖昧に伝わった結果なのかもしれない。
というわけで、ろくに神官もいない寂れた神殿だけが人目につかないどこかに残されていて、そこに邪神を閉じ込めてしまおうと立夏くんが画策しているのでは。という予測が立ったわけだ。
俺達は頷き合い、今日中にこの町を発つことを決めた。
神殿の位置を探すために、一旦邪神の影響範囲を出て、女神と連絡を取る必要があるからな。
いくらポンコツで情報収集能力ガバガバな女神といえど、これだけ情報があれば神殿くらい発見できるだろう。まあ推理が外れてたら見つからないんですけれど。
とにかくそれらしいものがあった場合、やることは決まっている。
そろそろ追いかけっこにも飽きたしな。
待ち伏せしての邪神退治といこう。
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