第37話 悪いことほどダース単位で起きがち
実際問題移民だらけの町に入るには、俺達は目立ち過ぎる。
難民と不法入国者がごちゃまぜになって暮らしている治安の悪い街に混じって浮く程度には、地球人三人組はよい子達なのである。
身に着けている装備と服も、邪神退治に出かける女神の使徒のためのものなんだから、当然一流に決まっている。
と言っても金属鎧は素人には難易度が高かったため、採用されたのは比較的装備のしやすい革鎧だ。俺はもともと持っている物をより実用的に仕立て直したので、同じ革鎧だが彼等とはデザインが違う。
華美ではないので一見して超高級品とは分かりにくいが、しっかり手入れされたお高いものだということは庶民でも見ればわかる。
俺の身分を前面に押し出して無理に入っても良いんだが、無駄に反発を買ったり警戒されるのも、今後のこの地域での地元兵さん達による治安維持活動の事を考えるとちょっと避けておきたいところだ。
ほんの数時間の滞在予定ではあるものの、必要以上に目立ちたくはないし、金目のものを持っていそうだと目を付けられでは面倒くさい。
よそ者が来て目障りだけれど突っかかると面倒だから放置しておくか、くらいに思って貰えるのが一番バランスの良い塩梅だろうか。知らんけど。
これが自国じゃなかったら俺ももっと雑に行動するんだけれどなあ。
というわけで俺達は身分を隠し、近隣の金持ちの子供が突発的なハプニングで偶然立ち寄っただけで、長居する気は無いんですよ。という設定で通すことに決めた。
街道から街までの間にはまばらな林がある。これはもし立ち退きを求めて兵が来たとき遮蔽物にするために残しているのだろう。
俺達はその林の中にある、一応踏み固めただけ、という様子の道を抜け、町全体を囲っているらしい木の柵の切れ目までやってきた。
山の麓の、比較的傾斜のなだらかで木々の少ない場所とその周辺が開墾され、そこから街道までのそれほど広いとも言えないスペースに掘っ立て小屋のような家や天幕が乱立している。
外周にある家では家畜を飼っている者もいるのか、日が落ちてきて見通しの悪くなった木立の向こうから、ヤギに似た鳴き声が聞こえていた。
狭いながらも畑も作られており、ある程度自給自足は出来ているようだ。
森で勝手に狩りや採集をしている人間もいるだろうから、見た目以上に人口は多いかも知れない。
貧相ながらも木の柵の所々には魔獣や害獣を避けるための呪術的な文言が彫られていたり、街中に井戸が掘られていたりと、一定以上の技術を持った人材が居る場所なのだということが理解できる。
俺は先頭に立ち、木の柵の近くにたむろしているいささかガラの悪い男達に話しかけた。
「おーい、兄さんたち。悪いんだが少しの間柵の中に入れてくれないかい」
大概こういった場所に住む人というのは、権力者が嫌いだ。そして金持ちも嫌いだ。
しかしどうしてもこちらはそれなりの金持ちに見えてしまうため、俺はその橋渡し役を担うことにした。
後ろの三人に愛想よく手を振ってその場で待機してもらい、俺だけが怪訝そうに近寄ってきた男のそばへ行く。
いかにも調子の良い子供、という様子でにこにこと笑顔を見せていれば、警戒する気を無くしたのか、男は面倒くさそうにこちらを見下ろした。
「なんだ、金持ちの子供の来るような所じゃねえぞ」
「いや、事情があってさ。俺達はちょっと所用があって近くの町まで行くところだったんだが、さっきそこでルチグァに出くわしたんだよ」
「なにっ」
「ああ、安心してくれ。それで用心棒の男が馬と一緒にあっちの湖まで行ってくれてね、腕のいい奴だから多分そろそろうまく逃げてくれた頃合いだろう」
「ああ……、そりゃ災難だったが、それで?」
「分かるだろ? 足が無くなったうえにもうこんな時間だ。用心棒が帰ってくれば野宿も出来るだろうが、俺達だけじゃちょっと心もとないんだよ。町に入れてくれないか」
「……その用心棒が迎えに来れば、出て行くんだろうな」
「もちろんだ。大丈夫。揉め事は起こさないようにするよ。まああっちの三人はこういうところには慣れてないからな、ちょっとは大目に見てくれるとありがたいんだが」
「ふん。まあいかにもだなぁ。おめえはツラのわりに馴染みそうだ」
「これでも人生経験豊富でね。助かるよ、礼だ、取っておいてくれ」
俺はそう言って、男にこっそりと銀貨を握らせた。チップみたいなものだな。
「おう、そういや最近町の北西あたりは新入りが増えててな。よそ者は近寄らねえほうが良い」
「わかった。あんた良い奴だな」
追加の銀貨も手にして、男はさっさと柵近くの集団のところまで戻って行った。
俺は三人組のところまで引き返し、安心させるように笑顔で頷く。
「入っていいってさ。でも北西のほうは行かない方が良い。なんなら入口からあまり動かないほうがいいかもしれない」
「お、良かった。じゃあ行くか。琉唯は絶対はぐれるなよ」
「大丈夫だよ、なんならみんなの裾掴んで動くよ」
「それくらいのほうが良いかもなぁ」
この世界に来て初めての治安の悪さに、三人は少々表情を固くしている。
そのくせ平気なふりをしようと頑張っている様子がうかがえて、それが余計慣れていなさを醸し出すんだが、こんなことにまで対応しろというのも無茶だろう。
住民たちの無遠慮な視線に晒されて内心ビビっている彼らを見るのは楽しいけれど、問題が起きた時解決するのが俺だと思うと面倒くささが勝るので、この場では何事もないほうが嬉しいなあ。
全然知らん国の知らん小競り合いから逃げてきた難民に絡まれても、彼らからすればいや知らんしそれどころじゃないし、としか思わないだろうから、成長イベントを期待できないという点が一番駄目だ。やる気が出ない。
というわけで木の柵の間を通過し、門番兼自治組織か何かなのだろうグループの間を抜けて、俺達はそこからそれほど離れていない場所にあった苔むした岩のそばに腰を下ろした。
居心地は全く良くないが、風くらいはしのげるだろう。
とかなんとか考えていると、町のほうから二人組のガラの悪いおっさん二人組がやってきた。
「なんだぁ? オイ、こいつらなんで入れたんだよ」
二人組は俺達を見てから、こちらではなく門番グループに声をかけた。
絡まれるのはっっっや。うそでしょ??
さすが主人公気質の子達はフラグ回収率がお高いですわね。
小芝居で印象を薄くしてすっと待機してそっと出て行こうとしていた頑張りがこんなに即ぶち壊されることある??
「ああ、近くでルチグァに襲われて用心棒とはぐれたんだってよ。戻ってくるまでここに居たいそうだ」
「はぁ? こんな時期にルチグァなんて出るかぁ? なんか隠してんじゃねえだろうな」
男二人は再びこちらへ視線を向け、分かりやすく顔をしかめた。
隠していたとしてもお前が絡んでなにか解決するんかとツッコミたくて仕方ないが、こいつら疑い深いわりにアホそうだから、説得に意味があるか微妙なところだ。
門番さん達は殴り合いにでもならなければ止めに来なさそうな空気だし、三人組、特にハヤトくんは若干剣呑な目つきで二人組を見ている。
二人組の正面にいる俺の肩に手を置き、交代で前へ出ようとする彼を、俺は腕を掴んで押しとどめた。
「でもライ、せめて俺が前に」
「大丈夫だよ。そのままで」
気持ちはありがたいが、この子ちょっと血気盛んなタイプだから喧嘩を買いそうで心配なんだよな。
仕方が無いから一旦町から出て、柵のそばで待機するのでも良いかもしれない。安全性としては大差ないし。
と悩んでいると、今度は二人組の後ろから、亜麻色の髪の女性が現れた。
「あらぁ、めずらしいわね。いいとこの子じゃないの?」
女性は可愛らしくきょとんとした様子で、二人組と門番たちそれぞれへ視線を向けて訊ねる。
顔つきも口元に浮かべた笑みも柔らかだが、まるで舞台の中央でも歩いているかのような堂々とした雰囲気があり、どこか只者ではない印象を漂わせる美女。
というか闇落ち女優ことミラベルさんだった。
化粧や髪型を変えているので以前とはぱっと見での印象が違うが、俺が見間違えるはずもない。
兄上直属の密偵として色々活動していることは知っていたけれど、こんなところにまで来てるんだな。
その後どうですか? 苦労したりつらい思いをしたり昔の行いを悔いて涙を流したりしてます? そのうえで諜報という仕事に就き頑張って数年過ごした心境ってどんな感じですか? すげえ聞きたい。
という話はさすがに今は置いておいて。
突如現れた美女に、その場の男全員が浮ついた空気になった。
俺と話した門番さんが前に出て、先程までより若干きりっとした顔で、俺達のほうへ顎をしゃくる。
「魔獣に襲われて護衛とはぐれたんだってよ。迎えが来るまでここに居たいんだとさ」
「やだ、かわいそうねぇ」
ミラベルさんは言葉のわりに気楽な様子でそう言って、俺達に絡んでいた二人組の背中をぱしんと親しげに叩いた。
「それじゃなによ、あんたたち心配して見に来たのぉ? 案外優しいのねぇ」
「あ? 俺達はこいつらが妙な真似しねえか見に来ただけで、そんなんじゃねえよ」
「えっ、……あ、そうなの。うん」
ツンデレ扱いを受けた二名は反射的に反論したが、それに対してミラベルさんは否定するでも怒るでもなく、純粋に引いている、という反応を返した。
二人組と俺達を交互に見つめ、にこにこしていた口元を少しだけ引きつらせる様子は、こんな大人しそうな子供達相手に大の大人二人で絡みに来たの? え? 本気で? と困惑している心情がありありと現れている。
相変わらず素晴らしい女優っぷりだ。
若い子相手に凄むちょっとアレな男、という評価を美女からされかけていることを察した男たちは、慌てて俺達から一歩離れた。
「一応釘刺しに来ただけだよ! おい、他の奴らと揉める前にとっとと帰れよ」
「ただでさえ最近は魔獣が増えてんだ。身内以外の面倒なんて見切れねえんだぞ」
結果的に、最近危ないから気を付けるんだよ! というような注意だけして去ることとなった男たちの背中には、若干不憫さが垣間見えなくもない。
俺は肩から力を抜いてほっとしたようなため息をつき、それから軽くお辞儀をした。
「ありがたい。助かったよ」
「いいのよぉ、なんてことないわ。それよりここじゃまた声掛けられちゃうわよ。ちょっとの間ならうちに来る?」
俺達を家に誘うミラベルさんに、門番の男が大丈夫かと声をかけるが、ミラベルさんは呑気にひらひらと手を振って答える。
「だって女の子もいるじゃない。ほっとけないわよ。何かあったら大声出すから大丈夫。うっすい壁なんだからどこからだって聞こえるわ」
「そりゃそうか。まあそれならいいさ」
「心配してくれてありがと。この子達の迎えが来たら呼びに来てちょうだい。それじゃ、お仕事頑張って! ほら、あんたたちはお姉さんに付いてきてね?」
門番たちに軽やかに投げキスをして踵を返す美女の背中を、俺は気楽に、三人組はまだ緊張した様子で付いて行く。
彼女の家は入口からそれほど遠くない位置にあった。
街中からは少し離れた場所で、まばらに太い木が生えており、開墾がしづらそうな場所だ。そのためか周囲に家は少ない。
ミラベルさんは分厚い布で出来た天幕の入口をめくって、俺達の背中をぽんぽん叩いては中へ押し込んでいく。
「ほら、入って入って。靴はそこで脱ぐのよ」
全員が天幕に入り、入口が閉じられると、ミラベルさんは隅に積まれた薄いクッションを投げてよこした。それから軽い注意を伝えてくる。
水差しの中の水は飲んで良いこと、それ以外のものは勝手にいじらないこと、後から同居人が帰って来るかもしれないが、怖い人ではないのでいちいち怯えないように。
そして最後に、あたしは縫物をしてるからうるさくしないように、と伝えた後、全員のはいという返事に頷きを返す。
裁縫道具を広げ、しばらく縫物をしつつ天幕の外の物音に聞き耳を立てたのち、こちらの様子を近くで窺っている人間は居ないと判断したらしい彼女は、俺に近づいてすっと頭を下げた。
「お久しぶりです。旅の事情は耳にしておりますが、本日は一体どのような要件で……」
「ああ、概ね門番が言ったとおりだが、説明しておくか。口調は戻して良いぞ」
「あらぁ、相変わらずお優しいかたですこと」
外へ聞こえないよう声を潜めて言葉を交わす俺達に、三人組も近寄ってきて、そわそわと好奇心いっぱいな目をしはじめた。
わかるぞ。スパイものっぽくてテンション上がるよな。
きらきらした目で自分を見てくる三人組へ、ミラベルさんは華やかにぱちんとウインクをする。急なファンサに、ルイちゃんが、わ、と口と目を丸くした。そしてますます瞳を輝かせる。
微笑ましい少年少女をそのままに、俺とミラベルさんはお互いの情報交換を開始した。
ミラベルさんは現在、この町に旅の吟遊詩人という名目で、数カ月に一度、一、二週間滞在しているそうだ。
顔なじみになった住民から情報を得たり、住民として潜伏している諜報員からの情報をまた別の場所へ伝えに行ったり、という仕事をするのが彼女の役割らしい。
俺のほうから彼女に伝えることはあまりない。俺が王子であることと、女神の使徒一行だということを伏せて、当たり障りなく一時避難してさっさと出ていく予定だ、という話くらいのもんだ。
俺は地球人組を手招きし、こそこそと小声で彼女を紹介した。
「彼女は僕と面識のある密偵なんだ」
「はぁい。ここではベルって呼んでちょうだいね。
今はお仕事があって出てるんだけれど、普段はもう一人、演奏担当がいるのよ。あたしは歌の担当なの」
初対面の人間には、彼女が薄暗い界隈で働いているとはとても思えないだろう。
ミラベルさんは持ち前の無邪気で朗らかな美貌を生かしつつ、可愛いけれど世渡りに長けたお姉さん、という印象を作り込んでいる。
そのまましばらく何事もなく会話をしていた俺達の耳に、ふと遠くから、複数人が騒がしく何かを話している声が届いた。
最初はもうギルベルトさんが到着したのかと思ったのだが、どうもそういう雰囲気ではない。
ミラベルさんが立ち上がり、入口からそっと外の様子を窺った。
「……なにかしら、町の入口あたりに魔獣でも出たみたいね。ちょっとあたしが様子を見て」
言いかけたミラベルさんの言葉を遮るように、トン、と天幕になにかが刺さった。
刺さっていたのは、鏑に油紙を詰めて火をつけた矢。つまり火矢だ。
は??
「外へ出て!」
ミラベルさんが咄嗟に入口近くに居たレンくんの腕を掴み、力任せに引っ張って外へ出る。
後に続いて俺達も外へ出ると、そばに生えていた木の枝にも火矢が刺さっていた。
天幕に刺さっていたものをミラベルさんが急いで抜き取って土の上へ捨て、両手で土を掴んで火に押し付け消火する。
幸い天幕は燃えにくい繊維だったようでそれだけの被害で済んだが、横の木はそうもいかない。
油分を多く含む種類だったのか、みるみるうちに葉が燃えていく。
何事かと家から出てきた近隣住民たちに、ミラベルさんが大声で水を持ってくるよう頼んだ。
彼等が引っ込んだ隙に、俺はハヤトくんへ声をかける。
「今のうちに枝を切り落としてください!」
「わかった!」
ハヤトくんが木の下で神器を握り、鋭く一閃させると、そこから衝撃波のように刃が飛んで燃えていた枝と火矢を切り落とす。
そこへ住民たちが水差しやら桶やらを抱えて駆けつけ、消火活動をしてくれた。
しかしなんだってこんな事になったのかと周囲を見渡すと、町の入口のほうに篝火が焚かれ、数人の男が木の盾や松明、火矢を使って何かと闘っている様子が見えた。
ルチグァだ、という叫び声が風に乗って届くと同時に、様子を窺っていた住民たちが悲鳴を上げ、一斉に家の中へと戻っていく。
瞬く間に人気のなくなった天幕の前で、ルイちゃんが俺の肩を叩いた。
「私に魔法を」
「わかりました」
視力と聴力の強化魔法を受けたルイちゃんが、篝火に照らされる入口付近を凝視する。
数秒と経たずに眉をしかめ、彼女は手の中に弓を出現させてしっかりと握った。
「数は昼間ほどじゃないけど、でも数十匹は居ると思う。あんまり火に怯んでるように見えない」
「ルチグァは本来昼行性なんです。いま活動しているということは、邪神の影響を受けて変異した個体でしょう。
こうなっては仕方ありません。身分を明かして退治の協力を申し出ましょう。……ベルさん、あなたは天幕の中に」
「でも」
「さすがにあなたが付いてくるのは不自然だし危険だ。すまないが待機していてくれ」
言い募ろうとする彼女のそばに寄り、声をおさえて指示を出す。
ぐっと押し黙ったミラベルさんは、怪我するんじゃないわよ! と俺達に声をかけて天幕へ戻って行った。
レンくんを先頭に、俺達は無人の道を走って行く。
住人は全員家の中に隠れたようで、街中は入口近辺以外は静かなものだ。
もう少しでたどり着く、というその時。
俺は首筋になにか細い物が刺さった感触と共に、ふらりと体勢を崩した。
前を走る三人は魔獣とそれを必死で退治する門番たちに意識を向けていて、こちらへは気付かない。
舌が痺れているのか、声も出ない俺の体を、誰かが乱暴に持ち上げた。
あ、これ誘拐ですね。
今日は色々ある日だなあ。
意識を失う直前、俺は呑気にそんなことを考えていた。
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