勇敢な少年のとある決意

第36話 地球人組全員泣かすぞ選手権・二回戦

現在時刻はおよそ15時。

俺は馬車の中でうとうとしつつ、山脈のふもとの土の踏み固められた街道を進んでいた。

高性能馬車は今日もきっちり整備され、訓練された馬と一流の御者によって快調に走っている。

長時間座っているためそれなりの疲れはあるものの、御者ならともかく乗っているだけの女神の使徒ご一行にとっては、ほとんど負担はない。

窓から差し込む日差しは暖かく、道の左側に連なる緑深い山々と、右側の草花が風にそよぐ草原は、晴れた空の下でいかにも長閑で美しい。

地球人組はすっかりお昼寝タイムに突入しており、つられて俺も寝かけていたのだが、馬車が急に減速し始めたために、午睡を切り上げることになった。

座席と御者台の間の引き戸がカンと音が鳴るほど勢いよく開けられ、ギルベルトさんがこちらへ話しかけてくる。


「殿下。まだ遠いが後方からルチグァが近づいてきている。ここから南東の湖まで俺が囮になって連れて行く。気は進まんがのちほど例の町で落ち合おう」

「わかりました。皆さん! 起きてください! 馬のハーネスを外しますので手伝ってください!」


俺の大声に地球人組がはっと飛び起きた。

ほどなくして馬車が止まったため、全員で馬車と馬を繋ぐハーネスを大急ぎで外していく。

寝起きながらもなにか事件が起きていると察した彼らは機敏に動いてくれるが、急な事に動揺はしているようで、ハヤトくんが俺の隣で作業をしながら声をかけてきた。


「なになになに、なんかあったの」

「ルチグァ、ええと、あちらの方向からイナゴの魔獣が近づいてきています。

昆虫のイナゴより体が大きいぶん鈍重で群れの規模もかなり小さいですが、肉食です。ギルベルトさんがひきつけて遠くへ行ってくれますから、僕たちは馬車の中で待機します」

「は!? え!? それ滅茶苦茶大変じゃねーの!?」

「いえ、地形を選んで戦えば十分対処可能です。この馬たちは軍馬なので水泳を仕込まれていますし、一旦湖に逃げ込んだ後火系統の魔法で攻撃すれば、諦めて他の獲物を探すことでしょう。ルチグァは水面の光の反射と火が苦手ですから」

「あー、俺達じゃ対処し難いやつだ……」

「はい。けど知能は高くありませんから、馬車の中でやり過ごせば特に被害は出ませんよ」


本当は俺達がここで魔獣を殲滅できればよかったんだろうが、このパーティは単体攻撃特化なので、虫の群れの相手は向かない。

ついでに俺とギルベルトさん以外は乗馬に慣れていないから、全員で湖まで逃げるのも面倒だ。

馬だけ逃がして全員で馬車の中に避難しても良いのだが、万一逃げ損なった馬が逆走して来たら嫌なので、これはちょっとやりたくない。

会話が途切れたところで、ちょうどハーネスを全て外し終えた。

ギルベルトさんはすぐに一番体格の良いリーダー格の馬に鞍を付け、他の馬たちを引き連れて走って行く。


「みなさん馬車の中へ。できるだけ動かずにいてください」


地球組を先に馬車に乗せ、俺は馬車後部の風よけのある部分にかけていた伝令鳥入りの鳥かごを回収してから避難をした。

厳重に戸締りをしたおよそ30秒後、虫特有の羽音を立てて、魔獣の群れがやってくる。

窓の外を握りこぶし大の何百という影が通り過ぎ、時折馬車に音を立てて激突する。

不快な音が通り過ぎるまでには5秒と掛からなかったが、三人組の顔色の悪さから察するに、きっと彼らは実際以上に長い時間に感じたことだろう。

俺はその横で窓の外をチラ見しつつ、簡潔に手紙をしたため、伝令鳥の足に取り付けていた。

ルイちゃんは虫が苦手なのか、三人の中でも特に顔色が悪い。

なんならこの世界に来てから一番怖い思いをしました、みたいな顔をしている。


「ね、ねえ、ライア。もう大丈夫?」

「はい。一応僕が先に出て周囲を確認しますね」

「ひぇ……。気を付けてね!」


ルイちゃんには悪いが、こいつらこの地域だと度々出るんだよな。いまは繁殖シーズン外だから珍しいけれど。

馬車の外へ出てみると、数匹のぶくぶく太ったでかいイナゴの魔獣が地面に転がっている。見た感じでは通常の個体と変わらないな。

遠くを見れば、群れは道を逸れて草地のほうへ移動している。順調に誘導されているようだ。

問題なさそうなので伝令鳥を飛ばしてしまおう。


「もう大丈夫ですよ」


俺の声に反応して真っ先に外へ出てきたのはハヤトくんだ。

周囲を警戒し、死骸にビビり、おそるおそる馬車を降りる。

続いて他の二人も同じように下りてきた。

ルイちゃんが視線をそっと斜め上に逃がしている様子が面白可哀想だな。

レンくんは虫は比較的平気なようで、足先で馬車入り口付近に落ちていたイナゴをどかしつつ、群れが飛び去って行った方向を心配そうに見ている。


「なあライア、ギルベルトさん本当に大丈夫なのか?」

「あの人は魔獣退治のスペシャリストですよ。専門は剣ですが、仕事の必要上魔法も多少は扱えます。

僕は以前城の魔術師に頼んでこの魔獣の映像を見せてもらったのですが、その際と飛行速度はほぼ同じに見えました。障害物を避け切れず激突して死んでいる個体がこれだけいますから、知能と頑丈さも資料どおりです。

おそらくあの群れは邪神の影響を受けている個体ではない、と考えて良いでしょう。大丈夫。ギルベルトさんなら逃げきりますよ。

それに群れの進行方向の村に連絡も送りましたから、そこから周辺地域へ警戒情報を出してくれるはずです。この辺りの住民はルチグァへの対処は慣れていますから、あまり被害を出さずに退治してくれると思いますよ」

「そっかー、良かった。めちゃくちゃ怖かったわさっきの……」


レンくんとハヤトくんはほっと胸を撫でおろし、まだ立ち直り切れていないルイちゃんを一旦馬車の中へ引き返させて休憩させてあげている。今日も良い子達だなぁ。

男三人で周辺の確認を終え、俺達はそれぞれ馬車の荷物入れから背嚢を取り出した。

神器は収納中なので、見た目はまるでキャンプか何かへ向かう学生さんのグループだ。衣装はファンタジー風味だけれど。

馬車に一応施錠をし、見通しの良い道ではあるが、一応先頭がレンくんで殿が俺のいつもの順番に並び歩き始める。

こういう時最初に話を切り出すのはたいていハヤトくんだ。


「今日って野宿の予定じゃなかったか? 近くに町あるなら最初からそこに泊まるんでも良かったじゃん」

「それでも良いといえば良いのですが……。ええとですね、まずこの辺りは山脈を挟んで二つの国と国境を接しているんです」

「へえ。ここけっこう王都から近くないか?」

「そうですね。一番王都と近い国境です。といってもそのうち一つはうちの王族の血縁者が治めている地域なので、ほぼ身内のようなものです。ただこの公国が、現在他国と揉めています。

もう一つの国も少々治安が悪化しており、この辺りはその二か国からの移民が増えているんです。いま向かっているのは、その移民が集まって作った町なんですよ」

「あー、治安悪いとか、ちゃんとした自治体じゃないとか、そういう?」

「そういうことです。おそらく今回の邪神の件での協力義務も、果たしてくれるとは期待しないほうが良いでしょう」

「だからなるべく関わらない予定だったってことか」

「はい。とはいえそういった場所ですから、当然密偵が入っています。ギルベルトさんが戻ってきて合流するまでは、そのかたに面倒を見てもらいましょう」

「へえー、なんか格好良いな!」

「ふふ、そうですね。とても優秀な方々ですよ」


密偵は求められるスキルが多いからな。といってもその頂点みたいな特殊技能者集団にはアリアが所属しているわけですが。

この辺りは既に邪神の影響で女神との連絡も取りづらい。取れれば魔獣が近づいてきたとき天啓でアラームを入れてくれたりするんだけれど、そういうサポートが無いなら、ギルベルトさん抜きで馬車の辺りで野営をするのはちょっと無謀だ。

俺達は加護のお陰で十分強いが、それはあくまで正面切って戦った場合の話だからな。夜行性の魔獣の奇襲に余裕で対応できるようなベテランじゃないので、この辺りは仕方がない。

もちろん街中だって、そういう事情だから安全とも言い難いんだが、そこは常駐している密偵さん達の腕にかけよう。誰がどんな案件に携わっている最中なのかまでは知らないが、俺こと慈悲深き第三王子様と女神の使徒ご一行が立ち寄るんだから、その間の安全を確保するくらいのことはしてくれるはずだ。

話しながら1時間ほど歩くと、日も傾いてきた。

もう暫く行けば町が見えてくるだろう、というところで、俺は背嚢の中からキャスケットに似た形の帽子を取り出した。

ルイちゃんに手伝ってもらって髪をぎっちり三つ編みにし、帽子の中になんとか収納すれば、キラッキラな王子様からキラッキラな美少年程度まで存在感を抑えることができる。


「……どうですかね。僕、目立たずに済みそうですか?」

「いや……うん、さっきまでよりは目立たないよ」

「そうだね、普段よりは多少……」

「……まあ、人には向き不向きがあるからさ」

「はい……」


慰められてしまった。

俺が素晴らしく華やかで美しいせいで申し訳ない。

と言っても三人組だって、物語の主役が張れそうな美形だらけだ。

これで俺達の平均年齢がもっと高かったなら、むしろ逆に神器も出してバリバリに目立ちながら、「は?? タダモノじゃありませんけど?? 近付いたらケガしますけど??」みたいなツラをして堂々としておくんだけれどな。

さすがに子供四人組でそれをやるのはちょっとリスクが高い。誘拐して売っぱらおうなんて考える集団に絡まれては困る。

俺はともかく、三人組が人間相手に実戦でどこまで遠慮なく攻撃できるか、まだちょっと判断できないから、ここはある程度慎重に行きたい。

俺はごほんと咳払いをし、三人組に向かってニカッと笑って見せた。


「ま、そういうことだからさ。町に入ってからは変な奴に絡まれないよう、みんな気を付けるんだぞ!」


目立たないための下町の子供風演技をする俺に、三人組は手を叩いてはしゃぎつつ、上手いと口々に褒めてくれる。


「へぇ、ライアってそう言う喋り方も出来るんだなぁ!」

「これくらいは俺だってできるさ。それよりここからは、ライアじゃなくてライって呼んでくれよ。一応な」

「おう、了解ー!」


ニッコニッコな三人組はたいへん微笑ましいが、正直どうしたってトラブルが起こりそうなので、俺としては既にヒヤヒヤしている。

こういう制御が難しそうな不特定多数相手の行動は嫌なんだよなあ。

もっと別の場面できっちり準備して訪れられるなら、むしろ楽しそうな地域なのに。

俺、移民街ができ始めてるって話を聞いてから、何度もそこへ訪問したいって父上にお願いしてたんですよ? 危険だからってそのたび却下されてたんですよ?

なにもこんなタイミングで願いを叶えてくれなくてもいいじゃん。これも邪神のせいなのか?

そういうわけで、平和な日本出身の学生さん三人を連れてスラム街一歩手前な町に突撃する、というミッションが今、始まったのだった。

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