第35話 人生の山と谷は仲間と一緒に整地しとけ

こんなことを言うのは大変申し訳ないのですが最高に楽しかったです。

俺だ。

もうね。ほんとね。すごく楽しかったんですよ。

いや俺にだって人の死を悼む精神はもちろんあるよ。にんげんだもの。

奥さんと娘さんが亡くなってしまうなんて、残された旦那さんがそりゃもう可哀想だと思うよ。

けれどそれをはるかに凌駕するほどに、その悲しみを乗り越えて生きていく人間の尊さが好きなんだ。

絶望から立ち直るまでの振れ幅がでかいほど心が震えるんだよ。


もうね、あの森のそばの小さなお家の中を内見させていただいた時点で、俺は興奮でちょっと泣きそうだった。

温かな愛情に満ち溢れた、優しい親子。懸命に生きる家族を襲う理不尽な不幸。

幸せが穏やかで暖かければ暖かいほど、それを失った時、人は身を切るような冷たさに絶望してしまう。

あの家には素朴な幸福と悲しみの両方が詰まっていた。

そうしてそんな場所を三人組は、なにか手掛かりを見つけられないかと、出来る限り一生懸命探索をした。

人間は見知らぬ他人に不幸が訪れたところで気に留めないが、その他人に少しでも共感してしまうと、不幸を我が事のように受け止めてしまう。

三人は親子の生活の様子を想像し、そこから失われてしまったものの重さにも思いを馳せてしまった。


なんせ彼らはもともと、突如現れた邪神に攫われた友人を助けるために、何の迷いもなくそれを追って異世界へ飛び込んでしまうような人間だ。

おまけに頭だって悪くない。人の気持ちを考えられる、どこに出しても恥ずかしくない良い子達なのである。

その落ち込みようといったらもう、実に理想的だった。

世に氾濫するサブカルチャーの影響を受けて深読み力を育てられた青少年は素晴らしいな。

異変が起きた! 解決しなきゃ! という気持ちをぺしゃりと潰されながらも持ち前の責任感で頑張る彼らがちゃんと動けるだろうか、という点は少々心配だったが、おおむね問題ないと言えよう。一部言えるけど。彼等自身に起因するものではないのでそこは一旦置いておく。


不意を突かれて睡眠魔法をかけられた時、レンくんが粘って体を庇うように盾を乗せたのはファインプレイだったな。

女神の神器は持ち主の心に影響される部分がある。

今回殺った魔獣は元々人間に物理的な攻撃を加えるタイプではないから、神器からあふれる力を警戒し、眠らせたはいいものの近づいて問題ないのか警戒していたのだろう。お陰で俺達は生気やら魔力やらといったものを吸い取られる前に起きることができた。

これは完全に蛇足だが、俺が見ていた夢は、見慣れた王宮の中で家族やら家臣やらがとにかく見境なく全員惨殺されているという、そこそこオーソドックスな悪夢だった。

まったく酷い話だね。俺以外誰も生きてないんじゃつまらないにも程がある。人が死にゃ良いってもんじゃないんだぞ。

これだから畜生は所詮畜生なんだよとうんざりイライラしつつ起き、寝ている皆の下敷きにされながらどうしようかと悩んでいると、数秒経たずにルイちゃんが起きた。


皆頑張っていたが、やっぱり今回のMVPはルイちゃんだろう。

あんなにしょんぼりしていたルイちゃんがブチ切れて殺意マシマシの絶叫をあげながら起きた時、俺は心が震えたよ。

若く柔らかな感受性だからこその被害者への優しい同情と、敵への鮮烈な怒り。

溢れ出る感情をひとつも抑えない青臭さは、だからこそ見る者の心に訴えるものがある。

あとは細かいところだけれど、神器が使用者の心を反映してでっかくなる演出、とても良かったです。俺は14歳だからそういうの好きだよ。

クソ魔獣許すまじという怒りで吹っ切れたのか、生き物を殺すのなんて初めてだろうに、ルイちゃんもハヤトくんも全くためらいが無かった。今後のためにもその思い切りの良さは長所と言えよう。

俺としては葛藤は多少あったほうがウキウキするが、ありすぎても足を引っ張るからな。


畜生駆除後の、眷属化の解けた父親と皆の会話も味わい深かった。

仇を取った、とは言っても、当然のことながらそれで娘さんが戻ってくるわけでもなんでもない。

けれど父親は悲しみをこらえて感謝の気持ちを伝え、地球人三人組はやりきれなくて泣きながらも精一杯元気を出し、彼のために笑ってみせた。

心ある人間のやり取りってものはこういうものなのだ、と教えられたような気分だ。

この場に居る俺以外の全員が人として本当に素晴らしかったですね。

こうして悲劇に一旦の幕引きがなされた。

これからも続いてく人生の中で、今回それぞれが感じた悲しみは、時と共に薄れて行けども無くなりはしないだろう。それでもその思いを共有できる相手がいるというのは良いことだ。

世界はまた一つ平和になり、心に傷を負いつつも頑張っていく人間をそばで見ることができた俺は、心身ともに大変健康になった。


という楽しい話は置いておいて。

問題が一点ある。

頼りないとはいえ正真正銘の女神による強化がかかっている俺達に、なんでまたそこらの魔獣なんかの状態異常魔法がサクッと通ってしまうのか、ということだ。

短時間で気合で跳ねのけてしまえる程度だったとはいえ、これはちょっとおかしいだろう。

そもそもあの魔獣は本来、武装して集団行動している人間にまで手を出すような性質ではない。

魔獣に起きた異変の切っ掛けはなんだろうと考えると、まあ分かりやすい異常がこの森にはあった。

存在するだけで周囲の人間に影響を与えるという触れ込みの邪神は、人間だけでなく魔獣にもしっかり作用する効能をお持ちなんじゃないですかね?

そう訝しむのは自然な流れだろう。


結果から言うとこれが当たりだった。

以前邪神が暴れまわった際、周辺で魔獣による被害も増えていたのではないかという質問を女神にしたところ、魔獣が非常に強化されただとか増加したという派手な被害ではなかったが、普段より強い魔獣に苦戦した記録が確かに複数あったのだという。

ちなみに女神からの返事をこの文章の形に整えるまでに、何度も質疑応答をし直しているので、この天啓通信システムは本当にクソである。効率厨なら発狂するぞ。

そういうわけで邪神は時間経過で力を回復させているうえに、現段階でも憑りついた相手の意識を一時的に乗っ取って近くにいる人間の願いを強制的に叶えてしまうし、周囲の魔獣をパワーアップさせたり狂暴性も上げる能力があるらしいぞと、そんな事が分かった。

当然俺達はこの情報を、伝令用の鳥を使って関係各所に伝えた。

邪神に目を付けられそうな範囲に近寄らず観察しておけばそこそこ安全、という前提が覆り、邪神が通っただけで周辺地域で魔獣による被害が増加するとなれば、当然捜査体制を見直す必要が出る。


と言っても俺達に出来る事は少ない。魔獣被害は地元の兵士さん達がパトロールでもして警戒するしかないよな。

俺達女神の使徒ご一行の使命はあくまで邪神討伐なので、他のことは人に任せてこっちを最優先するしかない。

邪神を追う以上強化型魔獣に会う可能性も必然上がっていくため、その時は駆除しましょう。ということで議論を終了し、もう一つの議題が俎上に載ることとなった。

そもそも邪神ってのは、一体どうやってお願いを叶えているんでしょうね。

俺はこれが気になって仕方がない。

神様パワーで全部やってるんだよと言われればそれまでなのだが、やり方を分かっていて損をするということもあるまい。

幸い我々にはポンコツ検索エンジンのような女神が付いているので、これについて調べてみることにした。

邪神によるジャミングのせいで直接確認することは出来ないが、おそらく願い事をした人間自身の魔力によって、叶えるための魔法の土台が作られ、それを補正するために邪神が力を授けるのではないか。

というのが女神の推測だ。

そして邪神は神と名前に付くだけあって、人間とは価値観が全く違う高位存在だ。願い事を叶えたがるくせに、人間を理解できているわけではない。

なので結果的に、邪神の手助けが多くなればなるほど、どこかズレた叶い方をしてしまうというわけらしい。


じゃあお願いが現実的に対応可能な範囲で、人間の魔力で贖える程度の魔法で叶う場合、邪神ちゃんってのはただの願望成就装置なのでは?

俺はそう訊ねた。

答えは「是」である。

いやそういう話は先にしろ。

前提条件が変わってくるだろうが。

こっちから聞かねえと情報開示もまともにできないのかお前は。

そう思うものの、そういえば女神も人間とは違う価値観を持っている不思議生命体だもんな。

まるで人間相手のように会話をすることができる、という時点で相当こちらに感覚を寄せてくれている珍しい存在なのかもしれない。

そうだとしても罵倒はするけど。


しかしこれで、今回邪神にお願いをした例の男性が気絶するだけで済んでいた理由も、それなりに納得がいった。

森の中の一定範囲に人が入れないようにする、という魔法は、彼が気絶するくらいに魔力を消費し続けるという代償で成就できたんだろう。

仮に女神一行が解決をせず彼を放置していた場合、魔法の維持のために魔力を吸い取られ続け、ずっと失神していた可能性が高い。あのままだったら3日と経たずに息を引き取っていたんじゃないかな。

ここで俺は嫌な事に気が付いてしまった。

例えばの話だ。お願い叶えるよと延々言ってくる邪神にリッカくんが疲弊し、じゃあそこの木になってる林檎を一個取ってくれよ。なんて適当かつ簡単な事を頼んだとする。

それは大したリスクもなく叶ってしまうことだろう。近くにあるものを動かすという、あまり難しくない魔法で済むからだ。

そこでリッカくんが邪神のシステムに気付き、ほどよく使えるようになってしまった場合、捕獲難易度がめちゃくちゃ上がるのでは?

俺はこの情報を三人組にも共有した。

今は神器情報によればまだ彼は森を出ていない。急いで探さないと。なんて言い合っていたその時。

邪神がそれまで居た位置から、明らかに離れた場所まで移動した。


「まっ、……てくれ、これ、なんだ? 魔法か?」


レンくんが戸惑いながら呟く。

今までは少なくとも森の中に居るだろう、という距離感だった邪神は、現在は北西方向にいる。距離は王都からこの森までの半分程度、50km近く遠のいただろうか。

これは森とその周辺を覆う平野部を抜け、山岳地帯に入ったであろう位置だ。

幸いこれ以上は移動せずその場に留まっているが、あまりに速攻でフラグを回収されてしまった。


「ええ、おそらく、転移魔法だと思います」

「俺達それ習ってないけど、どういう魔法なんだ?」

「かなり習得が難しい魔法です。それに発動にも時間がかかり、魔力消費も多めです。現在ではほとんど使える者はいません。わが国では最高位の魔術師に二名使用者がいますが、どちらも高齢ですので、今回の旅への同行はお願いできませんでした」

「そっか。じゃあこれ、邪神がそういう魔法を使えるくらい回復した、とか……」

「その可能性もありますが、邪神の性質を考えると、ほとんど集落も存在しない地域にわざわざ転移する必要性は感じられません。

リッカくんが邪神に何らかの願い事をし、追手を振り切ろうとした、と考えたほうが自然ではないでしょうか」


俺の仮説に、ハヤトくんが無理に作ったような笑顔を向ける。


「で、でもさ。難しくても勉強すれば実際に使えるようになる魔法なんだよな? 実現不可能なくらい無茶な願いじゃない。それなら限界いっぱいまで魔力を使えば、そこそこ低リスクで叶えるのも可能ってことじゃないか」

「そうですね。リッカくんが願い事の仕組みに感づいていれば、自分の今持っている力で可能な範囲内で人気のない場所まで移動させてくれ、とでも言っているかもしれません。

我が国の記録に残っている転移魔法での史上最大移動距離は、たしかおよそ千キロですから、今回の転移魔法は距離から考えて魔力消費自体は莫大というほどではないでしょう。不可能ではないかと思います。

ただ、……リッカくんが邪神に願った内容が転移だけとは限りません。無茶な願いをして他に能力を授かっている可能性も、視野に入れなければ」

「っ、なんで、そんなこと言うんだよ!」


反射的に声を荒げたハヤトくんの肩に、ルイちゃんが手を置いて彼を宥める。

わかるよ、その反応。

きみたちは固くなりすぎないようにと、意図的にジョークを言ったりしてはいるけれど、本当は常に不安と緊張と恐怖に苛まれているもんな。

俺にこんな事を言われて、努力して押さえ込んでいたそれらが刺激され、さぞつらいだろう。

でも止めないよ。

リラックスさせることはきみたち自身で行うんだから、俺はその逆を担ってバランスを取ったほうが良いだろう? 成長というものは適度なストレスによって促されるものなんだから。


「……申し訳ありません。ですが相手は邪神であり、その邪神相手に精神を飲み込まれず、ここまで捜索から逃げのびてみせたリッカくんです。

あらゆる可能性を捨てずにおきましょう。最悪の想定も含めて」


俺はこの発言を、きゅっと唇を噛みしめて、軽く血を滲ませておいてから行った。あくまでさりげない動きで、なんなら相手に気付かれるかどうかギリギリ、という程度にするのがコツだ。

これによって思い遣りの精神のある三人組は、ライアもリッカをとても心配しているけれどそれを抑えて、あえて残酷な予想も立てているんだな。とでも納得してくれることだろう。

想定通り、ヒートアップしていたハヤトくんは俺から視線を逸らし、しょんぼりした顔で下を向いた。

賢く想像力のある人間を騙すことは、馬鹿を騙すことよりずっと手軽なのでありがたい。俺が度々挟む善人アピール演出にいちいち引っかかってくれるのは、彼らが腹の底から善良である証拠とも言えよう。


「……ごめん。そうだよな」


苦しげに俯いたハヤトくんが、ばっと顔を上げる。

強い輝きを秘めた瞳で、彼は自分と同じように不安げな顔をしていた仲間たちを見て、最後に俺へ視線を向けた。


「リッカがどんな願い事を叶えたにしろ、俺達がやることは変わらないよな。急いであいつを見つけてやらなくちゃ。邪神がどれだけパワーアップしてても、だ」


気持ちを新たにしたハヤトくんに勇気づけられたのか、ルイちゃんとレンくんも表情を引き締め、彼の言葉に頷きを返した。


「そうだよね。早く迎えに行ってあげなきゃ。リッカのことももちろんだけど、こうして邪神のせいでまた事件が起きるかもしれないんだから」

「そうだよな。よっしゃ。さっさと馬車まで戻ろうぜ!」


この三人の良いところは、全員のメンタルがやられていても、一人でも回復すれば他の二人もそれにつられて元気になれるところだ。

今までもずっとそうやって支え合ってきたのだろう。

俺はきみたちのそういうところが本当に大好きだよ。

死ぬまで支えてあげようね。

俺はほっとしたような顔をして、わかりましたと返事をし、先頭に立って来た道を引き返し始めた。

この流れなら主人公属性のハヤトくんが先陣切るのが定番やろというものだが、なんせ日本の都会っ子相手なら、まだ俺のほうが森歩き技能が高いのでしゃーない。ギルベルトさんから一定のサバイバルスキルは仕込まれてるからな。


とにかくこれで邪神探しの旅の森編は終了かな。

次は山狩り編ですか? 序盤以外延々アウトドアするはめになるの? こちとら典雅で優美な第三王子様やぞ忖度しろ。

まあ文句を言っていても仕方ない。

次回も愉快な事件が起きるよう、俺は心の中で邪神様にお祈りをするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る