賢い少女の胸の内
第31話 地球人組全員泣かすぞ選手権・初戦
晴れやかな気分の俺だ。
やっと旅に出ることができ、魔王くんのギリギリな現状も見え、馬車の中ではだんだんと緊張が色濃くなってきた三人組の様子を眺めていられる。快適だな。
とにかく行くしかねえ! と出発したは良いものの、不確定要素はいまだに多く、本当に自分たちはちゃんとやっていけるのだろうかと不安になり始める少年少女。
しかし気落ちしている場合ではないと、これからの作戦をぽつぽつと話し合う前向きさ。
微笑ましいなあ。これであとはその前向きさを一回へし折られれば完璧なんだが。
連絡のあった森までは、王都から馬で急いで一日か二日、おおよそ100km弱程度の距離がある。
今回女神の使徒一行の出立のために用意された馬車は、軽量化と頑丈さだけでなくスプリングの上質さにも優れており、長時間乗っていても疲れにくい作りだ。
そのうえ王国総出でのバックアップ体制が敷かれているため、途中の街道沿いの馬車駅や町や村では無条件で馬を替えることもでき、普通の馬車の旅に比べて旅程は非常にハイペースだ。
俺達は現在、休憩込みの7時間ほどで、既に森が見える位置まで来ている。これはかなり順調だと言って良い。
とはいえ当然こんなに時間が掛かっていては、リッカくんは発見された位置よりずっと離れた場所まで逃げているだろうが、こっちは彼と違って地図を所持し、人目を避ける必要もなく、衣食住にも困らず健康体。十分なアドバンテージがある。
リッカくんの足取りについては、近隣の村の猟師などに協力を依頼してある程度痕跡を追ってもらい、一応の目星は付けている。
地形から考えておそらくここを通っていくだろう、という調べの付いている地点の近くに馬車を止める予定だったのだが、道中思わぬハプニングが発生した。
馬車を追って飛んできた伝令鳥が、思わぬ知らせを持ってきたのだ。
避難させた村人の内一名が見当たらず、リッカくんが潜伏している森にも変化が起きているのだという。
なんでも兵士が森の中へ入ると、いつのまにか入口まで戻ってきてしまうらしい。
別の地点では問題なく森へ入れるということなので、全域で起きている現象ではなさそうだが、それにしたってこんなに急で広範囲の変化はさすがに邪神の影響だろうから慎重にならざるを得ない。
ということで、現在森は全面封鎖。兵士や猟師による捜索も打ち切られているのだという。
問題は一体誰の願い事が叶えられた結果なのかということだ。
リッカくんが兵士たちから逃げるために邪神にお願いをした可能性もあるが、話に聞くやたら図太く賢明な彼がそこまで追い詰められているとも思えない。
おそらく行方不明になっている村人が偶然リッカくんと鉢合わせ、邪神の神々しさにあてられて犠牲になったのだろう。
いくら力が弱いとはいえ、魔法使いでもない男子高校生の意識くらい、邪神ならば一時的に乗っ取れてもおかしくない。
ということでそんな出来事は起こり得るかと女神に質問したところ、是、との答えが返ってきた。
全員で神器を起動し邪神の現在地点を確認してみると、やはり最初の頃よりその存在をはっきり確認できるようになっている。力を回復しつつあるのだ。
そのぶん相手の大まかな進行方向も掴めたが、森の異変と行方不明者を放置しておくわけにもいかず、俺達は行方不明者が住んでいる村まで移動した。
馬車と馬をギルベルトに任せ、俺達は村の中を早足に進んでいく。
樫の木組みと土壁、板葺きの屋根の民家が並ぶ村内は、ところどころに果樹の庭木や花が植えられ、全体的に長閑な雰囲気だ。
空は晴れ、ぽかぽかとした日差しが降り注ぎ、近くで飼われているのだろう家畜の鳴き声と葉擦れの音がする穏やかな空気は、逆にひと一人いないのだという非日常性を浮き彫りにしていた。
急な避難指示で村民全員が居なくなっているため、村の中は閑散としている。所々に取り込み損ねた洗濯物がかかっていたり、庭のすみに子供用のおもちゃが転がっていたりと、まるで建物の傷みの少ない廃村にでも来てしまったような心地になる。
居心地悪そうに髪をくしゃくしゃとかき回したハヤトくんが、ん、と小さく咳払いをした。
「……えっと、居なくなった人の家、村はずれの、森のそばなんだよな?」
「はい、手紙にはそう書いてありました」
俺は頷き、真剣な表情で足を進める。
俺達が村へ来たのは、邪神に遭遇したと思しき村民に一体どんな願い事があったのかを探るためだ。
なにしろ女神の加護を授かり訓練も受けたとはいえ、ほぼド素人と言って差し支えないパーティーなので、可能な限り敵の情報を集めたかったのだ。
願い事がわかれば、それが邪神にどう曲解して叶えられていそうなのかも、ある程度は判断が付く。
森の中でいったい何が起きているのか目星が付くということだ。
という理由が半分。
もう半分は、いや、むしろこちらが俺にとってはほぼ全てだ。
魔神から強く影響を受け、眷属と言われるほどに強く結びつき、願い事をする人間は、みな強い悲しみを胸に抱いている。
そしてその悲しみから生まれた願いは、叶えられることによって、眷属をさらに絶望的な状態へ落としてしまう。
こんなオイシイ要素を見逃して良いはずがあろうか。ないに決まっている。
俺は必ずや被害者の悲嘆の原因を探り、悲痛な声に耳を傾け、絶望に寄り添い、それらの情報を余すことなく三人組に開示していやな気持ちにさせねばならぬ。
落ち込ませ、抱え込ませ、悲しみを背負いつつもそれをバネに歩ませてゆかねばならぬのだ。
もはや義務と言っても良い。
いやめちゃくちゃ楽しいのでまあ趣味ですけれど。
そういうわけだ。
俺達は足早に村内の踏み固められた土の道を歩き、他の民家から離れた場所に建つ、庭と森の境目の区別もつかないような一軒の家へとたどり着いた。
住居のほかに小屋と屠畜場らしきものがあるので、おそらくここは猟師の家だろう。
他に森付近に家は見当たらないので、十中八九ここで間違いないはずだ。
俺は先頭に立って家の扉を押した。
施錠のひとつもされていなかった扉は簡単に開き、訪問者を受け入れる。
窓から差し込む光が、うっすらと空気中に舞うホコリをきらきら照らしていた。
室内は簡素ながらもきちんと手入れのされた家具が並び、椅子の上には古びたパッチワークの薄いクッションが置かれ、壁には子供が描いたのだろうつたない絵が木枠に入れて飾られている。
一見して優しく穏やかな家族が暮らしていたのだろうと思える家は、しかしテーブルの上を見れば花瓶に枯れた花が挿しっぱなしになり、部屋の隅には土埃がたまり、カビが生えたパンがかまどの端に放置されている。
柔らかな家庭のアンバランスな荒廃は、どこか危うい均衡のようなものを感じさせた。
後に続いて気まずそうに入ってくる三人組を安心させるよう、俺はちょっと眉尻を下げた優しげな苦笑を向けた。
「すみません、気乗りしないでしょうが、協力をお願いします。家主のかたには後で僕の方から謝罪とお礼をいたしますから」
実際問題、こんなことをなにもこの三人がやる必要は無いのだ。時間はかかるが伝令鳥で村民たちから情報を集めたり、兵士を呼んで代わりに調査してもらったって、問題なく目的は果たせる。
でもやらせる。なぜならそのほうが、眷属となった村民の生活の息遣いが感じられ、三人組の中で彼の悲劇の解像度が上がるから。
一番抵抗の無さそうな顔をしているハヤトくんが、軽く首を横に振った。
「ん、いや、しょうがないのはわかってるから良いよ。でも家探しなんて勇者みたいなマネすることになるとはなあ……」
「えっ、と」
「あ、こっちの話。気にしないで」
「わかりました。では日記や手紙を手始めに探しましょう。我が国は他国と比べても識字率が高いですし紙も比較的安価なので、平民にもそうしたものを持っている者が多いのです」
「了解」
「頑張るね」
「できるだけ散らかさないようにするかぁ」
三人はそれぞれに返事をし、ばらばらに部屋の中へ散っていった。
まあ好きに壺を割ったり箱を開けたりして、勇者気分を味わってくれても俺はかまわん。
家探しをすると言っても、ここは別に豪農でもなんでもない、ただの平民の家だ。
間取りなんてリビング兼ダイニングとキッチン、寝室の二部屋のみ。
トイレは外。風呂なんて村内の井戸や川での水浴びで済ませているだろうから当然無い。
俺は一番手掛かりのありそうな寝室へ真っ先に入り、三人が別の場所を探索するよう仕向けた。
他の場所と同じく、寝室もまあ質素なものだ。
置いてあるのはベッドに木箱、他の家具より幾分立派なクローゼットくらいのもので、すぐに見終わるだろう。
粗末ながらも頑丈そうなベッドは、木枠の中に乾いたワラを敷いて、その上に厚手のウールの敷物やシーツを掛けたものだ。シーツの枕元側に、子供の喜びそうな小さなウサギの刺繍がされている。
部屋の隅には何箱か木箱が積まれており、下ろして中身を確認すると、下に置かれていたものには冬用らしい毛布や生活道具がしまわれ、上にあったものには布で作られた人形や積み木など、小さい子供向けのおもちゃがいくつか入っていた。
最後に枠や扉に蔦花模様の彫られたクローゼットを、まず上段の大きな扉から開けていく。
中には粗末なコートやスカート、村祭りのときにでも着るのだろう一張羅、子供用のゆったりとしたワンピース等がかけられていたが、一番目立つのは端にあるドレスだ。
と言っても平民の精一杯のおめかしの範疇は出ない品だ。それでも出来るだけのフリルや飾りをあしらい、可能な限り華やかに彩られたそれは、おそらく花嫁衣裳なのだろう。
下段の小さな引き出しを下から順に開けると、下着や子供用の布おむつなどが入っている段と、シンプルなリボンなどの装飾品と少しの貨幣が入れられた段があり、そして一番上段にお目当ての、紙を紐で束ねただけの簡素な帳面がいくつかと筆記具、何通かの手紙がしまいこまれていた。
俺は下ろした木箱や開けっ放しのクローゼットの扉をわざとそのまま放置しておいて、紙面をめくる。
一番多いのは森の中の動植物の分布や作物の育成方法のおぼえ書きだが、こちらは一旦置いておいてよい。用があるのは何気ない日常の記された日記だ。
王子という詰め込み教育の必要な立場の人間である以上、速読は心得ている。
ざっと見ていけば、ここに住んでいた家族の温かな生活の様子が断片的ながら理解できた。
俺が見知らぬ村民のご家庭に起きた悲劇に胸を痛めていると、リビングなどを見終えたらしい三人組がやってきた。
俺は彼らに背を向け、視線を紙面から上げずに声をかける。
「……ああ、すみません。読んでいて声をかけそこねていました」
ぱらぱらと素早く紙をめくっては、ほとんど瞬きもせずに読み続ける俺に、三人はそれぞれに気にするなという旨の言葉をかける。
手持ち無沙汰になった彼らは、寝室の中を眺め始めた。
十分に見終えただろうというタイミングで、俺は顔を上げ、引き出しの中の比較的薄い紙束を指さす。
「あ、それだけ見ていただけますか。子供が手習いで書いた日記のようなのです。おそらく簡素な表現でしょうから、読みやすいかと思います」
「ん、わかった。じゃあ三人で見るよ」
「ええ、お願いします」
逆に俺が読んでいるほうはクセのある崩し文字で、書いた本人か同じ生活圏の人間にしか分からないような訛りや表記の揺れ、雑なスペルミスなどが多発しており、とても読みやすいとは言えない。
識字率が高いとはいえ、文章の書き方を均一的に習った人間ではないのだ。好き放題に書かれたブログ以下の文章になることも致し方あるまい。
俺と三人組はそうしてしばらく日記を読み続け、ほぼ同時に顔を上げた。
俺はすぐには誰とも視線を合わせず、軽く眉間にしわを寄せて眼を閉じる。
そして静かに息を吐き、少し疲れたような顔をして、やっと三人組のほうへ顔を向けた。
三人は迷子になった子供のような何とも言えない表情をして、薄い日記を返してくれる。
それを受け取って、俺はなるべく簡素に、けれど必要なだけの情緒を込めて、日記に書かれていた情報を話し始めた。
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