第30話 嫌なことは人を巻き込んでやるにかぎる
というようなお話を、俺は偵察として野に放っていた変態ニンジャことアリアから聞いた。
いやあ、青春だねぇ。
ちなみに俺はアストレイア兄上から兄さんと呼んで欲しいと言われているので以後そう呼ぶ。
兄さんとレンくんが帰ってきた時点で、問題が良い具合に解決したのだろうとは察していたが、こうして微に入り細を穿つ報告を聞くと、あの時の二人の笑顔が記憶の中でより輝きを増すようだ。
さすがに言葉に出された以外の本人の心情までは分からないが、そのあたりはもっと仲良くなって聞きだすほかあるまい。
地球の彼等はうちの自国民と違って、王子様が聞きたがっているのだからぜひお話しなくては、なんて義務感が生まれるような教育を受けていないからな。
アリアの性癖はどの年齢層までをカバーしているのかは知らないが、一挙手一投足を完全に記憶して話してくれているあたり、まあなんと言うか、範囲内だったのだろう。
俺は口元に柔らかく笑みを浮かべ、ゆっくり頷いた。
「そんな話をしていたのか。ふふ、盗み聞きのようで兄さんにはちょっと申し訳ないが、嬉しいな」
「うふふ。よかったですねえ、ライア殿下」
今回はヴォルフもアリアに同意しているようで、紅茶のおかわりを注ぎながらニコニコしている。
良かったなヴォルフ。今日は変態のせいで起こる恐怖体験が若干少な目で。
メモも無しにみっちりとした報告をしてくるアリア自体が怖いと言えば怖いが。
「レンはとても優しい人のようだったから心配していたのだが、うまく恐怖心や葛藤と折り合いを付けられたようだな。本当に良かった」
「左様でございますわねぇ。その後の訓練でも目覚ましい進歩をしていらっしゃって」
「ああ、あの三人はすごいな! 僕は武術には詳しくないが、それでも格段に動きが良くなっているのがわかる。ああいった姿を見ていると、こちらも訓練を頑張ろうというやる気が満ちてくるというものだ」
「ええ、本当に! この年代の少年少女の成長というものは目覚ましいものがありますわね! 幼い子供の一つのことに打ち込むある種偏執狂じみた集中力なども目を見張るものがありますが、こうしてしっかりと目的意識と課題を発見できる知力や観察力を身につけた年代の子供のひたむきな情熱というものも、本当に趣があってよいですわぁ……!」
「アリアは子供の成長を見守ることが大好きなのだな!」
俺は礼儀正しく微笑んだ。
こわい。卒論でロリショタについて書いてそう。
言っていること自体は理解できるのに、爛々と輝く瞳と荒い息が嫌すぎる。
もしかして感情の出力方法が壊れているだけのただの子供好きなのでな? と思うことが時折あるのだけれど、警戒するに越したことはないのでこの変態については今後もある程度距離を置いて接することにしよう。俺は賢いからな。
ひとまず、あまりアリアと一緒に居ると冷や汗が出てくるので、俺は彼女に新しい任務を言いつけて下がらせた。
どうして俺は部下に会うだけでこんな緊張を強いられなければならないんだ。労災申請するぞ。
今回は適任者を一人派遣するだけでサクサク解決したので楽だったな。
まあこんなチュートリアルも始まっていないような開始地点から躓かれちゃ困る。
三人組の中で一番常識人で優しくプレッシャーに弱いレンくんが立ち直ったため、このパーティはそれなりのスタートを切れることだろう。
この国は善良な人々であふれているが、そのせいで城の騎士や兵士達ですら実戦経験に乏しい。
そのせいでガチガチに緊張しているレンくんへの指導も、同情心から若干距離のあるものになってしまうし、レンくんは平気なふりをしているが病みそうになっているしという状況だった。
じゃあ頼りになる容赦ない教官を派遣すればどうにかなるだろ、と第二王子を紹介すれば、作戦はあっさりと成功を収めた。
なんせ兄さんは同盟国に遊学していた時期、避暑に訪れた田舎で盗賊が出たと聞いて、護衛と地元の兵士を引き連れて自ら討伐に行ったというバリバリの武闘派だからな。
未成年の王族なのになぜかコンバットプルーフという変わり種の彼は、可哀想な少年相手にも殺す気でぶつかってくれた。
俺の今までの好感度稼ぎの努力が叶い、戦場へ行く可愛い第三王子の行く末を案じて家族がひそかに表情を曇らせている、という情報が入ったことも素晴らしい成果だった。
戦いを教えるのは第一王子のリザレイア兄上でもギルベルトさんでも良かったのだが、前者は完璧超人が過ぎるし、後者は歳が離れすぎて愚痴を言いにくいだろうから、今回は不採用となった。
ちなみに俺は、部下と兄さんに仕事を任せっぱなしにして楽をしていたわけではない。
個人的に女神にいろいろと質問を送って情報収集をしていたのだけれど、天界と人間界で通信をするのはどうやら相当難しいようで、返ってくる言葉が実に曖昧というか分かりにくいというか、天啓じみているという問題があった。
例えば俺は歴代魔王についてどんな能力を持っていたか質問してみたのだが、最初の返答は、複数、個人差、願い、影響、というものだった。外国人と単語だけで会話しているような状態なのだ。
しかしまあ魔王についての情報が少ないもの仕方ないだろう。なにせあの女神、人の心が読めないうえに邪神からジャミングじみた手段で観察を妨害されているのだ。
そのためいわゆる過去視のようなもので情報を探っているらしい。
いや女神がもっと有能なら解決した問題では? どうにか許そうと思ったがやっぱり納得いかねえ。自分に嘘はつけないよ……。
この頼りないやり取りで分かったことは、そう多くなかった。
まず魔王に選ばれた人間に、外見や能力という点で規則性は無いということ。
憑りつかれた人間は、他の眷属と同じく酷く悲しい出来事があり、強い願いがあるらしいこと。
願い事の叶い方は様々で、願った者が特殊な力を授かることもあれば、周囲のものが変質して特殊な力を得ることもあるということ。
そしてその力を神器で祓うのだか壊すのだかしても、願いを叶えるために起きた出来事次第では、眷属や魔王を助けられないということ。
わかりやすいのは例の、妻と子がゾンビになった夫と渇水の村か。
妻子ゾンビ化復活の件は、願った夫本人が無傷の時点でゾンビを祓えば、眷属になっていても無傷で救出することも可能。
逆に渇水に悩んでいた村の住人は願いが叶った時点で人間ではない何かに変質していたので、力を祓ったところで既に影響を受けた部分は元に戻らない。
つまり今回連れ去られたリッカくんは、場合によっては既にゲームオーバーを迎えているということだ。
俺は当然この情報を三人組に共有した。
あの時の彼らの真っ青な顔は忘れられそうにない。なんて可哀想なんでしょうね。
しかしその時、痛いほどの沈黙の後、ハヤトくんがはっと声を上げたのだ。
「あっ、思い出した! 確かにあの時あの変なの、願いを叶える、って言ってた!」
「えっマジかよ。俺それ聞こえなかった」
「私も」
「声すごいちっちゃかったんだよ。オレがあの時一番リッカの近くにいたから聞こえたんだ」
その時のことを思い出したのか、ハヤトくんはこぶしをぐっと握りしめた。
あ~、そんなに強く握ったら爪がてのひらに食い込んで傷が出来ちゃうよ~ウフフ。という気持ちを抑え、俺は深刻そうな顔をして質問をする。
「それで、リッカくんはいったいなんと?」
「お前に叶えて欲しいことは無いって言ってた、と思う。すぐ黒い割れ目みたいなのに引っ張られちゃったからよく聞こえなかったんだ」
「なるほど。賢明な返事ですね」
邪神はいるだけで周囲に影響を与えると聞いていたが、口頭でお願いしなければセーフならザコでは? と疑問に思い女神に聞いたものの、単に今は復活したてて弱いのだろうという返答だった。
俺はもう一つ女神に質問をした。
邪神の姿がわかる資料を探してもらったのだ。
結論から言うと、地球で彼等が見た邪神と、この世界の人間が見た邪神の姿は違っていた。
無事救助された元魔王が残した手記に、記憶が曖昧だが神々しい姿だった、という主旨の記載があったのだそうだ。
「マジで? オレが見たの、どんよりしてて、やばそうだってわかる雰囲気だったぜ」
「私も、具体的にどうだったかは覚えてないけれど、あれが出てきた瞬間びっくりしたもの」
「俺も神々しいとは思わなかったなあ。具体的になにかはわかんないけど、モンスターが出たって思った。
だからその後立夏を追いかけて時空のゆがみだか何だかに飛び込んだ後、会ったのがあの真っ白な女神様でびっくりしたよ」
「なるほど、……それは妙ですね。ひょっとするとこの世界とそちらの世界では、魔力によって生まれた生命体は、見え方が違うのかもしれません」
この質問に対する女神の答えは是だ。
こちらの世界の人間は魔力の強い生き物に圧倒され、ある種の神々しさを感じるようなのだが、地球人はそもそも魔力に慣れていないため、最初に見た邪神に対して強い違和感を覚えたのだろう。ということらしい。
じゃあ女神のあのぽやっとした幼女姿は、地球人向けの無害神聖アピールなんだろうか。
それはさておき、つまりリッカくんは第一印象最悪な邪神に対して、未だに願い事を言っていない可能性がある。
邪神が勝手に願い事を叶えるところまで力を回復してしまったらまずいかもしれないが、それまでは無事で過ごしていてくれるかもしれない。
これは三人組にとって朗報だ。
既に手遅れかもしれない、という情報が、急げば間に合うかもしれないし、願い事次第では邪神が力を回復していても無事かもしれないと分かったんだからな。
まあ願い事次第では死ぬより酷いことになるって点は変わってないけど。
「じゃあ、立夏ってひょっとして、今なら魔王に憑りつかれてても結構意識があるんじゃないか? だったら多分あいつ、変なモンスターに取りつかれて全然知らない場所に来たら、食料探しから始めるよ」
「あ、わかる。水場探して仮拠点作った後、水をろ過して煮沸する手段を考えるよね」
「でもって憑りついてる奴がどんなふうに行動するのか観察して対策練るぞあいつなら」
どんな子だ。オリ主かなんかか。
「リッカくんは逞しいのですねぇ……」
「うん。昔俺達だけで山奥にキャンプしに行って遭難した時も、あいつが一番冷静だったよ。絶対泣かないしずっと周りを見て考えてるんだ。すげーんだよ立夏は!」
ハヤトくんの純度100%の信頼に満ちた笑顔はたいへん眩しかった。
そういうわけでリッカくんはパネェという情報を手に入れたわけだ。
全然王都周辺から動かなかったのはサバイバル中だったからという可能性がある、という情報を手にした俺達は、それを神官と国王にも伝えた。
三人が異世界転移した当初にいまいちはっきりしない神器の反応を確認した後、当然その地域は監視対象になっていた
しかし潜伏できそうな空き家やら何やらに調査官を派遣するものの、相手が相手なので近寄ることも出来ず、遠くから目視で周辺を確認するしかない状況では成果は上がっていなかったそうだ。
それがどうやら今ならまだ邪神が弱いかも知れないとわかり、川や井戸のある地点を人海戦術で詳しく調査することになった。
その結果、リッカくんは見つかった。
のだが、困ったことに彼は川沿いを探索していた兵士を遠目に目撃した時点で、即座に逃げ出してしまったらしい。
執拗に願い事を叶えたがる謎の存在に憑りつかれ、見知らぬ土地にたどり着き、中世装備の武装した人間達を見かけて、順当なことながら逃亡を選んでしまったのだ。
賢いと三人組が口々に言うだけあって、脱兎のごとくそれは見事に森に姿を隠して去って行ったのだという。おそらく逃走経路を織り込み済みで水汲み場を決めていたのだろう。
この子本当にどういう生活をして生きてきた子? 人間2周目だったりしない?
三人組の誰かが兵士に同行していれば違う結果になっただろうが、なにせ捜査範囲が膨大だったのだ。その全部に同行することが出来るはずもない。不幸な巡り会わせと言うしかない出来事だった。
森近辺にあった村々に一時避難命令を出し、リッカくんが使わなそうな見晴らしの良い開けたルートで村人を誘導するよう国王から兵士に指示が出るのと同時に、俺達は出立の準備を大慌てで整えた。
城の正門に用意された頑丈な軍事用馬車に乗る俺達を見送るために、訓練に付き合った兵士や身の回りの世話をしていた使用人、そして俺の身内が集まった。
正式な出立の式典やら何やらは時間が勿体ないため当然無し。
とはいえ今日までに俺は家族達から何度も抱きしめられ、心配され、自由な時間のほとんどを共に過ごした。
いまさら遺さなければいけない言葉は何もない。
俺は父上、母上、リザレイア兄上、アストレイ兄さん、ヴォルフを筆頭とした特に親しい家臣に抱きつき、別れを惜しんだ。特にヴォルフは泣き出してしまったから、ぽんぽん頭を撫でて、健康に気を付けて過ごすようにと言っておいた。もっと泣いた。計画通りだ。
地球三人組も世話になった人たちに急いで、しかし精一杯に挨拶をしていたのだが、そろそろ終わるようだ。
俺も最後の挨拶をするべく、家族たちに一度深く頭を下げてから、ぱっと花が開くような笑顔を向けた。
「では皆、お元気で。よい知らせを届けられるよう、精一杯に励みます。
……また! きっとまた会いましょう! 行ってまいります!」
そう言って俺は自分を心配してくれる彼らに背中を向け、馬車の前で待つ三人組のもとへ走って行く。
場合によっては生前に見た最期の姿になるかもしれないので、見送りの皆さんはしっかり目に焼き付けて欲しいですね。
乗り込んだ馬車へ送られる声援に、俺達はそろって笑顔で手を振った。
御者はギルベルトさんだ。斥候と戦闘と野営と行軍のプロである彼なら、誰よりも早く目的地へ俺達を連れて行ってくれるだろう。
こうして女神の使徒一行は大慌てで出発した。
どれだけ長い旅路かも、愛する仲間を救えるかもわからない、素敵な邪神討伐の開始である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます