優しい少年の第一歩
第27話 青春のかがやきと変態
訓練場そばの芝生に腰を下ろして休憩するレンくんのもとへ、俺は何食わぬ顔をして近づいた。
今日の俺はわざとコケる必要もないので、動きやすく汚れても構わない服装をしている。
だから目の前のヤンキー風男子高校生と同じく、土や草の汁が服についてしまうことなど気にせず地面に座ってもいいのだ。普段の王子様スタイルだとこういうことは出来ないので、ちょっと新鮮で楽しいな。
彼の横、少し離れた位置にすとんと座り、ふたつ持っていたレモネード入りの大きなグラスのひとつを彼に差し出す。
「お疲れさまです。すごい音でしたね」
天使のようなウルトラ美形に話しかけられたレンくんは若干びくっとしたが、それでもここ数日で慣れたのか、グラスを受け取ってそれを頬に当てた。
「つめて。気持ちいわ、ありがとう。
あー……、あれ、盾が壊れないってわかってても結構ビビるよ。いままで生きててあんな音聞くの初めてだ」
「ふふ、僕も初めてです。前衛の訓練というものは苛烈ですねえ」
彼の口調は最初はもっと硬かったのだが、どれだけ崩れても許されるということが分ると、最低限の礼儀は残しつつ寛いだ調子になった。
逆に俺の口調がまだ対お客さん仕様なのはわざとだ。
こういうのは相手にもっと親しくなりたい、という欲が出てきたときに崩して壁の薄さをアピールしたほうが効果的だからな。
二人でレモネードを飲みながら、離れた場所でまだ訓練をしているハヤトくんとルイちゃんを眺める。
風は乾き、日差しはほどよく暖かくて、運動するには少々暑いが、こうしているぶんには心地よい。
しばらく沈黙が続いた後、レンくんが再び口を開いた。
「……あー、その、さ。大丈夫だよ。俺、そこまで悩んでるってわけじゃないから」
「そう……、ですか」
気まずそうに逸らされた相手の視線を、俺は逆に少し追い、彼がこちらへ視線を向け直した瞬間目を逸らした。それからゆっくりと、相手を見ていたことがバレないように、という風情で再び視線を合わせる。
いかがでしょうかね、この控え目で気遣わしげな優しい王子様ムーブは。なかなかの出来栄えですよ。
レンくんはあいている方の手でカリカリと頭をかき、こちらを安心させようと、にっと不器用な笑顔をみせた。
「や、そんなに分かりやすけりゃ俺でも気付くって。ごめんな、年下にそんなに気ぃ遣わせちゃって」
「いえ、そんな。……僕は貴方たちの手助けをするという大事な役目がありますから。……まあ、その、ちょっと上手くいってませんが」
お互い気まずげに目を逸らし、遠慮がちに再び合わせ、誤魔化すようにへにゃりとした笑顔を浮かべる。
「ライアは凄いな。まだ中二、ああ、えっと。まだ若いのにさ、こんな急に邪神と戦えなんて言われて、普通にやれてるんだもんな」
「僕は王族ですから。元々王と国民に尽くすための教育を受けています。と言っても我が国ではしばらく戦争もありませんでしたから、こういう形で働くことになるのは、少し予想外ではありましたが」
「……そう、か。そうだよな。俺の国もさ、ずっと昔に大きい戦争があったんだけれど、俺なんてそんなの全然身近じゃない世代なんだ。盾だの剣だのなんて、初めて持ったよ」
「それはそうでしょう。こちらでも平民の学生が武器を持つなど、珍しいことです。特に都市部の学生であれば、狩猟用のナイフひとつ触ったことが無いという者も多いでしょう」
「そっかぁ。俺もわりと都会っ子だったから、そういうのは触ったことねーや。
……でもまあ、頑張るよ。立夏のためだし、あいつらも頑張ってるし、王子様のこと怪我させるわけにもいかないもんな」
「……その、ご無理はなさらないでくださいね」
「うん、まあ、なんとかなるって。これ、ごちそうさま。うまかった」
レンくんはそう言うと、笑顔でお礼を言って俺にグラスを返し、再び訓練へと戻って行った。
無理をしつつもそれを隠して頑張る健気な学生さんからしか得られない栄養を摂取した俺は、表面上はその後姿を憂えた眼差しで見送る。
異常事態と言ってもいい状況にありながらなお面倒見のよい気質と、年下には格好悪いところは見せられない、という思春期の少年らしい矜持を持った姿。たいへん素晴らしいですね。
しかし現時点での俺の親密度では、彼に弱音を吐かせたり鼓舞したり、といったことは難しそうだ。
三人組の残り二名相手にも、おそらく彼は兄貴分として強がって接する。こんな時だからこそ、自分より少しだけ年下の二人に対して、彼は頼りになる存在であろうとするだろう。そういう気概を感じる。
となると俺以外の適任者をぶつける必要があるな。
俺はその日の訓練を終わらせた後、自室にて日記を書きつつ悩んでいた。
レンくんへの対応はもう目星をつけたので問題ない。
そこはさておき、今回は俺が見ていない場面で事が起きるケースが多そうなうえに、それについて根掘り葉掘り聞けるタイミングも少なさそうなので、どうにかして情報を手に入れる手段はないかと考えているのだ。
趣味の活動の充実がモチベーションに直結する人間としては、いい仕事をするためにも、この問題は早急に解決するべきだ。
どうにかならないかなぁ。
うんうん悩んでいた俺の耳に、扉を控え目にノックする音が届いた。
就寝前まではきっちり傍に控えて職務を遂行しているヴォルフが、そっと扉の向こうからの伝言を携えて俺のそばにやってきた。
「ライア様、アリア女史がいらっしゃっているようですが、どうなさいますか?」
ちなみにヴォルフくんはショタコンが若干苦手である。12歳の時からアリアという人間と関わる羽目になった不幸な美男子としては当然のことだろう。
アリアはパワハラ被害文官救出以降、呼ばれてもいないのに当然のような顔をして俺のところへ遊びに来ることがあるのだけれど、それにしたって今から寝間着に着替えるという時間帯にやってくるのは滅多に無い事だ。たまにはある事なのが怖いところだが。あいつなんでクビにならないんだろうな……。
しかしこんな時期に来たくらいだから、耳より情報を持ってきた可能性が高い。あいつはどうしようもない変態だが有能なのだ。余計タチが悪いとも言える。
俺はアリアを隣室に通してソファに腰掛け、普段よりきりっとした表情の彼女に要件を訊ねた。
「一体どうしたのだ、こんな時間に。何か用があるのだろう?」
「ええ、殿下。本日は陛下より直々に開示してよいと通達のあった情報をお伝えしにきました」
思ったより大事だった。
来訪前の連絡が無かったのは、この一件が内密に行われているからだろう。
今この場にいるのは俺とヴォルフ、壁際で控えてくれているギルベルトさん、そしてアリアだけだ。
「わかった。どの程度まで聞かせても許されるものなのだ?」
「ヴォルフさんは別室で待機していただく必要があります。ギルベルトさんは、このままで結構です」
「ヴォルフ、そうしてくれ」
「承知いたしました」
すっと頭を下げ、ヴォルフが使用人控室へと下がる。そのぶんギルベルトさんが距離を詰め、俺の斜め後ろに立った。万一アリアが敵の変装だったり間者だった場合に備えているんだろう。
視線で話の続きを促す俺に、アリアが一礼した後背筋を伸ばす。真面目な顔をしているときの彼女は秀麗という言葉の似合う女性なのだけれど、中身を知っているので全く感心できない。
「ライア殿下は、王室付きの特殊な護衛についてご存じですね?」
「ああ、あの姿を消す魔法を使える者たちだろうか」
「ええ、その者です。
この度、女神の使徒達と共に邪神を討伐する使命を授かられたライア殿下の手助けをする人間が必要であろうと、陛下よりわたくしへ勅命がございました。
わたくし、アリア・クラーレンは、本日よりライア殿下付きの特務護衛としてお仕えさせていただきます。
どうぞこれより、この命、殿下の手足としてお使いくださいませ」
そう言って騎士の礼をとるアリアの眼は、これまでになく真剣だ。
なるほど。
こいつが例のニンジャスキル持ちの一人ってわけね。
なにそれ??
いや待ってくれ責任者を呼べ。訴えて勝つぞ俺は。
どう考えても、この世で一番透明化スキルを渡しちゃいけない人種でしょうが!!
誰だこいつにそんなもん教えたのは。常識ってものをわきまえてから産まれていただきたかったですねえ!
この世の理不尽を噛みしめつつ、俺は表面上ははっと目を見開き、続いて凛とした表情をして頷いてみせるという真面目王子ムーブを発動させた。
この程度の演技は無意識下でだってこなしてみせる。芸歴十年以上の王子演技の研鑽によるたまものだ。褒めていいぞ。
頭を下げたままのアリアをまっすぐに見つめ、俺は少年らしい涼やかな声で、一応忠臣である彼女へ呼びかけた。
「……ライア・エル・ファルシールは確かにそなたの命を受け取った。必ずやその忠誠に報いよう」
「幸甚至極にございます」
すっと美しい所作で頭を上げる頃には、アリアはいつもの熱っぽく若干じっとりとした視線の変態になっていた。もどして。
そんな彼女に、俺の背後から声がかかる。ギルベルトさんだ。
「ああ、よくよく思い出してみれば、あの時の声はたしかにどこかアリア女史のものに似ていたな」
「あら、そう思われるようでは、わたくしとしては困りますね。より技を磨かなくては」
「いや、こうして知ってやっと気づいた、という程度だ。王都の隠密の技量はやはり凄まじいものだな」
「ふふ、貴方ほどの戦士にそう言っていただけるなんて、己惚れてしまいそうです」
戦士同士でなにか通じ合うものがあったのだろう。なんだか仲良さげな二人に、俺はちょっと居心地が悪い。
多分、ギルベルトさんが捕まってた時、証拠の回収をしに行ったのがアリアだったのかな。
人選としてはおよそ最悪と言って良いが、ある意味では非常に信頼のおける手駒が急遽手に入ってしまった。
まあうちのパパはめちゃくちゃ優しいからな。よく分からん激つよエネミー退治に行くはめになった末っ子に対して、安全策を一つ追加してくれたわけだ。明日お礼言いに行かなきゃな。
これで問題解決の手立てを講じられる。
「アリア、さっそくで悪いが、ひとつ頼まれてくれるか」
そう切り出した俺からの仕事を、アリアは非常に嬉しそうな顔で引き受けた。
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