第25話 第一印象をあてにしていいのは学生さんまで

うーん。爽やかな朝。

さてこれから忙しくなりそうだ。

俺は顔を洗ってめちゃくちゃ美味い朝食をとり、ヴォルフに言って外出の準備を整えてもらう。

ちなみに俺は以前とは違いさすがに一人で色々できるお年頃になったわけだが、それはそれとして王族なので従者が傍から居なくなるということはない。

ヴォルフは俺と五歳違いないので、今は19歳。バリバリのイケメン美青年へと成長している。


王都には多数の神殿があるが、一番規模が大きいのは貴族街にある大聖堂だ。その上一番偉い神官もいるので、神託が下って今回の主人公達が降臨するのはおそらくここだろう。次点で王城内の神殿か。

別に神殿に呼び出されてから身支度を整えたって許される地位なのだが、主人公くん達を待たせて好感度が下がるのも嫌なので、さっと行けるようにしておこう。

俺は度々こうして予定にない外出の準備をするので、ヴォルフも護衛のギルベルトさんも慣れたもんだ。


今日の俺のコーディネートは、真っ白スベスベの最高級生地に金糸で品よく刺繍がされた長衣だ。

首元から足先までかっちりと覆われたデザインは、禁欲的かつ清潔で、天使のような俺のツラにとても良く合っている。

肉体労働をする必要のない身分であることを示す長い髪は白にも近い薄い金色に輝き、日に当たることの少ない肌は真っ白で、しかし健康的な透明感がある。

まだ声変わりを迎えていない年齢、しかし少しずつ節くれだってきた手やほんのりと見える喉仏が、俺という少女にも見紛う美しい人間が、確かに男性へと成長し始めていることを表している。

つまりショタコン歓喜のウルトラハイパー美少年ってことだ。


外見というものは言うまでもないが重要だからな。

この完璧に整えられた異世界パーフェクト王子様っぷりを主人公達に見せつけることでマウントを取ろうって魂胆ですよ。

俺がすっかり支度を終えて紅茶を飲んでいると、私室のドアが廊下で控えている護衛さんの手ですっと開けられた。

戸口にいる神官は焦った様子で頭を下げ、書状を差し出してきた。

ヴォルフが受け取り、確認した文面に顔を青くしながら俺へ渡す。

そこに書かれていたのは、女神の神勅を授かった、という内容だ。

書状を伏し目がちに読んでテーブルに置き、俺は優雅にソファから立ち上がった。


「ええ、存じています。すぐに向かいましょう」


窓から差し込む逆光を背に受け、俺は全て分かっているという顔で神官を見つめる。

今回俺はこの国の国教で崇められている女神から直々に指名を受けている。

つまり今後の進路が神殿関係になることは、この時点でほぼ決まったということだ。

それ自体は問題ない。懺悔室であらゆる人間の苦悩に耳を傾けるというのも、なかなか素敵な将来だ。

そういうわけで今までの天使のように愛らしい第三王子ムーブにプラスして、神秘的な神官ムーブを言動に足していく構えである。

俺は意気込みを胸に、大聖堂へと向かった。


王族の生活空間である王宮から貴族街にある目的地まではそれなりの距離があるが、今回は馬車でかっ飛ばして向かったのでそれほど時間は経っていない。

伝令に来た神官さんの話では、大聖堂から王城内の神殿への連絡は鷹に似ためちゃくちゃ早い鳥を使った高速便だったそうなので、最短で呼び出しに応えられたんじゃないだろうか。

魔法の発達したこの世界は、造船業がそうであったように、建築業でもその技術が遺憾なく発揮されている。

王城しかり、今回やってきた大聖堂しかり、ゲームのマップの如く壮大で絢爛な造りは、さすがファンタジーだ。


とはいえ地球の神殿と似た部分もある。

それは意匠に込められた演出の意図だ。

地球の教会によくあるステンドグラスが神の存在を民衆に分かりやすく伝え、かつ荘厳で神秘的な雰囲気を見る者に感じさせる役目を持つように、この世界の神殿もまた、祭壇と講壇が最も明るく劇的に見えるよう、窓からの採光による演出が計算されている。

俺が大聖堂の中央棟へ到着した時、女神の遣わした勇者たる少年少女は既に明るい祭壇の前で、恭しい神官たちに囲まれていた。

対して俺は、比較的光量の乏しい信者席側の入り口に立っている。


「ああ、これはこれは、第三王子殿下。よくぞいらっしゃられた」


俺に呼びかける高齢の大神官の声は、今までにもまして丁寧だ。敬虔と言ってもいいかもしれない。

さて。女神の神勅効果によって自動で好感度の上がっている神官たちはさておき、俺はこれから多感な時期の少年少女の心を掴まなければならない。

彼らから好かれ、頼られ、時には頼って欲しいと願われ、仲良くなりたいと慕われ、自分たちの悩みや心情を吐露できる相手であると認識されなくてはならない。

そんな時に重視すべき第一印象というのは、一体何だろうか。

これには様々なご意見があるだろうが、今回俺が選択したものは、ある意味ではスタンダード。

「畏怖」である。

俺は後ろにヴォルフとギルベルトさんを連れ、等間隔に設置された窓から降り注ぐ光を時折浴びながら、こつり、こつりと、決して急ぎはしない足並みで歩を進めた。


「ええ、お久しぶりです、大神官様。まさかこのように名誉ある役目を担う日がくるとは、思いもよりませんでした」


天井の高い石造りの聖堂の中に、俺の落ち着いたアルトの声が響く。

あくまでも丁寧に、優雅に、そしてある種の得体の知れなさを意識して、俺は少年少女を照らす光の中に、その姿を現した。

長く艶めくプラチナゴールドの髪、異国風でありながら上質であることが一目で分かる白の長衣、そして青と緑を混ぜたような美しい色の瞳と、整った風貌。

聖堂の大きな窓から降りそそぐ光を浴びた夢のように美しい少年が、背後にすらりとした美青年と、2mはあろうかという巨躯の戦士を従えて立っている。

日本ではおよそお目にかかることのないであろう光景に、制服姿の二人の少年と一人の少女は、あっけにとられたようにぽかんと口を開けた。

そんな彼らににこりと大人びた笑顔を向け、俺は目上の相手へ向ける丁寧な礼をする。


「ようこそ、異界からの客人よ。

僕の名はライア・エル・ファルシール。このファルシール王国の第三王子。

女神様の願いに応え、貴方たちの手助けをするために馳せ参じました」


恭しくそう言ってそっと片手を差し出した俺に、正面に居た快活そうな少年が反射的に手を出し、一瞬硬直し、戸惑ったように大神官へ視線を向けた。

彼から笑顔で頷かれ、それでようやく安心したように俺と握手をする。


「お、俺は銅勇人、アカガネが苗字で、ハヤトが名前、です」

「私は白雪琉唯。ルイ、が名前です」

「俺は、蒼井錬。よろしく、お願いします」


順に握手をしながら自己紹介してくれる彼らは、明らかに緊張している。

良いことだな。

人間というものは得てして、普段と異なる環境に置かれると舞い上がってしまうものだ。旅行で羽目を外して失敗してしまう奴なんかがいい例である。

しかしながら彼らは、女神から加護を受けて異世界転移し、王族から下手に出られるという特大の非日常の中にありながら、非常に冷静だ。

王族相手にこの対応でいいのか、と一瞬迷い、俺本人ではなく頼れそうな大人の反応を見て及第点だと悟り、精一杯に挨拶をしている。

地に足の着いた対応。素晴らしい。チートを手に入れて浮かれる様子が無いというところが実に俺好みだ。

まあ彼らは友人を攫われているという危機的状況なわけで、浮かれる余裕がないということもあるだろうけれど。

俺は緊張する彼らに対して完璧な笑顔をキープし、余裕のある仕草で片手を振った。


「ああ、よいのです。どうか王族相手だなどと緊張なさらないでください。貴方たちは女神の使い。特別な存在なのですよ」


そう言われた少年少女の反応は、それぞれ特徴的だ。

ハヤトといういかにも主人公じみた凛々しい目つきの少年は冷静に表情を引き締め、ルイという美しい少女は緊張から唇を引き結び、レンという体格の良い少年は気まずそうに僅かに眉をしかめる。

そんな反応をしっかり記憶し、俺は大神官へと体を向けた。


「大神官様、もしよろしければ、慣れぬ場所で皆さんお疲れでしょうから、もっと寛げる場所でお話をしたいのですが」

「ええ、ええ、もちろん。そのほうがよろしいでしょう。すぐに案内をいたします」


そう言ってゆっくりと歩き始めた高齢の大神官にお辞儀をし、俺はハヤトくん達に向き直った。


「では僕もご一緒させていただきます。さあ、こちらに」


そこまで言って、俺は体の向きを変えようとした拍子に、自分の服の長い裾を踏んで躓いた。

ふらりと揺れた体を、ハヤトくんが支えてくれる。


「だっ、大丈夫ですか?」

「ええ、その、ありがとうございます」


小声で礼を言い、体勢を立て直す。

赤い顔で、ん゛ん゛、と咳ばらいをし、俺は気まずげに視線を泳がせた。


「さ、最初くらい格好良く決めたかったのですが……。

では改めて、行きましょうか!」


開き直りつつも気恥ずかしさの拭えていない俺の様子に、少年たちはある程度緊張抜が抜けたのか、まだ若干のぎこちなさはあるが笑顔を浮かべた。

その様子に照れくさそうに背を向け、そそくさと大神官の後に続いて歩く俺に、後ろで控えていたヴォルフとギルベルトさんも笑いをかみ殺したような表情で付いてくる。

後に続く三人の足音も、戸惑うような様子はなく軽やかだ。

たいへんよろしい。

その笑顔が見たかったんだ。

きっちりとつけた印象の緩急が機能している手ごたえに、俺は心の中でにっこりと微笑んだ。

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