VS優しい魔王

プロローグ

第24話 無茶振りは端から並べて粉砕しろ

14歳になった俺だ。

今日も今日とて血眼になって鬱展開を探し、人々に若干の手助けをし、その報酬として楽しいお話を聞いては日記にしたため、ふかふかのベッドで寝た。

そして気が付いたら真っ白の空間で目の前に女神が土下座していた。

いつのまにか死んだんですかね??

俺の盤石なイケメン金持ち人生はどこへ行っちまったんだオイ。

まあ死んだら死んだで今度こそ鬼畜な世界へ生まれ変わらせてもらおう。

願わくばできるだけ惨たらしい変わり果てた死体となった俺こと第三王子が発見され、家族と友人と関係者一同が咽び泣き心に傷を残しつつ前へ進んでくれますように。

日々の出来事や身近な人々と国民への感謝の気持ちを綴った微笑ましい日記を遺しておいたので、ぜひ読んで追加で心的外傷を増やしてほしいですね。

そう思いつつ、俺は目の前で後頭部を晒し続けている見覚えのある女神に声をかけた。


「あの……女神様。転生でしょうか?」

「あっ! あの! いや、違うんです! すみません紛らわしくて!」


がばりと顔を上げた女神がぷるぷる首を横に振った。長い白髪が俺の脚にベシベシと当たる。

違うそうです。

なんだそうかよ早く言え。

俺は神妙な表情を崩さず女神の正面に座り、深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しております。この度はたいへん素晴らしい環境に生まれ変わらせていただき、誠にありがたく幸せを噛みしめております。これもひとえに女神様のお力あってのことです」

「いえいえいえそんな、こちらこそ、あなたの活躍は度々見させてもらっています! 多くの人に救いの手を差し伸べるその優しく高潔な姿勢、素晴らしいことです!」


やっぱりこいつ俺のことを盗み見してやがったか。

神様転生なんてものをしてしまったので、これは当然危惧していた。

といっても俺は物心がついて以来、人生のほとんどの場面で猫を被って過ごしているので、これからもその生き方に磨きをかけて行けば何も問題はない。

しかし死んだのでも俺の本性がバレてお叱りを受けるのでもないなら、一体なぜここへ呼び出されたんだろうか。

俺は目の前でキラキラしている女神に、小首を傾げて質問をした。


「ええと、ところで、本日は一体どのようなご用件でのお呼び出しなのでしょうか」

「あっ、……あのですね、その、たいへん申し上げにくいのですけれど……。実は、この度私が封印していた、いわゆる邪神のたぐいが復活してしまいまして……地球で生きている少年の体を乗っ取ってあなたの生きている世界へ行ってしまい……」

「えっ」

「その、有り体に言うと魔王が生まれてしまったというか……」

「ま、魔王が!? 大変じゃないですか! 被害は出ているんですか!?」


どうなの!? 村は!? 村は焼かれた!?

俺が内心ハアハア興奮しながら詰め寄ると、女神はぷるぷると首を横に振った。


「いっ、いえ! 邪神も体と世界に馴染むまで時間がかかるようで、幸い被害はまだ出ていないのです。しかし時間の問題でしょう……」

「そうでしたか……」


ぬか喜びさせやがって。

これだからこの女神はダメなんだ。

俺はほっと胸を撫でおろし、しかし魔王だか邪神だかの恐怖にきりりと表情を引き締め直した真面目な人間の顔をした。


「ということは、僕はその魔王退治のお手伝いに呼ばれた……、ということでしょうか」

「はい、そうなのです。私が直接世界へ力を振るうと、大嵐やら地割れやら天変地異が起きてしまうので……。

今回は、邪神に憑依され攫われてしまった少年の友人たちが彼を助けたいと名乗りを上げてくれましたから、加護を与えて魔王の中に巣食う邪神を討伐してもらうつもりです。

あなたには、その勇敢なる少年少女のお手伝いをしていただきたいのです」

「……それは、その、子供ではなく軍人のかたなどにお願いしたほうがよろしいのでは……?」


いや本当に、グリーンベレーでも召喚してくれませんかね。

俺の当然の疑問に、女神は悲しそうに項垂れた。


「ええ、本当ならそのほうが良いのですが、残念なことにあなたの今生きる世界へ送れるのは、魔王にされた少年と深い関わりのある人間だけなのです。

勿論皆には加護だけでなく、神器も与えます。魔王のうちに巣食う邪神は卑劣にも私の眼から隠れていますが、天界からは見えずとも、同じ世界の中に神器を下ろせば、神器が魔王への道を指し示してくれることでしょう」

「そうでしたか……。しかし、手助けは僕だけでいいのですか? いえ、勿論出来うる限りのことはしますが」

「私も加護を無制限にかけられるというわけではありません。私が自ら転生させたあなたが、一番強い加護を授けられる人間なのです。

勿論神殿へも神託を下し、あなたと少年たちへ協力するようにと伝えましょう。

しかし、邪神へ届くほどの力を持った武器は神器のみ。眷属相手ならばまだ、加護の無い戦士でも対処できるでしょうが……。

申し訳ありません。ただでさえ迷惑をかけてしまったあなたに、こんな頼みをするなんて。

けれど邪神に捕らえられた少年に罪は無いのです。どうか彼を救う手助けを、お願いします。

私はここで見ていることしか出来ません。歯痒いことですが……」


暗い表情でそう言う女神に、俺は深刻そうな顔で頷いて見せる。

なるほど。

つまり俺は今回戦い方のたの字も知らないだろう少年少女を監督し、どこかにいる魔王を探し出し、寄生されている少年は生かして邪神だけ討伐しなければならないと。

そしてその間当然日課の可哀想な人間探しは休止しなければならないし、女神からの監視を受け続ける。

いやクソでは?

勘弁してくれ。


さっさと自分のお布団に帰って熟睡の続きを楽しみたい気持ちでいっぱいではあるが、考えようによってはまたとない機会でもある。

なにせ魔王の討伐だ。

寄生されている少年については分からないが、中身の邪神はきっとそりゃもう悪辣でクソのような性格をしているのだろう。

村は焼くし女は犯すし男にはそれを眺めさせて憎しみを育てた後そのへんに放流するに違いない。頼むそうであってくれ。

そしてそんな邪悪な存在に突如友を攫われてしまい、闘うことを運命づけられた少年少女。

突然ファンタジックな悲劇に見舞われ、女神から加護やらなんやらを授かり、苦闘の末勝利し、元の平穏な世界へ帰っていく。という話の流れは、どことなくジュブナイルな香りがする。一昔前の小中学生向けラノベじみた雰囲気が味わい深いと言えなくもない。


ならば俺はするべきことは一つだろう。

悲劇に見舞われた少年少女に寄り添い、鬱展開があればそれを違和感なく助長させ、悩みがあれば親身になって聞きつつ内心大はしゃぎをし、彼らが無事帰るまでの愉快な苦悩と成長を見守るのだ。

これでいこう。

というかそうしなければ鬱展開の欠乏を起こして気が狂ってしまう。

悪いことばかりではない。

予想より少年少女が俺好みの主人公たちだった場合は、なんなら命懸けで取り組んだっていい仕事だ。

そうと決まれば答えは一つ。

俺はきりりと表情を引き締め、女神に頷きを返した。


「わかりました。他でもない女神様の頼みです。出来うる限りの努力をしましょう」

「ああ、よかった! やはりあなたは気高い人間ですね」

「ありがとうございます。それで、その少年たちはいつこちらの世界に来るのですか?」

「あなたが起きた後、神殿に邪神の復活とそれを討伐する少年少女、そしてあなたについての神託を下します。転移はその後に」

「わかりました。……女神様、その、ひとつお願いがあります」


真剣な顔でそう言う俺に、女神もぱちりと瞬きをした後、神妙な顔をして頷きを返した。


「ええ、私に出来ることでしたら」

「その、出来れば彼らに、僕が地球から転生した人間だということを伝えるかどうかは、僕の判断で決めさせていただいても良いでしょうか?」

「まあ、どうしてですか?」

「……僕はもうあの世界では死んでしまった身です。けれど彼らはそうではありません。帰ることができます。そのことを彼らが気にしてしまうかもしれませんから……」


そっと伏し目がちに斜め下を見ながらそういう俺に、女神ははっとしたような表情をして、頭を下げた。


「そのような気遣いまでさせてしまい、私ったら女神失格ですね……。

いいえ、落ち込んでいる場合ではありません。

名残惜しいですが、この空間に人の子を長く留め置くのは負担がかかってしまいます。

なにか聞きたいことがあれば、神器に魔力を込めて声を掛けてくださいね。天界から地上へ声を届ける場合は、負荷の関係でこうして直接話すのとは違った感覚になるでしょうが、出来るだけのことはしましょう。

それでは勇敢なる人の子よ、あなたの旅路に、幸多からんことを……」


両腕を広げた女神が後光に包まれ、その光が強くなるごとに、俺の体がいつかと同じく光の粒子になっていく。

非常に面倒くさいことになってしまったが、仕方がない。人間はいつだって配られたカードで勝負をしなければならないのだ。

あくまで天然物の鬱展開が好きな俺の趣味とは若干違うが、背に腹は代えられない。


今回のテーマは「曇らせ」である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る