エピローグ

第23話 第三王子先生の次回作にご期待ください

明るい日差しの降り注ぐ自室で、俺は手紙の返事を書いていた。

宛て先は色々だ。

歌姫のリリーちゃんに、文官のエミリオさん、女優のヴィオレッタさんと、ミラベルさんにも。

それから、忘れちゃいけないルグナー殿下にもな。これだけは返事は来ていないが一方的に送りつけているものだ。

ヴォルフが封筒の上に垂らしてくれる封蝋の上から、俺がぎゅぎゅっと封蝋印を押せば完成だ。

この作業けっこう楽しいんだよな。


今回も実によかった。

若干嫌がるギルベルトさんに詰め寄り、これまでの経緯を無事聞き終えた俺は、その不器用ながらも正義感に溢れた心に涙した。

故郷を思う一人の青年の、立身出世と転落の人生。そして再起。めちゃくちゃ良かった。

そこに添えられる友情も大変よろしゅうございました。そっちはそっちで良い鬱展開だったので、二重に楽しかったです。

友を信じて行動し見事勝利したギルベルトさんと、友として信じる相手を根本から間違っていたルグナー殿下の対比もおもむき深くて良いですね。

心からありがとうを言いたい。

急に店が潰れかけたハンスさんにも可能なら是非とも話を聞きたいし、これは難しいかも知れないが、末弟がやべえ変態犯罪者だと発覚した隣国の王族の皆さんにも、出来れば心境をお聞かせ願いたいよなあ。

ねえねえいまどんな気持ち? ってやつ。


「ライア殿下も、もうすっかり字がお上手になりましたねえ」

「そうだろう? 毎日日記を書いて練習していた甲斐があった」

「殿下は本当に頑張り屋さんですね。さあ、お茶とお菓子を用意しましたよ。休憩にいたしましょう? 今日のお茶は隣国のプーリットというお店から頂いた、林檎のお茶です」

「わあ! とっても甘い良い香りがします!」


今日もヴォルフが淹れてくれるお茶は最高だな。可哀想な店員さんからの感謝の贈り物だと思うとより味わい深い。

プーリットは今回の事件が発覚した結果信用を回復し、経営が再び安定し始めているという。

代わりに御用達として仕事を受けていた店は役人に賄賂を贈っていたことが判明したため、結局すぐに王城での仕事を失ってしまった。

今頃担当の職員とか社長がクビを切られているのかなあ。

あっ、おやつのクッキーも林檎入りだ! おいしい!

幸せいっぱいの俺はふと顔を上げ、ヴォルフにもう一杯お茶を淹れてくれるよう頼んだ。


「ギルベルト、よかったら一杯飲まないか?」

「ああ、いただこう」


誘い方が酒をすすめるおっさんじみているが、この可愛いツラに免じて許してほしい。

そう、ギルベルトさんはその後、俺の護衛として働くことになった。

元奴隷落ち騎士がすぐそばに居る生活。楽しくてお肌ツヤツヤになっちゃうな……。

俺が座っている椅子の斜め後ろ、護衛ポジションに立っていたギルベルトさんは、カップとソーサーを持ってお茶を楽しんでいる。

ゴリゴリのマッチョだがお上品だ。さすが貴族出身。良いご教育を受けていらっしゃる。

彼は俺の部下というよりは、客分として王宮に居る。

ギルベルトさんの追放刑はとっくに取り消されているので国に帰れるのだけれど、俺が趣味で彼を客として招き、ギルベルトさんは趣味で俺の護衛をしている、という形式になっている。

なので話し方も王子と異国の騎士ではなく、もっと対等な形だ。

なんていうかこう、俺に対してめちゃくちゃ敬語を使うギルベルトさんは解釈違いだったのでこうなりました。とってもうれしいです。


「そういえば、ダーミッシュ男爵からお手紙が届いていただろう? その後いかがお過ごしだろうか」

「相も変わらずの貧乏男爵家だが、今回の冤罪の件で王家から10年間の減税措置を受けられることになったそうだ。お陰で多少は領地経営もマシになるだろうな。これもライア殿下のおかげだ」

「いいえ、そんな」


ルグナー殿下は当たり前といえば当たり前だが、ギルベルトさんとの約束を守っていなかった。

そりゃそうだろう。悪党の鑑だ。

なのでダーミッシュ男爵家はまるごと追放刑に処されていたわけだが、この一家が貧乏ながらも領内での支持がはちゃめちゃに高く、なんと領民に匿われていたらしい。

しかも貧乏暮らしが染み付いた一家はあまりにも普通に平民暮らしをエンジョイしていたため、よその人間は誰も気づかなかったという。強靭すぎんか。

ギルベルトさん自身も酷い目に遭っていたが、こっちはこっちで、信じて送り出した三男が王族に反逆して一家全員国を追放されるという急展開に見舞われていたわけだけれど、きっとギルベルトさんを信じて耐え忍んでいたんだろうな。

10年間の減税措置は、王側からすればもともと雀の涙のようだった納税額がより少なくなった程度ではあるものの、ダーミッシュ領側からしてみればかなりありがたい措置だろう。

男爵ならこの件でできた余裕を活用し、必ず領民の暮らしをより良くしてくれるはずだ。


ルグナー殿下は開き直ってこれまでの悪事を全て暴露し、自分と癒着していた役人やら商人やらを道連れにしているらしい。さすがだね。

彼は誰からも顧みられず舐められている身の上を逆手に取り、懐に入り込んでは脱税やら横領やらの弱みを握っていた。この件で裁かれる人間は結構な数に上るそうだ。

ウィスタリア王家は今回のことでそれなりに社会的信用を失ったが、王国内の膿を出せたと思えば安いものかもしれない。

ルグナー殿下と付き合いのあった奴隷商も、国際的に指名手配のような扱いを受け、捕まるのも時間の問題だという。


こうして悪は滅び、今日も善良な人々の暮らしは守られた。

そして俺は周囲からの可愛くて賢くて慈悲深い第三王子様という評判を確固たるものとし、元奴隷騎士さんを手に入れたのだった。

いやー、終わってみれば得るものの多い愉快な戦いでしたね。

今後は売り払われて奴隷にされた人々に対する支援などもしていきたいところです。

我が心の友、ルグナー殿下は、非常に素晴らしい遺産を残していってくれたと言えよう。感謝感謝。俺達ズッ友だよ。

幽閉先で世間から忘れ去られようとも、被害者達から憎悪を向けられ続けようとも、俺はずっとルグナー殿下を見守っているからね。


「それにしても、ギルベルトは本当にウィスタリアに戻らなくてよかったのか? 君のような優秀な騎士が急にいなくなっては、討伐隊も苦労するだろうに」

「当然だ。まだ恩返しと言えるようなことは一つも出来ていない。それに、無茶をする王子に対するお目付け役は、一人でも多いほうが良いだろう?」


そう言ってギルベルトさんはにやっと笑って見せた。

彼は俺の普段の姿が演技だと勘付いている。そのうえで、それを黙ってくれている。

多分、世の中の役に立つタイプのクズだと判断してくれたんだろうな。必要悪ってやつだ。

ヴォルフや他の護衛さんには本性を見せないと決めている俺にとって、こういう相手は言うまでもなくめちゃくちゃ貴重な人材だ。

ちなみに以前からいる護衛さん達は、一度ギルベルトさんと手合わせをして全員まとめてボコボコにやられた。

実戦に出ることがないとはいえ、王族の護衛を任されるくらいなので、彼らも腕利きなんだけれどな。

それ以来定期的に稽古をつけてもらっているようなので、俺の身の回りの安全は日に日に向上している。

これでこれまでより、出来る事も増えることだろう。ちょっとした遠出なんかもできるかなあ。パパが過保護だからなかなか許してもらえないんだよね。

ちょっとくらい危険な目に遭っても、俺としてはそれはそれで美味しいんですけどねえ。


今回俺は、結果的にずいぶん多くの人を救ってしまった。

ギルベルトさんという最高峰の餌につられたとはいえ、これは鬱展開を愛する者としては眉を顰められるような所業かもしれない。

けれど俺は気付いたんだ。

この平和で優しい世界にも愛すべき点はあると。

そう、明けない夜はない。そして沈まない太陽もない。

どんなに平和に過ごす善き人々が世に溢れていようとも、それをぶち壊しにする悪党が、この世界にもきちんといるのだと。

そしてその悪党は、俺がちょっと叩いたくらいではたいして減らない程度にはびこっているのだと。

最高。ありがとう。愛してる。そういう人たちがいるからこそ、俺はこうして生きていけるんだ。


この一年、面白いことがたくさんあった。

犯罪の片棒を担がされた孤児に、パワハラに遭っている文官、友人が闇落ちした女優、そして奴隷にされた騎士。

充実した一年だったな。

けれど勿論これだけじゃ満足できない。

俺は死ぬまで鬱展開と、それを乗り越える主人公たちを見ていきたいんだ。

というわけで今後も手広く可哀想な人探しをしていこうじゃないか。


さあ、次はどんな鬱展開が俺を待っているんだろう!

ワクワクが止まらないな!

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