第22話 鬱展開大好き主人公VS優しい世界

おあつらえむきの陰鬱な曇天の下、俺はこの国一番の大法廷にやってきた。

この国は女神のオススメだけあって生活水準が高く、司法制度もちょっと日本に似ている。

本来検事と弁護人が立つのだろう位置に俺とルグナー殿下、裁判官たちが座る席に父上をはじめとした俺の家族と、ルグナー殿下の姉のエリステル殿下。傍聴席には大勢の貴族。それから解放されている大きな両開きの扉の向こうには、廊下を埋め尽くすほどの民衆もいるようだ。

いやー、大盛況ですね。

それもそうだろう。

人身売買で捕まった他国の王子が、一度しか使えない王族特権で、この国の幼い王子に公開質疑をするなんて言い出したんだ。

俺だってそんな面白そうなこと見物に行くよ。

ところで弟が屈強な成人男性に首輪をつけて飼い殺しにしていた上に奴隷の売買を行っていたってのは、姉としてはどんな気持ちになるものなんだろうね。後で良かったらお聞かせ願いたい。


国に強制送還される前に、出来るだけ早く、かつ大勢の人間の前で行いたい、という条件を付けて俺を呼び出したルグナー殿下は、この状況下でも口元に薄く笑みを浮かべている。

今までで一番度胸のある悪役だなあ。好き。


「ライア殿下、来てくれて本当に嬉しいですよ。国に帰る前に、もう一度お話がしたかったのです」

「ええ、僕もぜひルグナー殿下とお話したいと思っていました!」


にっこり。うふふ。

絵面だけならそんな描き文字が背景に入りそうな光景。

しかしながらルグナー殿下の表情と声は、じつに冷え切っている。最高だな。

俺に裏切られたのがそんなに屈辱的だったのかなー?

俺達以外の人間が全員押し黙っているだけに、この表面上の和やかさの浮きっぷりといったらない。

父上の前に側近が女神の鐘を置き、それに対して父上が重々しく頷く。

親バカなところばっかり見てるからこういうのは新鮮だな。


「では、始めよ」


形式上開始の合図をする父上に、ルグナー殿下が恭しく頭を下げ、聴衆へとその完璧な笑顔を向けた。


「さて、お集りの皆様の中にはもうご存知の方もいるでしょうが、私はこのたび奴隷の違法売買をしていた罪でこうして捕らえられました。

それは事実です。そして、昨日とある余興をしておりました。奴隷の男に目隠しをし、その男と仲のよい人間を戦わせる、というものです」


この大観衆に対してもまるで緊張した様子の無いルグナー殿下の開き直った告白に、当然女神の鐘は真実である証として鳴らずにいる。

まだ11歳というルグナー殿下の年齢も相まって、なかなか衝撃的なスピーチだな。

眉をひそめてざわざわと囁き合う観衆を見渡し、ルグナー殿下はたっぷりとタメを作ってから、再び口を開いた。


「そして、その場にそちらのライア殿下もおり、私とともにその余興を楽しみました。そうでしょう? ライア殿下。とても素敵な笑顔を浮かべて見ていらっしゃいましたよね」


一拍の沈黙。女神の鐘が鳴らないことを確認し、法廷内がどよめきに満たされた。

何を馬鹿なことを、ライア殿下がそのような、しかし鐘は鳴っていないぞ。

そんなモブたちの声を聞きながら、俺は感慨深くルグナー殿下を見つめる。

いつものパーフェクト王子様スマイルは、こういう状況下ではいかにも黒幕じみて不穏だ。


「静粛にせよ」


父上の一言で、聴衆のお喋りはすぐにおさまった。


「ライア、ルグナー殿下の言葉に、何か反論はあるか?」


そう言われたなら、俺の言葉は決まっている。


「いいえ、陛下。僕は確かに彼とともに、その試合を見ています。大変見事な戦いでした」


笑顔でそう答えた俺に、父上も観衆も絶句している。

これにはルグナー殿下もにっこりだ。


「ライア殿下はそれはそれは楽しそうになさっておりました。私と本当に気が合うかたなのです。おかげですっかり油断してしまいましたよ。まさか私を告発するなんて。

一体どうしてこのような馬鹿な真似をしたのか、是非ともお聞かせ願いたいものですね」


調子を上げて俺に言い募るルグナー殿下の表情は、とてもいきいきと輝いている。

なるほど、それが聞きたかったのかあ。

いいよいいよ。その程度ならいくらでも答えるさ。

俺は異様な展開に黙り込んでしまった観衆たちに、優雅に頭を下げて見せた。


「それでは、お話をさせていただきますね。

まずはこのたび、こうしてお集まりいただいた方々に感謝と謝罪を。世間を騒がせることは僕の本意ではありませんが、これもルグナー殿下のためです。

さて、まず最初にこれははっきりと申し上げておきます。

僕は、物心がついて以来、一度も嘘を言ったことはありません」

「は?」


ルグナー殿下が素でツッコミを入れてきた。

さぞ不可解に思っていることだろう。

でもこれがマジなんだよなあ。

俺はこれまで、周囲に対しても自分に対しても、いつだって正直に生きてきた。

ルグナー殿下はきっと、俺が自分と同じように周囲を謀って生きてきたと思っていたんだろうな。

それがいつからだったのかは知らないが、おそらく彼にとっても楽な生き方ではなかったのだろう。

つらかったよな。苦しかったよな。偽って生きるのは。

誰にも本当の自分をさらけ出せなくて、孤独だったよな。

俺が目の前に現れた時、嬉しかったんだろう? やっと自分を理解してくれる相手ができたと思って。

残念だったねえ。当てが外れちゃってさ。


「そのことをご理解いただいたうえで、どうぞお聞きください。

確かに僕は、理不尽な理由で奴隷にされた騎士が目隠しをされ、戦わされるところを見ましたし、笑顔さえ浮かべていました。

なぜなら、僕は騎士の強さを信じていたからです」


俺は胸に手を当て、しみじみと当時のことを思い出しているような風情で言葉を吐いた。

皆さん真剣に聞いてくださって本当にありがとね。もうちょっと付き合ってくれ。


「一目見て、僕はかの騎士の強さを理解しました。そしてその気高さも! 彼ならばきっとこのような理不尽な状況でも、見事勝利を掴むと確信したのです。

そしてその通り、彼はかすり傷ひとつ負わず勝利しました。しかも相手にも必要以上の怪我を負わせずに。

なんと見事な勝利でしょう。僕は思わず感嘆の声すら上げてしまった。楽しんでいた、と言われても仕方のないことです。

ルグナー殿下を告発したのは、これは当然のことです。

非道な行為を見逃すなど、僕にはできません」


つらつらと語る俺の正面で、ルグナー殿下はどんどん表情を硬くしている。

でしょうね。

俺がクソ野郎だということを、いまこの世界で一番確信しているのは彼だろう。

けれど女神の鐘は鳴らない。俺が言うことを真実だと認めている。

当たり前だろう? だって俺は宣言通り嘘なんて一言も言っていないんだから。

その代わり、本当のことを全部話しているわけでもないけどな。

そもそもこの世界のやつらは女神の鐘なんてものを信用しすぎなんだよ。

たしかにそれは心にもない嘘にきっちり反応するんだろう。しかしこういう方法に対しては無力なんだ。

どうしてそれが分かっていたのかと聞かれたら簡単な話だよ。

こんなクソのようなシラの切り方が通用することを、俺は女神の鐘どころか、実際の女神相手に確認済みだからだ。

ズルしてるみたいで申し訳ないね。


「なにを……、そんな詭弁、認められるか! お前はたしかに私と同じだろう!人の苦しむ姿や悲しむ姿を愛している!」


普段の完璧な笑顔をかなぐり捨て、険しい顔で俺を詰るルグナー殿下は、本人には自覚が無いのだろうが実に苦しそうな姿をしている。

そうだとも。俺はそういう人間だ。君のその姿も愛しているから喜んで欲しい。

俺はほんの少しだけ眉根を寄せ、涙をこらえるような笑顔を作る。

お互い似たものを愛しているはずなのに、ほんのちょっとの差異で、人と人とは分かり合えない。悲しいなあ。


「……ええ、そうです。僕は人が悲嘆に暮れ、絶望する姿を愛しています。

なぜなら、人というものはその絶望から立ち上がれると、その強さを持っていると信じているからです」


ここでタメ。


「そう、僕は人間を、そしてこの世界を愛している」


まっすぐにルグナー殿下を見つめ、俺は言い切った。殿下大丈夫? すごい変な味の料理食べちゃったみたいな顔してるけど。

鐘も聴衆もずっと沈黙したまま、俺の楽しい演説に水を差さずにいてくれてありがたいね。


「ほんの短い時間しか生きていない子供が何を言うのかと思われるかもしれませんが、僕は様々な歴史書や伝記を読み、人々の話を聞き、その中に潜む愚かさや理不尽を知ってきました。

我が国は賢明な王のもと平和に過ごせていますが、戦争や飢饉、さまざまな悲劇に見舞われている人々は世界中にいます。

世界は悲しみに満ちている。

しかし僕は、それらの悲しみから目を逸らすことはしません。

何故なら苦悩と成長は、悲しみと喜びは、表裏一体のものであるからです。

ルグナー殿下、貴方もまた、このような恐ろしい罪を犯した理由が、きっとあるのでしょう。

貴方に傷付けられた人々の苦しみは、決して軽視してよいものではない。

しかし僕は、貴方の友人として、貴方に出来うる限り寄り添いましょう」


俺は俺の声だけが響く法廷内をゆっくりと歩き、ルグナー殿下を真正面から見上げた。

彼は化物を見たような顔で俺を見つめてくる。そりゃそうだろう。

きっと俺は君が今まで出会ってきた人間の中で、一番近い趣味と一番遠い思想を持った人間だ。

11歳という若さで罪深き王子として幽閉される君は、これから一体どんな人生を歩むのだろう。とっても興味深いね。目が離せないよ。

君が俺のことをもう友人だとは思っていなくても、俺はそうは思わない。俺は本当に心の底から、君のことを親友だと思っているんだ。


さあ、朝からの曇天も少しだけ晴れ、雲間から日差しが降り注いできた。

まるで世界に祝福されるかのように一条の光を浴びる俺は、痛みをこらえるようにうつむき、それから再び顔を上げて皆々様へゆっくり視線を投げかけていく。

このファンサは無料なので、遠慮せず受け取ってくださいね。

そうして仕上げに照れくさそうに、少しだけはにかんだ天使のような第三王子スマイルを浮かべた。


「ふふ、たくさん話してしまってすみません。ちょっと照れてしまいますね。

でも、今日は僕の愛する家族と国民の皆様に、僕のお話を聞いていただけて、とっても嬉しいです!」


にっこりと笑顔でお辞儀をし、顔を上げた俺は、ルグナー殿下に慈しみを込めた視線を向けた。

俺に顔すら向けられなくなり震えている彼はすっかり心を折られたようだが、大丈夫大丈夫。君の図太さならそのうちきっと立ち直れるさ。

ぱらぱらと始まった拍手はやがて法廷中に響き渡るほどになり、聴衆たちは俺へ、まるで眩しいものを見るように目を細め笑顔を向けてくる。父上なんてちょっと涙ぐんでるぞ。

ありがとう、ありがとう。今後とも第三王子ライア・エル・ファルシールをよろしくお願いいたします。


ああまったく、なんて優しい世界だろうな!

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