第17話 SSRは急に引くもの
そういうわけで俺だ。
ウキウキしすぎて緊張する。
ルグナーくんあーそぼ! いいよー!
というわけで父上に許可を貰ったりヴォルフに外泊セットを整えてもらったりした翌日。いま俺はルグナー殿下の船にお邪魔している。
夕飯も一緒に食べたぜ。この世界で家族でも接待相手でもない人間と一緒に食事するのは、地味に初めての体験だな。いや、あれ? これは接待の範疇内? 友達? どっち? 俺たちの関係っていま何……?
初めて友達ができた陰キャみたいな疑問はさておき、よそさまの国の王子を預かるとあってか、船員の皆さんはちょっと緊張ぎみのようだ。みんな顔が固いよ。笑って笑って~?
俺とヴォルフのほかに、屈強な護衛さんが本日は二名来ているのも一因だろうか。その人たちも仕事で来ているだけなので勘弁してあげてください。顔はちょっと怖いけれど気の良いやつらなんですよ。
しかし、会って三日目だがルグナー殿下ともすっかり打ち解けた感があるな。お互い人間関係の距離感がバグってないか?
部屋で鬱展開いっぱいの薄かったり厚かったりする本も見せてもらったし、好きなシチュエーションについて熱く語り合ったし、もう親友って言って良いんじゃない?
一緒に夜更かしして本読みましょうって、客室じゃなくて寝室にまで入れて貰っちゃったよ。
めちゃくちゃほのぼのした光景だよな。美少年二人がでっかいベッドの上で絵本広げてるの。
そういうわけなので、今日はヴォルフと護衛さんはお隣の部屋で待機してもらっている。
さて。
ここからが本番である。
使用人さん達もある程度寝静まっていそうな夜中。いつも通りのにっこりパーフェクト王子様スマイルを浮かべたルグナー殿下は、施錠された寝室の中で俺を正面から見おろしてこう言った。
「ライア殿下、貴方には僕の秘密を少しだけ見せてあげますね」
よし来た! いいよどんどん見せてみな! 俺はたいていの性癖に対して理解があるぞ!
「はい。とても楽しみです!」
「ふふ、そうですか。……実は僕の船には、ちょっとした秘密があるのです」
そう言って彼は本棚の前に立った。
ルグナー殿下の部屋に備え付けられている本棚は、航海中にも本が落ちてこないよう背表紙を抑えるベルトをかけたうえで、扉も付けられている。
その特製本棚の本を決まった順番で奥へ押し込むと、本棚がドアのように音もたてず動き、その向こうに通路が現れた。
えっすごい。本当にあるんだなこういう仕掛けって。
俺はお隣の部屋のヴォルフや護衛さんに気付かれないよう、弾む声を抑えながらルグナー殿下に話しかけた。
「すごいです! ルグナー殿下の船はこんな仕掛けがあったのですね!」
「驚いてくれて嬉しいです。それでは一緒に行きましょうか」
子供一人通れる程度に開けたドアを通ると、ルグナー殿下はすぐにドアを閉め、しっかり上下2か所を施錠した。
彼はこの一連の動きを、ドアの前をほとんど塞ぐようにして行っている。
つまり、仮に俺に兄上が例の透明になれるニンジャじみた護衛を付けていたとしても、俺達にくっついてドアを通る隙間は無かったということだ。
ルグナー殿下も王族だからなあ。ああいった技術を持っている人間はおそらくウィスタリアにも居て、当然警戒しているということなんだろう。
これはいよいよキナくさくなってまいりました。
おいおい俺をこんなにワクワクさせてどうしようってんだ? ありがとう!
「ライア殿下と一緒に読んだ絵本がありましたね。『獅子の如く誇り高き騎士の物語』。我が国にも、ちょうどあの騎士のような男が居たのです」
「そうなのですか? 素敵ですね。もし機会があれば、ぜひ紹介していただきたいものです」
「そうおっしゃると思っていました。ですので、会わせて差し上げましょう」
ぐるぐると複雑な道順を通り、突き当りの扉に、ルグナー殿下はおそらく符丁なのだろう独特のリズムでノックをした。
開けられた扉の外は、隠し部屋らしき場所だ。そこには大きな檻が置かれ、看守らしき数人の武装した男たちがいた。奥の壁に扉があるので、そちらにも通路か部屋があるのだろう。
帯刀したおっさん達は、それなりに規律の取れた動きでルグナー殿下を迎えた。
正直そちらには意識が向かない。俺は檻の中の人物に、すっかり目を奪われてしまったからだ。
立ち上がればおそらく2m近いのではないかという上背と、それに見合った立派な体格。
身にまとっている服は元はそれなりに上質だったのだろうが所々ほつれ、抵抗でもした際に負ったのか、いたるところに擦り傷が見えている。
濃いブラウンの髪はぼさぼさに乱れ、少しうつむいた顔は前髪で半ば隠れてしまっているが、何か所か古傷があるのがうかがえた。
しかし、視線だけでこちらを窺うその目つきは、常人離れした鋭さを秘めていた。
男は檻に閉じ込められているだけではなく、細い金属製の首輪を嵌められている。怪しい光を放つそれは、おそらく何らかの魔法がかかった道具なのだろう。
そんな状況だというのに、この男がここからの脱出を少しも諦めていないのだということを、俺は猛獣のような強い視線から自然と察した。
これは……! 間違いない……!
奴隷落ち騎士だ!!
見て!! 奴隷落ち騎士がいるの!! 見てー!!
しかもとびきり強くてめちゃくちゃ意志が強い、おそらく勇敢で善良なタイプの騎士の!! 奴隷落ち!!
ありがとう!! 生きていてよかった!!
こんなシチュエーションが現実に存在するんだな……。うそでしょ……ドキドキしてきた……。
俺が騎士から目を離せずにいると、ルグナー殿下も付き合って横に立ってくれた。
「彼の名前はギルベルト・ダーミッシュ。我が国の騎士だった男です。品行方正で情に厚く、そして何より強い。騎士であれば誰もが憧れるような存在でした」
「そんなかたが、一体どうして……?」
「よくある話さ。強くて、優しくて、正義感があり、……そして余計なことに首を突っ込み過ぎたのです。ですから私が貰いました」
「いろいろとあったのですねえ。僕の護衛達もよい騎士ですが、こんなに強そうな騎士には初めて会いました!」
最高潮にテンションが上がっているが、俺はこういうときでも天使のように可愛らしい第三王子様ムーブを止める気はない。こういうことは普段からの習慣付けが大切だからな。
この状況でも今までと同じ態度で元気に喜んでいる俺に、ルグナー殿下も嬉しそうだ。ゲスのお友達ができて良かったねえ。
「ルグナー殿下は、いつもこういったことをしているのでしょうか?」
「そうですね。私は彼のようなのが苦しんでいるところを見るのが楽しいものですから。そして彼はそれに気づいたものの、まんまとはめられてこのザマというわけです」
「なるほど! よく分かりました!」
檻の中で騎士さんが悔しそうというか、あれだ、退治できそうなゴキブリをみすみす見逃してしまったみたいな顔をしている。うわーこっち見てくれて嬉しい。ファンサありがとう~。
「彼はこの後、どうなるのですか?」
「普段でしたらこういう人間は贔屓にしている奴隷商に売るのですが、彼は特別です。ここからの帰りの航路の途中に、私の持ち物になっている島があるので、そこで飼殺そうと思っています。とりあえずはペットの魔獣と戦わせましょうか」
「それは見事な戦いを見せてくれるでしょうね! ところでルグナー殿下、あの首輪はどういった道具なのですか?」
「あれを嵌めている人間はね、あの首輪に最初に触れて命じられた行動を必ず守ってしまうんだ。なのであの男は、私と私の部下に危害を加えられないし、逃げられない」
「へえ、便利な道具なのですね。けれどそれならなぜ檻に?」
「趣味だよ」
「なるほど!」
パーフェクトクズ王子じゃん。そういうところ嫌いじゃないぞ。
普通に生活させたほうがが手間がかからないだろうに、よっぽと奴隷騎士さんを貶めたいんでしょうねえ。これはポイントが高いですよ。
「他の船員と同じように行動させたほうが楽ではありませんか?食事などもいちいちここまで持ってこなければならないでしょう?」
「ふふ、そうですね。でも私はこういったことは形式にもこだわりたいタイプなもので。まあ私が彼の世話をするわけでもないし、楽なものですよ」
「そうなのですね。では誰が?」
「ああ、そこの男に任せているんですよ」
ルグナー殿下に指をさされ、部屋の隅で居心地悪そうにしていた一人の兵士がびくりと敬礼をした。
他の船員兼看守じみた男たちと同じく屈強ではあるんだけれど、顔つきからしていかにも普通のお兄さんだ。
こういうところに慣れてなさそうだなあ。なんでこの船乗っちゃったんだきみ。奴隷騎士さんからすらちょっと心配そうにされてら。
でもルグナー殿下からは面白そうに見られているな。さてはこういう奴を苛めるのも好きなタイプか。どんどん業の深さを見せてくるじゃん。
いやー、ルグナー殿下の暗黒微笑腹黒王子ぶりが面白い。こんなやつ本当にいるんだな。今日ずっとそう思ってるけどこの世界結構面白いわ。愛せちゃう。
けれどこのまま殿下の趣味に任せていると、俺はあの騎士さんから心情を交えたこれまでの鬱展開エピソードを聞けずに終わってしまうのが難点だ。
「ルグナー殿下、僕にこんな場所を見せてよろしかったのですか?」
「ああ、だって君は私と似たようなものでしょう。もしも告発されたら、私は君が私と同じ趣味だと告発することにするよ」
「ふふふ、それは大変ですね!」
まあそれでも俺は告発するんですけれどね。
明日おうちに帰ったら速攻で父上にチクってやろ。
無辜の騎士が奴隷にされてることも伝えないと、うちの兵士と彼が戦う羽目になる可能性があるから、そこも気を付けないとなあ。
しかし残念なのは、俺がその場面に居合わせることは恐らくできないってことだ。
王子だからね。カチコミに同行できるとはさすがに思ってないよ。
これは今回も楽勝かなあ。いつも楽して好感度を稼いで申し訳ない。
俺がそんなことを考えていると、ルグナー殿下が背中を丸めて俺に視線を合わせた。
口の端を三日月のように釣り上げた不穏な微笑みは、どこに出しても恥ずかしくない悪党っぷりだ。
「じつはね、今日は特別な趣向を用意しているんですよ」
「わあ、嬉しいな! 一体何をするのですか?」
「ふふ。今日は私の部下の一人と、ギルベルトを戦わせようと思うんです。ただし、この男は強すぎますからね。目隠しをしてもらいます」
「すごい! 勝てると良いですねえ」
「ええ、本当に。勝てると私も嬉しいですね」
そう言ってねっとりした視線を騎士に向けるルグナー殿下。BLの才能がありそうな子ですね。
さて、騎士さんが戦うところを観られるのは嬉しいが、これは騎士さんにとっても俺にとっても少々厄介なことになる展開だ。
黙って見過ごしたほうがこの場での俺にとっての危険度は格段に低いものの、そうするのは良い手とは言えない。
どうしたもんかな。
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