第16話 類はせいぜい友しか呼べない

うちの国の王都は海に面していて、港が二か所ある。

一つ目は普通の商船やらなにやらが停泊する大きな港。ここはまあごく普通の中世っぽい賑やかな港を想像してくれればいい。

もう一か所が貴族や王族用の、もうちょっと規模が小さい港だ。

普通のでかい港のほうにも一応貴族用スペースはあるんだけれど、こっちは警備の関係上人通りの多い場所に停泊させたくない、特に大事な船を泊める。

今回向かうのはこっちだな。


この世界は魔法がある関係で、地球の中世あたりと比べて文化がかなり進んでいる。

よって船も、いわゆるガレオン船より大型の船舶もゴロゴロある。さすがに現代の大型客船みたいなのは無いけどな。

しかも魔法使いが乗船することによって水やらなんやらの積載量を抑えられるらしく、広く使えるというオマケ付きだ。

そんなロマンあふれる魔法世界造船業で他国より一歩リードしているのが、昔から海運業で財を成してきた、ルグナー殿下の住むウィスタリア国なわけである。

おかげで国土が小さいわりになかなか栄えているらしい。


そういうわけでかなりウキウキでお茶会会場であるエリステル殿下の船に来た。いやー、でかいねえ。

白く塗装された帆船は所々に彫刻や金メッキらしい軽量の飾りがされており、優美ではあるが実用性も損ねないデザインになっているのが分かる。素人の感想ですけど。

船首像は女神がモチーフかな? でもちょっと顔はエリステル殿下に似ているのが、オーダーメイドの船って感じで良いねえ。

ルグナー殿下の船はそれよりは若干豪華度では下がるが、同じくらいでかくて格好良い船だ。船はでかけりゃでかいほど良いなってのが俺の意見です。


さすがウィスタリアの船は違いますねえなんて言いながら乗船し、デッキ後方にある展望ラウンジに通してもらう。

賓客を持て成すために豪華に作られているものの、家具が動かないよう固定されていたり窓枠が金属製でガラスもかなり分厚いところなんかは、船内っぽさが出ててテンション上がるな。揺れがほとんど無いのもありがたい。


「リザレイア殿下、ライア殿下、どうぞお寛ぎくださいませ。本日はお招きできて大変うれしく思いますわ」

「本日の茶菓子は我が国の特産品から、特別質の良いものを取り揃えました。お口に合えばよいのですが」


黒髪姫カットのエリステル殿下と、正統派黒髪美少年のルグナー殿下のお出迎えに、俺達も礼をして返事をする。


「こちらこそ、お招きいただき誠に光栄です」

「僕も今日のお茶会を、とても楽しみにしていました」

「さて、堅苦しい話し方はここまでにしましょうか。うちの弟も、知らない間にルグナー殿下と随分仲良くなっていたらしい」

「まあ、そうでしたのね。ルグナー、お友達が出来たの」


ニッコニコのうちの兄とあっちの姉も、こっちはこっちで仲が良さそうだ。さすが兄上。昨日のパーティーでエスコートしている間に仲良くなったんだろうな。当たり前のようにコミュ力が高いぜ。


「ええ、姉上。ライア殿下とはとても本の趣味が合うのです」

「ふふ、良かったわね。たくさんお話をしてくると良いわ。わたくしもリザレイア殿下とお話をしているわね」

「わかりました。ライア殿下、お勧めの絵物語があるのですよ。一緒に読みましょう」

「はい!」


というわけで年上組と年下組に分かれ、軽食やらお菓子やらを食べつつ呑気な談笑タイムが始まった。

本来は俺と兄上がウィスタリア出身の強盗団の犯行に巻き込まれたお詫びに、という主旨のお茶会ではあるのだけれど、まあほら……べつに無傷だったし……面倒くさいし……。

この中に誰か一人でも真面目な委員長タイプが居たら、もうちょっと堅苦しくやったんだろうが、大人たちの間での形式的な謝罪のための贈り物なんかが既に終了している関係もあり、全員にまあいいかというゆるい空気がある。


俺とルグナー殿下は、海に面した大きな窓が見えるよう置いてあるカウチソファに座り、お勧めだという絵本を広げた。

王族らしく、手書きの一点ものらしい豪華な本だな。題名は『獅子の如く誇り高き騎士の物語』。

題名通りに強く勇敢な騎士の物語を読みながら、ルグナー殿下は歳に見合わない落ち着いた声で話し始めた。


「ライア殿下は、こういった騎士物語はお好きですか?」

「はい、とても好きですよ。いろいろな困難に見舞われ、それに打ち勝っていくところが楽しいです」

「そうですか。では、どのような騎士が一番お好きですか?」

「そうですねえ……」


殿下の質問に、俺は腕を組んで考え込む。

難しいことを聞くじゃないか。なんだろうこの性癖を見定められている感は。


「まず強いことは大事です! 単純な腕力や技量もですが、なにより、どんな困難にもくじけない強い心が必要だと思います。

それから優しさも大事です。自分の力量に驕らず、弱きものに寄り添えるかたはとても素晴らしいですよね。

あとは、信念があるとより良いですね。なにか成し遂げたいことがあって騎士になり、それを成就させるために人生をかけている、そんな騎士が好きです」


そしてそういう人が世の中の理不尽や悪意でグッチャグチャにされつつ頑張る姿を見るのが好きです!

満面の笑みの俺の話を、ルグナー殿下は頷きながら聞いてくれる。


「ああ、いいですね。分かります。

……この本も、ちょうどそんな騎士の話ですね。弱き民を助けるために騎士になり、怪物と闘う男の物語です。彼は幾度も怪物を退け、民衆から感謝される」


少年の細い指でページがぺらりぺらりとめくられ、そのたびに本の中で騎士が怪物を倒していく。

しかし最後のページで、騎士は国を離れ、流浪の旅に出てしまった。

思い悩む騎士の姿が描かれた以外の伏線は、ぱっと読んだ限りではどこにもない。


「騎士は一体どうして、どこへ、向かってしまったのでしょう。この話にはそれを示唆する記述はありません。

ライア殿下は、このエンディングを一体どう解釈しますか?」


こいつめちゃくちゃ質問してくるな。

よほど同じ趣味の人間だという確証が欲しいんだろうか。

望まれているのはどういう返事なんだろう。俺はあざとく首を傾げて考え、ちょっと声を潜めてルグナー殿下に耳打ちをした。


「額面通りに受け取るなら、騎士は、倒すべき更なる怪物を見つけ旅立ったのでしょう。……あるいは、あんまり強くなったので、邪魔に思った人間の手で追い出されたのかもしれません」


いわゆる追放モノの勇者だね。よくあるやつ。

追放されるまでの本人と周囲の心境をみっちり書いてくれるタイプのやつが好きだ。

俺の返答にルグナー殿下は満足したのか、にっこりと微笑んだ。


「僕もそう思います」

「わあ! やっぱりルグナー殿下とは気が合いますね」

「ええ、ほんとうに」


旅立つ騎士の後ろ姿が描かれた最後のページを閉じ、ルグナー殿下は貼り付けたような完璧な王子様スマイルを向けてくる。

おっ、可愛らしさで俺に対抗しようってのか? いい度胸だな。俺も魅惑の第三王子ちゃんスマイルを浮かべてやろう。

傍目には素晴らしく平和な姿に見えていることだろう。ヴォルフがのほほんとした表情で壁際に控えているのがその証だ。


「ライア殿下。もしよろしければ、今日か明日にでも私の船にいらっしゃいませんか。国へ帰る前に、もっとお話をしたいのです」

「えっ、本当ですか、とても嬉しいです! 僕も、なんなら夜通し語り合いたいくらいですよ!」

「ふふ、そうですか。それは嬉しいですね。けれど許可が下りますか?」

「どうでしょう。ちょっと待ってくださいね!」


俺は一言ことわりを入れ、兄上のほうへ小走りに駆け寄った。

ちょんちょんと肩を叩けば、美人のお姫様と談笑していた兄上は俺のほうへ向き直ってくれる。


「うむ? どうしたライア」

「兄上、ルグナー殿下が僕を船へ招待してくださるそうなのです! かまいませんよね?」

「ああ、それは問題ないと思うが。随分仲良くなったのだな」

「ええ、ほんとうに。ルグナーはなかなかお友達を作りたがらないのですよ」


まあこの趣味であの賢さならそうもなるだろう。兄上とエリステル殿下はちょっときょとんとしている。

ぽん、と後ろから、両肩に手が置かれた。

振り向くと、俺のすぐ後ろにルグナー殿下が立っている。

俺を完璧な笑顔で見おろし、それから年上組へと顔を向けた。


「こんなに話が合う子ははじめてなんです。明々後日には国へ帰る日程ですから、急なお誘いにはなってしまいますが」

「……ふむ、警護については、ルグナー殿下の船は、こちらの船と同じ程度の厳重さと思ってよいのかな」

「はい。大切な弟君です。僕がきちんと預からせていただきます」

「その点については信頼しているとも。そうだなあ、ライアは放っておくと仕事ばかりだ。俺としても我儘は聞いてやりたい」

「本当ですか! 僕、お泊りをしてみたいのです!」


こっちで生まれて初めての! お泊りイベントを! そして楽しい鬱展開の語らいを!

という必死の思いが顔に出ていたのか、兄上は苦笑して俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「わかったわかった。めずらしいこともあるものだ。一度城に戻ったら、俺が父上を呼び出してやるから、すぐにお願いをしてくるといい」

「ありがとうございます、兄上! ルグナー殿下も、よろしくお願いします!」

「はい、こちらこそ、こんなに素敵なお客様をお迎えできて、とても嬉しく思います」


自分で言うのもなんだが、平穏で微笑ましいやりとりだなぁ。

俺とルグナー殿下の、良い子として過ごしている日頃の努力が、この展開に繋がっていると言っても過言ではあるまい。

いやあ、それにしてもこんなにすぐ、お世辞じゃなく本当に自分のお船に呼んでくれるなんてね。嬉しいね。

俺が語り明かそうぜ!と提案したのも一因だろうけれど、話なんてどこでもできるだろうにわざわざ、自分のテリトリーに呼んでくれたんだ。

俺はね、ちょっと素敵な予感がしています。

ウィスタリア王家それぞれに与えられる船は、勿論航海のために船長やらなにやらは居るものの、そのオーナーは王族自身だ。どう使うかは個人の裁量に任せられているという。

つまりルグナー殿下の船は、彼の私室のようなものということでもある。

俺はそこに! 俺たちの共通の趣味に関する何らかのコレクションが! あるのだと期待している!


いや勿論、外面を保つためには、あんまりあからさまなものは持ってないと思うよ?

でもやっぱり期待しちゃうよね。

ちなみに俺の今のところ一番のコレクションは、歌姫のリリーちゃんが時々よこしてくれるお手紙だ。

時折彼女が零してくれるお悩みを聞けるうえに、彼女の人柄が伝わってくる素朴な文章から、こんなにいい子があんな酷い目に、というときめきを感じることができる逸品なのだ。

ルグナー殿下のほうがこの世界での鬱展開ウォッチング歴は長いだろうからな。コレクションだってきっとたくさんあるに違いない。

一体どんなものを見せてくれるんだろう?

ワクワクが止まらないな!

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