騎士と王子
第15話 王子の楽しいお友達づくり
本日8歳になった俺だよ。
王子様生活の何が良いって、メシが豪華なのが一番良い。あとふかふかのおふとん。
今日は俺の誕生日だ。なので普段に輪をかけてめちゃくちゃ豪華な食事が用意されている。
パーティーでは主役なのでいろいろな人間に挨拶しなければならず、呑気に席について食べてる時間なんて無いわけだが、うちの優しい使用人一同は当然食事を取り分けて後でゆっくり食べられるようにしてくれているのだ。
おいしいごはんを心の支えに、俺はお祝いに来てくれるおっさんにお礼を言い、おばさんにお世辞を言い、お兄さんお姉さんをそれとなく褒め、おこちゃまたちをあしらっていた。
つらい! きつい! 児童の労働反対!
いや、パーティー自体は俺も嫌いじゃないよ。
俺だっていつもは会場内をウロチョロしては、あちこちで発生するマウント合戦やらドロドロの婚活やらを見てウフフって微笑んでいるんだよ。
普段は全く無菌の優しい世界で生きているから、こういう場所は癒しなんだ。
でも自分が主役の時は別。仕事多すぎ。まだ8歳児だぞ。
俺でこれなら王様お后様第一王子様なんかはもっとキツいんだろうな。あっちのほうがパーティーの規模も大きいし。
もうね、目が回って俺の可憐な唇からゲボが出ちゃいそう。
そんな様子を察したのか、俺について回っていたヴォルフがちょっと偉い使用人さん経由で父上に話しを通して、休憩時間を確保してくれた。
さすがヴォルフは有能だなあ! ありがとう!
騒がしいホールから出て、テラスのなんかこう優美なデザインの椅子に腰掛け、お高そうなフルーツジュースを飲みながら、ほっと一息つく。
だいたいの人間とは顔合わせをしたから、あとはもう、ある程度付き合ったら適当な時間に帰っていいだろう。
俺の誕生日パーティーではあるけれど、パーティーに出席している人間にとってのメインはいろいろな人間と顔を合わせることなわけで、俺が居なくてもどうとでもなる。
「ライア殿下、今日は氷菓がございますよ。お夕食の前ですけれど、お疲れでしょう?」
「やった! さすがヴォルフは気が利くなあ」
テーブルに置かれたガラスの器からアイスクリームをひと匙すくって食べる。最高。甘みが疲れた体に染みるな……。
8歳のおこちゃまだが、これくらいなら食べても後で夕飯が入らなくなるということも無いだろう。
うちは食育が結構厳しいから、王子様といえどおやつばっかり食べていると叱られるため、そこのところは気を付けているのだ。可愛いだろ。ショタコンは泣いて喜べ。
ヴォルフは静かに横に立って、ウキウキでアイスを食べている俺を慈愛に満ちた目で見つめている。
もしここで彼に、昨日俺が冒険譚を読んで泣いていたのは、主人公と相棒の死別が悲しかったからではなく、相棒が主人公に別れの言葉を残す間もなく目の前で魔獣に踏みつぶされた悲惨さに感涙していたからだと教えたらどんな顔するんだろう。
そんなことを考えながら休憩していると、ダンスホールとテラスを繋ぐガラス扉の前に立っていた護衛さんが、ちょっと申し訳なさそうな顔をしながらこっちに声をかけてきた。
どうやら来客である。しんど。
やってきたのはキラキラの青い目とサラッサラの黒髪をした美少年だ。
「ああ、申し訳ありません。ご休憩中でしたか」
「いえ、ルグナー殿下、わざわざご足労頂き、こちらこそ申し訳ありません」
美少年の名はルグナー・ウィスタリア。ウィスタリア国第七王子。
国賓だった。そりゃ護衛さんもこっちに通すしかないね。
「ファルシールの王家主催の宴ともなると、やはり盛大ですね。しかしさすがにライア殿下もお疲れでしょう」
「はは、ありがとうございます。それをおっしゃるならルグナー殿下も、長旅は堪えるでしょう」
「いや、なに、これも務めです。お互い苦労しますね」
サラリーマンのごとく腰の低い挨拶を交わす。若々しさが一つもないな。
ヴォルフがルグナー殿下の前にもアイスを置いてくれたので、それを食べつつ世間話を開始した。
ちょっと話してみて分かったが、この子、賢いし適度にお仕事がかったるそうで、どことなく俺と似た部分がある。
「こちらの国は演劇が盛んで良いですね。王立歌劇場のほうで、最近流行りだという演目がかかっていたので観させていただきましたよ、あの子爵令嬢が主役の」
「おや、僕も別の劇場でしたが、観ました。あれは良いですね。何とも言えない薄暗さがあるのに美しくて」
「そうでしたか。……私も、娘が家を飛び出した後の母親の苦悩を考えると、胸にくるものが」
「なるほど、分かります。……僕も、あえて主人公の決意の場面で終幕し、その後については触れず観客の想像に任せる形式が、とても心に残りました。」
「ええ、実に味わい深いエンディングでした」
なるほど。
こいつさては鬱展開が好きでは?
なんというか、オタクがオタクを雰囲気で見分けるように、こいつにも独特の雰囲気を感じるぞ。
俺はメイドイ○アビスの3巻と5巻を特にボロボロになるくらい熟読しているタイプの人間なので、そういうことには勘が働くんだ。
しかしここは念入りに、もう少し探りを入れるとしよう。
「……実は僕は冒険譚も好きでして。竜殺しの英雄譚はお読みになられているでしょうか」
「ええ、愛読書の一つです。ちなみに原典はお読みですか」
「もちろん」
「そうでしょうとも」
「兄弟同然に育った仲間を失い絶望しながらも、主人公が竜退治のために再度立ち上がる場面ではいつも胸がいっぱいになってしまいます。それから竜退治の報告をしに行った際に院長の死を知る場面。あの寂寞感が物語に深みを与えていますね」
「わかります。タイミングから考えて、院長には仲間の死の一報は届いているかもしれない、という点にも、つらく厳しい世界の無情さを感じます」
「よく読み込んでいらっしゃる……」
間違いねえ。こいつ鬱展開が好きだぞ。
そしてそれを周囲には隠しているタイプだ。
俺達はこくりと重々しく頷き合い、熱い握手を交わした。
何も言わなくても分かる。同士よ。今まで孤独だったのだろう。俺は孤独めっちゃ平気なタイプだけど。
「ライア殿下とは趣味が合いますね。嬉しいなあ。失礼ながら、正直最初は3つも年下の子と何を話せばいいだろうかと悩んでいたのです」
「僕のほうこそ、世間知らずなものですから、一体どういうかたがいらっしゃるのかと思っていたのですが、無用な心配でしたね。こんなに気が合うかただったとは」
「お互い嬉しい誤算ですね。これはお茶会が楽しみだ」
「ええ、僕もです!」
うふふと微笑み合う王子二人は、傍目にはたいそう美しく見えることだろう。
そういう計算ができる子で本当に良かったなあ! 実に良い距離感だ。
これなら仮に片方が裏切って、あいつ鬱展開大好きなんだぜ! と言い出しても、会話を聞いていた使用人たちが周囲に、そんなお話してなかったよ。と証言してくれて世間体が保たれる。そのため裏切りは意味がなく、安全に付き合える。
そういうお互いにとって不利益にならなそうな間合いを取れる子だ。
鬱展開大好きだとしても、そういう気遣いが出来ずにテンションが上がって暴走しちゃうタイプだと、俺は仲良く出来ないんだよな。
だからこれは本当に理想的な出会いだ。
「日時についてはあとで正式な招待状に書きますが、場所はもう決まっているのですよ。私たちが乗ってきた船の貴賓室へお招きしますね」
「ああ、ウィスタリアは造船業が盛んですからね。なんでも王族の人間それぞれに船が用意されているとか」
「ええ、お茶会はエリステル姉上の船で行いますが、どうぞご都合のよろしいときに僕の船にもお越しください。歓迎いたします」
「それは嬉しいですね! ぜひお邪魔させていただきます」
なにそれめっちゃ楽しそう~。
ウィスタリアは関係が良好な国だし、おこちゃま同士なのでうちの過保護な父上も許してくれることだろう。
兄上からもルグナー殿下といっぱいお喋りしなさい、みたいなことを言われてるわけだから、これはこの世界に来て初めての鬱展開トークが山ほどできるのでは!? オラワクワクしてきたぞ!
いやね、俺は一人でも鬱展開とそれに抗いつつ戦う主人公を愛でて楽しめるタイプですよ。
でもね、自分とはちょっと違う視点から語られる鬱展開とか、知らない作品の知識とか、そういうのは別腹なの。
今日はいい日だ……。
そして、そう思っているのはきっと俺だけではない。
王子様フェイスに爽やかな笑顔を浮かべるルグナー殿下も、きっと俺に友情を感じてくれている。俺にはわかる。
ヴォルフー! 兄上ー! 俺にもこの世界で初めての、心の友が出来そうだよー!
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