第13話 二人の女優と二人の王子・後

それからヴィオレッタには、新しい習慣が出来た。

通常通りの劇団の運営と芝居の稽古、公演のほかに、時々ふらりと訪ねてくる王子に歌の稽古をするようになったのだ。

驚くほどに美しい王子は、周囲にそうと知られぬよう変装をしてはいたが、いつも護衛を伴っていなかった。

それを不思議に思って訊ねれば、王子は笑って壁際を指で示した。

すると、ほんのわずかな死角しかない柱の影から、するりと一人の男が現れ、再びするりと消えてしまう。

驚くヴィオレッタに、王子は得意気にタネを明かした。


「まあ、いつの間に?」

「最初からだな。さすがに扉をすり抜けてはこれん。俺がこの部屋に入ってきたとき、一緒にあいつも俺の影に隠れて入ってきていたのだ。

特殊な魔法なんだ。やり方は門外不出だそうだから、俺も知らない。ただ王家の専属護衛にはこういう技を使える人間がいてな。俺はそのうち何人かを父上から借り受けているのだ」

「そうでしたの……。どうりで、ずいぶん身軽に歩き回ってらっしゃるのですねえ」

「はは、そのために借りた護衛だ! 彼らとていつも城にいては腕が鈍ってしまうだろうからな!」


そう言う姿は少しも悪びれず、そのくせ憎めないのが彼の良いところだった。

豪快で、けれど品があり、時折突拍子もないことをするのに、後から考えるとそれが最善だったのだと分かる。

不思議な人間だ。これこそが、王となる者の器なのだろうか。

そんなことを考えてみるが、あまりにも自分とは違う世界の事柄で、ヴィオレッタにはリザレイア王子が年齢に見合わぬほど良い男なのだという事くらいしか分からない。

分からないが、それでいいのだと思えた。

自分にとって、彼はともに歌う友人だ。

そして王子にとっても、きっと自分は友人なのだろう。

そう思えた。


時折王子が気に入った歌手を紹介してやり、そこで得た技術をヴィオレッタが整える。

そうしているうち、王子は団員達にも負けないくらいに見事な歌声で歌えるようになっていった。

ヴィオレッタは一度、どうして歌が好きなのかと訊ねたことがある。


「歌というものは良いものだ。没頭している時、俺は第一王子ではなく、その歌の主役である誰かになれるのだ」


いつもの快活さを少しだけ潜め、照れくさそうに頬を掻く王子の言葉を、ヴィオレッタは微笑みながら聞いていた。

そうして1年間、ヴィオレッタと王子の奇妙な友情が続いたころ。

ヴィオレッタは王子から、ひとつ頼みごとをされた。


「今度、俺は第一王子としてお忍びでここを訪れたい。その際もう一人連れてくる。任されてくれるか」

「ええ、他でもない殿下の頼みですもの。でもめずらしいことですわね」


この場合のお忍びというのは、今までのような本当にこっそりと遊びにくる形ではなく、非公式で王族としてこの劇場を訪れるということだ。

いままで王子が遊びに来ていることは、劇団の団員達にも、劇場のスタッフ達にも知らせていない。彼らは王子を、どこかの物好きな貴族の子供とでも思っていることだろう。


「うむ。俺の弟のライアをな、連れてきたいのだ。あいつはまだ小さいからなあ。俺のように行動させるのはちと無理がある」

「ライア殿下を? それは確かに、ご無理があるでしょうね。それにしても、リザレイア殿下は毎回一体どうやってお城からここまで来ていらっしゃるのやら」


ヴィオレッタはこれまで一度も、王子がこっそり城下町に来ているらしい、なんていう噂を聞いたことが無い。

つまりそれだけ、この目の前の王子は人目を忍んでの行動に慣れているのだ。


「はは、まあ気にするな。演目はあれが良いだろうな、『斯くも美しき子爵令嬢の清らかなる没落』」

「まあ……よろしいのですか?あれは子供向けの演目ではございませんよ」

「良いのだ。ライアはああいう割り切れないところのある話が好きだからな。英雄劇や冒険譚でも良いが、そうなってくると少々長すぎる」

「そうですの。こういう変わったお兄様がいらっしゃると、弟君も変わったご趣味をお持ちになるのですねえ」


そんな冗談を言うと、王子は声を上げて笑った。


「そうだな! 俺に似て変わった弟だ! ……だから少々気にかけている部分がある。あいつはどうも、家族に対しても気を遣うところのある子供でな。ヴィオレッタ、君は俺が席を外したなら、あいつの話を聞いて欲しいのだ」

「話、ですか?」

「ああ。家族には話せなくとも、二度と会うかもわからぬ相手になら言えることも多少はあろう。つまりは息抜きだ」


そう言ってまた笑う王子の表情は、普段の賢く変わり者の貴人のそれではなく、優しい兄のそれだった。


そんなやり取りをし、王子たちの観劇を明日に控えた日。

まったく思いがけないことに、ミラベルがヴィオレッタを訪ねてきた。

突然の来訪に、ヴィオレッタは驚くと同時に喜んだ。


「ミラベル! 急にどうしたの。あなたったら、知らせのひとつも寄越さないで来るんだから!」

「ごめんごめん、ヴィオレッタが団長をやってるって聞いてたから、若い役者のための下宿部屋が一つか二つは空いてるかなと思って、あてにして来ちゃったのよー。

みてみて、この指輪。綺麗でしょう? この国のアクセサリー、とっても素敵ね。買っちゃった!」

「とっても綺麗。まったくもう、宿の手配もしないでよその国に観光にくるんじゃないわよ。……でも、いらっしゃい。会えて嬉しいわ」

「ふふ、あたしもよ! ヴィオレッタが働いてる劇場、一度見てみたかったの! これて本当に嬉しいわ! 今日はいっぱい飲みましょ」


相変わらず天真爛漫なミラベルに、ヴィオレッタは懐かしさで胸がいっぱいになる。そのくせ温かな感情に浸らせてくれない忙しなさも、彼女らしくて愛おしかった。


「そうね、そうしたいのはやまやまなんだけれど、明日は大事なお客さんが来るから、二日酔いして台詞をとちったら大変なのよ。ちょっとだけね。また後で潰れるくらい飲みましょ」

「あらぁ、残念。でも、大事なお客さんって誰なの? ひょっとして彼氏?」

「もう、違うわよ。贔屓にしてくれてる貴族の友達よ。まだ子供なんだけれどね、失礼なことは出来ない相手だから」

「そう、わかったわ。大人しくしてるけれど、明日はあたしも劇を見に行くからね? 絶対入れてちょうだいよ」

「わかってる。三階の空いてるところのチケットをあげるわ。ちょっと右寄りだけれど、ステージ全体が見やすくて良い席だから」

「ありがとー! 楽しみだわあ!」


その日は夕食を彼女とともにし、お互いの近況を語り合った。

顔が真っ赤になるくらいワインを飲むミラベルをベッドに放り込み、その寝顔にため息をつく。

彼女はちっとも変わっていない。そのことが、こんなにも嬉しいものだとは。

今日はなんていい日なのだろう。

明日の王子達の訪問が終わったのなら、今度は自分も酔いつぶれるくらいに飲もう。

そして久々に、彼女と一緒に歌うのだ。


思いがけない出会いの翌日。

初めて会った第三王子は、ヴィオレッタが思っていた以上に賢く、変わり者で、そして家族思いの優しい弟だった。

第一王子も第三王子も、まだ子供だというのに、王族というのはみなこうもおかしな人間なのだろうか。

似たもの同士にも思える兄弟の奇妙な不器用さに、ついつい笑みがこぼれる。

リザレイア殿下には、ライア殿下は心配せずともなかなかに楽しくやっているようで、そして家族を愛していると伝えよう。


紅茶のおかわりを淹れた後は、さて殿下がお戻りになるまでは何を話そうか、と考えながらふと女中に視線をやると、そこにあった見慣れた顔に一瞬心臓が止まるかと思った。

その一瞬の表情の変化を王子に見つかり、どうしたものかとヴィオレッタは考える。

誤魔化してミラベルを帰すのが一番だが、ヴィオレッタの知っている彼女は、こういうとき正々堂々と自分を売り込む女だ。

よく演劇を観にくる金持ちの商家相手ならそれでもいいが、今回は相手があまりにも雲の上の人間過ぎる。

そうなる前に、失礼ではあるが、先手を取って自分が彼女を紹介する方がまだ話は穏便になるだろう。

それに相手は平民と話すことにも一切抵抗のない変わり者だ。少なくともこの場で手打ちにされるなどという展開はあるまい。


その予想通り、王子はミラベルの来訪を許し、ごくごく友好的にお喋りを始めてくれた。

ほっと胸を撫でおろし、彼女のアクセサリー自慢を聞いてやるかと思った、次の瞬間。


ヴィオレッタには、目の前で何が起きているのか理解が出来なかった。


見たことの無いような表情で爆弾を手にし、自分も幼い王子も脅すミラベルの姿が、先程までの彼女とまるで別人のように見えた。

いや、別人だったのならどれだけ良かっただろう。


「ミラベル、なにを、なにをしているの。許されるようなおふざけじゃないわ」


額に冷や汗が浮かび、指先がすっと冷たくなっていく。

ミラベルは、緊張に震えながら話しかけるヴィオレッタに睨みつけるような一瞥をよこすだけで、すぐ王子の護衛を警戒して視線を戻した。


「わかってるわよ。あたしだってそこまで馬鹿じゃないわ!」

「じゃあ、どうして……! ミラベル、あなたこんな事が出来るような人じゃないでしょう!」

「そうね、あたしって自分で言うのもなんだけれど、良い子だったもの。でもねえ、わかる? もうあれから何年経ったと思ってんのよ。人間なんて変わるものでしょう」


吐き捨てるようにそう言う彼女の姿が、ヴィオレッタの中の、少女だったころのミラベルの姿を上書きしていく。


「ねえ、ヴィオレッタ。あなたの劇団、あたしにくれない?」


なんてことの無いようにそう言われ、ヴィオレッタは、は、と声にならない返事をした。


「劇団の経営権、いまあなたが持ってるんじゃないの? ねえ。それを頂戴って言ってるのよ。いいでしょ? 親友の頼みよ。ここまでしてるのよ」

「馬鹿言わないで。あなたの頼みならあげたっていいわよ。でもね、こんなことして捕まらないと思っているの? 何の意味も無いじゃない。お願い、今すぐやめて、投降するのよ」

「ふうん。大事な大事な劇団でしょう。でも少しも躊躇しないのね。そこのお坊ちゃんがよっぽど大切? へえ、そう。とんでもない金持ちだったりするわけ?」


細められた目が、ヴィオレッタの隣の王子へとすっと向く。

守らなければ、と反射的に思った。

王子だからという理由だけではない。ここに座る少年は、ヴィオレッタの友人の大切な弟なのだ。

とっさに王子を庇うようにして伸ばした腕を、当の王子は、柔らかな仕草でそっと押し戻した。

思わずそちらを見れば、王子は驚くほどに平然とヴィオレッタを見つめ返してくる。

どこか楽しげにすら見える表情にヴィオレッタが困惑している間に、王子の視線はミラベルへと移った。


「ああ、そうだな。とんでもないと言えばとんでもない身分だろう。僕の名はライア・エル・ファルシール。この国の第三王子だ」


唐突に名乗りを上げた王子に、ミラベルが一瞬虚を突かれ黙る。そして狂ったように笑い始めた。


「はぁ!? あは、ははははは! なにそれぇ!? うそでしょ、こんなことあるの!? こんな下町の劇場になんで来てるのよ! は、ばかみたい……こんな……」


笑いながら泣き始めたミラベルに、ヴィオレッタはかける言葉が無い。

親友の突然の凶行にただでさえ困惑しているのに、その原因にはまるで心当たりがないのだ。

一緒に役者を目指し、夢を叶え、お互いの成功を願って別の道へ進んだミラベルが。

誰よりも知っている、知っていると思っていた親友が。

一体どうしてこんな事をしているのか、ヴィオレッタには何も分からなかった。


いまこの場は彼女の爆弾のせいで身動きが取れないが、同じ建物内には第一王子の護衛隊がいるのだ。もうしばらくすれば、被害は多少出るかもしれないが、ミラベルが捕まることは間違いない。

馬鹿なことはやめてくれと言ったところで、彼女の事情も知らない自分では、説得は難しいだろう。

思い悩むヴィオレッタと、涙を流しながら周囲を睨みつけるミラベル。重い沈黙の中で、鈴を振るような美しい声が響いた。


「ミラベル、少し話をしようか。構わないだろう?」


にこやかといって良いほどに明るい雰囲気の王子に、ミラベルは怪訝そうな視線を向ける。


「は? ……なによ。好きにすれば」

「ああ、そう言うと思っていた。いやなに、謎解きというやつをしたくてな」

「……どういうことよ」

「脅されているのだな? 人質を取られているというわけでは無さそうだが。建物の周囲に仲間が居るのだろう。何人程度かはさすがに分からないな。ちなみに裏口の鍵を開けて女中としてここに入るまでの間、危害を加えた相手はいるか?」

「……は?」


ぽかんと口を開いたのはミラベルだけではない。ヴィオレッタも鏡で確認はできないが、きっと同じ顔をしていた。


「爆弾を使って人質をとるような真似をするわりに、なにか具体的で現実的な要求をするわけではない。かといって誰かを殺しに来たわけでもない。していることは会話だけ。

つまり陽動や、時間稼ぎだな。別動隊がいるのだろう。

そのわりには計画が杜撰だ。ヴィオレッタの知己を送り込んで警戒を解いたところまでは良い。演技の上手さはさすがの手並みだが、明らかにこういった荒事には慣れていないだろう。ずっと手が震えている。

何か理由があって協力させられていると考えたほうが無難だ。そのくせどうにも自暴自棄なところがある。絶対に計画を成功させなければいけないという執念が感じられない。

だからおそらく協力するはめになった弱みは個人的なものだ。そして計画を立てたのは別の人間だ」


ミラベルの、ひ、と震えるような小さな悲鳴が、王子の予想が当たっていることを示していた。


「おそらく最初に立てられていた計画は、いわゆる押し込み強盗というやつではないだろうか? まず建物の中に一人が侵入し、鍵を開けて他の仲間を招き、強盗を働くというものだな。

しかし今回は金持ちの客が来ているという情報があった。だから急遽ミラベルがこうして時間稼ぎもしている。僕と兄上に護衛が付いているからな。こちらの戦力を多少分散させておきたかったんだろう。

そうして適当な時間稼ぎをしている間に、別動隊が兄上や役者、使用人を無力化する。最後にそれらを人質にそこの護衛をどうにかする。そんなところだろうか。

その後は建物内の金目のものを盗み、僕と兄上は身包みを剥ぐか、身代金を請求するか。

まあおおよそ、そういうところだろうかと考えていた。どうだろう? 答え合わせに協力してくれるだろうか」


はくはくと口を開いては、言葉にならない呻き声を上げていたミラベルが、髪をかき乱して王子を睨みつけた。


「だったらどうだっていうの! 分かったところでどうにもならないでしょう! 私はもうこんなことしちゃったし、あいつらは劇場に入ってきてるし、そこのヴィオレッタは王子様を呼んでおいて強盗に襲われてんのよ! 今更何もどうにもならないのよ!」

「それはそうだろう。この計画が成功しようがしまいが、誰かはなにかしらの不利益を被るわけだ。しかし動機は何であれ、始めてしまったものは仕方がない。人は誰しも自分の行動の責任を取らなくてはならない。

ところで、君の目的が時間稼ぎだと分かっていて、僕がどうしてこんな長台詞を喋っていると思う?」


にこりと王子が微笑むのと同時に、ミラベルの背後にゆらりと人影が立ち現れた。

恐ろしいほどに静かに動く影は、気付いた時にはすでにミラベルの手にナイフを滑らせ、その指ごと爆弾を回収していた。

ミラベルの悲鳴が室内に響き、彼女の血がヴィオレッタの頬に僅かにかかる。

呆然とするヴィオレッタの目の前で、王子の護衛が即座に動き、ミラベルは床に押し倒して拘束された。

それと同時に駆け寄ってきた泣きそうな顔のお付きの少年に、王子は手を振って無事を示す。


「ああヴォルフ、心配をかけたな。問題ないぞ。……兄上、そろそろ入ってこられてはいかがですか」


ガチャリと扉を開けて入ってきた第一王子は、まるで何事もなく戻ってきたかのように、出ていった時と同じ笑顔を浮かべていた。


「はは、いやすまんすまん。しかしお前がああもつらつらと喋るものだから、入るタイミングを無くしてな」

「まったくもう、そんなことはどうでもよいのです! けが人が居るのですよ。早く治してあげてください」

「わかったわかった。我が弟は人使いが荒い。そら、そこの。ミラベルと言ったか。手を見せろ」


床に押し倒されたミラベルの腕を護衛が掴み上げ、切り落とされた指を断面に当てる。

そこに第一王子が治癒のための言葉を囁くと、流れた血の跡だけを残して、嘘のようにするりと指が繋がった。


「兄上は本当になんでもお出来になられるのですねえ」

「褒めても何も出んぞ。

さて、ヴィオレッタ、この女はこれから連れて行くが、話したいこともあるだろう。縛っておけばなにも出来んだろうから俺たちは席を外してもかまわんが、どうする」


全く気負わぬ普段通りの様子で話す王子たちの様子にあっけにとられていたヴィオレッタは、はっと我に返ってミラベルを見つめた。

かたくなに視線を逸らす彼女の様子に、ヴィオレッタは怒りや恐怖よりも、悲しみを感じた。


「いえ、このままでかまいませんわ。

……ねえ、ミラベル、あなた、どうしてこんなことになったの」


これだけのことがあっても案ずるような響きのあるヴィオレッタの声に、ミラベルは一瞬言葉を詰まらせる。


「……つまんない話よ。入れ込んでた男がクズで、騙されて、借金して、どうにもならなくて、それでこのザマ。役者だってとっくに辞めちゃったわ。

もう何もかも終わりよ。順風満帆なあんたと違ってあたしは人生の落伍者なの。笑いなさいよ」


投げやりに話す彼女の前に、ヴィオレッタはしゃがみ込んだ。

こんな状況でも、ミラベルの顔には美しく化粧がされている。極度の緊張状態でおそらく顔色だって悪いだろうに、それを完璧に隠す技術には、彼女のこれまでの努力が現れていた。


「……わたし、あなたの演技に、すっかり騙されたわ」

「そうね! 笑っちゃったわ。少しも気付かないんだもの。節穴にも程があるわよ」

「ええ、本当。あなたの一世一代の演技、完璧だった。あなたが苦しんでることにひとつも気付けなかった。今夜はあなたと楽しく飲むものだと思って、わたし、高いワインまで買っちゃったわ。

……ねえミラベル、あなたはやっぱり、私が知る中で最高の役者よ。これまでも、これからも、ずっとそう」


黙り込んでしまったミラベルは、きっともう何も話してくれないだろう。

ヴィオレッタは立ち上がり、二人の王子に頭を下げた。

第一王子が何も言わずに頷き、視線で指示を出すと、屈強な護衛はミラベルを軽々と立たせて連れていく。

部屋を出ていくミラベルを、ヴィオレッタは何も言わずに見送った。

その瞳を一瞬、ミラベルが見つめ返す。


「……こっちの台詞よ」


それだけ言って出ていった親友の、おそらく最後に見ることになるだろう姿を、ヴィオレッタは目に焼き付けた。

零れる涙が頬を伝い、そこに付いていたミラベルの血を洗い流していく。

ヴィオレッタは役者だ。少し経てばきっと、また平気な顔をして舞台に立つことができるだろう。

それがヴィオレッタにとって、一緒に夢を目指した少女のためにできる、一番の友情の示しかたなのだから。

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