第11話 演技は心でするもんだ。知らんけど
「……やっぱりわざとらしいだろうか」
苦笑しながらそう言う俺を、ヴィオレッタさんは楽しそうに、ヴォルフと護衛さんは若干ハラハラしながら見守っている。
ヴィオレッタさんの予想通り、俺は普段は猫を被っている。
実はヴォルフを筆頭に、このことは付き合いの長い使用人さんにはバレてるよ。
なんせ完全に幼児のふりをしてると、行動に制限がかかりすぎるからな。さすがに早々に諦めた。
だからこうなることは一応遊びに来た時点で織り込み済みだ。本当にバレちゃいけないのは演技をしていること自体じゃない。
「いいえ、とてもお上手ですわ。ライア王子はずいぶん大人びたかたですのね。……けれど、どうしてそのように自分を偽っていらっしゃるの?」
鬱展開が好きすぎて気が狂いそうだと知られるわけにはいかないからですね。
とか言うとさすがに親が悲しむだろうからな。俺は本当に自重できるいい子だよ。
俺は俺の家族を俺なりに愛しているので、末っ子がマジキチだったと分からせる方向での鬱展開は取り入れないことにしている。ちょっとそれは好みとは違うので。
目の前でどこか心配そうな表情を浮かべているヴィオレッタさんは、いかにも親切そうだ。
正直これがどこまで本気なのか、俺には分からない。
「僕が本当の自分より子供っぽいふりをしているのは、……その、兄上には言わないでくれるだろうか?」
「ええ、わたくしは口の堅い女ですのよ?」
「……そうか。では、……僕は、家族に気味の悪い奴だと思われたくないんだ」
「まあ……。そんなふうに思っていらっしゃったのね」
否定するでも肯定するでもない姿勢は、なんというか愚痴を聞き慣れてる人のそれだなあ。
どうぞもっと話してくださいという態度の彼女に付き合って、俺は続けて口を開いた。
「僕はどうにも昔から、いわゆる子供らしさのない子供だったのだ。まあ今も子供なんだが。
他の貴族の子供達と同じように振舞っているつもりだが、心のうちはおそらく彼らと同じようにはなれていないのだろうなという感覚があった。
人と違うものというのは、時に恐れられたり疎ましがられたりするものだろう。
僕の家族が器の小さい人間だと言うわけではない。ただそうした習性が人にはあるというだけだ。だから僕は他の子供達と同じように見られたいのだ。
それに、あまり僕が賢いのだとひけらかしても、良いことはないだろう。僕は父上の家臣であり、後々は兄上の家臣になる。
下手に目立って将来愚か者に、ライア殿下を王に、などと担ぎ上げられても迷惑だ。
まあ考え過ぎだろうがな。父上の家臣も、国民も、穏やかで賢い者のほうがずっと多い」
嘘は言ってませんよ。
そういう考えも実際持っているよ。
納得していただけましたかねえ、というふうに小首を傾げる可愛い俺に、ヴィオレッタさんが引きつった笑顔を返してきた。
わかるわー。俺もこういう7歳児がいたら引く。
自分の表情が崩れている自覚があるんだろう。ヴィオレッタさんは俺に対して頭を下げた。
「……申し訳ございません。あまりにその、ライア殿下が賢くていらっしゃるものですから、驚いてしまいましたの」
「構わない。慣れぬうちはそうなるだろう」
「寛大なお心、痛み入りますわ。……けれど、そのような振る舞いを続けるのは、つらくは無いのですか」
「つらくなんてないさ。僕は十分、僕の生きたいように生きさせてもらっている。最近は微力ながら、困難に直面している民を助ける手伝いが出来るようになった。やりがいのあることだ。
僕の愛する家族に、そして国民に、少しでも貢献できることだろう。
僕は、いま、とても幸せなのだ」
「そう……、そうですのね。ふふ、市井に流れる噂も時にはあてになるものです。ライア殿下は本当に優しい王子様ですのね」
そう言うと、ヴィオレッタさんは楽しげな笑みを浮かべ、遠くを見るような目つきをした。後でぜひ兄上に俺が良い子だったと伝えてくれ。
壁際で流れ弾に当たったヴォルフが感動に目を潤ませているのがちょっと申し訳ないね。
俺が本当はこういう性格だって知ったらこの子はどんな顔をするんだろうなあ。想像するとワクワクしちゃう。
いやー良かった良かった。多分誤魔化せた。いや本当に誤魔化せたか知らんけど追及が来ないからもうそれでいいや。
幼い子供がめちゃくちゃ賢く喋り出すというインパクトの利便性ってすごいな。
もう今の年代なら俺の演技臭さの大半は、この異常性で上書きできることだろう。
逆に言うと大人になったらやばい。それまでに鍛えておかないとな。
ちなみにヴィオレッタさんは今日の劇では主役の子爵令嬢の母親役をやっていたが、憎たらしいくらいの厳格さの中に娘を思いやる風情をほんのひと匙足した演技は最高だった。
母親の複雑な心情を無理なく観客に思い描かせ、わざとらしさが一つもない。
俺は演劇の世界に詳しいわけではないが、あの引き込まれる演技が誰にでも出来るものではないことくらいは分かる。
彼女は確かに天才なのだろう。
しかし俺は右も左も分かっていないような幼少期には既に、泣いた赤鬼をボロボロになるまで読みまくって暗記していたような筋金入りの変態だ。
彼女が演技に人生をかけているのと同じくらい、いや、あるいはそれ以上に、俺は俺の趣味に人生をかけている自負がある。
いやー、女優さん相手でもそれなりに演技が通用すると分かったのは良い収穫だったなあ。
ニッコニコの笑顔でお茶を飲む俺に、つられるようにヴィオレッタさんもお茶を飲み、あら、とカップから口を離した。
「お話しているうちに、すっかりお茶が冷めてしまいましたわね。おかわりをお持ちしますわ」
空気を換えるようにヴィオレッタさんがそう言って手を叩くと、すぐにドアが開いて女中さんがやってくる。
サモワールに似た給湯器と茶葉やらなんやらが乗ったワゴンを押し、しずしずと入ってきた女中さんに、ヴィオレッタさんが一瞬怪訝そうな顔をした。
「どうしたのだ?」
「あら、いいえ、その……。どうぞご無礼をお許しくださいませ。この女中、本来ここで働いている者ではなくて、わたくしの客ですの」
「構わない。しかしこれは、なかなか豪胆だな」
急な飛び入り参加にちょっとびっくりした。王族相手にこういうことをする奴はなかなかいないぞ。王族だって知らずにやってる可能性のほうが高いけれど。
でも正直面白い。そこのイカれたメンバーを紹介してもらおうか。
「ミラベル! 悪ふざけが過ぎますよ! お忍びでいらっしゃっているとはいえ、そのように気楽にお顔を拝見してよいかたではありません!」
そこそこキレ気味なのだろうけれど、俺の手前トーンダウンさせて叱りつけるヴィオレッタさんに、女中さんはテーブルを挟んで俺とヴィオレッタさんに向かって丁寧にお辞儀をした。
「ふふ、まあ、そうだったの!
ごめんなさいまし。あたくし、ミラベル・オービニエと申しますわ」
「ミラベルか。一体どうしたのだ。なにか僕に用があってきたのか?」
「いいえぇ。ただ、特別なお客様がいらっしゃってるとお聞きしたものですから、気になってしまいましたの」
「そうか、まあ公式な場でもない、頭を上げてくれ。……ふむ、ひょっとして他国から来たのか?」
なんせ俺のこの天使フェイスを知らないみたいだからな。
言っておくけれどうちの国での王族人気は相当なものだぞ。
まず全員純粋に顔が良い。その上優しくて有能ときたら、そりゃアイドルの如くファンも付く。
ぱっと顔を上げた女中さんもといミラベルさんはやたら楽しげだが、基本的な部分での礼儀作法は完璧だな。
多分きっちりそういう部分の教育を受けた人だ。そのうえでこの態度。結構な変人だぞこれ。
「ええ、つい昨日ウィスタリアからこちらの国に着きましたの。ヴィオレッタとは昔同じ劇団で切磋琢磨した仲ですのよ。なのでこうして逗留させてもらっていますの」
「申し訳ありません。このミラベルは腕の良い役者なのですけれど、昔からこういう奇矯な部分があって……」
「ああ、よい。愉快なひとなのだな」
そう言ってヴォルフと護衛さんに視線を送る。
護衛さんは勿論、ヴォルフもちょっと身構えてたからな。わかるよ。身元は一応判明したけれど普通に不審者だからな。
でもごめん……俺暇してるから変人見るのちょっと楽しくて……。
もうちょっと話とか聞きたいから、部屋からつまみ出すのは控えてあげてくれな。
「ウィスタリアか。王都の運河が見事なのだとよく耳にするぞ。一度は行ってみたいものだ。ミラベルは演劇の仕事をしにきたのだろうか? それとも観光なのだろうか」
「観光にきましたの~。こちらは宝石の加工技術が本当に見事ですから! たくさん買ってしまいましたわぁ。あ、見ます?」
ミラベルさんはそう言って、首にかけてメイド服の中にしまっていたネックレスをウキウキしながら引っ張り出す。
と同時に、彼女の顔からすっと表情が抜け落ちた。
「動くんじゃないわよ」
大粒の宝石のついたネックレスを掲げ、無表情に周囲を牽制する姿は、先程までとはまるで別人のようだ。
既にこちらに向かって一歩踏み出していた護衛さんがぐっと動きを堪えた。魔法が得意なヴォルフも冷や汗をかいて悔しそうに黙っている。
えっなになに俺わかんない。置いてきぼりにしないで。
「ごらんのとおり、火の魔石が原料の爆弾よ。留め金を外せばすぐ爆発するわ。
分かってるみたいだけれど、その位置から走ってきて剣振ったり魔法唱えたりするよりずっと早く、あたしはこの部屋を木っ端みじんにできるの。変な気を起こさないことね」
ということらしい。説明ありがとうね。
いや急展開が過ぎる。
俺もしかしてコ○ンポジションなんだろうか。
劇場だけに劇場版お得意の爆発事件ってね。とか言っている場合ではない。
ミラベルがどうしてこんな事をしたのかは分からないが、つまり俺は彼女の演技に騙されたようだ。悔しい。
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