二人の女優と二人の王子

第10話 王子の楽しい演劇鑑賞

めちゃくちゃワクワクしている俺だよ。

俺の演技がプロの役者さんに見破られたらどうしようという不安もあるものの、それ以上にお出掛けへのワクワクが勝ってしまうんだよ。7歳だからな。

演劇は一応今世でも見たことがある。王立歌劇場とかいうキラキラした名前で外見も内装もめちゃくちゃキラキラしている劇場に、年に何回か公式行事で行く機会があるからな。

そっちは王家御用達で主に貴族が来る劇場だ。

兄上に連れて行ってもらうのは民間で経営しているやつ。

立地も貴族街よりは、もっと下町っぽい城下町のほうに近い。

王都はなかなか都会なので大小様々な劇場があるし、劇団も複数ある。

今回はその中の一つ、紅薔薇歌劇団という劇団の公演を観させてもらう。

名前がベタ過ぎるという妥当なツッコミをつい入れたくなるんだけれど、ここ、団長さんがめちゃくちゃお色気系の美人さんなんだよ。それならまあそういう名前でやりたくなっちゃうよね。


本日の俺は普段着ているものよりちょっとグレードを落とし、お金持ちの商家のぼっちゃん風の服装をしている。

そして兄上は遊び人の御曹司風だ。めちゃくちゃ似合うな。

今回は一応お忍びという形なので、護衛はぱっと見て分かるのは俺にいつもついている騎士さんのみ。

他は兄上付きの護衛の皆さんが、各種民間人風の格好をしたり物陰にに忍んだりして警護に当たってくれているらしい。

忍者かなんか? こわ……。鬱展開がある本読んでるときにニヤけないよう、今後はいっそう気を付けておこう。

しかし第一王子ともなると、そういう諜報員じみた人材も確保しているもんなんだなあ。

ふーん! 俺だってアリアっていう優秀な変態の手駒が居るんだからね!

やめようすごく虚しい。


あとはヴォルフもいいとこの執事見習いみたいな恰好でついて来てくれているよ。

彼は毎日美味しいお茶とおやつを出すだけではなく、ちびっ子の俺が不自由しないよう色々と手伝いをしてくれているため、お出掛けにも同行必須なんだ。いつもありがとね。

いや本当、俺の身長だとまだ地味に生活に不自由するんだよ。時々洗面台の蛇口とか手が届かない場合があるからな。この国は日本より平均身長が高いので、子供には若干生活しづらい環境なのだ。


それはともかく劇場の話だ。

王子に産まれてからは散々豪華絢爛なものを見慣れたもんだけれど、ちょっと猥雑な雰囲気のある庶民向け娯楽施設の豪華さというのは、貴族向けのお上品な豪華さとは若干毛色が違っていて面白い。

正面入口の混雑には混じらず、裏口の関係者入口から劇場に入り、そのまま中央ボックス席……なんて言ったらいいんだ? 舞台正面の二階部分にある、他より広くスペースをとったVIP席だな。そこで先程劇場の支配人と、紅薔薇歌劇団の団長さんから挨拶を受けた。

二人とも順風満帆を絵に描いたような輝かしい笑顔で丁寧に挨拶してくれたので、俺はちょっとオペラ座の怪人調の事件でも起きないかなと期待してしまったものの、さすがにそういうことはないだろう。


会場内の照明が落とされ、ざわざわと響いていた話し声がふっと消える。

続いてバイオリンに似た弦楽器の音が優雅に旋律を奏で、他の楽器が後に続いて、演奏が始まった。

ステージの上で煌びやかなシャンデリアの明りを浴びているのは、主役をつとめる美しい女性だ。

今回の劇のあらすじはこう。

子爵令嬢のメアリーは、ある日舞踏会で一人の騎士と恋に落ちる。

しかし折悪しく隣国との関係が悪化し、騎士は戦争へ行かなければならなくなった。一夜の契りを結び、騎士は必ず帰ると約束して旅立っていく。

しかし騎士は戦死。令嬢は父親を喪った子供を懐妊してしまった。

子供を遠縁の親族へ預ければ、養育費だけは払ってやるという両親の説得に、令嬢は一旦子供との暮らしを諦める。

しかし友人からの説得を受け、最終的には令嬢は家を出て市井で暮らしていくことを決意した。

というお話だ。7歳児に見せるもんじゃねーぞ。


まあ俺が普段から神話やらサーガやら歴史書を読み漁っているので、これくらいならいけると判断したんだろう。大正解。100点。

最愛の人間の死に対する絶望とか、子供に必要なのは安全に暮らしていけるだけの金なのだと言う令嬢と、子供に必要なのは母親の愛情だと説得する友人のエゴをぶつけ合う重苦しさだとか、苦難の道を歩むことを決意した令嬢の清々しくもどこか狂気的な表情とか、すごく良かった。

結局戦争は終結したのか描写されていない点も、令嬢のこれからの生活の苦しさを予感させて、俺的にはとても満足のいく結末だ。

フィナーレの主役女性のソロを聞きながら、つい目元に涙がにじんでくる。

良いラストだなあ。うるさい客もいなくて進行も順調だったし。

となるとここでまさか……? 天井のでかいシャンデリアが落ち……? ない。それはそうでしょうね。はい。ここは名探偵が活躍する世界線ではないようだな。

素晴らしい劇にほろほろと涙をこぼす俺の目元を、兄上が笑いながらハンカチで拭いてくれた。


「はは、そんなに泣いては目が張れてしまうぞ。この兄が拭ってやろう」

「ありがとうございます、兄上。つい感動してしまって……」

「お前は賢い上に優しい子だなあ。俺はかわいい弟を持ったものだ」


うーんイケメン。

図らずも兄上の好感度を上げられたようなので、今回のお出掛けはこの時点でなかなかの収穫だな。

客席から劇場内の貴賓室へ移り、用意してあったお茶を飲みつつ果物やらなんやらを摘んでいると、赤いドレスとウェーブのかかった黒髪がセクシーな団長さんと、今日の主役をしていた金髪の可愛い女優さんがやってきた。


「リザレイア殿下、ライア殿下、本日はわたくしどもの劇を見ていただき、本当に光栄でしたわ」

「わ、私も、このような機会を頂き、とても嬉しく思っております!」


堂々とした振る舞いの団長さんと比べて、若い女優さんは初々しいなあ。


「ああ、今日も素晴らしい劇だったよ、ヴィオレッタ。そちらの美しい女性には初めて会うな。紹介していただけるのかい?」

「ええ、勿論。この子はミシェル・トナー。若手ですが、わたくしの劇団でもきっての実力派ですわ」

「確かに素晴らしい歌声だった。さて俺も紹介しようか。ごらん、この可愛い天使が俺の自慢の弟のライアだ」


ごらん、この絵に描いたようなイケメンが俺の兄上。

すごいな。どう育つと素の振る舞いがこれになるんだ。

頭を乱暴に撫でられるせいで、ぐらぐら動いてちょっと酔いそう。


「本当に、噂通りの可愛らしい王子様ですわね」

「はは、そうだろう!」

「兄上、そのようにおっしゃられては、照れてしまいます」


ちょっと拗ねて言ってみせると、兄上は余計楽しそうに笑い声をあげた。


「はっはっは! 今のうちに言われ慣れておくと良いぞ?

まあそれはさておき、折角美しいお嬢さんを紹介していただいたのだ。兄はちょっと席を外すが、このヴィオレッタに演劇の話などをしてもらうと良いぞ。なあに、そう待たせはせん」


そう言ってイケメンの兄上は、顔を真っ赤にしている女優さんと一緒に流れるような動作で部屋から出て行ってしまった。

マジで??

いやマジで??

7歳の弟を遊びに連れて来ておいて??

いやいや、兄上のことだから速攻で女優さんを落として帰って来るんだろう。さすがに本番まではここでしないだろうし。

いやそれにしてもマジで??

壁際に控えているヴォルフが真っ赤になってるんだけれど、俺はなんて声をかけてやったらいい?

うろたえる俺たちの様子に苦笑しているヴィオレッタさんは、多分こういう事態に慣れっこなんだろうな。


「驚かれましたでしょう? でもご安心なさってくださいね。リザレイア殿下はおっしゃっていたとおり、後でちゃんとお戻りになられるでしょうから」

「ああ、ちょっと驚いたが問題ない。兄上はよくここに来るのだろうか?」

「ええ、時々来てくださいますわ。

内緒になさってくださいね? リザレイア殿下は歌うことがとてもお好きですのよ。今頃ミシェルを質問攻めにしているに違いありませんわ」


耳元に口を寄せてこっそり話すヴィオレッタさんは、悪戯っぽくてとても楽しそうだ。

兄上が年齢のわりにやたら男らしいせいで18禁方面の想像しかできなかったけれど、多分これはマジで健全なやつなんだろうな。

あービビった。うちの兄上は遊びに連れてきた弟を放置して初対面の女としけこむような男じゃなかったよ。誰だそんな疑いをかけたやつは。反省しろ。


「そうなのか! わかった、このことは内緒にしておこう」

「ふふ、ライア殿下は優しくていらっしゃいますわね。わたくしも歌には自信がありますれど、演技のほうが得意ですのよ。

もしよろしければ、ライア殿下にもコツをお話してあげますわね?」


そう言ってにっこり笑う美人女優は、いかにも楽しげな眼でこっちを見ていた。

これ完全に猫かぶりがバレてるやつですね。

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