第9話 頑張りは週一くらいのペースで報われろ

やあ。今日も元気な俺だよ。

今回マジで大したことはなにもしてない。ただただ忖度の嵐が起きただけだ。


いや実際、今回はエミリオさんがあまりにも周囲とコミュニケーションを取らな過ぎたから、クソ野郎に付け入るスキを与えたと言って過言ではない。

絶望するまでの流れが早すぎるぞ。もうちょっと頑張れ。

もう少し寝かせて様子を見てもいい案件ではあったものの、ご本人の口からこれまでの出来事とその時の気持ちを聞きたいという欲求が勝ってしまって、つい手を出してしまった。

エミリオさんが恩人のジョゼフさんについて話してくれた時の、寂しさと愛しさをないまぜにしたような絶妙な表情が最高にエモかったから結果的にはヨシ。

故人の遺志を継ぐ展開っていいよね。まず死ネタって時点で好き。今後もお仕事頑張ってね。


なんていうかね。アリアが有能過ぎて俺は怖いよ。そのうえ変態だからシンプルにそこも怖いよ。

蛇足の気もするけれど一応解説していこう。

まず最初。アリアは俺の意図をしっかり汲んで、王城どころか町でも、エミリオさんの仕事が俺に気に入られたこと、どんな人か教えてほしいとお願いされたので調べていることを、一切隠さず調査をしまくった。

そうなると周囲は勿論気にするよな。

地味に堅実にお仕事をしていた全然ぱっとしないエミリオさんは、一躍注目の人となったわけだ。

俺は事実としてこの国で好かれている。そして子供だ。

可愛いおこちゃまの第三王子が気にしてる野郎ってのはどんな奴だと、まあ心配したり好奇心を持ったりする。

次第に自発的にひととなりを探ろうとしたり、早めに取り入っておこうと話しかけるひとが出てきた。


次にアリアは情報収集のために色々お話を聞いた人たちに、ちょっとしたお礼なんかをして回った。

そしてその時同時に、収集した情報をちょいちょいと小出しに話して回ったのだ。

内容自体に一切嘘はないし、なによりエミリオさんの元々の性格が良かった。

しかもここまでされても、ちょっと最近妙だな。くらいにしか思わない鈍さも良いほうに働いた。

自然体の、人づきあいが下手くそで、でも真面目でじつは優しい人柄が周囲に知られていったわけだ。

例のメイドさんの件が良く効いたよなあ。

あっこいつロリコンじゃなくてただの童貞だわ。って伝わってくるもんな。メイドさん、おばちゃんとまでは行かなくともそこそこのお姉さんだったし。


そうなってくると、例の王子様に気に入られたっていう企画書はどんなもんなんだと読む人間も出始めた。

素晴らしい内容だってことは、変態ながらも有能なアリアのお墨付きだ。

あの企画書が提出された会議、けっこう広く意見を募集してたらしくて、別の部署からも注目されたらしいんだよ。

それなのにこの奨学金の企画書は全然誰も見かけてないぞってことがここで発覚する。

企画書は一回各部署で集めて、それから会議に出されたわけだが、じゃあ一体どこで止まったんだ?って話になるじゃん。

トマスのとこだねってバレちゃうじゃん?


これだけならまだ言い逃れはできたんだよ。

ところでだ。俺が職場見学に行ったとき、エミリオが俺に近づこうとしたのをさりげなくガードした奴らがいただろ。

そいつらは当然この展開にめちゃくちゃ冷や汗をかいてた。

王子様お気に入りの役人がロリコンらしいよって話を職場内でしてたもんね。そのうえ俺の前にノコノコ出てきて顔晒して邪魔しちゃったもんね。

噂の出所がトマスだということをこいつらは知っていた。

だから俺たちはトマスに味方したわけじゃないんですって言い訳するために、トマスのことを調査した。

そうしたら出るわ出るわ。

平民の役人に対するトマスの嫌がらせが山ほど発覚したわけだ。


そういうわけでトマスは左遷になった。

四男とはいえ貴族の出身だ。バザロフ家の当主、つまりトマスの兄が庇っていたなら、もっと穏便な処分になっただろう。

でも結果はここに落ち着いたわけだ。

自分の父親が息子同然に可愛がって後見人になった男を、自分の弟が蹴落とそうとしてたんだからな。当主も思うところがあったんだろう。

トマスくんはまあ、可哀想なところもあるよ。

実の息子であるトマスより、きっとエミリオさんのほうが可愛がられているように感じてたんだろうね。どんな気持ちだった? ねえねえ。


こんな感じで今日も悪は滅び、頑張り屋の不器用な青年は報われたわけだ。

エミリオさんは大好きなおじいちゃんへの恩返しのつもりで働き始めた職場で、よりにもよって恩人の息子からパワハラを受けていた。

つらかっただろうな。熱意があるだけに、やりきれないものがあったと思うよ。

自分が子供の頃に受けた恩を返すために、自分も子供達を助けられるような大人になろうと頑張っていた人間が、よりにもよってロリコン扱いされるなんて可哀想すぎるだろ。

それに、彼を邪険に扱っていた職員は今も同じ職場で働いている。

気まずいだろうし今後も色々思い出してつらいだろう。

けれどもともと優秀で真面目な男だ。きっとこれからも頑張ってくれると俺は信じているよ。

エミリオさんの実家周辺じゃあ、あいつ王子様に気に入られたらしいぞ、なんて噂が今頃流れているだろう。

たまには実家に帰って羽を伸ばして寛ぐのも悪くないと思うぞ。


しかし今回は楽勝すぎたんじゃない?

いや、エミリオさんは可哀想だったけれどね?

俺本当になんにもしなかったよ。アリアの手際が良くて俺が愛されていてエミリオさんが優秀だった結果トントン拍子に解決しちゃっただけだよ。

いやー、優しい世界って良いですねえ。

もうちょっと難易度上げても良いんじゃない? 舐めプしてても勝てるわコレ。

なんてことを考えながら俺がいつものおいしいおやつを食べていると、部屋の扉がバタンと景気よく開いた。


「ライア! 兄さんだぞ!」


兄さんだね。

突然の第一王子の来訪にヴォルフが慌てて頭を下げるのを、兄上は鷹揚にあしらう。

うーん、この感じ、生粋の俺様系主人公みがあって俺はけっこう好きだ。親友に裏切られる展開とか来ないかな。

ヴォルフはめちゃくちゃ急いでお茶の準備に行ったけれど、焦らなくていいからね。兄上はわりと心が広いからちょっとくらい遅れても大丈夫だよ。


「兄上、突然どうなさったのですか?」

「うん。お前の噂を色々聞いてな。頑張っているようでなによりだ」

「へへ、ありがとうございます」

「しかしお前はまだ遊びたい盛りだろうに、どうにも真面目過ぎると思ってなあ。

それでこの兄が遊びに連れて行ってやろう!」

「わあ! 本当ですか! とても嬉しいです!」


わーいお出掛け。

いや急だな。いいけどね。暇してるし。

超特急で用意された紅茶をぐっと飲み干す仕草は、豪快ながらもどこか品があって、さすがの王子様ぶりだ。

うちのリザレイア兄上は、均整の取れた体格といい、自信に満ちた顔つきといい、覇気に溢れた物腰といい、15歳には全く見えない。何食って育つとそうなるの?

普段何して遊んでるのかちょっと想像できないんだけれど、どんなところに連れていってくれるんだろうな。貴族らしく狩猟とか?


「そうか、よし。では後で詳しい日程を連絡しよう。

場所は城下の劇場だ。贔屓にしている劇団があってな。そこの団長が実に良い女なのだ。経営者としても役者としても天才と言って良い。

お前は歳のわりに賢いからな。演劇も楽しめるだろう?」

「はい、大好きです! いったい何のお話が観れるんだろう!」


お前本当に15歳か?中におっさんとか入ってない?まあいいけど。

なるほどね。この天下無敵の激烈可愛い王子様ムーブをしているこの俺が、演技の天才の前に連れていかれるわけか。

普通にピンチじゃん。

もっと難易度上げていいとは言ったけれどそういうポイントじゃないんだよ。

フラグ回収が早すぎるだろうが。俺は配信者としても大成する素質を秘めていたのかもしれない。


「でも、僕、そういった場所で演劇を見るのは初めてです。 父上は許して下さるでしょうか……?」

「ああ、父上はお前に過保護だからなあ。まあ俺が一緒なら許してもらえるだろう。なにせ俺の護衛達は、お忍びで出かける貴族の護衛に関してはエキスパートだからな!」


父上ガードが崩された。もう駄目だ。

いや、けれどこれはチャンスだぞ。

俺の年だと仕事としてか、あるいはこうして年長者の引率でもないと町のほうには行けないからな。

中世ファンタジーの都会で暮らす町人たちの悲喜交々に触れられるなんて、とっても楽しみだなあ。

きっといろんな人たが、一生懸命暮らしているんだろうね。

田舎から上京してきて役者を目指すも、花形女優の先輩から相次ぐ嫌がらせに遭い、それでも夢を諦めきれずにもがいている新人役者とかさ。

先輩役者に借りがあってそのいじめに加担させられているけれど、本当は新人役者に淡い思いを抱いていて、罪悪感に苦しみながら反撃の機を窺っている男性役者とかさ。

それらを見て見ぬ振りをしているけれど、本当に自分が作りたかったのは、夢いっぱいの若い役者たちが皆で頑張れる場所なんだって気付いて、花形女優を解雇してやり直していくと決意する団長とかさ。

そういうのが、うへへ、あると良いなあ。


「いまからとっても楽しみです。ドキドキしてきちゃいました!」


いやあ、本当に期待で胸がいっぱいです。

用事が済んで去って行く兄上を、俺はめちゃくちゃ良い笑顔で送り出したのだった。

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