第7話 労働は喜びだよ。そうだろおい返事しろ
一通り城内を見回り終え、俺は貴族用の休憩室で優雅におやつタイムと洒落込みながらアリアにお願いをした。
「アリア、行ってみたいところがあるんだが、案内を頼んで良いだろうか?」
「はいっ、勿論! 本日は殿下が行きたいところは、危険な場所でない限り案内するよう仰せつかっております!」
「よかった! ええと、国の教育に関わる部門があるだろう? そこの資料室へ連れて行ってくれ」
例の胃をやられてそうな男が配属されてるのがそこなんだよね。
職場で何か問題があるとなると、まあセクハラ、パワハラ、同僚同士での足の引っ張り合い、いろいろあるだろう。
部外者がちょろっと見たくらいじゃなかなか分からない部分だ。
一概には言えないが、被害に遭っている奴は正しい評価をされていないって場合が多い。
そういうわけで資料室だ。
現代と違って何もペーパーレスじゃない世界なので、馬鹿でかい書架に大量の書類が厚紙やら皮やら布やらでファイルにして押し込まれていて、見ただけで嫌になってくるような空間だが、これも趣味のためと思えば苦ではない。
最近のものがある場所にあたりを付けて、デスクの上に置かれていた名札を盗み見て覚えた名前を探していく。
例のお兄さんの名前はエミリオ・アルター。
この国の書類の形式が、背表紙に題名も部署名も作成者名も日時もあるタイプで本当に良かったな。無かったら流石に調べられなかったぞ。
見た感じ、一時期を境にエミリオさんが作成している書類は分かりやすく減っている。
その時期の初期に作成されているのが、これは企画というか提案というか、新しい法案のような物を考えていたようだ。
内容は平民向けの奨学金制度の作成について。
ざっと概要を見た限りでは、不可のハンコが押されたままここに雑に突っ込まれる理由が分からないくらいには良く纏まっている。現代日本の制度と比べても遜色無いんじゃないだろうか。
この国の学校について説明すると、まず一番規模が小さいのが教会がやってる青空教室みたいな学校。平民はここで読み書きと簡単な計算を習う。
次は物好きな貴族とか有名な学者が開いた、教育機関と研究所がくっ付いたみたいな学校。ここは専門校みたいなところが多いな。
一番規模が大きくて大学って呼ばれてるのが、裕福な領主とか国が経営している、公立校みたいな場所。
教会以外の学校はどこもそれなりの額の学費がかかるんだろうが、まだそのへんの金銭的事情までは詳しく習っていない。
俺はそのファイルを片手に、アリアに話しかけた。
「アリア、王立学院というのは、平民の生徒はいるのだろうか?」
「え? ええ。数は少ないですが、通っていますよ」
「そうか。大学の学費というのは高いのだろう? 平民はどう工面しているのだ?」
「そうですねえ、大きな商家の子なんかはそのまま自費で通いますけれど、特別才能のある子は、目をかけている貴族が学校に通わせることもありますね」
「そうか。はっきりと定められた制度は無いのだな。ところでこのファイルを読んで、意見を聞かせてもらえるだろうか」
「あ、はい! ライア殿下は本当に賢くってらっしゃるのですねえ……!」
俺がせっかく真面目に話しているのに急に目元を潤ませて鼻息を荒くしないでほしい。
完全に変質者過ぎて、見かねたヴォルフがちょっと間に割って入ってきたからな。反省しろよ。
しかしさすが首席の才女。王子を待たせまいとかなりのスピードで書類を読み進めてくれる。というか速読もマスターしてるなこいつ。こわ。
最後まで読み終わると、難しい顔をしてアリアがファイルを返してくれた。
「とても良い計画だと思います。これが実現すれば商家や貴族の助けがなくとも、平民でも高等教育を受けられる機会ができ、優秀な人材が国に増えることでしょう。採用されなかったようで残念です」
「そうか、僕もとても良いことだと思うんだ。けれどそれならなぜ、この計画は了承されなかったのだろう?」
「まあ……予算の都合がつかなかったり、ほかに優先してやらなければならない仕事があったですとか、色々な可能性が考えられますわねえ」
「そうか……。アリア、僕、お願いがあるんだ。聞いてくれるだろうか?」
「はい!! 喜んで!!」
勢いが怖いんだよなあ。
熱意はありがたいんだけれどなあ。
「この計画、とても良いことだと思う。もし上手く行ったなら、孤児院の子達ももっといろんな勉強をして、なりたい仕事に就けるようになるだろう?」
「はいぃ!! 立派なお志ですわぁ!!」
「ありがとう。それで、その、僕、これを書いたのはどんなひとなのか気になっているんだ。きっととても優秀なひとなんだろうね。
でも、自分でそう言うのはちょっとはずかしいから、アリアがこのひとについてよく調べてくれないか?」
「全身全霊をかけて調べますわぁ!!」
こわい。
こういう指示、好きなひとのことをもっと知りたいからお友達経由で聞くんだ!って感じのお年頃の女の子っぽくて恥ずかしいなあ、とか思って頬を赤らめてたのがいけなかったのか?いけなかったか。
一応言っておくと、俺は趣味にガチで全身全霊をかけているから、可憐に頬を染めていようが恋愛感情も性欲も無いぞ。
「良かった。それじゃあアリア、頼んだよ」
「お任せ下さいませ……!!」
アリアはめちゃくちゃキレのいい動きでひざまずいて了承した。
こいつこれでよく今まで社会生活に支障を来たさなかったな。その気になればまともにも振舞えるってことは見たから分かっているけど疑問を覚えずにはいられない。
という恐怖体験があったのが二日前だ。
そして鼻息の荒いショタコンから報告を受けているのが今だ。
仕事が早い……!
止めろ膝に触れそうなくらい距離を詰めて話をするな。ヴォルフが止めに入るべきか迷ってつらそうな顔をしてるだろうが。
ヴォルフごめんね気苦労をかけて。でもこの人優秀なんだよ。
「あの計画を立てた人は、悪い噂を流されているのだな?」
「ええ、悲しいことですが……。勿論わたくしは殿下が目をかけている方が噂通りの人物だとは思いませんわ」
「うん、僕もきっと何かの間違いだと思う。ちなみに、一体どのような噂なのだ?」
「……それが、その、んん、なんと申しましょうか。
ちょっとこう……子供が好きすぎるという疑惑をかけられておりましてね?」
「それは悪いことなのだろうか?」
「ええ、場合によっては。でもこれはわたくしの勘ですが、違うと思いますわ」
なるほど。奨学金制度推奨派の成人男性にロリショタコン疑惑がかけられているのか。
アリアが違うと断言するからには違いそうな気がするんだよなあ。俺の主人公属性大好きセンサーもそう言っている。
というか世間の目は節穴にも程があるだろうが。アリアをのさばらせておいてなに無責任な噂流してやがる。こいつからしょっぴけ。
でも変態でも選りすぐりのエリートだもんな。この世はクソ。
真性ショタコンからの報告をまとめると、こういうことらしい。
例の奨学金の計画を立てたエミリオ・アルターは王都の下町にある小さな雑貨屋の次男坊。つまり貴族の後ろ盾を得て学校に通って役人になった優秀な平民だ。
と言っても当時支援してくれた貴族は高齢でもう亡くなっており、今はそれほどしっかりした後ろ盾があるわけではないらしい。
実家や現在住んでいる下宿の周辺で聞き込みをしたところ、エミリオ氏は照れ屋で人付き合いは苦手だが、ゴミ出し等のマナーは必ず守り、礼儀正しく謙虚な人柄で、評判は悪くない。
大学時代や新人時代の同期からの評判も、付き合いは悪いが勤勉で優しく真面目、仕事は早くて正確だと、これまた悪くはない。
ところが現職場では何故か一部でロリショタ大好き変態根暗おにいさんと思われている。
そういう噂が流れだしたのは、やはりあの奨学金制度の書類を出してからのようだ。
その計画を練っていた時期より前から、エミリオ氏は自宅周辺の子供や親御さん、孤児院などに、もし金銭的余裕があれば進学したいかという聞き込み調査をしていたそうだ。
ついでにアンケートに協力してくれた子供達と遊んだり、飴を配ったり、親身にお悩み相談を聞いたりもしていたらしい。
まあ子供たちの中にギリギリおじさんの域にも入りそうな仏頂面のお兄さんがいたら、ちょっとそういう目で見られるのは分かるよ。
けれど彼に子供が好きすぎるお兄さん疑惑が向けられているのは、実際にそういった場面を目撃していた人々からではなく、あくまで職場での話なのだ。
なお年齢=彼女いない歴だそうだ。そこは黙っておいてやれ。
と思ったけれど、浮いた話の一つもないことが、余計にその噂に信憑性を持たせているって可能性もあるか。
これは何かあるだろう。
真面目で優しく朴訥でちょっと不器用だが仕事のできるお兄さん。という彼の人柄と、現在の評価だけがあまりにも乖離している。
あと数日で職場内どころか下町の実家周辺まで調査しているアリアが怖すぎる。
めちゃくちゃ優秀で便利だが、俺に向けてくるどろりとした熱っぽい視線がなんていうかすごく無理だ。
くそっ。今日の俺の服装が清楚なセーラー襟シャツに短パン革靴だったのがいけなかったのか!? いけないね。ショタコンに会っていい服装じゃなかったね。
でも俺がお庭でボール遊びしたいって言ったらヴォルフがこれを用意してくれたんだよ。ヴォルフは悪くないから俺も悪くない。
「こんな短期間でここまで調べてくれるなんて、アリアは本当に優秀なのだな。ありがとう」
「ン゛ァッ! ありがとうございます!!」
「これからもこういったことがあったら、ぜひ頼らせてほしい」
「勿論ですわぁ!! 光栄です……ああ、頑張って役人になって良かった……!」
そういう感動はもっと別の場面でしてくれ。
俺だって出来ることならこんな鬱展開と相性の悪いギャグ時空じみた奴には頼りたくない。でも頼りになるんだもん。
舐め回すようにこっちを見つめてからアリアが退出した後、俺はヴォルフに今日のおやつを出してもらってやっと一息ついた。
心身ともに疲れたけれど収穫は十分にあったな。
さあこれからどうしよう。
鬱展開から立ち直る人間を間近で眺めている時は勿論めちゃくちゃ楽しいけれど、こうして思いを馳せている穏やかな時間も最高に幸せだなあ。
美味しいクッキーをかじりながら、俺は甘いひと時に至福の笑みを浮かべた。
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