実直な青年文官と王子
第6話 王子の笑顔の絶えない職場見学
磯野ー! 職場見学しようぜー!
子供らしくて微笑ましくて大人がついつい、仕方ないなあもう~なんてデレデレ笑顔で許してくれるお出掛けっていったい何だろうと考えていた俺は、これを思いついた。
父上の働いてるところ見たいなー。ついでに父上と同じ職場で働くみなさんも見たいなー。
あわよくば政治という清濁併せ飲まなければならない職場のドロドロギラギラした人間関係も見たいなー。
そういうことだ。
もともとがっつり警備されてる場所だから、護衛に関する負担も少ないだろう。
それと鬱展開探しのほかに、今のうちに俺の7歳児らしい純真な可愛らしさで文官をメロメロにして、将来にわたりいろいろな便宜を図ってくれるように画策したい。
なにせ王族とはいえ三男坊だからな。
将来は公爵家かどこかに養子に出されてそっちの領地で仕事をするか、教会やら軍のお飾り的要職に就くか、弱小国で王配になったりするのがそこそこ妥当な道だろう。
そういう時国の中枢にいろんなパイプがあるのは良いことだ。
ただ、父上の職場というのは、要するにエリート中のエリートが集まる場所ということでもある。
あまりレベルが高すぎると、俺みたいな子供にはドロドロを見せないよう、うまいこと隠蔽されてしまう可能性も高い。
あと折角のおでかけなのでいろいろな場所を見たい。日本から中世に転生したせいで娯楽に飢えてるんだよ。
いろいろな事を考慮した結果、初回はまず偵察も兼ねて、広く浅く見て行こうという方針だ。
というわけで適当なタイミングで父上に頼んでみた。
パパー! パパの職場での格好良いところ見たーい!
「おお、そうかそうか。ライアは勉強熱心で本当に良い子だな。勿論いいとも」
「えへへ!」
そういうわけでOKが出たよ。チョロいわ。まず間違いなく許可が出るだろうとは思ってたけどチョロすぎるわ。この親バカめ。好き。
前回と同じく具体的な計画立案は父上とその側近団の方々がしてくれている。今回もありがとうございます。
大企業の社長の息子が職場に遊びに行くようなノリなので、同行してくれるのはローテーションで変わる護衛騎士さんの誰かと、ヴォルフと、あとは案内兼お世話役が一人か二人ってところだろう。
ヴォルフと護衛さんは過保護だか俺に激甘なので、案内役さえ攻略できれば俺はある程度自由に王城を見て回ることが出来るはずだ。
もちろん子供が入っちゃいけなさそうな場所には最初から行く気が無いよ。良い子は叱られるような行動は極力しないからな。
女神様の加護が俺好みに働いていると仮定すると、案内役で来るのは俺の愛しの主人公体質人間か、逆にそういう人間を苦しめているやつか、あるいは俺の自由にさせてくれるチョロい人間だろう。
このどれかのパターンならありがたい。信じてるよ女神様。
そんなわけで職場見学当日。
王城にある貴賓室の一つで、俺たち第三王子御一行は待機していた案内役と顔を合わせた。
上質だが清楚で機能的なドレスに身を包み、亜麻色の髪をきっちりとまとめた綺麗な女性が、俺の前で優雅にお辞儀をした。
「はぁぁあ……! はじめまして! わたくし、このたび殿下の案内役を仰せつかりました、アリア・クラーレンと申します……! か、かわいい……!」
キッッッッッツ。
攻略したいとは言ったけれど、まさか急にこんな既にチャームがかかってる変態が来るなんて思わないだろうが。
お前、誰にでも礼儀正しいヴォルフ君の顔が引きつるってのは相当なことだぞ。
年の功で顔に出してない護衛さんも内心引いてるんだからな? わかる? 俺は付き合いがそこそこ長いからわかる。
しかしなるほどね。こういう人種もいるんだな。
いいだろう。俺は天使みたいに可愛いと評判の心優しい第三王子様だ。やってやろうじゃねえか。
王子様というのは、初々しさと上品さと王族らしい鷹揚さのバランスが大事なんだ。
まあ俺も未だに口調がよく分からなくなる時もあるんだけれどな。7ちゃいだからしかたないね。
にこりと微笑み、頭はさげずに相手を見上げる。ここで勿論上目遣いだ。
顔の動きに沿ってさらりと流れた前髪が目元にかかり、やわらかなニュアンスを加えるのもポイントなので覚えて帰ってくださいね。
「そうか! アリア、今日はよろしく頼んだぞ!」
弾むように楽しげな、しかしあくまで優しく品の良さを感じさせる声を意識する。
名前呼びのファンサを欠かさないことも重要だが、あまりペラペラ話しかけるのは特別感を損ねかねないので、挨拶は端的に終わらせたほうが無難と言えるだろう。
どうだ。これが俺が数年かけて研鑽を重ねている愛され王子ムーブだ。
「ファッハ……! 光栄でしゅ!
ン゛ン゛ッ! そ、それではさっそく案内をさせていただきますね! まずは陛下の執務室へまいりましょう!」
推しに会って精神が崩壊しているオタクみたいな反応をするな。
やべー奴だが楚々とした所作はさすがに国の中心で働いている人間らしく、キャリアウーマン感がある。
多分、若い女性のほうが小さい子が緊張せず話せるだろうから。みたいな理由で選ばれたんだろうなあ。
「クラーレンと言うと伯爵家だろう? あそこは確か武術の名門と聞いたが、王城で働いているとはアリアは文武両道なのだな。どこの学校に通っていたのだろう?」
「オァッ、ありがとうございます!
ええ、わたくしも一応、家では剣術を習っておりました。
大学は王立学院を首席で卒業させていただきました。とても充実した学生生活でしたわ。これも王家の皆様のおかげです」
へー! そうなんだー!
俺知ってるよ! そこってこの国で一番おっきい大学でしょ!
マジかよ。地位のある有能な変態とか業が深すぎるだろ。逆に救えない生き物だわ。
今から公式行事ではないとはいえ王様の前に行くわけだけれど、こいつの家族と上司と同僚今頃胃痛で死んでるんじゃない?
という心配をしながら執務室へ到着すると、アリアは礼儀作法にのっとったノックをしてめちゃくちゃ丁寧に入室した。
「失礼いたします、陛下。ライア殿下をお連れいたしました」
急にまともな人間みたいになるじゃん。
外面が良い変態とか最悪だな。TPOをわきまえててえらいね。
それはさておき職場見学開始だよ。
王様らしいかっちりした豪奢な服を着てでかいデスクのでかいイスに座っている父上に、俺は教わっている作法通りの礼をしてから、キラッキラの瞳を向ける。
「父上! 今日はお仕事を見学させてくださってありがとうございます!たくさん勉強をしますね!」
「はっはっは、そう固くならなくていいぞ、ライア。この父になんでも聞くといい」
パパは今日も格好良いなー。いかにも穏やかで賢そうで意志が強そうで理想の王様って感じ、俺は好きだよ。
でもごめんな。今日の父上はなんていうか、王城内を歩き回るダシにしただけなんだよ。
あとそもそも王様まで上がってくる書類となると、機密文書が多すぎてロクに見学もできないんだよ。
なので俺はその場で父上の周りをしばらくウロチョロし、でっかい黄金製のハンコのような物を見て、これが国璽かーとか感心したり、詳細な地図で周辺国の地形を勉強したり、一緒にお茶を飲んだり、小学一年生の社会科見学状態で過ごしたのだった。
以上。
そういうわけで割愛して本編の不憫なやつ探しに行こうね。ごめんね。大好きだから許してほしい。
俺が住んでいる国は結構な大国だ。
それに伴って、王様が居る城ともなるとかなり規模が大きいし、中に入っている部署も多岐にわたっている。
今回は魔法使いだとか騎士だとか軍隊だとか、そういう方面の見学は無しだ。完全に文官が働いている区域のみになる。
それでも全部回るとなると結構な量なので、俺はひたすらあっちこっち行ってはお仕事の概要を聞き、挨拶を受け、働く大人たちにがんばえ~と言って回る作業を熟した。
みんなニコニコ笑顔で出迎えてくれてありがたいね。
ただし俺はその中に小数居る笑顔がぎこちない奴らを見つけに来たんだけれどね。
大勢が働く場所だからこそ、どんなにエリートを集めたって一定数のやばい奴ってのは絶対に入ってくる。
となると当然その被害を受ける人間もいる。
そういう状態で何事も無いかのように働ける人間は勿論少ない。
大抵の人間が、うわー第三王子だめずらしいなー。なんて言いたげな視線をよこしてくる中、なんというかお腹が痛そうな顔でこっちを見ている男が居た。
これは俺の直感だが、あれは何かトラブルに巻き込まれている人間だ。
そう思ってその部署をニコニコ見回ってみれば、さりげない動きだったが、そいつが俺のほうに近づこうとするのを阻止する人間が何人かいた。
あれれえ?
挨拶は禁止されてないんだけれどなあ?
どうしてだろうねえ。
まあ、あの男がアリアみたいなショタコンだから善意で遠ざけている可能性はあるよ。
でも何かを耐えるような苦しげな視線は、欲望の対象に向けるそれじゃないんだよ。
現在進行形で案内役の変態から熱い視線を浴びている俺が言うんだから間違いない。
これは調べてみる価値がありそうだ。
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