第5話 子供の笑顔は全肯定しろ
そんなわけで俺だよ。
初めての慰問でこんなことが起きるなんて、困っている努力家に会える星のもとに産まれた運命様様だ。ありがとう女神様。心の底から感謝しています。
リリーちゃんが来たときには本当にびっくりした。
なんかめちゃくちゃ必死そうな顔の美少女が換気口の中からこっち見てるんだもんな。
まあ悪意はなさそうだからとヴォルフに頼んで一旦席を外してもらい、話を聞いて、さてどうしようかなという展開になったんだよ。
子供の悪戯かもしれないだとかなんとか疑う気持ちは勿論無かった。
ヒョロガリの苦労してそうな美少女があんなに必死こいて「歌を聞かないで」って伝えに来たんだ。しかも歌う本人だよ?
絶対何かあるだろ。
とはいえ、町で評判の歌姫ちゃんの歌を特に音響の良いお部屋で聞いて行ってくださいませ~。という話は孤児院の慰問の打診をしてすぐに了承していたことらしい。
つまり部屋自体は事前に調査してある。
細工は何も無し。孤児院自体もよくある作り。
子供達の歌は評判で、例のリリーちゃんは特に歌が上手く、特別なお客さんの前で独唱を披露するのはめずらしいことじゃなかったらしい。
俺はそこで、おっ、密室に年端も行かぬ孤児の美少女と客と院長の3人?なるほどね。と思ったわけだけれど、俺がひらめいた方向のサービスは無かったらしい。
あの院長案外手ぬるいな。チクショウ。健全でいいことだね。
彼女の歌は大好評で、聞いた客はほぼ全員寄付をしていたそうだ。勿論本人の意思で。
そういう客はたいてい金持ちで、そうなってくると有害な魔法なんかを弾くアイテムを持っていたりもするんだが、そういった物が発動したなんていう話も全然無い。
王子様をお呼びする対象に選ばれた孤児院だ。黒い噂なんてのは当然一つも無かったわけだ。
じゃあ一体何が起きていてこんな事になったのか?
詳しい事情が分からないまま、俺は成り行き任せに対応することになった。
と言ってもまあやっちゃいけないことを知らされていたんだから楽勝だよな。
まず俺と護衛さんは、院長が俺たちから目を離した隙にさりげなく耳栓をする。
御付きのヴォルフは歌を聞いているとどうなるのか確認するためにそのままだ。命に関わるような効果じゃなくて良かった良かった。
俺と護衛さんは手元に隠していた手鏡でヴォルフの様子を見て参考にしながら、歌の効果が効いている演技をし様子を見る。
院長が俺の耳元に「あなたはリリーのことが気になって仕方がなくなる……」みたいなことを囁き始めたあたりで、俺は護衛さんに合図を出した。
あとはまあなんやかんやだよ。
つまり部屋はただの防音室で、リリーの歌は聞いている人間をうっとりさせて軽いトランス状態に陥らせる効果があり、院長はそれを利用して催眠術をかけてたって話のようだ。ファンタジー世界のわりに案外シンプルな罠だったんだな。
どうりで警備の魔法使いが調べても何の反応も無かったわけだ。
だから、歌をきちんと聞かなかったり耳が悪い奴にこの罠は効かない。
リリーの歌を個室で聞いても、全員が寄付を持ってくるわけじゃなかったのはそのためだ。
リリーちゃんは知らなかったようだが、王族の結婚相手を輩出した家には、親族のために特別な補助金制度が組まれる。
たとえそれが民間人の妾だったとしてもだ。
これまで寄付金の一部を横領していた院長は、大人になったなら孤児院を出さなくてはいけないリリーちゃんを将来王家に嫁がせ、その補助金を掠め取る算段をしていたのだ。
トントン拍子に儲けたせいで、欲が出ちゃったんだろうねえ。かわいそうに。
いままでのガバガバな悪事はそこそこショボいが、なにせ今回は王族相手に洗脳まがいのことをしようとしたんだ。一生牢から出られないだろう。
ちゃんと反省してくれるといいな。そして俺に獄中での苦労体験を語ってほしい。
リリーちゃんは身体的な虐待こそ受けていなかったとはいえ、弟を盾に、欲望で脂ぎったおっさんの悪事の片棒をずっと担がされていた。精神的な負担はかなり大きかっただろうな。
ご両親が亡くなった傷が癒える間もなくこんな事が起きるなんて、本当に可哀想だ。さぞつらかったことだろう。まだあんなに小さな子なのに。
こんなひどい話は生まれて初めて聞いたよ。誇張じゃなく。初見です。
どうなってんだこの世界平和過ぎるだろうが。
失敗したら自分も弟もただでは済まないかもしれない。
成功して院長の悪行を暴いたとしても、もしかしたら自分も共犯者として捕まってしまうかもしれない。
そんな葛藤だってあっただろうに、彼女は恐怖も不安も押し殺し、勇敢に戦ったのだ。
そしてついに勝利した。
心が洗われるような話だ。
俺は君の悲しみと勇気と、あの美しい涙を忘れないよ。マジで本当に一生忘れないよ。
そういうわけで悪は滅び、美しいヒロインは平和を手に入れたのである。
リリーちゃんとはあの事件のあと、少し話をする機会があった。
大きくなったら音楽学校に通って、なんでも歌える歌手になりたいと語ってくれた彼女の笑顔は、明るくて未来への希望に満ちていたよ。
夢があるのは良いことだ。彼女の歌声ならきっとうまくいくだろう。
芸術の道は長く険しいだろうけれど、つらいこと、悲しいこと、苦しいことがあったらぜひ俺になんでも遠慮なくいつだって相談してほしい。
俺は孤児院での思い出の、他者目線でも見栄えがする部分を子供らしい文体で日記に書き、椅子に座ったまま両腕を上げて背伸びをした。
いやあ、充実した慰問だったなあ。
こういうことがあるならあと1000回やってもいい。
ライティングデスクから立ち上がり、寛ぐ用のソファまで移動して、俺はヴォルフが淹れてくれためちゃくちゃ美味しい紅茶を飲んだ。王子様生活最高だな。
「ありがとう、ヴォルフ。今日もとても美味しいな」
「恐縮です。ライア様は毎日日記をつけて本当に偉いですね」
「へへ。文字の練習になるから、頑張っているんだ!」
それにもし俺が政争とかに巻き込まれて惨たらしく死んだとき、幼い子供の日記なんかがあると良い小道具になるだろ。
思い出になるだろうからその時はぜひ皆で読んで欲しい。
今回は実りのある体験ができた。
特に、この世界にもちゃんと探せばひどい目に遭っている人間が居るって実感できたのが良かったな。
もし本当に優しいだけの世界だったら、俺は数年待たずに発狂していた可能性もあったから死活問題だった。
「リリーを助けられて本当に良かった。
僕はこれからも、誰かの助けになるようなことをしていきたいと思う」
「ご立派でございます。
けれどライア様。今回のことで、陛下がライア様がお外に出る際の警備を強化したいとおっしゃっているそうですよ。
危険な目に遭われたことをご心配なされているようで」
「えっ」
「いえ、勿論、ライア様の機転と優しいお心については、陛下もご評価なさっているのです。お褒め頂きましたもんね」
「うん、嬉しかった」
この調子で素敵なパパとの楽しい思い出をどんどん作っていきたいなって思いました。
あと周囲から評価されるのは純粋に気分が良い。
「でも、それじゃあ、次の慰問はいつになるのだ……?」
「ちょっと……。すぐには難しいんじゃないでしょうか」
「そんな!」
毎食後に慰問してもいいくらいの気持ちだったのになんてことだよ。
俺は何年も待ったんだぞ。
お子様にとっての数年は中年の十数年にも匹敵するってことを理解してるのか?
つまり既に相当な我慢を強いられてるんだよ。
どうすればいいんだ。
ちょっと待てば父上も、脂ぎったおっさんに耳元で囁かれた可哀想な俺への心配を通常レベルに戻してくれるだろうけれど、いつになるか分からないぞ。なにせ俺は超可愛い末っ子だからな。
「でも、こうしている間にも、リリーのようなめに遭っている人がいるかもしれないだろう?」
「それは、そうですが……。
しかしライア様、あなたは尊いご身分なのです。ご自身のことも大切になさらなければ」
ヴォルフはあくまで心の底から俺のことを心配してくれている。
困ったな。あんまり我儘を言うと好感度が下がってしまう。
俺はあくまで周囲の期待に応えられる優しくて可愛い第三王子でいたいんだ。
「……わかった。そのあいだ、今の僕にもできる人助けを探してみようと思う」
「お心がけ、立派でございます。私にお手伝いできることがあれば、なんなりとお申し付けてくださいね」
俺が無茶をしなさそうでほっとしたのだろう。ヴォルフは微笑んで肩の力を抜いた。
本当に立派な子だなあ。これで中学一年生くらいなんだぞ?
前世の俺なんて、その頃は図書館で趣味に合致してる本を読み漁るくらいの知能しか無かったぞ。戦記物とかが特によかった。
ヴォルフもこの年で働き始めているくらいだから、周囲からのプレッシャーやら期待やらはなかなかのものがあるんだろうけれど、そこのところを俺に吐露したことはない。
素晴らしい子だ。ぜひ成長を見守りたい。もっと仲良くなってもっと色々な話をしたいな。
それはさておき、次の計画を練らなくちゃなあ。
俺が行ける範囲で、身体的精神的被害を被る可能性が低くて、父上がOKを出してくれそうな場所。
かつそれなりのドロドロした事件が見込めそうな場所。どっかに無いかなあ。
思わぬ邪魔は入ったが、俺は根気強さと執着心には自信がある。
絶対に見つけ出してやるからな。
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