小さな歌姫と王子

第3話 王子のドキドキ胸糞展開発見計画

俺の理想の相手に出会うために手っ取り早い行動は、いま酷い目に遭っている人間の中から主人公体質の人間を探すか、輝かしい功績を上げた人間の中から酷い目に遭っていたり、今後酷い目に遭いそうな人間を探すことだ。

後者の方が探索の難易度は低いものの、既に立派な人間というのは、仮に酷い目に遭ったとしても、その絶望を俺のような幼児には見せないよう遠ざけられてしまう可能性が高い。

少なくとも、心境を吐露しそばで見守らせてくれるような関係性になれる可能性は低いだろう。

まあ時折見せる辛そうな表情とそれを隠すような笑顔に主人公の気高さを思ってときめくというのも楽しい行為なので、機会があればぜひやりたいものだが、今回は前者を選択することにした。


俺が企画したのは孤児院のへの慰問と援助だ。

無難で王族らしい福祉活動じゃないだろうか。実績を積んで周囲からの信頼を得て行きたい。

どんなに俺の周辺が優しい穏やかな世界だとしても、醜く痛ましい部分というのはかならずこの世にある。

そしてその歪みを一番に受けるのは弱者だ。

酷い目に遭いつつも希望を失わず頑張る子供達。なんて素晴らしいんだろう。

俺はそんな子供たちを応援したい。

そして子供達を優しく、時に厳しく育て、慈しむ大人も応援したい。


ついでに悪徳孤児院経営者が居たらしょっぴいた後にその孤児院にいた子供たちを支援し見守りたい。

年齢の近い子供相手なら、仲良くなって身近な立場で成長を見守れる可能性は大いにあるだろう。友達ができるって最高だよな。

誤解のないように補足すると、俺は子供がつらい目に遭うのは可哀想だと思うし、幸せになって欲しいと心から願っている。ただその過程で色々な困難が起きたらそれはそれでしっかり見たいと思っているだけだ。


というわけで、俺は偉い立場の使用人経由で、父親である国王に相談したいことがあると伝えた。

幼児だからね。自分で企画立案して通すとかできないからね。

父上の名前はグラウディオ・ファルシール。

わりとどうでもいい知識だが、直系の王族にはエルというミドルネームが付くけれど、王様にはミドルネームはない。

祖父である先代の王が病弱だったことから、20歳の時には即位していたという父は現在35歳。年齢のわりにバリバリに貫禄がある、強く聡明な若き王だ。ただし親バカだ。

どんな優しい世界だって思うよな。俺もずっと思ってる。

けれどご都合ふわふわ世界だからこそ、俺みたいなやつでもこんな立場に産まれて愛されながら生きていけるんだろう。


家族そろっての夕飯の後、俺は自室で寛いでいる父親のもとへ向かった。

一応謁見ということになるんだろうけれど、うちの王家はかなりアットホームなので、普通に忙しいお父さんに会いに来たって感じだな。家臣もおらず部屋には二人きりだ。

しかし常日頃からいい子で居ることを心掛けている俺がこうしてわがままを言うのは、なかなかめずらしいことだ。ちょっと緊張する。

もじもじしている末っ子を見守る父親の目線はとても柔らかく慈愛に満ちている。ありがたいことだね。俺も人の子なのでこういうのはシンプルに嬉しいよ。


「どうしたんだ、ライア。この父にお願いがあるのだろう?遠慮せずに言ってみなさい」

「は、はい、父上。僕、孤児院へ慰問に行きたいんです。それと、支援をしたいと思っています」

「おや、偉いじゃないか。民のために自ら行動するのはとても立派なことだ。

お前は我儘も言わず質素な暮らしをしているから、予算は十分余っているしな。

しかしどうしたんだい、急に。なにか理由があるのだろう?」

「理由……。

僕、最近竜殺しの英雄の話を読みました。主人公はご両親が幼いころに亡くなられていて、孤児院の出身です。ドラゴンを倒してたくさんお金が手に入ったあと、国中の孤児院に寄付をしたそうです。

とても立派なことだと思いました。

僕も、困っているひと達の役に立てればと思います。

それと、僕はお話の中でしかそういった場所を知らないので、実際に見に行ったほうが良いと思いました」


ほんとうのことだよ。

竜殺しの英雄の話は良かった。

主人公が孤児で、兄弟同然に育った友人をドラゴン退治の途中で亡くし、悲しみを乗り越えてやっとドラゴンを倒したころには恩返しをしたかった孤児院の院長先生はもう亡くなっていたところなんか最高だった。

まあ幼児用の絵本はもっとマイルドに描かれてるんだけれどね。絶対これはもっと鬱展開があると予測して原典を読んでみたら大正解だったよ。

純真な育ちのいい子供の受け答えってこんな感じでいいのかな。純真だったころが無いから分からないんだけれど。

俺の心は前世から引き続いての年季の入ったドブ色だが、困っているひとを見つけて助けたい、見守りたいという情熱だけは本物だ。

一生懸命説明すると、父上はそこの所を分かってくれたのだろう。感慨深そうに頷き、俺の頭をごつごつした分厚い手で撫でてくれた。


「子供というのは、本当にすぐ大きくなってしまうものだな……。

よし、この父に任せなさい。万事手配しよう」

「ありがとうございます!父上!」


本当にありがとう!俺の幸せな生活の一端は父上の肩にかかってるよ!

若干申し訳なさも感じるものの、まあ息子が社会貢献を考えるくらい大きくなったのは事実だから問題ないな。

計画が上手く行きそうな予感にニッコニコの笑顔で部屋を退出すると、廊下で控えていたヴォルフが笑顔で出迎えてくれた。


「ライア様、その様子だとよいお返事を頂けたようですね」

「ああ、了承していただけた!」

「良かったですねえ」


ヴォルフは俺が4歳くらいのころから働き始めた俺専属のお世話係だ。なんせ高貴な7歳児だからな。御付きの者ってやつだね。

他の使用人や護衛と違って、彼は俺と5歳違いの12歳。この国の労働事情ってどうなってるんだろう。もっと子供時代を満喫させてやれ。

立場的に将来ある程度出世を約束されているとはいえ、10歳未満でバリバリ出仕するはめになったら俺ならグレるよ。まあ現時点でも式典とか会食は出席させられてるんだけれど。

彼自身貴族の子息で、勿論王族の御付きに選ばれるだけあってとても優秀。そして美形だ。

俺は好きだよ美形。絶望顔が映えるから。

一応夜なので、俺たちの会話は小声だ。まあ俺は子供なんでちょっと声が弾んじゃったんですけどね。元気に過ごすのが仕事みたいなもんだからね。

一緒について来てくれていた護衛さんと3人で自分の寝室まで戻り、ウキウキが収まらない俺はヴォルフにお茶を淹れてもらって、ソファで飲みつつ慰問に思いを馳せた。


「どうしよう。日程や寄付の金額については父上のほうで決めてくださるのだろうけれど、僕からお菓子を贈りたいと頼んでもいいものだろうか」

「それくらいなら問題ないと思いますよ。何にしましょう?」

「そうだなあ、ちょっとよく考えてみる」


これは悩みどころだよな。

孤児院では手を出しにくい高級菓子とか、喜んでくれるんじゃないだろうか。

いつか孤児院出身の子供たちが大人になり、なんかこう戦士にでもなり、魔王との最後の戦いに赴くみたいなシーンで、あの時食べた菓子、美味かったな……。なんて回想したりしてほしいものだ。

一番うまいうまい言いながら喜んでいた子が、何らかの理由で戦線離脱しているとより良い。

逆に素朴で食べ慣れた味のお菓子も良いものだ。

いつも食べていた故郷のあの味、異国で暮らすことになってしまった今では、もう食べられない味……。みたいな切ない回想シーンに使ってほしい。

何気ない日常ってのは失うことで輝きを増すからな。


難しい選択だが、ここは間を取って、収穫祭のときなんかに食べるような、ちょっと手が込んでいていつもは食べられない美味しいお菓子を贈ることにしよう。

慰問は一か所だろうけれど、寄付自体はどの程度の数の孤児院にすることになるかは父上と大人たちのさじ加減次第なので、俺は希望を伝えるだけだ。丸投げするだけって最高だな。

こういう頼りまくりの生活に慣れてしまうと、まともな大人になれるんだろうかと不安になるときがあるのだけれど、実際には結構グイグイ詰め込み教育を施されているので、俺でもそこそこのラインには押し上げてもらえることだろう。


「お菓子は収穫祭の揚げ菓子にしよう。砂糖が沢山かかっていて美味しいから、きっと子供たちも好きだと思う!」

「それは良いですね。殿下が悩んで決めたお菓子ですから、きっと喜んでいただけると思います」


俺がよほど真剣に考え混んでいるように見えたんだろうな。ヴォルフは微笑ましげにこっちを見ている。照れちゃうね。まあ真剣だったことは間違いないよ。

楽しみだなあ。いつ行けるのかな。複雑な事情で孤児院に入った重い過去持ちのきらめくような才能を秘めた主人公属性には出会えるだろうか。

俺は未来への期待を胸に、今日もふっかふかの布団でぐっすりたっぷり就寝した。

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