第2話 自分の生きる道は自分で切り開け
ごきげんよう、俺だよ。
乳児期の寝て起きて騒いで食事して排泄して騒いで寝るのサイクルから脱却し、最近はずいぶん意識がはっきりしてきたところだ。
といっても体はぷくぷく幼児ボディ。身長から考えると3歳程度だろうか。知らない間にイヤイヤ期を超えていたらしい。
毎日読み聞かせをして貰っている影響か、リスニングと簡単な文字の読み書きがある程度出来るようになっていたのは嬉しい誤算だ。
必死こいて勉強して自力でバイリンガルになる必要があると思ってたからな。ありがとう女神。
今世での俺の名前はライア・エル・ファルシール。
そして俺が住んでいる国の名前はファルシール国。そうだね王族だね。
予想はしていたけれどがっかりだよ。俺の理想は村を焼かれて唯一生き残った主人公に偶然出会って意気投合して旅についていく友達ポジションなんだよ。
王族なんて仕事と立場はあるのに自由は効かなくて気苦労ばっかりするハズレポジションじゃないのか?大丈夫か?
色々と不安はあるものの、俺の現在の主な生活範囲は自室とその前の庭くらいのものなうえに、起きていられるのもせいぜい一日10時間程度。
子供ボディに大人が入っているせいか、思考にカロリーが追い付いていないのかやたら眠いんだよな。
絵本や図鑑なんかは与えてもらえるし、世話をしてくれる使用人は優しいし、食事も子供用だが美味しい。
毎日のように会いに来てくれる家族は皆いい人ばかりだがやることが無いというのが正直な感想だ。
幼児相手なのでどの程度まで正確な情報を渡してくれているのかは分からないが、この国は少なくとも豊かで戦争もなく善政が敷かれ、とても生きやすい環境のようだ。周囲の国で戦争が起こり国境を超えて難民がやってくる可能性にかけるしかないのか。
家族も、父は強く賢く頼りがいのありそうなイケメンだし、母親は優しいが芯の強いしっかり者の美人。
一番上の兄は天才肌の上に努力家で非の打ちどころのないイケメン王子で、次男はちょっと抜けてるところはあるが明るく元気で天真爛漫なスポーツ万能のイケメン王子。
そして俺は大人しくておっとりした本好きの可愛い王子だ。
自分で言うのもなんだが美男美女の血を引き継いで生まれたんなら当然そうなる。白に近いキラッキラの金髪碧眼一家だ。
これで俺の性別が女だったなら、乙女ゲームの世界に生まれたのかと疑い始めるところだ。
そんなわけなので、もしこの国に、王家に生まれてきた子供を監禁したり生贄に捧げたり人知れずよそに預ける風習でもない限り、俺は順風満帆な王族一家の愛され三男坊ということになる。
最も理想的、とは言い難い環境ではあるものの、衣食住の何にも困らない生活というのはシンプルに最高ではある。
約束されし勝利の勝ち組になってしまった以上、今のところはこの立場を受け入れるしかない。
そういうわけで俺は明るく優しい可愛い愛され王子として生きるべく、今日も頑張っている。
なにせ好感度というものは非常に大切だ。あらゆる作品で、死亡シーンの前にそのキャラの愛されエピソードや回想を挟むことが定番化しているように、好感度の高低というのは死亡時周囲へ与えるダメージに直結するからだ。
俺は絶望の中から這い上がる主人公が好きだ。ゆえに傍らでその様子を見守りたいという気持ちは勿論、その絶望の糧になりたいという気持ちも強いのだ。
とはいえ、幸せに生きている人間に積極的に絶望を与えたい欲求があるわけではない。
このあたりは説明の難しいところだ。
例えばの話、俺は王子という立場を利用してその辺の孤児院からいたいけな幼子を集めて暗殺者としての教育を施し、その中から一番主人公属性のある子供を選んで仕事先で純真なヒロイン少女に出会うなどの工作をして、主人公の抑圧されていた感情が再び芽吹いて組織から逃げたところに追っ手を差し向け、少女を目の前で殺して主人公の絶望顔を見たい欲求なんかはないのだ。本当ですよ。
ただ、俺はそんな主人公に出会い、少女の死から立ち直り強く育っていく様子を見守りたい。そう思っている。
その過程で俺自身が主人公の心に傷を残す被害者ポジションになれるなら、出来うる限りの力を振り絞ってその立場を全うする覚悟もある。
ありていに言うと自分の手は汚したくない。
俺が最近やっていることといえば、情報収集と将来の主人公属性探しのためのプラン作成ばかりになっている。
子供の体というのは不便なところも多いが、常に使用人に見守られている王子という立場でありながら、お昼寝をしているふりをして人知れず考え事に没頭できるという利点もある。
勿論いい計画を思いついてもそれを書き留めることすらできないので、ただの妄想と言ってしまえばそれまでなのだが、これも下積みの苦労なのだと思って受け入れよう。
王子生活にだってきっと良いことはあるはずだ。
例えば致死率の高い疫病が流行り、優しい国王が苦悩を胸にしまい、罹患者だらけになってしまった村を焼き払う指示を出す毅然とした姿とか。
次期国王に対する周囲の期待と重圧に耐えながら、誰にも相談できずに己の精神が歪んでいくのを自覚しつつも、皇太子として頭角を現していく様子とか。
陰湿な宮廷文化の中で理想と現実のギャップに苦しみながらも、政治に携わる者として歯を食いしばりながら戦う青年文官とか。
実の家族と婚約者に裏切られ、なにもかもを無くした状態から己の美貌と才覚で、ハッピーエンドを目指してのし上がっていく令嬢とか。
そういうのを見守る機会がね。いつかあるとね。
俺は思っていたんですよ。
しかし現実とは残酷なもので、俺の周囲は数年経ってもウルトラハピハピパーフェクトほのぼの世界だった。
どうして?
そんなことある?
そこまで順風満帆にいく社会って存在するの?
ここ数年目を皿のようにして周囲を観察していたのに、起こるのはせいぜい人間関係のすれ違いによるちょっとしたもめ事や、突発的なアクシデントやいざこざくらいのものだった。
せいぜい数日で解決するような悲しみはお呼びじゃないんだよ。
まさかあのゆるふわ女神の管理するこの世界では、何もかもがふわふわ日常作品の如く優しいのだろうか。
そう不安になる日もあったものの、いやしかし、俺がもともと生きていた世界だって、あの女神が管理していてもいじめやら虐待やら戦争やらハードな裏社会やらがあったではないか。
俺が生きている環境がたまたま、いやあの女神の意図であまりにも恵まれすぎているだけで、探せば俺の理想の、精神がガリガリに削られつつも瞳に強い光を宿している系主人公が見つかる可能性はある。
少なくともあの女神が俺との約束を守る気があるのなら、俺は努力家なのに恵まれない人間と出会いやすい星の下に生まれているはずなのだ。
そう、俺に足りていなかったのはきっと行動力だったのだろう。
もう待っているだけの暮らしは終わりにするべきだ。
俺は俺の理想に出会うために、自ら歩みを進める決意を固めた。
今の俺の年齢は7歳。もとの世界で言えば小学一年生で、この世界でも当然まだまだ大人の庇護下で生きる未成年だ。
生活空間である王宮の中と庭はある程度自由に歩き回ることはできるが、王の執務室や各種省庁などがある王城の区域では行動に制限がある。
城を取り囲む貴族街や教会はギリギリ散歩に行けなくもないが、当然周囲にしっかりと護衛が付く。
庶民の暮らす城下町となるとかなり難しい。事前に計画を立てて、出来るだけ決められたルートを通りスケジュールに沿った行動をする必要が出てくる。
今年で15になる上の兄はもっと自由に過ごしているらしいのだが、あの人は文武両道コミュ強美形皇太子なので、まあ貧弱な7歳児とは別の立場だ。
家族やお世話係や護衛や王宮の使用人達、それから時々会ういわゆるご学友という立場の高位貴族の子息達がみな善良で優秀な人間だということはここ数年でいやというほど理解したから、俺は現在進行形で酷い目に遭っている人間に出会うためには、どうしてもこの優しい囲いの外に出る必要がある。
考えるんだ。輝かしい未来を勝ち取るために。
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