鬱展開大好き主人公VS優しい世界
石蕗石
VS優しい世界
プロローグ
第1話 欲望には正直に生きて死んで生きろ
急な自分語りをして大変申し訳ないが、俺は主人公が人生と肉体と精神を限界までボコボコにされる作品が大好きだ。
べつにリョナ性癖やサドっ気があるわけじゃない。
どん底の状況から這い上がってハッピーエンドを勝ち取る主人公が好きなんだ。
その底が深くて暗くて絶望的であればあるほど、諦めずに勝利をおさめる主人公は強く美しく輝きを増していく。最高だよな。
ということを踏まえたうえで今の状況を聞いて欲しい。
めちゃくちゃ分かりやすくでかいトラックに跳ねられて死んだと思ったら、どこまでも白い空間。そして目の前で土下座する美幼女。
おわかりいただけただろうか。そう、神様転生である。
「ふえぇ、もうしわけありません! わ、私の手違いで本来死ぬべきではないあなたがこんなめに……! 出来る限りのお詫びをします……!」
ご覧のありさまだ。最悪だよ。こんな酷いことがあるか?
轢かれてわけも分からないまま異世界トリップし、何の説明もなく理不尽な生活が始まるならまだ良かった。
そこでなら理不尽な世界で必死に生きる現地人に密着して、素敵などん底でもがく人間を見守る楽しみがあったかもしれない。
なのに現実はテンプレドジっ子チョロ甘幼女神のチート特典付き転生ときた。人生っていうのはままならないものですね。
俺が悲嘆に暮れていると、幼女神がおそるおそる顔を上げる。
「あの……すみません、ええと、急なことで混乱なさっているかと思いますが、私はあなたの暮らしている世界を管理する神で……」
「はあ」
「本来死ぬはずではなかったあなたは、まだまだ寿命が残っているのですが……、元の世界で生き返らせるわけにはいかず、も、申し訳ありませんが別の世界に転生していただくか、天国へ行っていただくしか無いのです」
「なるほど」
なろうで100回見かけたやつ。
しかし自分で言うのもなんだが、これだけクソのような性格をしている人間に天国行き判定をするあたり、ひょっとしてこの女神は俺の内面を理解していないのだろうか。そんなガバガバな神が居るの?
「あの……。すみません、俺の安直なイメージで申し訳ないのですが、その。神様……? って、思考を読んで頭に直接語り掛けてくる、みたいな話し方なのかと思ってました」
「あっ、その、それは、もっと力のある神ならそういったことも出来るのですが、私はまだ未熟者でして……。でも、これでも人の言葉が嘘か見分ける力はあるのですよ!」
ドヤ! と胸を張る女神。お前よくそんなんでこれまでやってこれたな大丈夫か? この職業は適性試験とかなかったのか? 神様として赤ちゃんみたいな年齢なのか?
ひょっとするとこれが全て演技で、俺はこの茶番の後に地獄行きにされる可能性もある。
しかしもしかすると、うまく事を運べば、俺は俺の望むシチュエーションに転生することも可能なのではないだろうか。
ひとまずその可能性にかけて、俺は出来るだけ申し訳なさそうに、おそるおそる話を切り出した。
「その、俺は、まだやりたいことがあるんです。できればまだ生きていたいです」
「は、はい、すみません。そうですよね、わ、私がミスをしたばったりに……」
「いえ、良いんです。もう終わったことですから……。
それで、俺が転生する世界っていうのは、どんな場所なんでしょう」
「あなたの世界の言葉で例えると、いわゆるファンタジーの世界感のような、魔法や精霊が存在する美しい世界ですよ! 食事も美味しくて、衛生状態も良いですし、きっと暮らしやすいです!」
「そうなんですね……」
俺、ちゃんと笑えてるかな。チベスナみたいな顔してない?
そうじゃない。そうじゃないんだよ。ごはんが美味しくて上下水道が完備されてそうなのはまあ嬉しいけれどそうじゃないんだ。
「暮らしやすいのは、ありがたいです。でも少しくらい厳しい環境でも大丈夫ですよ。俺、頑張ります」
「いいえ! あなたには迷惑をかけてしまったのですから、できるだけ便宜を図らせてください」
「ありがとうございます。
でも……魔法かあ。……俺、昔見た、自分の心の声が誰にでも聞かれてしまうっていう主人公の出る映画が、不憫で記憶に残っているんです。
どんな人間でも、心の中くらいは自由であるべきじゃないか、って思って……。
魔法がある世界なら、人の心や感情を読んでしまうことも、出来るんでしょうか」
「あ、いいえ! そういった魔法はとても難しいですから、今から行く世界では、使える人は居ないと思いますよ。
ただ、一時的に対象を魅了したり眠らせる魔法はあるのですが……」
よしきた。俺の趣味で一番障害となるのは、俺の性格が周囲にバレることだ。
普通に観察眼のある人間に察知される可能性はあるが、魔法という便利そうなツールで即読まれる心配が無いのはとてもありがたい。
「そうなんですね。情けないけれど、正直安心しました。
それじゃあRPGみたいな魔法が使える世界なのかな」
「おおむねそう思っていただいて良いですよ。でも、安心してください。
私に可能な範囲であれば、天才的な魔法の才能や、強力な武器や防具を持って転生することだってできますから!」
流れるようにチートが手に入りそうになってしまっているが、これは悪手だ。
よく考えてほしい。仮に俺が剣と魔法の世界で戦う主人公の仲間ポジションだったとする。
チート持ちで頼りになる仲間と、特別な才能はないが努力して隣で戦ってくれる仲間。
死んだとき主人公の表情がより曇るのはどちらだろう? そう、チート無しだ。人間はたいてい頑張っている仲間が死ぬとつらいのだ。
俺は死ぬときは出来る限り、周囲の表情を曇らせて死にたい。
だから可能であれば、ここでチートを断る必要がある。
「いえ、俺、せっかく転生するなら、その世界で暮らす人たちと対等な立場でありたいです。だから特別な武器とか、そういうものはいりません」
「そんな! ……いえ、わかりました。あなたがそう望むのなら、その高潔な志を尊重しなくてはなりませんね……」
本当に大丈夫かなこの女神。高い壺とか買わされてるんじゃないだろうか。
色々と不安になってくるが、ここで気を緩めるわけにはいかない。俺は出来る限り誠実な対応をして、まるで真人間のように思われなくてはいけないのだ。
「ただ……、ふたつお願いがあります。
俺、将来は頑張っているひとの手助けがたくさんできるような人間になりたいんです。
だから、本人はとても努力しているのに酷いめに遭って困っているひとに寄り添えるような立場というか、そういう星のもとに生まれられればいいなって思ってるんです。
それから、この願いを忘れてしまわないよう、今の俺の人格のまま転生してもいいでしょうか」
「まあ! そうなんですね!立派なことです……。
わかりました! 可能な限り、その願いに沿わせていただきます!」
「よかった!」
俺は心からの笑顔を浮かべた。
なにせ俺がどんなにどん底から立ち上がって幸せになる系主人公が好きだとしても、主人公属性と不幸体質を両方持っている人間に合えるかどうかは運だからな。そこが底上げされるのはありがたいことだ。
俺と同じく安堵の笑顔を浮かべている女神が、ご利益がありそうな後光を発しながらゆっくりと両腕を広げた。
「それでは、これからあなたは生まれ変わり、再び人生を歩みます。その道行きがあなたにとってよきものであるよう、私はここで祈っていますね」
指先から少しずつ、俺の体が光の粒子になって崩れていく。
なかなかショッキングな光景だが、不思議と不安は感じなかった。そういうところは精神に神様的な対応がされているのかもしれない。
「はい、俺、頑張って生きますね」
最初はもう終わりかと思ったが、こうなってみるとなかなか良い結果になったのではないだろうか。
ファンタジーもきっと楽しいよな。魔王に村を焼かれてる勇者とか居ると良いな。
そう思い、俺はゆっくりと目を閉じた。瞼の裏に、輝く女神の後光が見える。
「ええ、応援しています。
ですので、あなたにはせめて私の加護を授けましょう。人を助けるという願いが、どうかあなた自身も助けてくれるよう……」
「はい?」
ぱっと瞼を開けると、なんか良いことを言ったふうにしみじみと目を閉じている女神が居た。
文句を言いたい。いや、言えない。既に俺は口まで光の粒になっていたし、そもそもこの本性を知られてはいけないのだから。
でもこれだけは心の中で言わせてほしい。
違うんだよ!! そういうのは!!
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