幼馴染に幼馴染小説を読んでもらって感想をもらった件

久野真一

幼馴染に幼馴染小説を読んでもらうことにした

 深夜0時を回る頃。

 京都市内にあるマンションにて、俺は次の短編小説の構想を練っていた。

 とはいっても小説家ではなく、本業はプログラマー。

 新型コロナ禍で完全リモートで自宅に引きこもって作業をする毎日である。

 幸い、相方がいるためそこまで寂しさを感じることはない。


「幼馴染ざまぁをネタにしてみるのも面白いかもしれへんな……」


 最近、小説投稿サイトで「小説家になれるかも!」にとある短編が投稿されたのがきっかけだった。その短編は、幼馴染ざまぁが流行る現状に対して、逆に幼馴染が非幼馴染をざまぁするという構造になっていて、一発ネタではあるが、なるほど面白いと思えるものだった。


「でも、単にメタるのもなんか違うんよなあ」


 あるジャンルをメタるのは簡単と言えば簡単だが、結局は一発芸的な要素が強く、物語に深みを出す要素にはならないと俺は思っている。というか、メタ要素が強いと読者から怒りを買う例すら多い。スターオーシャン3や、ドラゴンクエスト ユアストーリーなどが代表的な例として挙げられよう。


「こう、リアルな体験を上手く織り込めれば……」


 と独り言をつぶやく俺。一人じゃないと寝返りとか温度の問題でなかなか寝られない俺は結婚してからも別室で寝ている。ゆえに、こんな深夜で一人黙々とキーボードを叩いていられるのだが。


 待てよ。リアルな体験。リアルな幼馴染。ちょうどいいサンプルが身近にいるじゃないかと。


 サンプルの名は中里小百合なかざとさゆり

 正確には結婚後は月島小百合つきしさゆりなのだが、旧姓で呼んでいる。

 小学校一年生以来なので、空白期間も含めればも二十五年以上の付き合いだ。

 あっちはお子さんが二人居て、先日は上のお子さんと会ったばかり。

 (俺もオッサンになったもんやなあ……)とつくづく思う。


「しかし、今回はさすがに中里の反応が読めへんよなあ」


 中里は現在、俺が住む京都の隣である大阪に住んでいる。

 もうひとりの幼馴染を含め、よくラインで話をしている。

 二ヶ月に一回くらいは会っているのだが、俺にとっては姉のような存在だ。

 そもそも、妻に関する恋愛相談に乗ってもらった事は一度や二度ではない。

 温厚で筋を通す性格なのもあって、居心地の良い関係性だ。

 ただ、さすがにこれをネタにすると怒られるかもしれない。


「まあ、ええか」


 中里は本気で怒ってもあまり怖くない。

 以前に、「拓哉にはすごくきつく聞こえるかもしれへんけど」

 と前置きして、お説教を食らったことがあるけど、特に怖くなかった。

 プログラマー界隈に怖い人が生息し過ぎているせいかもしれない。


 ちょうど、今日は土曜日で午前0時を回った頃だから、たぶん夜勤だろう。

 彼女は看護師をしていて、土曜日は夜勤な事が多い。

 以前に「夜勤のところすまんが」とラインで相談したところ、

 彼女から「なんでわかるん?」と言われたことがある。

 その辺の行動パターン分析は得意とするところなのだが、

 「まあ、なんとなく」と言ったところ、

 「拓哉はよく見とるなあ」と感慨深げに言われたことがある。


 なお、夜勤の時の方が彼女的には時間が取れて良いらしい。

 まあ、日勤の時とかの方が夜は早く寝るし、子どもの世話もあるしで

 大変らしい。というわけで、今は話をするのにちょうどいい時間だ。


 ともあれ、まずはメッセージだ。

 お仕事中にいきなり通話はさすがにノーマナーだし。


【中里さあ。ちょい相談があるんやけど、ええ?】


 いつもの彼女なら、この時間帯は一時間以内に返信が返ってくる。

 とはいえ、夜勤は暇な時も忙しい時もあるらしい。


【ん?今、休憩時間やし、軽い相談くらいやったら】


 五分もしない内に返事がかえってきた。


【やっぱ、そうやと思ってた】

【前もやけど、なんでわかるん?】

【なんとなく】


 実際の所は、すぐ返事出来るということは、たぶん休憩中なのだろうという普通の推測をしただけ。


【拓哉は時々ロボットちゃうかと疑いたくなるな】

【失礼な。じゃあ、ちょい通話ええか?】

【ええよ】


 というわけで、ライン通話に切り替える。


「で、どうしたん?また恋愛相談?雪子さんと喧嘩したん?」


 雪子とは俺の妻の名前で、彼女も見知ってはいる。


「いやいや、今は仲良くやっとるって。小説の事なんやけど」

「ああ、なんか最近書くのが趣味やって言っとるよね」


 中里はテレビとメジャーなゲーム、多少漫画を嗜む程度。

 オタクとは程遠いせいか、嫌悪も興味もなく、俺がそういう話をしても、

 「ふーん」で割とスルーされる。


「ちょっと中里に読んでもらって感想欲しいんやけど」

「ウチはあんまし小説読まんけどそれでええんやったら」


 彼女は大体、こんな感じで控え目だ。ただし、恋愛絡みを除く。


「おお助かるわ。で、ラブコメ書いてるって前言ったやろ」

「そやね。拓哉がラブコメとか笑えそうやけど」


 くっくっと笑われている。


「そりゃーまあ、中里大先生に比べれば恋愛経験値は低いですとも」

「拗ねない拗ねない。そういう素直なとこが拓哉のええとこやから」


 こういう事を特に気負わずに言ってくれるのがいいところ。

 ただ、弟扱いされている気がしてむず痒いやらなんやら。


「本題やけど。ざまぁ小説って知っとる?」


 まあ、彼女のことだから知らないだろうなあ。


「ん?どっかで名前くらいは聞いたことはあるかもやけど」


 予想通り。


「あれだ。主人公はパワハラされたり虐められたり、浮気されたりとか不遇な目にあってて、で、そういう事した友人とか同僚とか恋人とかに天罰が下って、反対に主人公は恋人に恵まれたり、周囲に認められたりして、鬱憤が晴らせるみたいな、そんな感じ」


 ざっくりし過ぎだが、興味がない人への説明としては間違ってはいないだろう。


「んー、まあ。そういう趣味は人それぞれやろうけど……」

「中里の趣味やないよね」

「ちょい言いにくいけどそういうこと。でも、拓哉が読んで欲しい言うんやったら、ちょい時間作るくらいなら」


 まあ、かように中里は非常にいい奴なのだ。

 逆に心労かけないだろうかとよく心配になる。


「それやったら、今からラインでリンク送るから」

「りょーかい」

「あ、さすがに夜勤中に無理して読まんでええからな?」

「だいじょーぶやって」


 そこが信用ならないのだけど言っても仕方ないか。


「じゃあ、後日、適当に感想頼むわ」

「ほいな」


 ということで、通話は切れたのだった。


「さーて、どんな感想が来るやら」


 まあ、今夜中には返事は来ないだろう。

 

(寝るか)


 電気を消して、寝る準備を整えていると、着信だ。

 しかも、中里から。


(はやっ)


 まだ三十分くらいしか経ってないぞ?

 ともあれ、すぐに読んでくれたのだから、ありがたいことだ。


「もしもし。ひょっとして、小説の話か?」

「そうやけど。なあ、一言言わせてもらってええか?」

「どうぞ」

「拓哉。アホか。アホか。アホちゃうんか!」


 大きな声で三度罵倒されてしまった。

 実のところ多少は予測していた。必ずツッコミを入れるだろうと。

 

「自覚はしとるよ」

「自覚しとらんかったら、ほんまに性質悪いわ!」


 しかし、看護師というとアレな患者さんの相手をしなければいけない以上、怒ると本気で怖いというイメージがあるのだが、こいつは本当に怒り方が生ぬるい。


「で、読んで見ての感想はどうや?」


 まあ、怒りっぷりから大方予想はつく。


「別にざまぁがどうかとかには文句言わへんよ。でも、これ、明らかにウチがモデルやろ?主人公はフッシーっぽいし。なんで、ウチがざまぁされなあかんの?」


 こいつはホントにアホだ、と言いたそうだ。

 まあ、アホなことをやっているとは自覚している。

 せっかく、小説のネタにするからには、リアル幼馴染にモデルになってもらった方が真に迫るだろうと。ただそれだけのこと。


 ちなみに、小説のタイトルは『「キモいんだけど」と幼馴染に馬鹿にされて振られた俺。クラス一の美少女と恋仲になった途端すり寄って来たけどもう遅い』というもの。


 主人公のモデルを俺にするとさすがに微妙な顔をされそうな気がしたので、もう一人の親友であり幼馴染であるフッシーこと伏見賢矢ふしみけんやにモデルになってもらった。


「さすがに別に中里へ悪意はないからな。言っとくけど」

「それはわかっとるけど意図がわからへんのよ」


 確かにそれは道理か。


「こう、自分自身をモデルにした小説でこういう話を見せられてどういう気分になるかなーと。うまいオチがつけばそれをネタにして、『幼馴染に幼馴染ざまぁ小説を読んでもらったんだけどめちゃ怒られた件」とか投稿しようと思ってる」


 言ってて我ながら頭がおかしいのではないかと呆れてしまう。


「オチ言うてもなあ……。ヒロインの気持ちになってみればええんよね?ヒロインというより悪役な気がするんやけど」


 確かに振られる事を宿命付けられているヒロインというのは単なる悪役だ。


「まあそんな感じで頼むわ」


 夜勤の最中にアホなこと頼んで真面目に答えてくれるのはほんとにありがたい。


「まず思ったのはやな。そりゃウチはフッシーにキモいとか言うし、蹴りかますこともあるわけやけど、悪意そのものを見せつけられると微妙な気分になるわ」


 心持ち低めでげんなりといった感じの声色。

 ネタのためにほんとにすまんと心のなかで謝る。


「確かにフッシーと中里のやり取りは単なる夫婦漫才やしな」


 俺たち三人の間でも彼と彼女はよく下品なやり取りをしたり、軽い蹴りをかましたり、中里が少し気にしている少しふっくらした体型をからかったりをよくしている。


「誰が夫婦漫才か」

「別に仲ええのは確かやろ」

「否定はせえへんけど」


 不満そうだったけど、そこは認めるらしい。


 実際、二人のやり取りはお互いわかった上でのじゃれ合いでプロレス。

 今作での告白シーンのように、


――――

杉山すぎやま、実はずっと好きやったんや。付き合ってくれへんか?」


 照れくさくてじゃれ合いのようなやり取りをよくしていた俺と幼馴染の杉山ほのか。ただ、実際は好きゆえの照れ隠し。


 でも、いつまでもこれではいけないと告白を決めたのだった。しかし―


花山はなやま、キモいわ」


 底冷えするような、ゴミを見るような視線と「キモい」の言葉が返って来ただけ。

 ショックだった。少なくとも、いつもの「キモい」は本心じゃないと思っていた。

 でも、本心からのキモいだとわかってしまう。


「なあ杉山。それは本気で言うとるんか?さすがにきついんやが」


 泣きそうになるのを我慢して抗弁してみる。

 振られてもいい。ただ、冗談だと言って欲しい。


「はあ」


 しかし、返ってきたのはため息だった。


「本気でキモい言ってたのに気づいとらんかったんやね。救いようがないわ」


 さらに追い打ちをかけられて俺の心はズタボロだ。


「それやったら。なんでさっさと距離取ってくれへんかったんや!」


 あまりにもあんまりだ。


「ウチの事好いとるんはわかっとったからな。仲良くしておいて突き落としたらどんな顔するか見たかったんよ」


 お願いだ。そんな台詞を笑顔で言わないでくれ。

 おふざけをしても優しいお前が好きだったのに。

 そんなひどい奴だったなんて。


「……そうか。わかったわ」


 瞬間、心が軋む音を立てた気がした。

 恋だけでなく友情まで木っ端微塵になるとは。


「ま、幼馴染のよしみで言いふらさんといてやるから。感謝しときな?」

「誰が感謝するか。このボケ」


 いつもは親しみを込めて。でも、この瞬間は憎悪を込めて言い放った。

 こうして長年の恋も友情も失ったのだった。

――――


 相手の心をずたぼろにするようなものとは根本的に違う。


「いや悪い。ネタにしてもちょっと趣味悪すぎた」

「まあええよ。拓哉はどっかずれたとこあるしな」

「助かる」


 中里は図太い一面もあるが人一倍優しい奴なのだ。

 モデルにするにしても内容を考えるべきだった。


「でも、拓哉の小説は初めて読んだんやけど……ウチの口調もフッシーの口調もうまく真似とるな」

「昔から聴覚には自信があるもんでな」

「昔から妙に天才肌なんやから……」


 天才。先日、俺と妻と中里とその娘と親友と。そんな面子で会った時の事。

 そんな面子で会った時に妻から「オフレコだけど、中里さんは拓哉さんの事、天才って言ってたよ」と聞いた話。

 そういう風に褒めるのは珍しかったから、少し嬉しかったものだった。


「それで言うと中里は人を見る目は天才的やと思うけどな」


 地頭が良いともまた違う。看護師として色々な人を見てきたからだろうか。

 割と妙なところのある人をすぐ見抜くと言おうか。


「ま、ウチも長年看護師やって色々な人見てきとるから。職業病よ」

「恋愛関係では本当にお世話になりましたことで」


 いや、本当に何度彼女には相談したことだろうか。


「奥さんの事は優しくしたりな。拓哉にはあんなええ子、二度と見つからへんよ」


 言い聞かせるような口調。

 妻は先日あわせた時に、俺たちの事を、姉と兄と弟と言っていたが、あながち間違いではない。

 

「その辺は大丈夫。なんかあったらそっちに相談投げるし」

「お母さんとしては、もうちょっと手がかからんようになって欲しいもんやけど」

「中里がお母さんは……せめて姉にしてくれへんかな」

「姉でもええけど」

「じゃ、今後はそういうことで」

「……」

「……」

「なんかオチあらへんの?」


 そういえば、特に考えてなかったな。


「あ、そうそう。小説の冒頭部分以外はどうやった?」


 考えてみれば冒頭部分しか感想を聞いていなかった。


「んー……あの流れからフッシー……作中やと花山、とウチ……作中やと杉山がくっつくのは無理あらへん?」

「まー、やっぱ無理あったかー」


 そうなのだ。途中までざまぁ的なものを書いていたのだが、モデルになる人物が実在なせいで妙に罪悪感が湧いてきて、無理くり二人は結ばれました、としてしまったのだった。


「フッシーとくっつく言うんも既にママさんの身としては微妙やし」

「お互い歳食ったもんやねえ」


 少しの間、お互いの間に沈黙が満ちる。


「拓哉は子ども作る気無いん?」

「唐突な話題転換やな。ちょい迷っとる。子育ての大変さはさんざん聞いとるし」

「ま、それでも育ってくのは楽しいもんやで?無理には勧めへんけど」

朱音あかねちゃんみたいな娘出来るんやったら、ええかもな」


 朱音ちゃんは、中里の上の娘さんで今、小六。

 少し人見知りの気があるが親娘仲が良好で先日は微笑ましかった。


「拓哉の事やから案外子煩悩になりそうな気がしとるわ」

「そうかあ?」

「そうやって。ま、出来たらまた三人で……あ、奥さんも含めて四人で祝うからね」

「じゃあ、子作りにでも励むとしますか」

「拓哉がそんなネタを平然と言うなんて……ウチらも歳食ったなあ」

「十年以上前はお前にスキンシップされて照れとったけど、今は無いからな」

「わかっとるわ。今、照れられてもキモいし」

「それはこっちの台詞やっつうの」


 深夜にこうやって二人で話すのは密かな俺の楽しみだったりする。


「あ、そろそろ休憩終わりや。続きはラインで」

「ああ、すまんな。わざわざ夜勤の時に時間作ってもらって」

「ウチがしたくてしとるからええの。それに、すまんよりありがとうやね」

「ありがとうさん。感謝しとるよ。おやすみ、中里」

「おやすみ、拓哉」


 こうして、時折ある、彼女との語らいの一時は終わったのだった。

 

(中里とフッシーと……きっと、死ぬまで付き合いは続くんやろうなあ)


 そう漠然と最近は思う。

 皆、所帯を持ってなお、こうやって親密な付き合いがあるのだ。

 きっとそうなるだろうな。


(しかし、フッシーと話をしてもこういう雰囲気にはならんのよな)


 不思議なところではある。

 フッシーは本質が賑やかな事が好きで、中里は本質は静かにこういう話をするのが好きで。そういう違いかもしれないし、やはり親友でも男と女だと違うのかもしれない。


 まあ、その辺りは引き続き要調査だ。

 なんて事を思っていると、睡魔が襲って来る。


(そろそろ寝るか)


 引き続き夜勤を続けている幼馴染で姉のような親友の事を思いながら、

 俺は壁のスイッチを切って、真っ暗な部屋で少し幸せな気持ちに浸ったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

特にオチがつかなかったので、そのままぶん投げた終わり方になりました。

当初ラブコメのつもりだったんですが、現代ドラマジャンルの方が近いですね。

主人公と彼女の関係性はかなり実話ベースですが、会話とかは脚色が入った、ちょい私小説に近い代物です。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューなどいただければと思います。

(なお、さすがに本人にはアカウントは教えてません)

☆☆☆☆☆☆☆☆

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