きよしこの夜

 「あら、パリーじゃない。このおまじない、まさか効くなんてね、ウフフ。」

 雪を見上げて立ち止まっていると、突然背後から声をかけられました。

 あら、エリー姉さんじゃないでしょうか。


 エリー姉さんは私のすぐ上の姉。私が三女だから次女ですね。

 結局長女が婿をもらって店を継ぎ、エリー姉さんは、とある商会の三男坊と結婚しました。そして、その三男坊が行商をしつつお金を貯めている、ということで、旅から旅への生活をしているって聞いてたのだけど。


 それぞれの道を歩いている私たち姉妹だから、本当に会う事なんて、いつ以来でしょう。


 それにしても、おまじない?


 「ちょっと前に会ったかわいい冒険者の子が教えてくれたの。なんでも冬の寒い日、雪が降りそうな夜に靴下の中にお願いを書いて、枕元に置いておくと、良い子にしていたら願いが叶うんだよ、ってね。できれば雪が降りそうな夜が良いんですって。本当はもっと色々あるけど、ここじゃないところのお話しだからなぁ、なんて可愛いお顔で言ってたからね。ほらこのところとっても寒かったでしょ。なんとなくお願いを書いて、靴下に入れて置いたのよ。フフフ。でもまさかかなうなんてね。」

 エリー姉さんは楽しそうにそんな風に話しているわ。

 相変わらず、一人でおしゃべりするんだもの、子供の時から変わらないわねぇ。


 「どんなお願いをかいたんですか?」

 「フフ。店が持てますようにってのが一つ。そして家族に会えますようにってのが一つね。」

 「二つもいいの?」

 「いいんじゃないの?おまじないだもの。良い子にしていたら、なんて言ってたから、こんなにずっと良い子にしていた私なら2つや3つ大丈夫でしょ。」

 「良い子って、いくつのつもりなんですか、まったく。」

 「だって仕方が無いじゃない。お話ししてくれたのが子供、ううん、まだ赤ちゃんみたいなもんよ。2歳だって言ってたかしら?ね、お子ちゃまでしょ?」

 「はぁ。何をばかなこと。赤ん坊の言葉に踊らされるなんて。」

 「フフ。でも本当にあなたと会えたわ。メリークリスマス!」

 「は?」

 「おまじないの言葉なんですって。自分は良い子にしてたよ、って挨拶、だったかしら?まぁ、こんにちはとかこんばんはの特別な言い方よ。本当は赤い服のひげのおじいさんにするんだけど、別に誰とでも挨拶したらいいって言ってたわよ、」

 「はぁ・・・何を言ってるんですか。」

 陽気なのはいいけど、相手をすると疲れるわ。


 「フフ。あなたもやってごらんなさい。気分が上がるから。」

 姉さんが、ふっと優しい顔になって、そう言ったわ。

 「へ?」

 あまりに不意打ちの優しい顔。

 「あなたのご主人、ミサリタノボア子爵様の噂は聞いたわ。貴族どうしで御前裁判になるかも、ですって?大丈夫よ。このおまじない、なかなかの効き目なの。ほら、あなたとも会えたし、私たち、こんどお店を持てるかもしれないの。田舎だけどね。ダンシュタって町。空き店舗があって相場も下がってるって、さっき商業ギルドで教えて貰ったの。ね、よく効くおまじないでしょ?」

 「それは・・・・」


 そのあと、立ち話も何だから、と、店に入ってお茶をしながら話をしたわ。

 姉の話は、行商で出会った不思議な子供の話ばかりだった。

 可愛い見習い冒険者君。

 姉がそういう子は、本当に不思議な子のようだったわ。

 見たことのないほど見事な髪をしたこの世の物とも思えない美しく可愛い子、だって。

 

 店を持ちたい、と言ったら、どこのかは知らないけど、おまじないを色々教えられた、とか。

 さっき言ってた靴下にお願いを書いて入れる、は冬。

 夏には、木に願いを書いて吊るし、星に願う。

 春は卵に入れる、だったかしら?どうやるのだろう。

 秋は赤か黄色の野菜をくりぬいて魔物の顔を作って願う、だっけ?


 まったく、どこのおまじないかは知らないけど、よく考えるものね。


 「あ、そうそう。できればお願いをする日の夕食は鳥の丸焼きがいいんですって。」

 帰り際、そんなことを言うもんだから、ついつい本日のメニューを鳥の丸焼きにしたのはここだけの話。

 ちょうど、今夜のメニューをまだ決めてなかったから、ま、いいでしょう。それだけよ。



 その夜。


 信じたわけではないけれど、私は靴下を用意した。

 

 『旦那様が裁判に勝って、夢を叶えられますように。』


 旦那様には代官になる夢がある。

 旦那様が代官になられたら、私は代官邸のメイド。

 箔もあがるってもんでしょう。


 「フフフ。メリークリスマス」


 私は小さくつぶやいた。

 赤い服のひげのおじいさん、じゃなくて、真っ赤な衣装を着た、夜空の髪を持つ赤ん坊が何故か頭に浮かんだような気がした。

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