私たちの覚悟

 「竹を取りに行こう!」

 お口にべったりと蜂蜜をつけ、パンケーキを食べ終えた神子様は、突然そんな風に言いました。

 竹、というのは、このあたりに生えてる木で、神子様はこれは本当は木じゃないんだ、と言います。中が空洞になっているから違うんだって。

 この空洞と、節のおかげで、竹は簡単にコップになります。また、鍋替わりにもなるし、ご飯も美味しく炊けます。

 全部、これは神子様のお告げです。


 竹の表面は子供でもナイフで簡単に削れて、いろんな模様が描けるんです。

 これも、神子様のお告げ。

 パッデ村では竹の食器を、コップだけじゃなくていろいろ作って、外に売っています。ほとんどはナッタジ商船団の人が買い取ってくれて、外国とかトゼの都とかいろんなところで売ってるんだって。


 竹は不思議です。

 小さいときは細くてとってもしなります。

 子供たちは適当な太さの小さい竹を摘んできて、持ってなきゃなりません。

 お勉強やお仕事をサボったり、できなかったりすると、自分の竹でお尻をぶたれます。

 だから神子様が来るまでは竹のことを「お仕置きの木」って呼んでいて、子供にとっては怖い物の代表でした。

 でも、神子様は、子供を叩くのは良くないって言って、せっかくの竹をそんなことに使うのはやめよう、って言ったから、最近は子供をぶつことはありません。でも、お仕置きの木としては使っていて、叱るときに地面とか、机とかをバシバシって叩いて注意を引くの。

 みんなぶたれたことあるし、大きな音と風切り音でビクッとします。

 叩かれたことを思い出して、漏らしちゃう子もいたりして、やっぱり怖いけど、でも神子様のお陰で痛い思いはせずに反省できるから、これは良いことだと思います。



 私たちは、みんなで連れだって、竹のあるところに行きました。

 村からはちょっと離れているので子供だけでは許可が出ません。

 ボーガンを持った村の大人の人が数名と、神子様のお供の、アーチャ様ヨシュア様ラッセイ様が一緒です。あ、お供って言ったら神子様は嫌がります。大切な仲間、家族なんだ、って言うの。

 私も、そんな風に言われてみたいなぁ、なんて・・・キャハッ。



 「これぐらいの竹がいいかなぁ。」

 どう見てもお仕置きの木になる竹、を、神子様は満足げに引っ張ってます。

 「ねぇみんな。1つの家族に1本でいいと思うけど自分のが欲しかったら、用意してね。こんな感じ、かっこよく枝と笹、葉っぱ?が生えてるのがいいと思うよ。」

 ニコニコと言うけど、私も含めてみんな顔が青いです。


 何か、神子様を怒らせたのかしら。

 一家族に一つ、もしくは一人一つずつ。

 しかもいっぱい枝分かれしているのがいいだなんて。

 あれで、神子様は私たちをお仕置きするのでしょう。

 あんなに叩くのは嫌がっていた神子様。

 それが、最低でも一家族に1つは持って帰るように仰った。

 ああ、私たち村人はどんな失敗をしたんでしょう。

 叩かれるのは怖いけど、きっと私たちが悪いんです。

 大人しくお仕置きを受けましょう。

 私は、覚悟を見せるため、かなり太めの竹を選びました。


 「ダー君。私はこれでお願いします。」

 みんなギョッとした顔をして私と選んだ竹を見比べます。

 それを知ってか知らずか、神子様はニコニコと近づいてきました。

 「わぁお。レレさんってばひょっとして欲張りさんかな?でもこれぐらいなら大丈夫か?ねえ、セイ兄、この辺りから切ってくれる?」

 分かった、って言って、ラッセイ様が神子様の指示した当たりを剣でスパッと切ります。

 ああ、やっぱり太すぎたかしら。これでぶたれても私は平気かしら・・・


 「あ、やっぱりちょっと重たいね。レレさん自分で持てる?」

 切り取られた竹はズッシリしていました。

 私は怯えながらも頷いて、しっかり抱えます。

 「葉を落とさないようにね。」

 と、神子様。

 普通は葉は落とすものだけど、やっぱり葉がついていると、余計に痛いんだろうなぁ。

 みんな、私を勇者のように尊敬の目で見てきます。


 「次は?」

 相変わらず楽しそうに、神子様はみんなを見回しました。

 みんな怯えているけど、神子様のお仕置きですから、精一杯受けるしかない、そう悲壮な決断をして、自分にギリギリ大丈夫かどうか、ってあたりの木を選んでるみたい。


 「みんな良く張りして大きめ選んでるけど、大丈夫?重いと思ったら小さいのにしなよ?なんか疲れてるみたいだし。」

 ほとんどの子が選び終えた頃、小首をかしげて神子様が言いました。


 「プッ・・・・クハハハ・・・もう、ハハハ、笑わせないでっ。プッハハハ・・・」


 そんな神子様を見て、それまで、顔を伏せてひくひくと肩を震わせていたアーチャ様が、笑いをこらえられない、って感じで吹き出しました。

 みんなアーチャ様をビックリして見ています。

 「なんだよ、アーチャ。何がそんなにおかしいんだ!」

 ちょっと、ムッとした感じで神子様は声を荒げます。ご自分が笑われたって思ったみたい。

 「だって、ねぇ、ヨシュア。」

 笑いながらお腹痛い、なんて言いつつ、ヨシュア様に振ります。

 声をかけられたヨシュア様は、軽く肩をすぼめると、神子様の前にしゃがみ込み、目を合わせて言いました。

 「ダー。なんで竹を採るかみんなに教えましたか?」

 「ううん、別に。だって内緒の方がサプライズで楽しいでしょ?」

 「はぁ・・・あのね、ダー。みんなの顔色を見てご覧なさい。」

 「え?ああ、なんか疲れちゃってる?」

 「違います。あれは怖いけど覚悟を決めてるって顔ですよ。」

 「へ?覚悟?」

 「はい。ダーにぶたれる覚悟、でしょうね。」

 「は?えええええーーーーっ???嘘。なんでそうなるの?僕がなんでぶつのさ!!」


 まるで天地がひっくり返った、そんな感じで驚いている神子様。

 そんな神子様の驚きに、私たちはびっくりです。

 ぶつつもりは、ないの?


 「あのですね、ダー。教育のために子供に鞭をあてるのはよくあること、というのは知ってますね。」

 「うん。悪い教育だ!」

 「はい。でも、どの国でも行われている普通の教育です。そしてその鞭を子供自身が調達する、という習慣は各地で結構行われています。」

 「うん。この辺りではこの竹を使うってきいて、ネリアが僕に使ったんだ。」

 「そうでしたね。だったら、みんなが何に怯えてるのかわかりませんか?」

 「え?・・・・あっ、ひょっとして、僕はみんなをぶつために竹を採ってもらってる、って勘違いしてる、とか・・・」

 「はい、正解です。おそらくダーのことが大好きなので、みなさんダーにぶたれるのも仕方がない、と、竹を選んでるんじゃないでしょうか。」

 「え・・・でもあんなに太い竹・・・」

 「そうですね。」


 神子様が真っ青な顔になって、キキキキって音がするみたいにぎこちなく私たちを見ました。彼を見る私たちの視線に、さっきの私たちより怯えた目をしています。


 かなりの長い時間、そのまま固まってしまった神子様。


 と、次の瞬間、ガバッて音がしそうな勢いで、私たちに向き直ると

 「ごめんなさい!!」

 大きな声で謝って、頭を足につく勢いで下げられました。

 神子様に頭を下げさせちゃうなんて、どうしよう!

 私たちもオロオロしちゃいます。


 「ハハハハ、もう、だからダーは面白い。ほらほら頭上げて。良い子だから、説明しようね。」

 さっきからずっと笑っていたアーチャ様が、頭を下げたままの神子様を抱き上げて自分の腕に腰掛けさせると、おでこに手をあてて、グイッと上半身を起こさせます。

 顔を上げた神子様の目には涙が溢れていて、・・・やっぱり尊い、です。


 涙をそっとアーチャ様に拭かれた神子様は、ちょっぴりはにかみながら言いました。

 「竹で僕がぶつなんてありません。でも怖がらせちゃってごめんね。これは、僕の前世でのイベント・・・うーんと一種の行事でね、笹・・・えっと竹にお願いを吊してお星様にお祈りするんだ。竹を見つけたときから、是非やってみたかったの。特に今年は僕、7歳で、7歳の七月七日は一度きりだから・・・って分かんないよね。このお祭りは毎年、夏の真ん中の上旬の日に行うんだ。えっと伝説があってね・・・」

 それは、ちょっぴり切ない、素敵な恋人たちのお話しでした。

 


 

 

 

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