愛しき夜空

 無防備に、俺の腕の中で眠る子供。

 その寝顔を、くすぐったいような、照れくさいような、そんな気持ちでいつまでも見つめている自分に気付き、苦笑する。


 冷血、クール、無機質、皮肉屋・・・

 すっかりそんなあだ名が自分のものになってからどれだけ経ったのだろうか。

 自分でも心を殺すことに必死になっていて、それでも周りの子供たちのように殺しきれず、皮肉な笑みを浮かべるしかなかったのは、たった1旬前の話。

 すべてを変えたのは、腕の中で眠るこの子だ。

 小さな小さな、大きな、俺の・・・・


 「まったく。なんて無防備な寝顔なんだろうね。」

 クスクス、と笑いながら、俺と同じようにこの子の寝顔をのぞき込むのは、初めて出会ったエルフの人。

 知識としては、人間以外がいるのは知っていたし、この国でもドワーフなんていうのは、それなりに役立っている、と学びはした。

 だけど、はじめて出会った異種族の彼は、いろいろと驚きを与えてくれたんだ。


 「アーチャ。産まれて70年くらいだけど、まだまだ人間でいえば若造だよ。僕の生きがいはダーの側で一緒に歩むこと。ダーの見るものを横で見ていたいんだ。」

 そんな風に挨拶してきたのには、いろんな意味で驚いた。

 だって、ダーというこの子はまだ6歳。それに70歳ぐらいっていう人が一緒に歩むとかいうのも意味が分からないし、そもそも見た目が20歳そこそこ。

 それでもいい大人が、ダーを貸して上げるけど、僕のだからね、なんて言ってくる意味も分からない。


 そう意味は分からないんだけど・・・


 なんだか、ダーを自分のだ、というこの人に、負けたくない、そう強く思ってしまった自分に、彼への驚き以上に驚いている自分がいた。



 しかし・・・・


 この子は一体なんなんだろう?


 はじめから、変な奴だった。


 小さいくせにやたら生意気で、それに、まさかの魔導師だった。

 人は魔力の通り道を通さない限り魔法が使えない。

 ごく希に自力で通す人もいるらしいが、そんなのはほぼ伝説。

 なのに、6歳の子が、しかももうちょっと幼く見えるこの子が、どう考えても魔力を動かしているのを、俺はすぐに気付いたんだ。


 注意深く見ると、魔力を広げて、周囲を観察しているようで・・・・

 それなのに、お守り役としてついていた俺に、本を読みたいという。魔法の本を読んだことがない、と言って、ニコニコと笑っている。


 こんな小さくても字が読めるのはたいしたもんだ。

 貴族か商人か。

 貴族としても俺と同じで掠われた口だろうな。扱いがこの国の上流階級の子に対するものじゃない。

 頭も回る。

 魔力だって、俺なんかより全然多い。これでもこの施設でトップに数えられるはずの俺が、この子の底を感じ取れない。

 どう考えても魔法が使える。なのに魔法の本も読んだことがなければ、詠唱すら知らないという。

 ちぐはぐな感じが危なっかしくて、監視役、というのをどけても、気がつくと目で彼を追っていたのは数日前のこと。


 なぜか、彼は俺に心を許してきた。

 まさかのタクテリア聖王国出身で、実は冒険者だという。

 どこまでが本当のことを言ってるのか、まったく分からない、そう思っていたけれど、本当に仲間がいた。

 その仲間というのが、どいつもこいつも化け物じみていて・・・

 なのに、その信頼し合う様子が、妙に眩しくて・・・

 なんだかんだと流されるように、協力をすることを約束し・・・


 気がつくと、彼の役に立つよう立ち回るのが当然だと思っている自分に、何度苦笑したことか。

 カモフラージュに彼を折檻しなければならないときに、手加減をなるたけしつつ、思いっきり打っているように見えるにはどうしたらいいか、なんて、誰にも頼まれていないのに工夫する自分に、すっかりあきれ果てたのは内緒だ。


 あれよあれよという間に、施設を制圧していく、ダーとその仲間たち。

 生徒として集められた子供たちを保護し、協力者に引き渡すところまで確認し、俺にどうするか、と、彼らは聞いてきた。

 いや、正確には最終的な俺の意志を、そのとき改めて聞いてくれたんだ。

 故郷に帰るならその道筋は立ててやるがどうする?本当に良いのか、と・・・・


 だが、俺はもう見つけていたんだ。

 俺に無防備な姿を見せる、この暴君に。

 その夜空のごとき髪が、父の言っていたものと、俺にとっては同じだと。


 あぁ、アーチャのこと、笑えないな。

 悔しいけど、俺をいたずらっ子のような目で見て、「僕と同類だってわかってたよ。」ってウィンクするアーチャにできるのは、スネを思いっきり蹴ってやることぐらいだ。


 「俺を仲間に、宵の明星に入れてください。」


 いつまでも、この小さな星空の横で立っていたいんです。

 この無防備な寝顔を守っていたいんだ・・・



     【 完 】

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