悪夢の日

 「イヤァーーーーー!!」


 僕の耳を、叫び声がつんざいた。


 違う。


 叫ぶのは、僕だ!!!


 なんだこれは?


 僕は燃えさかる自分の育った家を見る。


 たくさんの木が置かれた木工所。


 バチバチと赤い炎が舐めるように家中に黒い煙を吐き出していく。



 「やめろーーーーー!」


 叫ぶ僕。

 喉がなにやら鉄臭い。

 叫べども、暴れようとも、僕を掴む腕は少しも緩むことなく・・・

 

 左手で後ろ手に僕の両腕を掴み、右手で叫ぶ僕の口を防ぐ何もしゃべらないフードの男。

 僕はガブッと口を覆う手に思いっきりかぶりつく。

 男は怒ったのだろう。

 噛まれた右手で思いっきり僕の頭を、ううん、僕のこめかみから頬にかけてを、その手の甲で殴りつけた。

 ズン、と重い衝撃が脳に走り、僕の意識は・・・・飛んだ。




 ガタン・ガタン・ガタン・・・・


 僕は上下に揺れる振動の中、目を覚ました。

 頭はずきずきと痛む。

 手と足をなんか紐でくくられているみたい。

 地面に転がされて、ズシンズシンと下から響く振動が、頭だけでなく、身体全体を苛んでいる。


 いったい何がどうなった。


 それは、今日、だろうか?

 少なくとも僕の意識のあった日の昼過ぎのことだ。いつものように僕は近くの村に父さんたちが作った製品の配達に行って帰ってきたときだった。


 ?


 なんか様子がおかしい。


 僕は家の前で違和感を覚える。


 違和感の正体はすぐに分かった。

 音がない。

 僕が愛して止まない、木を削り組み立てていく音が一切しない。

 そりゃもうすぐお昼ご飯の時間だろう。けど、ご飯の匂いもしないのに木を削る音がしないのはおかしなこと。

 それに・・・・


 僕の鼻に木の香りではない異様な匂いが絡みついた。

 鉄?


 木を削る道具は鉄も多い。

 だから、鉄の擦れて匂う、独特の香りはもちろん木の中に含まれている。


 けど・・・


 これは違う。


 鉄だけど、もっとむせるような。


 僕の本能が、家に入るのを躊躇する。

 足が前に進まない。

 でも。


 僕はどっちにしても後悔する。

 そんな確信。

 1歩、1歩と家に近づく。


 扉は開いていた。

 仕事中は、玄関も開けっ放しだ。

 玄関といっても、だだっ広い広間で、そこに椅子やら台やらが備えられていて、注文の品を作っていく。

 常に木のクズが舞ってるから、玄関なんてずっと開けっ放し。


 いつものように開けっ放しの玄関に入る。


 音はしない。


 父さん?


 いつもの父さんの仕事場に、父さんは・・・・いた。

 そのまま台に突っ伏して、まったく動かない血まみれの父さんが・・・


 父さん?


 僕はつぶやく。


 ガタン


 そのとき奥の方で何かが崩れる音がした。

 何か?


 僕は、いつもじいちゃんが仕事をしている場所に、今、正に転がったじいちゃんを見た。


 ・・・・・


 何が何だか分からない・・・・


 僕は何も考えられないまま、フラフラとアンデッドみたいに家の中へと足を進める。

 土間から少し上がって、家の中。

 

 フラフラと歩いて行って食堂へ。


 誰かが座っていた。

 フードを被った見知らぬ誰か。


 その前には地面で血まみれになっている母さんの姿。


 「おや、君が?ほぉ、これはこれは・・・想像以上じゃないですか。噂を聞いてこんな辺境まで足を伸ばした甲斐がありましたねぇ。あのお方も喜んでくださるでしょう。クックックッ。」


 男はそう言うと、次の瞬間には僕の背後に立っていた。

 そして、僕の腕を両方とも背中に回し左手で掴んだんだ。


 「誓願なれば赤き舞人、行く年賭せと輝き爆ぜん、永遠にきらめく怒りがごとし、さまよい出でては語りつくさん・・・」

 謡うように何かをつぶやくその男。

 ゆっくりと右手を周囲へと向けると、


 ボッ!!


 どこから現れたのか、赤い炎が木でてきた家を蹂躙していく。


 魔法?

 驚いて息を詰める。

 が・・・・


 気がつくと周りは真っ赤に染まっていて・・・・



  「イヤァーーーーー!!」


 僕の耳を、叫び声がつんざいていた。




 そして、今。



 気がつけば僕は馬車に転がっていて。


 涙が途切れることなく頬を伝う。


 そのままどのくらいの日数を揺られただろう。


 拒否する食事すら、強引に口に放り込まれ。

 反抗すれば鞭打たれ。


 ひたすら馬車に揺られて、永遠にも思う時間が過ぎていく。


 多くの時間を気を失って過ごしたのだと思う。


 起きているのか寝ているのか、それすらも分からなくなった頃。


 いつの間にか、その振動は種類が変わっている。


 嗅いだことのない匂いが回りを包み、ゴトゴトという振動がユラユラという振動に変わっていた。

 のちにこの匂いは潮の香りだ、と、知ることになる。

 いつの間にかその身は船に乗せられていたのだろう。


 さらに月日が過ぎて、再び馬車の旅。


 そうして・・・・


 9歳の俺は、本当の地獄を知ることになる。


 見知らぬ無機質な建物。

 鞭と恫喝。

 まだ9歳の俺は、強引な魔力の通り道の開通を行われ。

 評判どおり、この施設でも有数の魔力量を誇ることが分かった。

 教育という名の拷問と実験の日々。

 身の安全のために、最低限の求められる成果を出し。

 常に皮肉の笑みを浮かべ、気がつくと2年。

 時折眺める夜空に心の中でそっとつぶやく。

 俺の村は、この空で繋がっているのですか?


 ハン!

 そんな自分を鼻で笑い。


 父が言う大事な人なんてどこにいるのか。

 俺はこのままここで飼われ、上流階級の坊ちゃんの魔力タンクとしてのみ価値を持ち、最後には魂までも搾り取られるんだろう。

 自分すら大事じゃない中で、何が大事な人だろう。


 俺の大事な人達は、あの日夜空の星となった。

 炎に抱かれて、遠い空へと舞い上がった。

 どうして俺を置いていった?

 ここじゃ死ぬことすら叶わない。

 自死を試みたこともあった。

 蘇生され、ひどい罰を受け・・・・

 そして俺はすべてを諦めた。


 そして2年。


 なんだ、あれは?


 今回配属された小さな子供。

 この子供ばかり集められた施設ですら小さな子。

 なのになぜこんなに俺の心をかき乱す?


 部屋のリーダーに反抗し鞭打たれても、その瞳に燃える力はなんなんだ?

 どうせすぐにすべてを諦める。

 そう頭では分かっている。

 なのになぜこうも吸い寄せられる?


 俺は、せっかく作り上げた荒ぶることのない心をかき乱す、その小さな子供に、そしてその髪の美しさに、苛立ちを隠せない。

 自分が彼ぐらいの頃、父に聞かされた夜空への思いを、願いを、思い出さずにはいられなかった。

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