変わらぬ幸せな日々

 シャッ、シャッ・・・・

 カン、カン、カーン・・・


 家の中に響く音。


 僕は、この音が好きだ。

 産まれた時から、この音に包まれて育った。


 父は、評判の木工職人で、家具や食器なんかを主に作っている。

 たまにある、ここや近隣の村の家を作るときにもかりだされたりして、父さんの作った家の評判もいいのが、僕の密かな自慢だ。


 大きな町では専門の家を建てる職人がいるらしい。

 でも、こんな小さな村々では、ほとんど自分たちで建てるんだ。

 そして、難しいところとか、雨漏りしないようにとか、そういう技術は木工職人の出番。

 家もでっかい家具と一緒さ、と父さんはガハハと笑う。

 そんな父さんが眩しくて、僕は父さんの横でカンナをかけたり、ノミや鎚を振るったり。

 なかなか筋が良い、って親方であるじいちゃんも、花形職人である父さんも僕を褒めてくれるんだ。

 僕も絶対父さんみたいな木工職人になる。



 そう言うとね、村のみんなはもったいないって言うんだ。


 僕はこげ茶の濃い髪を持って生まれた。

 まだ7歳で、魔力の通り道を通していないけど、きっとすごい魔導師になれる、なんて大人たちは言う。

 時折やってくる冒険者とか行商人も、僕を見ては、自分のところに来ないか、なんて言う。


 ほんの数日前、まさかの領主様の騎士っていうのが父さんを尋ねてきた。

 一応は、凄腕の木工職人である父さんに家具を頼みに、ってことらしい。

 でもね、ご領主様のところに行って寸法をはかったり、デザインを決めたりする助手に息子を連れてくるようにって命令された。

 騎士様、領主様のお話を断る事なんてできないから、父さんはOKしたんだ。



 うちの人達は、僕が領主様に取られるんじゃないかって心配してる。

 なんかね、僕の髪の毛って本当に珍しいんだって。ここまで濃い色っていうのは、この領でも一握りじゃないかって。お話しをもってきた騎士様がそんな風に言っていた。



 先日、商店主の息子が10歳になって、村長さんが魔力の通り道を通したんだって。魔法がもうすぐ使えるようになるんだ、って自慢してた。

 僕はまだ3年あるからね、それまではきっとすっごく自慢してみんなに魔法を見せるんだろうな。

 まぁ、魔法っていっても魔道具を使えるようになるぐらいだろうけど。


 この村で本当に魔法っていえるのを使えるのは村長の奥様だけ。それも、薪に火をつける際の種火をつけられるってだけだって。キャンプの時には便利だから、時折、狩りなんかについて行ってるみたいだ。

 でも魔導師になる勉強をすれば、詠唱を覚えられる。そうすると、火だって飛ばして魔物を倒したりも出来るらしい。


 僕はきっと土魔法が使えるだろうって。

 敵の足下に穴ぼこを開けたり、逆に盛ったりもできるだろうって。教えてくれた冒険者は、魔物や人と戦うのに便利って言ってたけど、畑をするのにも便利かもね。


 あと、土魔法の使い手には、身体が強くなる人が多いんだって。もともと魔導師になれば身体が強くなるんだけど、特に土魔法使いは頑丈になるんだ。

 だったら、僕のなりたい木工職人にも有利だね。

 小さい細工も必要だけど、木って重いし、それを削るのだって力がいる。

 頑丈になるなら大歓迎だ。


 でもね、魔法を使うには詠唱だったりが必要。

 これは魔導師に習うしかなくって、学校っていうのもあるんだって。

 村長さんと商店のおっちゃんはみんなでお金を出すから、僕にその学校へ行けって言ってる。

 父さんや母さんたちは好きにしなって言う。

 魔導師になって、どこかのお抱えになっても良いし、冒険者になってもいい。村に帰って木工職人になるのも良い。

 お金持ちになるには魔導師として生きる方が良いけど、村に帰ってきたらきたで、村長も商店のおっちゃんも嬉しいって。

 土魔導師様になったら、バンミにこの村を囲う立派な塀を作って貰おう、ってガハハハと笑っている。


 近頃商店主の息子サンチェンは、僕を見るとチッと舌打ちするけど、いじめてくることはなくなった。

 外からくる人に、僕をいじめるサンチェンがいる商店で買い物をやめるなんて言われるようになったから。

 もちろん本気じゃないけどね、でもサンチェンだって商店の息子っていうプライドっていうか、意地がある。自分のせいで商品を買わないなんて言われたら、ショックが大きい。


 外の人は、いかに僕は貴重か、って延々言うし、欲しい欲しいっていう。

 だから、サンチェンの取り巻き以外の子供たちも僕にチヤホヤするようになった。僕にきつく当たるサンチェンたちには、白い目を向けたりして、むしろいじめられてるのはサンチェンたちみたいになっちゃった。


 僕としては小さな村だ、仲良くしたいんだけどね。

 それに僕は立派な木工職人になる。

 商品を置いて貰うこともあるし、お客さんにもなるかもしれない村人とは、今から仲良くしなきゃって思う。


 まぁ、最近はサンチェンも落ち着いてる。

 僕はまだ魔力の通り道を通してないからね。

 少なくとも、僕が魔法を使えるようになるまでは、自分の方が優位に立つ、らしい。そう本人に言われたけど、僕にとってはどっちでも良いんだ。



 そして、数日後。


 僕は父さんとご領主様のいる町へ出発した。


 はじめて村の外へ出る。

 外は魔物がいっぱいいて怖いところ。

 騎士様と騎士様が雇った冒険者と一緒に、僕は、はじめての村の外。


 何度か魔物が出た。

 本物の魔物。

 父さんの村を襲ったのとは違うらしいけど、どれも凶暴で、僕は震え上がった。


 だけど、騎士様も冒険者もすごかった。

 簡単にやっつけちゃう。

 剣も槍も魔法も、ビシュッ、バシッ、ズドン!って魔物を動かなくしちゃうんだ。


 家が木工所で、木工職人っていっても革張りの椅子とかも作るし、魔物の皮は珍しくない。

 けど、目の前で、解体され見る見る見覚えのある姿にされていく獣を見ると、思わず胃からこみ上げるものがあった。


 こうやって材料になるんだ。


 僕は、それでもしっかりと目に焼き付けようって思った。


 前に父さんが、欲しい木とか欲しい皮を自分で手に入れられたら、もっとすごい商品が作れるだろうに、そう言っているのを覚えていたから。

 だったら僕が魔導師になって、材料をとってきたらいいんじゃないかな、ってその時思ったんだ。

 僕がそう言うとそれは素敵だな、って父さんもじいちゃんも頭を撫でてくれた。

 目の前に広がるこの光景は将来僕がやりたいことに繋がってる。


 フンスっと、僕はお腹に力を入れて、しっかり解体を目に焼き付ける。



 領主様のお屋敷。


 僕は父さんの言うとおりにお手伝いをする。

 ご領主様がその様子をニコニコと見守っている。

 休憩時間にご領主様は僕に声をかけてくれた。

 「バンミは将来何になるのかね。」

 「僕は父さんのような木工職人になります。」

 「そうかそうか。それは楽しみだね。」

 領主様は優しく僕の頭を撫でてくれた。

 「バンミはその木工の腕でこの領を潤しておくれ。バンミはいい魔導師になれるだろう。木工職人の魔導師、いいじゃないか。」

 ハハハ、と朗らかに笑うご領主様は、全然怖い人じゃなかったよ。


 帰り際、ご領主様は父さんに言った。

 「バンミは領の宝だ。魔力の通り道を通す魔導師を10歳の誕生日に、村へやろう。本人が望めば魔導師の学校に進ませてもいい。簡単な魔法なら、派遣する魔導師にも師事できよう。このまま良い子に育てなさい。我が領で全面的に後援するとしよう。」


 僕はそうしてご領主様と友達になった。


 その日、僕は、僕の産まれた村はタクテリア聖王国ビレディオ領のチレ村と呼ばれていることを知ったんだ。

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