夜空の星は導きを   **** サポーター様リクエスト企画 ****

星は見ている

 「いいかバンミ。空ってのはなどこまでもどこまでも続いているんだ。どんなに離れていても、空を見上げればそこは大事な場所と、大事な人と、繋がってる。だからな、ひとりぼっちだって思うことがあっても、空を見ろ。お前は一人なんかじゃないってわかるからな。」


 でっかい、ゴツゴツした手が、優しく、力強く、少年の頭を撫でる。


 灌木が続く草原の村。

 その外れにある、小高い丘で、少年は父と隣り合わせに地面に座り込み、涙をこらえていた。



 ここは、どんな国でどんな特別な村か、なんて、少年は知らなかった。

 自分が産まれた村。

 大人の足で日帰りができる周辺には、ポツポツと似たような村があるが、そんな中では、ちょっとばかし大きめの村、なんだろう。なんたって、商店があるし。


 商店がある、ってのは都会なんだ、そう商店主の子供が自慢していたっけ。

 村一番の裕福な家で、村長さんのところと、彼の家以外に魔道具はない。


 魔道具って言うのは不思議な道具だ。

 魔力を流すといろいろできるらしい。

 この村にあるのは、魔力を流すと明かりを灯すもの。

 村の広場に近い村長さんの家にあって、夜に集まってお祭りなんかするときには、大活躍する。

 なんせ、獣の脂を使っていない炎の出ない光ってのは、まったく匂わない。

 魔石に魔力を注ぐだけで、新たに燃料を入れる必要もない。



 あとは、商会にある水を出す魔道具だ。


 こっちは魔力を注ぐ間だけ水が出るっていうもので、コップ1杯を注ぐのに何人かで順番に魔力を注がなくちゃいけないし、時間はものすごくかかるけど、いざという時には便利な代物だって、おっちゃんは自慢していた。

 それに、これを買ったときってのは、おっちゃんがまだ子供だったときなんだけど、魔導師様があっという間にコップ1杯の水を出したんだって。

 だから、魔力がいっぱいあって、それを注げたらきっと、水汲みなんていらなくなるはず、なんだってさ。



 今日はたまたま、村の子供たちが何人か商店の近くで遊んでいたんだ。

 商店目指して、時折村に冒険者が訪れる。

 で、僕ら子供は、村の外から来た人達からいろんな冒険者の話を聞きたくて、商店にたむろしていたってこと。


 「君、名前は?」


 そのとき、その中の女の冒険者が、僕に声をかけてきた。

 5,6人いた子供たちの中で、わざわざ僕の前にしゃがみ込んで、その人は僕に声をかけたんだ。

 魔導師だっていうその女の人は、見たことがないぐらいきれいな青い髪の毛だったのを覚えている。

 青い髪と、舞えるようなオレンジの瞳。

 無茶苦茶きれいな人だった。


 「はい、はぁい!!おれ、おれはサンチェン!!この商店の跡取りだぜ!」

 そんな僕とお姉さんの間に無理矢理僕をどけながら身体を押し込んだ商店の息子。

 僕は突き飛ばされた感じで、尻餅をついちゃった。

 サンチェンは8歳、僕より3歳も年上だ。

 身体だって他の子よりデカいし、太ってる。

 僕なんか、簡単にはじき飛ばされる。


 サンチェンは僕が嫌い。

 だってね、サンチェンのお父さんも、あと村長さんちの大人たちも、みんな僕のことを褒めるから。

 僕の髪の毛は、この村始まって以来の、とても濃い焦げ茶色。雨に濡れた後の木の幹みたいだって言われている。

 誰もが知ってることだけど、髪の色はその魔力の性質を、色の濃さは魔力の量を表すんだって。


 大人たちはみんな僕を褒める。

 僕はものすごい魔導師様になるだろうって。

 10歳になって、村長さんや町から来る教導士様が、魔力の通り道を通したら、いったいどんだけすごいことが起こるんだろう、って、誰もが僕をチヤホヤしちゃう。


 だけどね、サンチェンはそれが気に入らない。

 サンチェンのお父さんが、

 「バンミが魔法を使えるようになったら、きっとみんな水を飲み放題だぞ。」

なんて言ってニコニコすると、決まってサンチェンは後から小突いてくる。

 チビを遊んでやる、って言いながら、僕のことをいじめるんだ。

 サンチェンには取り巻きもいて、みんないっしょにいじめてくる。

 チーナちゃんとか、ビリガとか、そんな子たちがいると、いじめっ子たちに「ダメ!」ってやってくれるけど、サンチェンはそれも気に入らない。

 サンチェンは自分が1番じゃないとイヤなんだ。

 それに・・・


 サンチェンは、将来のお嫁さんはチーナとビリガにする、って言っている。

 お金持ちはたくさんの奥さんをもらえるんだって。この村じゃ、たくさんのお嫁さんを持ってる人なんていないけど、外のお金持ちはみんな奥さんがいっぱいらしい。

 サンチェンは、自分のことをすごいと思ってる。

 だからね、自分以外が褒められるのは、すっごく嫌い。

 なのにね、前に、チーナちゃんは言ったんだ。

 「私は優しいバンミが好き。こんなきれいな髪のバンミのお嫁さんになりたいの。」

 そう言って、ほっぺにチューをした。

 そのときはお祭りで、大人たちもいっぱいいたから、サンチェンは何もしてこなかったけど、その時から余計に意地悪になったんだ。



 そんなサンチェンだから、冒険者のきれいなお姉さんが、声をかけたことが許せなかったんだと思う。

 お姉さんはそんなこと知らないからね、サンチェンに言ったんだ。

 「悪いわね、坊や。あたしが興味あるのはあっちの将来性豊かなイケメン君だけなの。」

 そして、サンチェンを押しのけ、尻餅をついている僕を優しく立たせて、お尻についた土を払ってくれた。


 「いやぁん、この子マジかわいい。連れて帰ろ。ね、いいよね、リーダー!!」

 で、そのまま僕を抱きしめて、フガフガと匂いを嗅いだそのお姉さんは、いやいやってするみたいに身体を揺らしながら、そう言った。


 ゴチン!!


 そんなお姉さんの頭が、でっかいおじさんに思いっきり叩かれたんだと思う。

 抱きつかれていた僕まで、ズン!ってひびいたから。


 「ったく、しょうがねぇやつだな。そんなことをしたら人さらいまっしぐらだろうが。だけど、ぼうず。マジにお前いいなぁ。お前冒険者になる気ないか。親がいるなら相談してみな。もしその気になったら言ってくれ。絶対いい冒険者にしてやるぜ。おいマリー!いつまで坊主にしがみついてる。離せ!!」

 僕に抱きつくお姉さんを無理矢理首根っこを掴んでひきずっていくおじさん。

 僕にバイバイをしながら、去って行ったんだ。




 しばらくして・・・


 パチン!!


 僕のほっぺがジンジンした。


 冒険者たちがいなくなったあと、サンチェンが思いっきり叩いたんだ。


 「出てけ!おまえなんかこの村から出ていけ!いいか。お前ら、絶対バンミと口をきくんじゃないぞ!こんな余所者、村に入れてやるもんか!!」

 そう言いながら、転がった僕を何度も何度も蹴りだした。

 慌てて、店からサンチェンのお母さんやおじさんが出てきて、サンチェンを引きはがし、僕は抱かれて家に帰ってきたんだけど。



 僕は、父さんに渡されて、僕を連れてきたサンチェンのおじさんが、何があったかを話した。何度もおじさんは謝ってたけど、余所者って言われたところで、父さんは僕に申し訳なさそうな顔をした。


 だから、僕は泣くのを我慢する。

 だって父さんが悪いんじゃないんだもん。


 父さんは、子供の頃、住んでいた村が魔物に襲われて、命からがら逃げたんだって。この村にたどり着いて、木工職人の弟子になった。その職人の娘が母さんだ。

 このことは村のみんなが知っている。

 逃げてきたのは父さんだけじゃなくて、近隣の村々含めて、かなりの数に上るし、この村にだって何人かいるからね。


 父さんは、おじいちゃんから仕事の腕を認められ、いろんな木の細工物を作ってる。もう村に来てからの方が長いのに、いまだに「余所者」なんて陰口を言う人もいる。物を作ってお金をもらう人は裕福って思われるから、仕方がないんだって。


 人を恨むな。


 遠くへ行っても空は繋がっている。


 離ればなれになっても、同じ星空を見れば、それは隣にいるのと一緒だから。


 父さんは、いつもそんな風に言うんだ。ちょっぴり遠い目をしながらね。


 「バンミが大切に思う人も、バンミを大切に思う人も、みんな空を通じて繋がっているんだ。人はな、いじわるをしたくていじわるをするんじゃない。うらやましくって悔しくっていじわるするんだ。でもな、あの空を見てみろ。キラキラ輝いてきれいだろう。あの宝石のような星はいつだってみんなを見ている。だからな、人を恨むな。羨むな。そうすると、星が導いてくれるだろう。俺が母さんと出会ったように。天職に出会ったように。」


 バンミ、5歳。

 父の手と言葉を、今後、何度もかみしめることになる、とは、このとき、まだ知らない。 

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