強く、優しく

 「きゃあ!」


 ラッセイがいつものように冒険者ギルドへと向かう道中のこと。

 裏道へ入っちゃダメよ、と母からきつく言われてはいたのだけれど、女性の悲鳴が、その裏道から聞こえてきた。


 「きゃあ!誰か、助けて~」


 誰か困ってる。助けを呼んでいる。

 ラッセイは、そう思うと、たまらず声の聞こえる方へと走り出した。


 初めての路地。

 声は聞こえるが、ところどころ行き止まりで、まっすぐには行きつかない。

 何か物を投げる音。

 ぶつかる音。

 割れる音。


 明らかに争うそんな音に焦りつつも、何度も行き止まっては、引き返しを繰り返し・・・・


 「何をしている!!」


 ラッセイは目の前の光景に、我を忘れて叫んだ。

 所々衣服は裂け、血や泥が顔や手、足なんかを汚している。

 そんな女性の髪の毛を引っ張る、あきらかに悪そうな男。

 その周りにもう2人。

 下卑た笑いを浮かべ、周りの家の壁に背をもたせかけていた。


 

 「なんだ、ガキ。混ざるにはちと早いんじゃねえかい?」

 一瞬ギョッとした顔をした、髪の毛を掴んでいる男が、ラッセイに言った。

 「おや。こいつ・・・兄貴、こりゃまずいですぜ。このガキ、見たことがありやす。冒険者ギルドの副ギルド長が稽古をつけてるガキでさぁ。」

 「副ギルド長?ああノーザンの野郎か。フン。やつもいけすかねぇ。奴が可愛がってんなら、こっちも可愛がってやんよ。」

 「いや、違うんでさぁ。奴が面倒見てるのは領主のガキですぜ。下手したら貴族から追っ手がかかっちまう。」

 「ほぉ。確かに金持ちそうな恰好をしてるがよう。おい坊主。おまえ領主のガキだって?」

 「だったらなんだ!」

 「だったら、お父様のところに送ってやんよ。さぁ坊ちゃんよぉ、痛い目に遭いたくなかったら大人しく捕まりな。」

 「え?兄貴?」

 「ふん、こんなところにいるんだ。誘拐されたって自業自得だろうが。たんまり小遣い稼ぎさせて貰おうじゃないか。」

 「さっすが、兄貴は頭がいいや!」

 「じゃあ早速つかまえましょう。」

 チンピラの一人がそう言うと無造作にラッセイに襲いかかった。


 シッ!


 ラッセイは抜刀するとその掴みかかってくる手に刃を走らせた。

 ピューと赤い血が手首から噴き出す。

 「何を!」

 驚いたそのチンピラは噴き出す血を押さえて、うずくまった。


 「このガキ!!」

 もう一人のチンピラがナイフを懐から抜き襲いかかる。

 ラッセイは腰をかがめて、そのガリ股の間を素早くすり抜けると、すれ違いざま、スネを剣で力任せに殴りつけた。


 「ウォーー!」


 チンピラはそのまま前のめりに転がる。


 あっという間の出来事に、兄貴分の髪の毛を掴んでいる男が慌てて、その髪ごと女性を前につきだした。


 「この女がどうなってもいいのか!」


 思わずひるむラッセイ。


 「剣を捨てろ!」

 

 ギリッと唇を噛むが、髪を掴んで揺らす、その様子に剣を放しそうになる。


 「ダメです、坊ちゃん。ごめんなさい。私が助けを求めたばっかりに。大丈夫。坊ちゃんは逃げて。ここから逃げてください。」

 男に揺らされてヒィヒィ言いながらも、途切れ途切れに語るその女性に、ラッセイは語りかけた。

 「大丈夫ですよお嬢さん。僕はあなたを助けます。僕は強いです。こんな暴力だけの男に決して負けない。」

 にっこりと笑うラッセイに、女性は振れない首を必死に振る。

 涙を流すその女性に、再び「大丈夫」と、優しく語りかけ、そのまま視線を悪漢に向ける。


 「オイ、おまえ。その女性を放せ。僕と交換だ。剣も捨ててやる。彼女と僕、どっちを人質にした方がいいか、頭の悪そうなお前でもさすがに分かるだろう?」

 「何を!・・・だが、分かった。まずは剣を捨てろ。そしてこっちへ来い。」

 「彼女の解放が先だ。」

 「剣が先だ。」

 「剣と彼女を同時に。」

 「・・・よしわかった。1,2,3。」


 カラン。


 ラッセイが剣を落とす。

 男は女性から手を離した。


 力なく横たわる女性だが、よろよろと立ちあがると、

 「いけません、坊ちゃん・・・」

 と、力なく言ってくる。

 「あなたの忠誠、感謝します。でもね、僕は強いですよ。あなたが逃げてくれれば、そんな奴なんとでもなりますから。」

 「おい、ぐちゃぐちゃ言ってねぇでこっちへ来い。」


 ラッセイは近づくと、女性の手をゆっくりと引き、そのまま後ろ手に彼女を背後へと押しやった。

 「行って。」

 すれ違うときに優しく言う。

 ためらう女性に、

 「早く。行け!!」

 有無を言わせぬ命令口調。

 女性は弾かれたように飛び出した。


 その様子を、男は、だがジッと見守ってくれはしなかった。

 女性が走り出したとたんに、頭上から頭を掴み、自分の目元までつり上げる。

 ラッセイはつり上げるに任せたまま、その丸太のような手を頭上に掴んだ。


 ニヤっと笑う大男。

 「糞ガキが、覚悟しな。五体満足で帰れると思うなよ。」

 だが、ラッセイも同じようにニヤっと笑った。

 「奇遇だね。僕も今、同じ事を言おうと思ってたんだ。」

 そうして、ラッセイは 火を両の手に呼び出した。


 グベッ


 聞いたことのないような声を出して、大男はたまらず、ラッセイの頭を離す。


 「ギャアーボエーーードイヤーー」

 叫びながら地面を転がる男の腕は、すでに炭化しつつ燃えていた。


 そう、ラッセイの使えるのは火の魔法。

 火を飛ばすことは出来ないけど、近くになら火を出せる。

 そうして・・・・

 その火は、その魔力量にふさわしく、誰よりも高温にすることができるのだった。



 やったか・・・?


 ラッセイは、そんな男を見つつ、そう思ったが・・・


 「この糞ガキ・・・」

 「もういい、っちまおう。」


 復活していた、弟分のチンピラ二人。

 うち一人が先ほど手放した剣を拾って構えていて・・・


 絶体絶命


 さぁどうする。


 と、そのとき。


 ピュンピュン。

 2つの風切り音。

 腕と足と、各々突き刺さる2本の矢。


 えっ、と思っている間に、複数の人影が、瞬く間に二人と、後ろの一人を拘束する。


 「大丈夫か、ラッセイ。」


 呆然とするラッセイを見下ろして、ニヤッと笑ったノーザン。

 ゴチン!!

 「いったぁい!!」

 そのとき、人生で一番痛い拳骨を、ラッセイは喰らったのだった。




 後でラッセイが聞いた話。


 ラッセイは、ちょこちょこと町に出るので、代官様領主様のお坊ちゃまと、有名だった。いつもニコニコしていて、人当たりも良く、誰とでも仲良くするラッセイは、実は町の人気者。その容姿と相まって、ほとんどアイドルみたいな存在だったのだ。

 そんなラッセイが、悲鳴を聞いて裏路地へと走っていった、というのは複数の目撃者からもたらされた情報。

 ギルドやら憲兵事務所、さらには代官屋敷にまで、複数の報告が入ったのは、事件発生直後だった。

 すぐさま、救助隊が発動し、とくに一番近場のギルドからは、ノーザン始め、複数の冒険者が飛び出した。

 そして、途中被害女性を救出しながらの、現場へと急行。

 ギリギリのところで弓が間に合い、犯人確保、となった、というわけだった。


 ノーザンだけでなく、あちこちで多くの人に叱られたラッセイだったが、その勇敢な行動は瞬く間に、町中に知れ渡ることになる。

 『朱金の英雄王子』なんてあだ名をされていたことを知らないのは、ただラッセイばかり。

 時にラッセイ10歳の秋のことだった。

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