両親の馴れ初め

 「ター、ヤー、トォー!」

 甲高いながらも頼もしい声が響く。

 カン、カン、カン、

 と、同時に、木を打ち付ける木剣の音。


 「おーやってるなぁ。」


 そこへやってきたのは、一見熊のような大男だった。


 「あ、おじちゃまだ!」

 額の汗を手の甲でぬぐいながら、声のする方へと目をむけると、勇ましい声を上げていた少年は、輝くばかりの笑顔を振りまきながら、その男に走り寄った。

 ラッセイ少年、明日は5歳の誕生日。

 そのお祝いに駆けつけたのは、母のたった一人の兄、冒険者のノーザンだ。


 冒険者。

 なんて素敵な響きだろう。

 ノーザンは、世界を股にかけて活躍するB級冒険者。

 このタッセイは大きな町で、城壁でグルリと周りを囲まれている。

 それでも、代官屋敷のこのあたりは緑が多く、この白樺の森はラッセイの良い遊び場であり、訓練場になっていた。


 この白樺の森は塀の中だ。

 だから危ない魔物なんて出ない。

 でも、1歩塀の外に出ると、そこは魔物が魔獣が跋扈する世界。

 この付近は、毛皮に守られたでっかい魔獣が多く、その毛皮は様々な能力を持っているため、貴重で、良い交易品となっている。


 その昔、代官である父が、現れた白銀のグリズリーの討伐依頼を冒険者ギルドに出したそうだ。そのグリズリーは一般のものよりも二回りは身体が大きくて、凶暴。領民にもたくさん被害を出したための、依頼だったらしい。


 その依頼を受けて、幾多の冒険者がやってきた。

 その一人がノーザンで、ノーザンはいつも依頼には、パーティの補佐役として、一人っきりの家族である妹のリーライを連れて行くのが常であった。

 というのも、この世界、女の独り身は、とても危険だ。

 とくに冒険者が多くいる地域ではなおのこと。

 ノーザンとそのパーティは、1つところに定住することなく点々としていたこともあり、大事な妹を一人でどこかの町に放置することを嫌ったのだ。


 妹のリーライも、小さい頃に両親を亡くして兄に育てられた身。

 大好きな兄と、様々な土地を訪れる生活は、楽しくて、むしろ自分から兄について旅から旅の生活をしていたのだった。

 彼女が仕事に同行することにパーティメンバーも喜んでいた。

 彼女は美人で気が利く少女であったし、何より料理がうまい。

 時に自炊して、振る舞われる料理は、彼らパーティの面々にも癒やしであった。


 そんな風にして、ここ、タッセイを訪れたリーライだったが、あるとき、運命の出会いが訪れたのだ。


 偶然、というには、驚く出会いでもない。


 無事討伐された特異種と認定されたそのグリズリーの、討伐感謝パーティーが主立った冒険者たちを集めて開催された。

 パーティーは、冒険者だけでなく、その家族や町の有力者、ギルド関係者それにグリズリーの被害者やその遺族なんかも呼ばれて盛大に催されたのだった。


 そのパーティーで主催者である代官は、ひときわ賑やかな冒険者集団の中で、楽しそうに笑う一人の乙女に釘付けになった。

 まるで幽霊を見たみたいだった、なんて失礼なことを言うのはノーザンだ。

 だが、実際、その表現は誇張でもなく、どうやらフラフラと夢遊病者のようにリーライに近づくと、その手を取り口づけて「結婚してください。」などと口走ったらしい。


 その場は、酔っ払ってた、等々、言い訳をする従者たちに引っ張られて、その場を後にした代官だったが、後日のことだ。

 雪が深くなってきたため、この町で越冬することにしたノーザンたちの下へ、二人の貴婦人が現れた。


 「ダーネイリ子爵が第一婦人ナーシャ、および第二婦人ピレーニャにございます。」

 二人はそう言うと優雅にドレスをつまんでお辞儀をした。

 「どうか、そのかわいらしいお嬢さんを、我が主人の側室にいただけませんでしょうか。」


 ノーザンたちも、もちろんリーライもビックリしたようだ。

 当然、何かの冗談かとも思ったのだが、よくよく話を聞いてみると、マジな話だったらしい。

 どうやらあのパーティーでリーライに一目惚れした子爵は、そのあと、心ここにあらず。真面目で領地運営にも精力的であったのが嘘のようにぼうっとしてしまった、というのだ。

 今は側近たちの力でなんとかなっているが、長期は続かない。

 側近たちは、やむを得ず、なんとかできないかと婦人がたに相談に行ったという。


 話を聞いた、二人の婦人の行動は早かった。

 原因が、その冒険者の妹とかいうものに一目惚れしたためだというなら、その子を呼び寄せよう。そうして旦那様がもとの凜々しい旦那様に戻るならば側近の1人や2人、大歓迎だ。貴族令嬢として、しっかり育った二人の婦人は、なんの隔意もなく、そう結論づけたという。

 もちろん、その迎える娘の人となりは重要だ。

 そこで、念入りに評判を調べ上げ、今日、ここに申込みに来た、のだという。


 「いかがでじょう。さすがに婦人としてお迎えはできません。ですが、側室として、決して侮られないよう、私たち二人が保証し、お守りします。」

 毅然としたようすで、そういう婦人たち。

 その日は、まずはお友達から、という平民的な答えを与えると、二人の婦人は「そういうものなんですのね。」などと楽しそうに了承して、帰って行った。


 その後、婦人たちとも仲良くなり、また、数度のデートを経て、無事リーライは側室となった。

 愛されて、女の子を出産。

 そしてその後2年を開けて、ラッセイが産まれたのだった。


 


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