どうしてこうなった?
最高潮、と言えば、どうしても気にくわないできごとが、その最高潮にもかかわらずあった。いや、これは現在進行形だ。
儂はナッタジ商会の会頭だ。
だが、商人ギルドはそれを認めていない。
儂が会頭になってすぐ、商人ランクCの申請を届け出た。
商会を維持するのは本来ランクC以上の商人である必要があるためだ。
儂は、長年ナッタジ商会で働いており、結婚後は番頭の1人として、特にダンシュタの属するトレネーでは、それなりに名が通っていた。
商人として活動する際、ナッタジ商会の番頭としてEランクは持っていたが、それ以上のランクが必要だったのだ。
駆け出しのEランクなら、簡単な申請だけで通る。どんな物を売るか、と申請するだけだ。商会所属で契約の機会があるならば、一応これは申請して持っている、といった類いのものだ。
Dだと、所属都市のギルドの認定がいる。
Cは、所属ギルドの推薦で、その国のギルド存続を認めている元首、この国では国王が、認めるという形を取る。これは、商人が店を構えることを認めるために、その
土地を持っている者の承諾が必要となることから、元首の承認、ということになっている。
基本的に、Dはその商業ギルドのスタッフに名が知られる程度の商人ならば手に入れられる。まともに商売をしている人というのは、取引を見ているギルドが把握しているから、という理屈だそうだ。そのほかに筆記試験もあるものの、そんなものは受ければ儂のレベルなら余裕で通るだろう。
だが儂が必要なのはランクC。商会を持てるランクだ。
だから、Cにふさわしいと、国のギルド本部に推薦するよう頼んだのだ。
しかし、まったく頭に来る。
「商会を継ぐのであれば、正式に商会の証で申請してもらえれば問題ありません。ですが、カバヤ様ご本人はCはおろか、Dの申請も無理と思われます。ご存じのことと思いますが、Dの昇格にはギルドが認知している信頼できる商人であること、という項目がございますので。」
「何を言ってるんです?私がナッタジの番頭で商人としても経験値が高い、というのは、ギルドも知っているでしょう?」
「もちろん、ナッタジの番頭としては認知しております。しかし、あなたが信頼できる商人、という話は聞いたことがございません。商人として信頼できる人であることをこちらが把握した暁には、当然Dランクへと昇格していただきます。」
「はぁ?おまえふざけるなよ!」
ガン、と、受付を足で蹴って思わず言ってしまった。
手も出そうになったが、警備が慌てて飛んできて、羽交い締めしやがった。
あのときのことは一生忘れん。
受付もギルド長も、いつか思い知らせてやる。
儂は、その日、ギルドを忌々しい気持ちで出ると、誰もが認める商人としてナッタジを繁栄し、あちらから頼み込んで昇格して欲しいと泣きついてくる日を心待ちにしてやる、と決意したものだった。
会頭になって10年ほど経った頃。
当然、Cランクを受けるべく、あちこちに根回しを行っていたのだが、嫌な話を聞いたのだ。
曰く、この申請を跳ね続けているのは、このナッタジ商会の後ろ盾であるリッチアーダ商会だと。
リッチアーダ商会は王都タクテリアーナに古くから
だが実際にナッタジ商会を大きくしたのは間違いなく儂の手腕だ。
確かに先代の頃に比べて、表面的な評判はよろしくない。
それは、ただ同然に貧民に質の高い商品を配っていたようなもので、施しをしていたのと変わらない状況だったのが、そういう無駄をやめたから、貧乏人からの評判が落ちたというだけの話だ。
だが、現在は、貴族や金持ち相手に商売をしていて、利益だって以前よりずっと多い。金はまくところにはまいているから、スムーズな商売が出来ている。
どう考えても商人としての腕は先代より上なのに、Dランクすら儂には渡せない、などとほざきおったあのギルドを操っているのは、まさかの親会社みたいな、あの商会だったとは・・・
ひょっとしたら、「商会の証」もリッチアーダ商会が隠し持っているのかも知れない。
そうだ。
儂は、Cランクの商人となる申請を続けつつ、商会の証を手に入れることによって、このナッタジ商会を正式に儂のものにしようと探し続けていた。
10年経っても見つからない、ということは、誰かに預けてある、または持ち出した、と考えるのが当然だ。
絶対に許せぬ。
そうは思うが、相手は大物。
今ある手札だけではまったくもって手が届かん。少々の
儂は、相も変わらず、「商会の証」探しと、Cランク昇級を探り続けておる。
誰もが会頭として認めておるのに、まったく忌々しい規則だ。
まぁ、ダンシュタの中でだけ言えば、儂の天下には変わりない。
まったく、ザンギ子爵様様だ。
これが、こんな小さなダンシュタだけじゃなく、トレネー全体、さらには国全体へと・・・
儂にはその才能があるはずなんだ。
敵はギルド。そして、リッチアーダ、か。
いつかは、儂の前にひれ伏せさせてみせるわい。
が、しかし、一体どうしてこうなった?
先日、ザンギ子爵が儂を呼びつけた。
何かがおかしい。
誰かに探られているようだ。
身を隠す必要があるかも知れないからさらに金を寄こせ、そういったものだった。
儂は知っている。
ザンギ子爵は、集めた金を使ってもっと実入りの良い地区の代官になろうと画策をしていることを。
が、その金は儂が出してやっているのだ。儂を切るに切れないだろう。儂は子爵を上手く操って来たはずだ。子爵はいつでも切り捨てられる、と思っているようだが、そうはいかない。こっちだって危ない橋を渡っているのだ。
子爵が相当あくどいことをやっていることは、儂だって気付いている。
だからいつかは身を滅ぼすのでは、という懸念は常にあった。
さらなる金を寄こせだと?
そろそろこいつも切り時か?
念のため手に入れておいた、子爵の不正の証拠。それを探られるであろう倉庫にこっそりと隠しておくか。
これであんたは終わりだ。
破滅に巻き込まないで貰おうか。
儂はそんな風に思いつつ屋敷を辞した、はずだった。
どうしてこうなった?
実際、儂の用意した証拠だけじゃなくて、多数の不正の証拠が挙がったため、領主ワーレン伯爵の派遣した兵がザンギ子爵を拘束した、そんな報告を、ザンギ子爵を見晴らせていた部下から届いたのは、ほんの数時間前。
そして、なぜか・・・
ワーレン伯爵の命を受けて、我が家に憲兵が侵入。
今、儂と息子をこうして拘束したのだった。
本当に、どうしてこうなった・・・・
後日
儂は、ナッタジ家襲撃の計画犯として裁かれ、また、そのほかいくつかの罪を問われ、秘境の開拓へと送られた。
息子も、ダンシュタでの暴行や殺害の罪で、追放の刑に処せられたらしい。町を出て一人で生きていけるはずもない息子。生きて会うことは、もうないであろう。
秘境の開拓、などと言うが、実体は人気のない魔境で、ひたすら土を掘り起こすだけ。時折聞こえる魔物の声に怯えながらの、意味のない時間が過ぎる。
多くの罪人が土を掘り、草木をどけ、そしてその後ろからは、それをあざ笑うように木々が生えてくる。
発狂する者。
魔物にやられる者。
衰弱して倒れる者。
たった3日で、それらを全部見た。一人だけじゃなく何人も。
儂は、いったいどれで死ぬのだろうか。
儂はただ上に行きたかったのだ。
幸せを貫きたかったのだ。
誰よりも努力をした。
誰よりも働いた。
なのに・・・・
どうしてこうなった?
(完)
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