改革とナオの死
それからは間違いなく儂の天下だった。
まずは商会の大改革だ。
甘っちょろい元旦那様の理想に心酔する馬鹿者どもの首を切った。
当然、ナッタジの邸宅は儂の物。
お抱えの家人は総入れ替えだ。
このとき知ったが、寮に住まわせ教育していた者達の中から希望者が、執事やメイドをしていたようだ。
当然、寮の授業関連部分は廃棄。住人はとっとと追い出した。
敷地内には家畜どもの小屋。
これは必要だ。
だが世話をするにも人がいる。
最低限の支出で育てる方法はないものか。
人件費、というものは思いの外、金食い虫だ。
ただで使える労力といえば奴隷だが、奴隷を買うにも金がかかる。
いや、確か・・・・
儂は家畜小屋ではたと思いついた。
家畜、というのは所有を現すため、簡単な輪っかを足や首に付けたりする。
所有の魔法陣を入れれば簡単だが、それは肉体に直接描き込まねばならず、一度描けば、一生跡が残る。人に売り出すときにはそれが「傷物」として買いたたかれるので、できたのが簡易な所有の魔導具を付ける、というものだ。
魔導具自体は安い物で、魔導具と契約書で所有権の受け渡しができる。
魔導具は対になる契約書が破棄されなければ外せないし、仮に強引に外せば契約書も燃えてしまってすぐバレる、という仕組みだ。
で、この家畜用の魔導具を用いた簡易の奴隷システム、というのがあることを以前、どこかで聞いたことを思いだしたのだ。
借金のカタに自身を奴隷として差し出すのは良くある話だが、さして高額でない場合に、むしろ奴隷にするための金額がかさんでしまう。それの回避に代用されるのが、家畜用のこの魔導具をつけることによって奴隷とする、というものだ。
家畜と同じように安価で設定できる上、奴隷となる人間にとっても、身体に魔法陣が刻まれることはないから、奴隷を脱した後は、平民として生きられる。少額でなら人生を棒に振らず、たとえば契約書に何年間経てば契約を解除する、と書くことにより、奴隷期間の設定ができるというメリットもある。
人道的に自分をカタに借金できる、そういう抜け道として、時折使われるのだ、という。
簡易、とはいえ、魔導具をつけている間は立派に奴隷だ。主には逆らえないような機能ももちろんある。
家畜奴隷、なんて言い方をすることもあるが、期間さえ考えれば普通の奴隷と変わらない。そもそも奴隷になるような学のない奴にそんな説明をしなければ良いだけの話。無期限か、50年100年といったそんな期間設定ですれば、結局は一生儂のために働くだろう。
善は急げ。
儂はその日から食うに困る者を見つけては、金を貸し、うまく奴隷を量産していった。
もちろん、儂が面に立ってやる必要はない。すでに儂の周りには儂のやり方を是とする者しかいない。
儂は、頼まれて、金を貸すだけ。
取り立ては、子飼いが勝手にやってくる。
利息すら払えぬ無能どもを次々と借金のカタに奴隷にして、簡単に安価な労働力が手に入る。
この奴隷ども、寮ですら住む場所としては贅沢だ。
むしろ稼いでくれるのは家畜たち。
夜に異変でもあったら大変だ。
そのためにも奴隷どもの住居は家畜小屋へと決めた。
我ながら一石二鳥、素晴らしい。
奴隷には家畜の世話や畑の世話をさせよう。
こうして、安価な労働力を手に入れた儂は、ザンギ子爵への献金と、ライバル社への牽制に盛大に金を使ってもさらにお釣りがくるほどだ。
やはり儂は正しかった。
今やダンシュタの町では、儂を下に見る者などはいない。
誰もが、道を開け、金など払わずとも、すべての物が手に入る。
これぞ我が世の春。
うるさい口は、すべて瞑らせた。
時折、息子が羽目を外しているというような苦情が憲兵の下にくるようだが、なぁに、子爵様が一言言えば、すべては終わる。
だがしかし・・・
息子アクゼがまだ12歳の未成年の時の話だ。
母ナオが死んだ。
病か何かのようで、元々身体も丈夫ではなかったらしい。
らしい、というのは、そもそも、アクゼが産まれた後はほとんど会っていなかったからな。
ナオの顔を見ると、美しかったパメラの顔を思い出して、ナオのやらかしたことにむかついて、どうしても冷静でいられない。
アクゼも町中の方が屋敷よりも良いようで、買ってやった家で二人と、数人のメイドとともに暮らしていた。
そういうこともあって、アクゼは町中で、自由気ままに暮らしていたのだ。
屋台で金も払わず物を持ち去る、というような可愛いものだが、まぁ、誰も文句を言うような奴はいなかった。儂が文句があるのかと聞きに行くと、涙ながらに、坊ちゃまに差し上げたのだ、などと言うのだから、間違いない。
儂の跡取りだ、ということはダンシュタの者だったら誰でも知っていた。
息子の行為に異を唱える者はすでにいなくなっていた、と言えよう。
そんな息子12歳の夏。
ナオが死んだ。
儂が知ったのは5日ほど経った頃。
息子がナオにべったりだ、という話は知っていた。
儂も忙しく、なんせモテるものだから、儂が指さした娘は、その晩、夜とぎにやってくる。二人が住む別宅はおろか、本邸にすらなかなか帰る暇はないほどだった。
たまたまその日、儂は本店に顔を出したとき、番頭に聞かされたのだ。「奥様が亡くなりました。」と。
そのとき、はて、奥様とは誰だったか?そう思ったほどだった。
が、店の奥で魂が抜けたようにぼうっと座っているアクゼを見て、ああ、あの女か、と気がついた。
「おい、ナオが死んだんだって?」
「父様?」
「ああ、父様だ。なんていう腑抜けた顔をしているんだ?」
「ああ、父様。ママが、ママが動かないんだ!みんなが死んだって!なのに父様はどこに行ってたの?なぜママに会いに来ない!」
パシン!
「うっ。」
儂は思わずすがりついてくる生き物の頬を張った。
なんだこいつは。
何を言ってる?
なんで、この儂が死人に会いに行かねばならない?
「父様・・・なんで?」
「無様だな。こんな女、死んだところで何が問題だ?金は渡しているだろう?お前の尻ぬぐいだってやってやってる。こんな女などいなくてもお前は立派に生きていけるだろう?」
「・・・何、言って・・・」
「そうだ。お前は儂の跡取りだ。今日から屋敷に住んで、跡取りとして勉強しろ。ああそうだな。家庭教師も雇わねばならん。あんな女と好きかってに暮らさせていたのは間違いだった。よし、今日からは、跡取りとして自覚した行動をせねばならんな。」
儂は、忠実な部下に命じ、二人が住んでいた屋敷を売り払い、息子を屋敷に住まわせると、上流階級の子として恥ずかしくない教育を与えるため、高い金を払って住み込みの家庭教師を雇った。
腑抜けた様子の息子だが、これで少しはまともになるだろう。
そのときは、まだそんな風に楽観していたのだった。
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