我が世の春

 ナオの策略にまんまと引っかかり、本来ならパーメラと結婚し商会を継ぐはずの儂が、それでも、結婚祝いと称して番頭に昇格したのは、儂の能力からして当然だろう。

 旦那様はよく言えば誠実にして実直。人を疑うことを知らない善人。

 だが、そんなものは商人としてはちっとも美徳ではない。むしろ悪徳だ。

 商会が繁栄するには何はなくともコネ。大口顧客に取り入り大口の注文を受けて売り上げを上げる。

 次には下の者への締め上げ。仕入れも人件費も絞れるところは絞る。金の使いどころを間違えるなんて、愚の骨頂。

 旦那様は分かっていない。

 貧しい者に与え、富める者からかっさらう?逆だろ?

 常々そう思いつつ、口では旦那様に賛同し、商会のため、ふんだんに大口顧客を接待し、締めるところは締めてきた。その儂の努力があってこその、商会の繁栄だ。

 儂がパーメラを嫁に婿入りする、そのために身を粉にしてきたというのに、それをご破算にしたナオの策略。

 頭には来るものの、一応番頭に昇格させるぐらいには儂の努力も認められておったのだろう。まぁ、この才覚でのし上がってやるさ。

 なぁにパーメラは儂が育てたんだ。儂にぞっこんなのは分かっている。儂を見る目だけは、緊張感に満ちて憂いを帯びているんだ。儂は奴の特別だ。彼女が成人し、儂に婿になってくれと懇願してきたら、ムフフ仕方ない、貰ってやるとしよう。そうなれば、ナオはお払い箱だ。まぁ、あれだけり器量よしだし、側室ぐらいには置いてやっても良いが・・・

 それにしても・・・・

 馬鹿面下げて、儂に笑いかける息子が、思いの外かわいいのは嬉しい誤算だ。

 育つにつれ、どことなく儂に似ていると思えるところもまた、かわいいと思ってしまう。仕方ない。商会は将来こいつにくれてやることにしよう。

 そう思っていたのはたった2年だった。



 なんだと!


 儂は衝撃を受けた。

 パーメラが成人し、いつ儂に貰ってくれと言ってくるかと、今か今か、待ちわびていたときのことだ。

 儂が結婚してからは寂しいのだろう、父親についてよく冒険と称してフラフラ遊び歩いていたのだけれど・・・

 冒険者パーティだ?

 ふざけるな!

 どこの馬の骨とも知らぬ顔だけの男が、我が物顔でパーメラの肩を抱いているではないか?

 しかもその男、どうやって取り入ったか旦那様のことまで籠絡した悪党だ。

 何が天才だ?

 寮の教育とかいうもののお陰で底上げしただけの役に立たない能力だろうが。

 戦略眼?複式簿記?なんだそりゃ?

 文武両道かつ眉目秀麗?お嬢、それは褒めすぎだろう?


 が、しかし、そんな優男やさおとこに旦那様もお嬢様も、いや、ほとんどの店の者はころっと騙され、儂の嫁のはずのパ-メラは、いとも簡単に奪われてしまった。

 しかも、やつは番頭の儂を差し置いて、「若旦那」として、しれっと儂に指図する。

 ふざけるな!ぽっと出の青二才が!

 儂が悶々と日々を過ごす中、それでも努力は報われる。

 そのお声がかかったのは、儂のパーメラが妊娠した、と聞いた頃のことだった。



 当時、商会ではモーメーの乳を加工したチーズというものが、主力戦力になりつつあった。

 旦那様は有名冒険者として有力貴族や王族まで、その顔を知られていたのもあり、ダンシュタが所属するトレネー領の領主に請われ、領都へと出店をしていたのだが、その支店へと儂はしょっちゅう出張をしていた。

 そのときに出会ったのが当時はまだ仕官貴族であったザンギ子爵だった。


 ザンギ子爵は良く世間を分かっているお人だ。

 世の中はきれい事だけでなっているのではない、そのことがよく分かっており、何よりあらゆるものは金で解決できるということをよく分かっていた。


 ザンギ子爵はその頃領地を欲しており、そのための根回しとして、金を大量に必要としていた。

 こんな清濁併せのむ心意気のある方がダンシュタの領主になったらさぞ生きやすくなるだろう、直感的に思った儂は、商会から上手く調達した金を子爵に回す。

 そんな根回しももう何年続けてきただろう。やっとチャンスは巡ってきた。

 先代のダンシュタ代官が跡継ぎのないまま亡くなったというのだ。

 多くの貴族たちの推薦を得たザンギ子爵はめでたくダンシュタの代官として領地を得た。お陰でわが商会もさらなる繁栄が約束されるだろう。

 だがしかし。

 商会を我が物にするには邪魔者がいる。

 セバス。憎き簒奪者。



 ザンギ子爵が代官になった祝いにいった際、そのようなことを酒の勢いで儂は話したのだったが、さすがは分かるお人だ。簡単に言ってのけた。

 「だったら、無法者に襲われて殺されればいい。腹の子もいらぬのか?確か息子に跡を継がせたいと申しておったな。だったら夫婦で歩いているところを襲わせよう。なぁに、腹の子など、ちょっと蹴りつければすぐに流れてしまうわ。そんな傷物の娘を娶る。どうだ、おぬしはちょっとした英雄だ。娘と手を取り商会をさらなる繁栄させる。世間というやつはこんな話が大好きだろうて。いい計画だと思わんか?」

 「しかし、そんなことをしてばれでもしたら・・・」

 「おいおい、儂を誰だと思っておる?泣く子も黙る代官様だぞ?ダンシュタ界隈で起こった出来事なら、なんとでもしてやれるさ。ムヒヒ。当然持ちつ持たれつ。そなたの繁栄は儂の繁栄、そうであろうが?」


 おおなんという機転。

 儂の目に狂いはなかった。

 儂はお任せし帰途についた。


 が、結論から言えば計略は失敗する。

 いや、計画自体は実行されたんだが・・・

 簡単に言えば実行犯は簡単に返り討ちにあい、憲兵に突き出された。

 幸いなことに、背後関係は何もバレないままに、実行犯どもは人知れず始末された。優男に見えるとはいえ、腐っても冒険者。子爵によれば実力的にはBクラスに届く冒険者崩れを雇ったと言っていたが、まぁ、金でもけちっていたのだろう。

 その日から警備のためか、常に冒険者が張り付くようになった。もともとあの寮に住んでいて冒険者になった女で、少し前に流産した女だ。

 二つ名持ちでいかにも強いオーラを纏った、昔から偉そうな女魔導師のアンナ。

 こいつがどこへ行くにも張り付いていて、結局、パーメラは子供を産んでしまう。

 銀の輝く髪を持つ、透き通るような肌の赤子だった。

 彼女は、この家の中心として愛情を一身に受け、親ばか爺バカ婆バカどもが、この商会をこの銀の子供のために発展させようとニコニコしていた。



 ああむかつく。

 この商会は儂のものだ。

 跡継ぎは息子のアクゼだ。

 日に日に自分に似ていく息子へと、さらに執着は進む。

 ナオはあれでいて、息子一筋だ。

 教育はアレに任せれば良い。

 儂はこの商会をデカくして息子に継がせるのだ。

 そのためには・・・


 そんな日々の中、ザンギ子爵は一つの案を授けてきた。

 邪魔者はまとめて強盗にでも襲われれば良い。

 子爵もセバスの排除はなんとしても必要だと勘付いておられたのだ。

 奴が帳簿を見るようになって儂が自由に出来る金は大幅に減らされた。

 それどころか、無駄金ばかりを使う。

 雇用人や内職に仕入れ先に、無駄金ばかり。

 大口顧客への大幅な値引きは取りやめに。

 その分、店舗売り単価を下げてくる。

 売上金額自体は上がっているが、将来見据えると大損だ。

 ザンギ子爵への献金も難しい。

 それを知った子爵は子飼いの策士も使って、大きな計画を練りだした。

 決行は領都、場所は領都別宅。娘ミミセリアの1歳の誕生パーティ後。

 儂のアリバイを遠いダンシュタで作りつつ、部下で儂の子飼いともいえる者を数名、パーティ参加者に潜ませる。

 料理に遅延性の麻痺毒・眠り薬を仕込ませるだけ。

 あとは雇われた強盗どもが、一網打尽、いや全員を抹殺してくれよう。

 今度こそ・・・

 ああ今度こそ、正義は勝つ。


 儂は、一族全滅の、ダンシュタの商会本店にて受け取った。


 そうだ。

 正義は勝つ。

 努力は報われる。

 そうして・・・・

 儂は押しも押されもせぬ、ダンシュタ一の商会会頭へと躍進した。

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