結婚そして息子の誕生
「カバヤ。僕はとんでもない話を耳にしたんだが、片方からの言葉だけを聞く気はない。君が、十分に商会のために尽くしてくれているのは知っているし、だからこそ将来は番頭の一人として期待しているんだ。まぁ、時には横暴、なんて声も聞こえてはいたが、それも商会のことを思ってのことだ、そう僕は信じていたから何も言わなかった。それは分かってくれるかな。」
ソファ、そう、まさに今息子が押さえつけられているあのソファへ腰かけることを勧めてから、旦那様はそんな風に言ってきた。
確かに、愚図どもは儂のことに不満を持っていることは知っていた。が、それがなんだ。上の者に下の者が従う。それが摂理だ。そうやって儂は地位を築いてきたんだ。下の者は上の者のために働けば良い。気に入ればきちんと上げてやる。
実際、儂は儂のために働く奴はきちんと上げてやったし、いい目をみさせてやった。逆の奴は、当然人のやりたがらない仕事をさせてやる。なぁに、それが勉強、というやつだろ。
それは男だ女だ関係ない。
美しい者は男女問わずその身を捧げてなんぼ。
店の花形店員なんて、その容姿でほぼほぼ成績が決まる。特に冒険者なんていう頭にまで筋肉が詰まっているようなやつらはてきめんだ。女を男に男を女に当ててやれば全然違う。
あともう一つの最近始めたチーズ販売。
既婚未婚問わず、買いに来るあばずれどもには、ちょっと顔がマシなだけの野郎にスキンシップをさせればいいし、どこぞの女中や下郎だって同じだ。
が、そんなことも分からず田舎からやってくる新しい雇用人。
仕方がないから、儂が自ら、その中でも才能のありそうな女たちには、直接指導してやっている。
はじめは泣き叫ぶが、結局はその教えた技で、商会を切り盛りするようになる。
生憎と、去って行く方が多いのが難ではあるが、商売とはことさら厳しいもの。私の指導ごときで耐えれんような奴はいらん。
儂に従順にして、スキンシップをものにできる優秀な人材。
チラッと儂は、奥様に抱えられる娘を見る。
ナオ、といったか、こいつははじめこそは泣き叫んで拒否をしたが、儂が、「なら出ていけ」、と言ったら、「もう帰る場所もないのです。後生です。なんでもしますから置いてください。」そう言って、儂に身をゆだねてきたではないか。
それを、なんだ?
まさか、旦那様や奥様に、今更告げ口か?
もう半年以上、肌を重ねているというのに?
「どうしたカバヤ。何か話すことはないかい?」
儂が、チラチラとナオのことを見つつも黙っていると、さらに旦那様がそう言った。
「・・・はて。どういったお話しでしょう?」
「自分の口から言うことはない、と?」
「はい。」
「んー。・・・まぁ、いい。これは確認だが、君が何人もの新人を、教育と称して手込めにしている、なんてことはないよね?」
チッ。
とっくに掴んでいる、ということか。
だが、今この商会で、俺と寝て残っているのは目の前のナオともう一人、好き者の年増だけだったはず・・・
「いえ。まさかそんなこと・・・」
「そう。だよねー。良かったよ。若い女の子がいつかないのはどうしてだろう、なんて気にしてたんだ。綺麗な子ばっかりやめる、なんて言うから、こんな噂まで立っちゃってさぁ。やっぱ、むさい冒険者が言い寄ってくるのに耐えられないのかなぁ。考えもんだよね。」
相も変わらず軽い物言い。
この人は、初めて会った時から変わらない。
その軽さも人に対する方法だって変わらない。
あの見習いにして欲しいと言った儂に対しても、役付きとして商会を切り盛りするようになった儂に対しても、まったく変わらず・・・・本当に不快になる。
が、そこは儂。上下関係を当然弁えている。
いかに気にくわない態度であっても、丁寧かつ誠実に見えるように振る舞う。そこが中途半端な冒険者兼行商人とちがうところだ。
「もし冒険者たちの執拗な接触が離職の原因なら、私の不徳のいたすところ。今後の対策を考えたいと思います。」
だから儂は、責任者としての誠実な返答をした。
「いやいや、違うんだ。そのことは僕が考えるべき事だ。そうじゃなくてね、君を呼んだのは別のこと。その、なんだ・・・彼女のことだ。彼女は・・・・妊娠している。」
へ?
その時、儂は完全に意識が飛んだ。
空白の時間。
(彼女は・・・妊娠している)
旦那様の声が頭をリフレインしている。
どうしてこうなった?
正直言うと、女が妊娠したのは初めてというわけじゃない。
だが今までの女は、すぐに儂に告げてきた。
すべて下ろすようにと、きちんと処置させてきた。
たまには拒否して脅してきた者もいた。
そういうバカの処理は、まぁなんだ。そういうこともやってくれる善き冒険者と馴染みになっていたから、まぁ、気がついたら儂の目の前から消えていた。
だから、気にもしていなかった。
まさかの主にそんなことを告げ口する奴がいるなんて!
儂は、焦る頭で周りを見た。
苦悩を湛えた目で見る旦那様。
嫌悪感溢れる目で儂を睨む奥方。
奥方に抱かれ、儂から逃れるように顔を伏せる真っ赤な目の女中。
考えろ、考えろ、考えろ!
「あ、あーーあ、ありがとう!でかしたナオ!これで説得できる。ああよくやった!!」
儂は奥様の腕から奪い取るようにして、ナオを抱きしめながら、そう叫んだ。
「えっと、あの・・・」
顔を見合わせる主夫婦。
儂は、一世一代の大芝居。
飛び上がりながら目に涙をためて、よくやったよくやった、と、ナオの頭を撫でてやる。
「カバヤ?」
「こ、これは失礼しました!」
儂は、うかがうような旦那様の声に慌てて飛び離れた、ように見えるようにナオを離し、深々と頭を下げた。
「実は、私はこのナオと相思相愛でして。しかし、ナオはまだまだ新人、見習いと変わらぬ手代。私もまだまだ若輩者。しかもナオとは10も離れた年の差もあり、秘して付き合っておりました。が、しかし、私の子を宿してくれたこの子に対し、誠意ある態度で臨みたいと思います。どうか、我々の婚姻を許可していただけないでしょうか?」
戸惑うその間に、儂はドキドキした。
ナオがいらんことを言わないか、ハラハラだ。
「その、カバヤはナオと結婚を前提に付き合っていた、そういうことかい?」
「はい。私としてはそのつもりでした。しかし、ナオは若い。彼女がどこまで本意であるか、不安ではありましたが・・・その、なんだ。こんな形で悪いが、私と結婚してくれるかい、ナオ?」
「え?」
ナオは驚きすぎて言葉もないようだ。
「いいね、ナオ?」
儂はナオの手を両手で握って顔を見つめる。
思わず頷くナオ。
「本当に良いの?」
奥様がナオに聞く。
「えっと・・・この子を産んでも?」
「当然じゃないか!ああ、私の子だ。しっかり元気な子を産んでくれ。あの、旦那様。その申し訳ありません。大事な手代を傷物にするようなことになってしまいました。順番が違っていること、重々承知しております。ですが言わせてください。幸せにします。ですからナオを!ナオを私に!」
何度も何度も頭を下げる。
「ハハハハ、これはめでたい!カバヤ、何を謝ってるんだよ。なんだ、良かった。ほらニア、うちの子に悪い子なんていないって言ったろ?いやぁ、めでたいめでたい。そうと分かったら宴会だ!」
めでたいめでたい、そう言いながら大喜びの旦那様。
まったく、めでたいのはあんたの頭だな。
しかし・・・・
こうして儂は、やむを得ず妻帯者となり、そして数ヶ月。
頭痛の種になる息子、という者が産まれたのだった。
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