終わりの始まり

 どうしてこうなった。


 儂は、憲兵どもに腕を後ろへねじり上げられ、上半身を机に押さえつけられつつ、そんな風に苛立っていた。

 見慣れた重厚な文机。

 その前には立派なソファセット。

 いつもなら、きれいどころを侍らせたり、着飾った貴族や商人がもみ手で儂に挨拶をしているはずなのに・・・


 どうしてこうなった。



 儂は、その不自由な状態で、上目遣いに見やる。


 憲兵どもは儂を押さえつけるのに3人。

 扉を固めるのに見える範囲では2人。

 そして、もう3人。

 それらは、儂と同じように、一人の若い男、そう息子をソファの背に上半身を押さえつけるように、押さえている。

 そう、息子だ。

 そうだ。

 忌々しい。

 こいつさえ産まれなければ・・・

 儂の中にそんなどす黒い感情が生まれたとしても仕方がないだろう。

 すべての悪因は、こいつがあの女の腹に宿ったことにあるのだから・・・



 儂の名はカバヤ。押しも押されもせぬダンシュタ一の商会の会頭だ。

 ダンシュタ代官であるザンギ子爵の覚えもめでたく、このダンシュタでは儂に逆らうことが出来る者などいるはずもない。そう。たとえ憲兵だろうとも。

 それなのに・・・

 なんだ、これは!!



 「もう終わりなんだよ、あんたは。そうそう。あんたと組んでたザンギ子爵なぁ、あいつも終わりだぜ。へへ。」

 隊長、と言う、汚らしいひげ面の憲兵が、儂の「こんなことをしてただですむと思うのか!」という叫びに答えて、そんな風に答えた。


 なんだと?

 子爵がへまを?

 いったい何が起きている?

 儂の頭は疑問でいっぱいだ。

 目の前では、クソ息子が、偉そうにわめき散らしている。

 いい大人だというのに、情けない。

 もう少し状況を把握できればいいのに。

 いや、今更か。

 本当に腹が立つ。

 優秀な儂に、なんでこんなバカが産まれたのだ?

 いや、あの女か?

 優秀な儂の子種だと、奥様に嘘をついたのか?

 まったくどいつもこいつも・・・


 いったいなんでこうなった?



 思い返せば・・・・・



 儂はこのダンシュタから少し離れたケイの村で産まれた。

 細々と森の恵みを採取するような貧しい村だ。

 5人兄弟の真ん中。

 だが、兄弟の、いや、村の誰よりも優秀だった儂は、近くのダンシュタの町で話題になっていた、とある商会の見習いになることにした。


 きっかけはたわいのないこと。時折町を訪れる行商の話だった。

 なんでもとある冒険者が結婚だか子供が出来たのだかを機に始めた商会が大繁盛だという。

 有名な冒険者パーティで、魔物の素材を売るに当たって、自分たちで加工して販売する、というようなことをやっていたらしい。王都の有力商会がバックについての荒稼ぎでうらやましいことだ、という話だった。

 秀才だ天才だと村でも評判で、村長に特別に文字や計算を習っていた儂に対し、

 「人材が不足しているから店員や見習いを大々的に募集しているらしい。」

と、行商人は冗談交じりに言ってきた。

 儂は、こんなどいなかの村で貧しいままに終わりたくないと、その話を信じ、親を説得し、一人話題の商会の門を叩いた。12歳の時だ。


 当時、商会は産まれたばかりのお嬢様に誰もが夢中だった。

 儂らのような見習いが代わる代わるお目付役でお世話をした。

 そんな見習いの中でも儂は特別だった。なんせ文字が読めたのはほんの数人。見習いの中で頭一つ出ていた儂は、商会でも責任のある仕事を任され、お嬢様の信頼も厚い、特別な存在となっていたんだ。


 儂は誠心誠意お嬢様を育てたさ。

 日に日に活発に、そして美しく育つお嬢様。

 心優しく育ったお嬢様は、当然儂のことが一番好きであったろうに、なにもできない愚図どもにも変わらず笑いかけ、ともに学びをしようと引っ張り回すような人だった。一人だけ、勉強をさせられるのが嫌だったのだろう。周りの字が書けない見習いを勉強の場に引っ張り込んだ。そのせいで、儂以外にも文字が書ける者は増え続け、計算もできるものが増えていったのは、誤算ではあった。


 約5年の歳月が流れた頃。


 屋敷の裏庭に大きな建物が建てられた。

 旦那様はそれを寮と呼んでいたが、どこぞの馬の骨かは分からないヤツらをどこからか連れてきて、そこに住まわせるようになった。

 そして、連れてきた者達に読み書きだけでなく、剣術等の武術や魔法、それだけではなく鍛冶や物事の理とかいう授業、さらには政治や行儀作法なんてものまで、冒険者仲間やら自分が先生となって、無料で施すようになった。

 お嬢様は、そんな寮へと入り浸りになるようになる。

 商会の見習いや大人であってもその授業は自由に受けて良いとされ、いや、むしろ受けることを推奨された。


 が、儂はそんなものは一度も受けたことはない。

 秀才たる儂は、そんな有象無象と肩を並べて学ぶなど嫌悪感しかなかったし、そもそも忙しかった。

 ふざけた学び場にあしげく通う者どももいて、商会の働き手は減っていたし、いつでも職場にいる儂の覚えは、超お得意様に、大変良かったからだ。

 大口の客は儂が、そうでないつまらん客は、スキルアップとかほざいている浮かれたヤツらが、そういう棲み分けが、徐々についていったのは当然じゃ。

 儂は見習いから成人して店員へ、そして役付きからの番頭へ、メキメキと頭角を現していった。

 旦那たちが冒険だ、と遊びほうけている間も、黙々と仕事をし、得意先を増やして、実質的には儂がこの商会の主といってもいい存在になっていた。


 その頃になると儂が育て上げたお嬢様、いや違うな、儂の嫁になるはずだったパメラも、それは評判の美しい娘に育っていたんだ。

 時折、寮のバカどもと父親と共に、冒険の旅だ、とはしゃいでいるのは玉に傷だが、なぁに、儂と結婚したら、蝶よ花よと着飾らせて屋敷の奥で愛でれば良い。今の子供の時を楽しむが良いさ、そう思っていたものだった。


 が、しかし。

 すべての予定が狂ってしまう。


 そう、あいつだ。

 目の前で憲兵に取り押さえられても尚、ぎゃあぎゃあと無様をさらしているあの息子という愚物。



 あるとき、儂は旦那様に屋敷に呼び出されたのだった。

 そこには、旦那様と奥様、そして奥様に抱きかかえられるようにして目を真っ赤に腫らした女中、ナオの姿があった。

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