演習旅行

 魔法学園も間もなく2年目を終えようとする頃。

 演習旅行という名の実習が行われた。

 領都をぐるりと覆う塀の外。

 そこは魔物も跋扈する世界。

 といっても、王都付近は放射線状に各地へ繋がる街道が敷かれており、魔物も十分に間引かれているため、街道を通っていれば、ある程度は安全だ。王都から離れれば離れるほど、魔物や盗賊といった危険は増すので、普通の人間は都市間の往来は護衛を必要とするのは間違いないけれど。


 そんな王都の周りは深い森が広がっている。

 この森は危険だが、資源の宝庫でもある。

 王都の冒険者たちは、まずはこの森の恵みで糧を得る。

 植物採集しかり、魔物の狩りしかり。


 そんな森も、奥へ行けば行くほど危険である。

 逆に言えば、浅い森は多くの冒険者によって、割と安全な地域となっている。


 ネリアたち愛の巣魔法学園秋期入学2年の4人は、この森に入って、指定の川沿いにて1晩野営を行い戻ってくる、という、一泊二日の演習旅行が課題として出されることとなった。


 といっても、まだまだ修行中の身、11歳の少年少女である。

 学校からも教員が1名、そして、いざという時のために護衛の冒険者がつかず離れず、同行する。

 協力と実戦の勉強といっても、そもそもが魔導師見習いばかり。

 接近戦をできるものはいない。

 魔物が現れた場合は、冒険者のタンク役やアタッカーを上手く使いつつ、自分たちの魔法を使って、できる限りダメージを与える、という訓練だ。


 「ルーク、索敵は頼んだ。」

 こういうときに仕切りたがるのは、ミネルヴァだ。

 彼は自分が貴族であると共に、2属性持ち、しかも2属性の合わせ技たる氷魔法を使えることから、自分がこのチームのリーダーであり、最強だと信じて疑わない。

 一方、ルーク。

 もともと、冒険者の両親にくっついて旅をしながら、いろいろと仕込まれていたため、魔力は少なくとも、小技がきく。簡単な魔法だが、スピードに関してはトップクラス。土魔法を得意とし、戦闘中に敵の足下に穴を開けたり、小さな突起を作ったり、便利な技を上手に使う。

 旅の経験から、また、実際に魔物をおって森へと踏み入れたことのある経験からも、索敵技術はこのチームでナンバーワンといえる。

 当然に、ルークとしても索敵をするつもりだが、わざわざ声をかけるのは、ミネルヴァが指揮者は自分だ、と、主張したいためか。

 まぁ、いいさ、と、ルークはそんなミネルヴァに肩をすくめつつも、五感を張り巡らせて、索敵しつつ行軍する。


 「ねぇ、ネリア、あなた2属性の合わせ技はできるようになったの?」

 そんな男子の後ろを歩きながら、ティーゼはそんな風に、ネリアに声をかけてきた。

 「いいえ、まだどんな魔法ができるのか研究中よ。」

 石のつぶてに炎を纏わせて射出するのは出来るようになった。

 でも、それは2つの魔法を同時に発動してるだけ。ミネルヴァの氷みたいに、新たな魔法の種類には、ほど遠い。

 「じゃあ威力は?魔物を簡単に倒せる魔法はあるのかしら?」

 「簡単かどうかはわからないけど、試したいものはあるわよ。」

 「フフフ、私はきっと大丈夫よ。バンバン魔物を倒して上げる。あなたじゃなくて、この私が、ね。」


 こんな風に話しているが、二人はそもそもそんなに仲が良いわけではない。主にティーゼの嫉妬心から、ネリアに対しては無視をするような感じだ。一方でティーゼはミネルヴァやルークに対しては、過剰なほど愛想がいい。生憎と、その二人は彼女に対して、さほど魅力を感じているわけではなさそうだが。


 だが、今日に関しては、ティーゼはご機嫌にネリアに纏わり付いていた。

 そしてこれ見よがしに、魔導師のシンボルとも言える杖をちらつかせる。

 大きな魔石をいくつも散りばめた、腕の長さぐらいの杖だ。

 きっと高級なのだろう。魔石がたくさんついているのは、何かの魔導具を仕込んでいるのだろうか。

 今まで見たことがなかったから、この演習のために手に入れた、というところか。

 ネリアは、そっと自分の杖を見る。

 それは2年前、この学園に入ったときに支給されたもの。

 安価な量産品で、でも、この2年間ずっと自分の側で一緒に戦ってきた大切な相棒だ。

 ネリアは、ちょっびり高級な杖をうらやましいとは思いつつ、でも、この使い込んだ体の一部のような杖が自分にはふさわしい、そう思った。


 杖、というのは、魔導師がよく持っているアイテムだ。別に杖がなくても魔法は使えるし、杖ではなく剣やアクセサリーを杖の代わりに使う者も少なくない。

 これらは魔法発動に必要な収束ポイントをイメージしやすく、実際に素材や魔石の助けを借りて、本来の能力以上の力を引き出す効果がある。つまりは力の発動のための、ブースターでありトリガーであるため、魔導師にとっては命を預ける相棒でもある。その性能が魔導師の性能とリンクする場合も少なくない。




 あれだけの立派な杖があれば、少々の魔力不足、鍛錬不足は補えるんだろうなぁ、ネリアは、自分は自分と思いつつも、横目で嬉々として魔法を使うティーゼを見ていた。

 彼女の力は主に風。

 風の刃が、杖から放たれる。

 魔物にその刃が当たる瞬間、何かが爆ぜた。

 「フフフ、すごいでしょ。この魔法陣で風の中に炎を仕込めるの。」

 実際四足歩行の巨体に風の刃が届き、次々に小さな爆発が生じている。

 いつもより何倍も強い風の刃。

 いつもは使えない炎の魔法。

 そして何より追尾装置でもついているのか、風の刃が獲物から外れることはない。

 それでも・・・


 「ティーゼだめだ。下がれ!風で傷ついたところを炎が焼いて止血してる!」

 ルークが、そう叫ぶ。

 そもそもが才能を持たない炎。杖の魔導具の力を借りてもたかがしれていたのだろう。見た目や音に比して、むしろ相手を助けるような技にしかなっていない。

 「ネリア、火を!」

 ルークが足下を土魔法で崩し、動きが止まった魔物の四肢を凍りづけにしたミネルヴァが、叫んだ。

 ネリアは反射的に、自身の最強の火魔法を放つ。

 強いからこそ長い呪文。

 流れるように歌うように綴られるその呪文は一言一句正確で・・・


 ゴォーーッ


 巨大な炎が魔物を包んだ。

 咆哮と共に逃れようと暴れる魔物。

 その動きと、そもそもが巨大な炎に、小さな足止めの氷は跡形もなく・・・


 しかし、次の瞬間、ルークが魔物ののど元に小さなナイフを投げつけた。

 硬直したその隙に、同行した冒険者の剣が走る。


 ドドーッ


 大きな音を立てて、魔物はついに地面に伏した。


 



 「なんで?なんでよ・・・」

 喜ぶみんなの中で一人だけ青い顔をした少女。


 皆の視線が少女に向けられる。


 「なんであんたが倒すのよ。あたしの炎だって、ちゃんと仕事をしたでしょ?止血なんて嘘よ。私、知ってるわ。ルークはネリアが好きなのよ。だからあんな嘘を言って私を避け者にしたんでしょ?ぜんぶ知ってる。父様の評価も、使用人たちの評価も、本当は全部私のもの。あんたがズルしたって分かってる。」

 「ちょっ・・・ティーゼ・・・」

 「おい、落ち着けって・・・」

 少年たちは、そんなティーゼをなだめようとするが・・・

 ネリアは、動かない。いや動けない。

 自分に向かって、あの立派な杖を向けるティーゼのやろうとしていることが理解出来ない。


 見ている間に、魔石が怪しく光を帯びる。

 徐々に強くなる光・・・


 「やめなさい!」

 そのとき、ティーゼの杖を横から掴む凜とした声。

 同行していたジョッチェ先生だ。

 ジョッチェは、ティーゼの魔力をいなし、杖から力を奪っていく。

 すでに起動している魔法を、その行使者を傷つけることなく、主導権を奪うなんて、なんてすごい魔法操作だろう、ネリアは人ごとのようにそんなことを思う。やっぱり私のあこがれの人は違う。私はまだまだだ。


 杖の主導権をジョッチェが奪っても離そうとしないティーゼ。同行の冒険者が、その杖を下からたたき上げる。


 カランカラン


 地面に転がる杖。

 あれだけの衝撃に傷すらついていなくて。


 やっぱり高い杖は違うんだなぁ。


 そんな風に思うネリア。


 「大丈夫か?」

 ルークが両肩に両手を乗せつつ、後ろからのぞき込む。

 え?

 そのとき始めて自分がプルプルと震えていることに気づく。

 

 あ・・・あ・・・・あ・・・・

 気づくと震えが止まらない。

 「怖かったな、もう大丈夫だからな。」

 ルークに抱きしめられ、頭を撫でられながら、いつまでも小さな子供みたいに大声で泣いた・・・

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