旅立ち

 数日後、ネリアは産まれて初めて、馬車に乗っていた。

 同乗者は、ネリアと共に魔法学校に推薦された、緑の髪のお嬢様ティーゼと、数名の魔導師。後は、馬車を警護する冒険者パーティ。


 この魔導師の中には、ネリアを見いだしたジョッチェもいて、なんと、彼女はこれからネリアが所属する魔法学校の校長なのだと、話してくれた。

 「といってもうちは小さな学校でね。校長といったって、教師も兼ねてるのよ。」

 ホホホ、と、上品に笑うジョッチェ。

 「ジョッチェ様の愛の巣魔法学園は、少数精鋭の有名校ですよ。」

 「なんせ、いくらお金を積んでも入れない。ジョッチェ様が認めた子供だけが入学できる由緒正しい学園です。」

 そんな風に同乗していた魔導師たちが、口々に教えてくれた。


 他の魔導師たちは、王都でも指折りの魔力操作を得意とする魔導師たちで、その所属は、騎士団やら他の魔法学校やら、珍しいところでは、王都にある教会のスタッフだという。なんでも魔力操作は才能以外にも訓練により磨くしかなく、逆に言えば努力で上達するものであるから、これを売りにすする者は少ないのだという。魔導師を目指す以上、派手な魔法で尊敬される、そんな風に夢見ることが当然の風潮であれば、それももっともなことだといえる。


 ただ、子供たちに対して行う魔力の通り道を開く技は、下手をすれば道を壊してしまいかねない。また、魔力量によっては肉体を傷つけてしまうことも少なくないため、そのコントロールは相当の技量が必要となる。

 国の宝である子供たちが極力安全に魔法を使えるようにするため、国を挙げて、スペシャリストを派遣する、それが現国王の方針であり、また、魔導師を育てる学校に対する補助、援助の層が厚いのも、同じ施策によるものといえる。


 そんなような、色々難しい話をしている魔導師たちを見ながら、ネリアはワクワクしていた。

 今まで4人兄弟の3番目で、愛されてないわけじゃないけど、特に注目をされたことはなかった。唯一の男であり、しかも初めての子である兄。初めての女の子だった姉。一番下で甘えたの妹。それに比べて特に何もない自分。


 空想力が豊かな子供であるネリアは、いつか自分が特別な存在だと、このつまらない町から連れ出されることを夢見る少女だった。

 そして、今、その夢は叶えられた。

 たった一つの不満を除いて、ネリアは嬉しくてしょうがない。

 でもそのたった一つの不満は大きくて・・・


 昨日のことだった。

 ネリアは両親に連れられて、大きな屋敷にやってきた。

 そこは、両親の雇い主である商人の屋敷。

 彼らは応接室に招かれ、一人の少女を紹介される。

 緑の髪の少女ティーゼだ。

 「やぁ、ネリア。君も魔法学園に招かれたんだってね。君はうちの従業員ネーゼとリリヤの子、いわば身内だ。身内から君みたいな優秀な子が出て、私も鼻が高いよ。」

 ハハハ、と高らかに笑うのは商店主ロベア。横ではその婦人もこちらを値踏みするような目で見ながら、笑っている。

 両親が、へこへこしているのも、なんか嫌だ。

 ありがたいことです、とか言いながら、とっても卑屈。こんな両親は見たくなかったな、と、こっそり思う。

 私は特別な子。なのになんで父さんや母さんはもっと堂々としてないの?


 「ところで、この子はティーゼだ。君と同い年。そして、君と同じ魔法学園に通う。」

 ハッハッハッ、とロベアはさらに笑い声を立てて、上機嫌だ。


 なんですって。あの子はお嬢様。産まれた時から特別で、恵まれていた子。なのに、こんな特別も手に入れるの?私はやっと手に入れた特別なのに。


 「ティーゼも一人じゃなくて安心ね。ネリアちゃん、この子のことはよろしくお願いね。」

 婦人が、召使いにでも声をかけるように言う。

 「当然です。うちの子がしっかりとティーゼ様のお世話をさせていただきます。」

 え?

 私がお世話って、侍女でもしろっていうの?

 何度もお辞儀をしつつ、そんなことを言う父を、驚いた顔で見つめる。

 母も父と同じ。

 しっかりお仕えさせていただきます、って、おかしいでしょ?


 ネリアは、心の中で叫んでいたけど、相手は親の雇い主。口にすることなんてできはしない。

 この光景を、たいした感動もなく見つめるお嬢様は、ネリアと目が合って、にこりと微笑んだ。ネリアが出来たのは、怒りを抑えてただ目をそらすことだけ。


 何か理不尽。だけど、これが現実。10歳にもなろうとするネリアには、とうに上下関係なんて理解していた。あの子は同い年だけど、自分よりずっと特別な女の子。

 私は人に仕えたいわけじゃない、その時、幼いながらにも自分のそんな気持ちをしっかりと意識した。


 

 翌朝。

 魔導師たちに馬車に迎えられたネリアとティーゼ。

 家族や、商会の関係者たちも、主にティーゼへとエールを送る。

 「ネリア、くれぐれもお嬢様を頼んだよ。」

 「ネリアはしっかりものだ。お嬢様のお世話も安心さ。」

 両親の同僚からもそんな声がかけられて、当然のように両親もネリアのことよりもティーゼのお世話について言ってくる。


 「あらあら。皆様、彼女たちは同じ魔導師の卵として勉強をするために王都に行くのですよ。ネリアにティーゼの面倒を見る余裕なんてありません。ティーゼが自分のことを自分でできないのであれば、帰って貰います。いいですか。ここでの立場はどうかわかりませんが、学校へ入れば同じ生徒。そこに上下関係は認めません。皆さんの期待は決して叶えられないと思ってください。」

 毅然とした態度で、そんな風に見送りの人々に宣言したジョッチェに、ネリアは驚きと尊敬と感謝と、そしてどこまでもついていく、という決意を新たに馬車に乗り込んだのだった。

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