魔導師ネリア;始まりの物語り
魔力の通り道
タクテリア聖王国王都直轄領の小さな町。王都よりもむしろビリディオ領領都ピグンの方がほど近いだろう。
そんな小さな町の片隅に、その少女はひっそりと誕生した。
両親は、ともにこの町唯一の商会に従業員として働く、ごく普通の男女で。
少女には3つ上の兄、2つ上の姉、そして1つ下の妹がいて。
そう、取り立てて、特別なことのない、ごく普通の家庭でごく普通にすくすくと育ったその少女の名は、ネリア、という。
こういった小さな町では、だいたい「教会」があって、親が留守の間は子供たちを預かるシステムがあった。
教会といっても宗教施設ではなく、「教える会場」。
農業や、漁業のような産業と違い、誰かに雇われて働く店員等の職業の場合、家に子供がいると、働くことが難しい。といって、子供の世話をしていれば、収入が乏しく子供を育てるなんて出来ないし、職場に連れて行ける環境であるとは限らない。
そんなニーズもあって、昔どこかの町の孤児院で始まったのが教会のシステムだ。いわば公の保育園。孤児院で、子供を面倒見ているのだから、親のいる子も一緒に預かれば良い。子供の昼食は自腹、それにプラスアルファ。つまりは孤児院の子の食事分もちょっとずつ負担する。ついでに、子供たちにはちょっとした読み書きや金勘定を教える。
このシステムは、商売の世界で働く町の人々には二重三重の意味で歓迎され、あっという間に様々な町に広がったという。
すなわち、親が不在の時の子供の面倒を見て貰えるし、おまけに将来役に立つ勉学も教えて貰える。教会側としては、孤児の食費負担が減る。まさにウィンウィンというわけだ。
こういった教会で子供を預かるのは、10歳になる季節の初めまで、というのが、少なくともこの町の決まりだ。各季節の始まりごとに、その季節に10歳になる子供たちには、魔法の通り道を開く、という儀式が行われる。
この儀式は、わざわざ王都から優秀な魔導師が派遣され、子供たちにまずは魔力を通す。一朝一夕に魔力を操ることなどできないけど、通り道をしっかりと作ることにより、魔法を使う大前提が体に作られる。
あとは、教会のスタッフを中心とした周りの大人に指導してもらいつつ、魔力操作ができるように訓練する。
この世界の人々は当然魔力は持っているので、この魔力を使用して、多くの魔導具を操ることができるようになる。魔導具、といっても、地球でいう家電のようなもの。これらは普通に庶民に普及していて、たとえばコンロなんかはどんな家庭でもある。後は照明や井戸、なんかにも使われていて、普通に生活しようと思えば、魔力を操れないと難しい。
もちろん、こんな風に使われる魔導具は、ごくごく微少の魔力で動くように設定されているから、よっぽど特殊な体質で、魔力を操作できない、なんていう人間で無い限りは、簡単に使える。
逆に言えば、魔力の通り道を開通していない子供が家電を扱うことは出来ないため、この儀式でもって、はじめて社会の一員、と認められるともいえる。充分な魔力操作ができるようになると、子供も一人前として家事仕事などを分担していくのが普通だ。そして、教会は無事卒業、となる。
そんな、人として社会に認知されるための儀式ともいえる、魔力の通り道を作る儀式に、この秋に10歳を迎えるネリアは、ドキドキしながら臨んでいたのだった。
教会には、見知った顔もたくさんいたし、知らない子ももちろんいた。
ネリアは教会でこの10年弱お世話になっていたが、当然誰もが誰も教会に預けられるわけではなく、半分ぐらいは知らない顔だ。親が普通に家で面倒を見てたり、家業を手伝わされていたり。はたまた、この町の子ではなく、もっと小さな、教会のないような近隣の町や村からやってきた子もいる。逆にお金持ちの子だと、教育は家庭で行われるだろう。そうあの緑の髪の子のように。
ネリアは、その、まるでお姫様のようにドレスで着飾った少女の顔を知っていた。
両親が働く商会のお嬢様。
この世界では、髪の濃さは魔力の量を現すとされ、他の子供たちがパステル中心にもかかわらず、一人森の木の葉っぱみたいに、濃いグリーンだ。
色の濃さでは、ネリアも負けていないと、自分では思ってるけど・・・
ネリアは、庶民には珍しい、シャイニングオレンジの髪だった。
濃い、のかは分からない。パステルではないけど、お嬢様みたいに誰がどうみても濃い、というわけじゃなくて、太陽を反射するような、金属、そう真鍮のような色だから、見ようによっては、薄い色にも見えるのだから。
ネリアは、ドキドキしながら、他の子供たちが次々と王都の魔導師に両手を包まれて、何かをされているのを見ていた。
ほとんどの子は、魔導師に何か言われても、小首を傾げている。
たまに、うわっ、と声を出す子もいて、待っている身としてはなかなか緊張する。
ネリアは、遂に呼ばれて、魔導師の前にやってきた。
緊張をほぐすように魔導師はにっこりと笑った。
ちょっとぽっちゃりした、祖母に年齢が近いんじゃないかと思うような優しげな女性だった。
「力を抜いてね。あら、あなた、すごいわね。」
優しくプニプニの手に手を包まれて目を瞑ると、触れ合った手から何か暖かいものが自分に入って来るように感じた。
なんというか、温かいお白湯を飲んだときに、それが喉を通って胃に到着する、見えないけど、何か暖かいものが通るのを感じる、そんな感覚に近いかもしれない。
ネリアは、その暖かい何かが、手から入り、腕を抜け、肩からゆっくりと胃の辺りに降りていくのを心地よく感じていた。
「あらあら、本当にこの子は、すばらしいこと。あなたお名前は?」
「ネリア、です。」
「そうネリアっていうの。可愛い名前ね。私はジョッチェ。あなた、魔法のお勉強する気はないかしら?」
魔法のお勉強?
才能がないと門戸すら開かれない魔導師への道。
が、才能がある者はそんなに多くはない。貴族なら親から子へと受け継ぐ力があるとも聞くが、庶民にとっては夢のまた夢。
魔導師はその希少性から、仕官の道すら開けるあこがれの存在だ。
希少ということは絶対数が少ないということ。
国としても多くの魔導師を排出できるというのは、国益にかなう。
現国王は、国民に強制して徴収するようなことはないが、魔法の素質がある子供を強引に集めるような王だって今までの歴史を見ても、珍しくはない。
こうやって、優秀な魔導師が、魔力の通り道を開く儀式に携わるのも、才のありそうな子供を探し出すため、という一面があった。
「親御さんはいる?」
ネリアは大きく頷いた。この儀式はいわば第二の誕生ともいえるもの。保護者が我が子の成長を喜ぶ儀式。ネリアは3番目の子とはいえ、両親の愛は変わらない。当然、両親とも、ネリアの勇姿を目に焼き付けようと、参列していた。
その後のことは、あれよあれよ、という間の出来事で、ネリアもはっきり覚えていない。
教会のスタッフにより連れてこられた両親と共に、教会の奥の部屋へと案内された。その後、全儀式を済ませたジョッチェに、両親はネリアの魔法の学校への進学を打診された。戸惑いつつも大喜びの両親。こういった教育機関は、基本的には無料だ。ただし、卒業後の進路は指定され、これを拒否するにはそれなりの金銭を納める必要がある。卒業できないまま退学になっても、同様。ただし進路は成績や才能により無理のないものを指定される、という。
両親からしたら、将来が約束された素晴らしい進路が娘の前に開かれたのだ。イヤも応もない。ネリアも同様。
平々凡々だと思っていたこの自分に輝かしい未来が約束された。
特別な自分。
誰よりも輝く自分。
颯爽と魔法を使う、そんな姿を夢想する。
こうして、ネリア間もなく10歳。
魔法学校への第一歩を踏み出すことになったのだった。
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