出会い

 そうして2年が経った。

 俺は、住んでいた村から出ると、一番近いサレンティアの町を目指した。ただ、知っている町がそこだけだったからだ。

 砂漠の珍しいものが運び込まれる、その一番近い町として交易で発展してきたサレンティアの町。それなりに栄え、また、それなりに俺たちのような孤児が隠れる場所も少なからずあった。


 2年前、俺は幼なじみのラグと二人、この町にやってきた。

 やって来るときに、村で分かれた子供達は盗賊の所に行ったんだ、なんて言ってたけど、俺はそれを信じたわけじゃない。兄貴分のミルが盗賊を間接的に導いたとか、ラグを誘って俺を引きずり下ろすとか、そんなことを計画していた、なんて言ってたけど、それも本当かどうか。

 ラグの奴は、本当に頭がいい。だから、俺が奮起させるために、そんな作り話をしたのかもしれない。もちろん本当のことを言ったのかも分からない。言った本人がいないんだから、もう聞きようがない。

 ラグは、

 ・・・

 スラムで顔見知りになったガキを助けようとして、死んだ。

 もう1年近く前のことだ。


 スラムには俺たちのようなガキが、なんだかんだと集まってくる。

 徒党を組む奴。なんとなく、距離は置くけど、顔見知りには親近感、というか、妙な仲間意識も出来たりする。

 俺は、年の割に戦えるというので、そこそこ顔も売れて、特に誰かと連んでるわけじゃないのに、勝手に舎弟だと言っては色々近寄ってくる奴もいる。あんまり近づかれるのも億劫だ。親しい奴の死はもうたくさんだった。

 俺は、そんな風にして、一匹狼を気取りつつ、遠巻きに慕われているのも感じていた。



 そんなある日のことだ。

 俺は、一人、町の外へと出た。

 狩りをするためだ。

 あんまり町を離れると危険だが、外壁が見える範囲でなら、充分に一人で狩りができる。肉は食料になるし、よろずやギルドなんかだと、俺たち子供が持って行った素材でも、買ってくれたりする。俺は、そうやって生計を立てていた。


 その日も、門から出て、ほんの数分。

 と、その時、「ちきしょー!」っていう子供の声が聞こえた気がしたんだ。

 面倒はいやだったが、なんだか聞き覚えのある声だった。

 俺は、慌てて、声のした方へ行く。

 すると、そこには、スラムで顔を見たことのあるガキが、線の細い男に首筋に剣を当てられて、わめいている姿があった。


 こういう場合、7対3で、ガキが何かやらかしたんだと思う。

 だが、一応知った顔。放置も出来なくて、俺は、側にあった石ころを拾い、その剣を握る手元へと思いっきり投げつけた。

 ガキが悪いなら一緒に謝らなくちゃな、そう思いつつ、二人に走って近寄ろうとした俺は、その男に驚かされることになる。


 カキン!


 明らかに不意打ち。殺気も込めてなかったと思う。

 それなのに、そんなに強そうに見えない、むしろ優男な感じのそいつは、軽々と、俺の投げた石を剣で弾いたんだ。


 「君かい、石を投げたのは?」

 そいつは、可笑しそうに、二人に近づいた僕に、そう言った。

 「ああ。」

 「へぇ、すごいね。君、いくつ?」

 「・・・7歳。」

 「わぁお。いいねぇ。でさぁ、なんで僕に石を投げたかなぁ?この子、スリなんだよね。」

 「石をなげたことは、謝る。済まなかった。だが、そいつはちょっとした知り合いでね。殺されるのを黙って見てられなかったんだ。」

 「へぇ、いいねぇ、そういうの。フフ。」

 なぜか、楽しそうに笑う男。

 「あのさ、金は戻ったんだろう?こんなこと言えた義理じゃないのは分かってる。だけど、この通りだ、そいつを許してやってくれないかな。」

 俺は、男に頭を下げた。

 「うーん。どうしよっかなぁ。」

 なんだこいつ。いいオヤジなのに、ふざけた野郎だ。そう思ったけど、とりあえず頭は下げ続けた。

 「うーん。今、君、僕の悪口思ったでしょう。」

 ・・・なんだこいつ。魔導師か?

 本物の魔導師なんて、冒険者ギルドにでもいかないと見ないけど、こいつが魔導師っていうなら、少しは理解出来る。こんなにひょろっとした男が、一人で街道をのらりくらり歩いているのも、魔導師様なら充分に魔物や盗賊と対峙できるってことなんだろう。

 「ねぇ、ひょっとして、君、僕のこと魔導師だって思ってる?ブブー!残念でした。僕はこう見えても商人さん。冒険者をしつつ商材を探す、放浪の旅人さ。」

 フフーン、となんだか鼻歌までつけて、そんな紹介をする男。どこまでもふざけてる。

 「そうだ!ねえ、君、なんて名前?」

 「え?ゴーダン、だけど・・・」

 「そう。僕はエッセル。ねえ、君、君のやりたいことって何?」

 「はぁ?」

 「やりたいことだよ、やたいこと。将来の夢とか、さぁ。漠然とでもいいから、ほら言ってみ、言ってみ。」

 「・・・ねぇよ、そんなもん。」

 「うそだね。絶対あるでしょ。だって君、諦めないって目をしてるよ。」

 ・・・・・

 なんだこいつ。

 ニコニコして楽しそうに。

 それに俺のこと見透かすようにものを言う。

 なんだかむかつく。

 嫌な野郎だ。

 「さぁさぁ。」

 「んなもん、スラムのガキにあるかよ。一日一日なんとか生き延びる、それが限界なんだよ!」

 「うわぁお、いいねぇ。てことは、ゴーダンはなんとしても生き延びたいんだ。生き延びてやりたいこととか、うーん証明したいこと、なんでもいい、あるでしょ?」

 「・・・生きる。それだけだ。生き延びて生き延びて生き延びる。死んでいった奴らの分まで、ぜってい生き延びてやるんだ。」


 パチパチパチパチ


 その男は、キレ気味で言った俺の言葉を聞くと、うんうんと頷きながら手を叩いた。

 「うん。いいよ、ゴーダン。どうせならさ、生き延びて、生きていられる限り珍しいものを見て、珍しいものを食って、わくわくして生きていきたい、そんな風に思わないかい?」

 「そんな夢物語、スラムのガキに聞かせるな!」

 「僕なら、そんな夢物語に君をご招待、できるよ。」

 「そんなこと・・・」

 俺は、反発しつつ、その言葉に魅せられていた。

 こんな風に生きたんだぜ、そう村のみんなに、父さんに自慢できる生を満喫できたとしたら・・・

 「もし、君がたくさんの人の死を乗り越えてここにいるんだとしたら、自分はこんなに面白おかしく生きたんだ、そんな風に報告したくないかい?」

 そりゃそんなのしたいに決まってるじゃないか。

 「ねぇ、僕と来る気、ない?」

 「フン、お前みたいに弱っちそうな奴についていったら、それこそいくら命があっても足りないね。」

 「ふうん。じゃあ、僕が強かったら?強かったら一緒に来る?」

 「・・・考えてやってもいい。」


 カラン


 男は、持っていた剣を俺に投げて寄こした。地面に転がるそれは、美しく、見るからに業物だ。

 俺は、訝しんで、男を見た。


 「それで、僕に斬りかかっておいで。一太刀でも浴びせることが出来たら、僕のこと弱いって思って去ってくれていいよ。でも、僕が君を素手で倒せちゃったら、僕が強いこと、認めるよね?」

 はぁ、舐めてんのか?

 これでも俺は狩人頭の子。スラムでは腕一本で、一目置かれる男だ。

 こんな優男に一太刀ぐらい造作も無いこと。

 そう思って、男を睨むも、相変わらずへらへらとして、つかみ所が無かった。


 もし、こいつが強かったら?

 ああそうだな、それなら付き合ってやってもいい。

 そろそろスラムにも飽きたところだ。

 新しい人生もあってもいいだろう。

 俺は、そんな気持ちで、剣を掴んだ。

 うん、いい剣だ。見たことがないほどの業物だ。

 これでも、目はこえているんだけどなぁ。こんなの見たことがないぜ。

 負ける気がしない。


 俺は、剣を構え、へらへらと笑う男へと斬りかかった。

 一太刀二太刀三太刀・・・・

 はじめは探り探り。

 徐々に力を入れて、さらに早く。

 切る、きる、斬る・・・


 何度も俺は斬りかかった。

 気がつけば肩で息をしている。

 ハァハァハァ


 何で当たらない?

 かすりもしないじゃないか。

 どうやって躱してる?

 まったくわからない。

 汗一つかかずに、呼吸もまったくみださずに、そいつは俺の太刀を躱し続ける。


 あ!


 疲労に剣を振るのも苦痛になってきたと思った瞬間だった。

 俺の体は、ふわりと宙に舞う。

 足を軽く引っかけられて、こかされたんだ、そう気づいたのは、しばらくたった後だった。



 これがゴーダン少年と、エッセルの出会い。

 ゴーダン7歳、エッセル30歳の、ある日の出来事である。

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