村からの脱出

 夜が明けて。

 村の惨状はより明らかになった。


 まごう事なき人間の仕業。

 矢や、折れた剣、木のかけら、そんな武器の残骸がいたるところに落ちている。

 また、良く知る村人の顔とともに、見たことのない男達の死体。

 村人も、充分に戦ったのだろう。

 死んでいる、その男達の数だけでも、ひょっとしたら村の男達よりも多いかもしれない。

 そいつらは、さびた剣や、こん棒、鎌、その他様々な武器を携えたまま、息絶えている。軽鎧に身を固めているものも少数いるが、ほとんどは、朽ちかけた、この辺りでもよく見るぼろの服を纏っていた。


 おそらくは盗賊の仕業。

 彼らのいでたちからはそう考えられた。

 それも、少なくともここで死んでる奴らは、さほど裕福ではない。ひょっとしたら、ここの村と同じように盗賊や、または魔物の被害に遭って身をやつしたか。


 なんで、こんな小さな村に、と思うが、食料を求めて、武器を求めて、女を求めて、小さな村を襲う盗賊は少なくない。


 「こっちを見てみて。」

 その時、少年の一人が声をかけてきた。

 みんなで行くと、そこは鍛冶屋だ。


 この村は狩りとその加工で成り立っていたから、村の規模の割には鍛冶屋は大きく立派だ。中には武器や防具を買いに来る冒険者も、希にだが、いる。


 一番派手に燃えていた鍛冶屋だったが、火が消えて中の様子を見ると明らかにおかしかった。

 商品の数が少なすぎる。


 「狙いは、武器か。畜生!」

 年長の少年が、まだ燻る商品台を殴りつけた。

 石でできたその台を思いっきり叩いた、その拳からは、じんわりと血がにじみ出る。


 「おい、ミル。何やってんだ!」

 ゴーダンは、少年に言った。

  

 「はぁ?何やってんだ?お前こそ何やってんだよ!あのときなんで、俺たちを止めた?俺たちが親父達と一緒に駆けつけていれば、助かったかもしれないんだぞ!」

 少年は、ゴーダンに掴みかかった。

 二人は絡み合って、地面を転がると、抵抗をしないゴーダンが地面に組み伏せられる。

 少年は、ゴーダンに馬乗りになったまま、雄叫びを上げ、顔を殴り続けた。

 泣きながら、お前のせいだと、殴り続けた。

 ゴーダンは、されるがまま。

 

 やがて、反撃をしないゴーダンに、少年は拳を振るうのをやめた。


 「もう、お前に従うことは出来ない。」

 力なく言う少年。

 「おまえたちはどうする?」

 立ちあがって、少年は他の子供達を見渡した。

 「ここにいても仕方が無い。俺は、村を出る。ゴーダンと一緒にいたい奴は残れ。俺に付いてくる奴は、俺が面倒を見る。好きにしろ。」


 一人、二人、と、少年に従う子供達。


 ゴーダンは、地面に寝転がったまま、動かない。


 やがて、少年に引きつられて、子供達は村を出ていった。


 そして、新しい夜が来る。


 村に残ったのは、ゴーダンと、同い年の親友ただ一人だった。


 「お前はいいのか。」

 「うん。僕はゴーダンと一緒にいるよ。」

 「・・・ミル達の方が、生き残れるかもしれないぞ。」

 「それでもいいよ。僕は君と一緒にいるって決めたんだ。ゴーダンは僕が邪魔かい?」

 「まさか。」

 「僕は、君の参謀なんだろ?だったら知恵を絞れって言ってくれれば良い。第一・・・」

 「うん?」

 「僕は生き汚いんだ。ミル達は、ダメだ、と思う。」

 「え?」

 「ミルは、ミルの目は復讐を望んでる目だ。ハハハ、うちのおじさんと同じ目だったんだ。」

 「どうして・・・」

 「知ってた?ミルはおとなしそうに見えて、危ない奴だったんだよ。ゴーダンに従う振りして、ずっと足を引っ張ってた。」

 「そんなこと・・・。」

 「そんなことあったのさ。ミルは盗賊のアジトを知っていると思うよ。」

 「なんだよ、それ。」

 「実を言うとね、僕はミルに誘われたんだ。手柄を立てて、ゴーダンより上に立とうって。馬鹿だよね。4つも下の子に嫉妬するなんて。でも、全部ゴーダンに負けてたから、なんとか巻き返したかったんだ。そして、一人で狩りに出て、盗賊に捕まった。その時取引したんだってさ。自分の村の作る武器はあんたらのより上等だ。自分に力を貸してくれたら、武器をやるよって。僕ね、強い手下が手に入ったから、ゴーダンなんか目じゃない、自分につけって誘われたんだ。まさか、つけられて村の位置を教えることになるとは思わなかったんだろうね。ほんと、馬鹿だ。」


 ゴーダンは、少年の言葉を唖然として聞いていた。

 頼りになる兄貴みたいな存在だと思ってた人だった。

 いつも自分を立てて、率先して従ってくれた。

 だけど、そんな風に思ってたのか。

 自分が調子に乗ったばっかりに、こんなことになってしまって・・・

 かみしめた唇から血がしたたり落ちる。

 それを、少年は、優しく指で拭いた。


 「ねえ、ゴーダン。ミルはみんなを引き連れて、盗賊の所に行ったんだと思う。村の敵を討ちにね。でも・・・僕らは生きなきゃ。生きて、この村を覚えていよう。僕たちが生きている限り、村も村の人達も思い出の中に生きていられる。ね。お願いだ。死に急ぐことだけはしないで。」

 ゴーダンは、少年の顔をじっと見た。


 「分かったよ、ラグ。俺たちは明日、村を出よう。そして生き延びて、村のみんなに顔向けが出来るように、生き延びてやろう。」


 そうして、村からは人がいなくなった。

 そう、ありきたりな話である。

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