第18話 元カレ
「ちょ、ちょっと、嬉子っ!あんた、顔、真っ青よ!?」
「え?」
「店員さんに温かいお茶か何か貰う?」
店に戻れば私の体調が悪そう、と友人達が騒ぎだした。
それに気づいた鹿島さんが慌ててタクシーを呼んでくれて
「井之頭、タクシー呼んだからとりあえず帰ってゆっくり休めよ」
「え?あ、そう、ですね…」
私は持って来てもらったお茶を少し飲んで、また外に出る事となった。
出る際に壁にかかっていた鏡に私の顔が映る。
体調が悪くは無いが、確かに顔色は悪い。
外に出るとつい先程まで見ていた景色と何だか違って見えるのは何故なのだろう。
すると、音を立ててドアがまた開くと同時、目の前にタクシーが停まった。
タクシーのドアが開くと鹿島さんに、〝上手くやれよ″と背中を力任せに叩き、乗り込んでアパートの住所を伝えた。
ゆっくりと発進し、流れて行く景色が妙に虚しく見える。
そして、タイミング良いのか悪いのか、流れて来た有線に苦笑いを浮かべるしかなかった。
誰もが知っている『夏の女王』と言われる歌手の曲。
「そうそう。残されるのは結局、何でも知ってる女、なんだよ」
何気無く呟けば運転手さんがちらり、とルームミラーを覘いた気配がしたが、何も言わずに前へと視線を戻す。
たまに声を掛けて来る運転手さんがいるけど、今回の運転手さんは空気が読める方で有難い。
10分ほどで到着し、タクシーを降りるとポストを覗く。
あれから通販会社も直ぐに対応してくれたお蔭で事無き終えたが、どうしても不在表が入っていない事を確認しないと安心できなくなった。
ーーー
昼前に昨日、合コンした1番仲の良い友人からお昼を一緒にしないか、と誘われ待ち合わせのファミレスに着くと、横には案の定、鹿島さんがデレデレ顔で座っていた。
「ふ〜ん。上手く行って付き合う事になりましたか〜」
「そうなんだ。お前には1番に話しておかないといけないだろ?」
「そのね、結婚前提でお付き合いする事になったの!きゃは!」
ハートマークが多量に飛びまくる2人を目の前に、私はおっさんみたいに、けっと言葉を吐き捨てた。
しかし、友人が嬉しそうにしていると、何故か許してしまえる、というか、鹿島さんの事はどうでもよくなる。
元々、人に執着するタイプの人間ではない私からすれば、『鹿島さんを引き取ってくれてありがとう』という感じなのかもしれない。
『男なんて浮気をする動物』
課長の会話を聞いて涙も出なかったのは、そこまでショックじゃなかったのかも。
それに課長は私に何をしたかったのか、なんて考えたって分かる訳もない。
私には恋愛は似合わない。
どうせ私はって何処かで諦めてる。
誰かと結婚して、子どもを産んで、とか全く想像がつかないのもそのせいなのかな。
いや、期待しとかなければ、裏切られたって傷つく事もないのだから。
期待しない。
全ての事に。
でも、それでも莫迦な私は、アイフォンを何度も覗いてしまう。
期待したって無駄なのに…。
楽しそうに話す2人を微笑ましく見ながら、頭の片隅でそんな事を考えていた。
夕方まで話続け、そして、最後に私は『友人と先輩をお願いします』と2人に頭を下げ、笑った。
ーーー2人と別れ、スーパーに立ち寄り夕飯の材料とビールを買い込んだら、両手に持ったエコバックが重すぎて手が痛い。
「買い過ぎだっつーの。私は莫迦か」
1人で突っ込んで不貞腐れ、頑張って運んでいたのだが重さに耐えられず、つい道路に荷物を下ろした。
「あー!もう!何でこんなに買っちゃったかなぁ!」
私の莫迦!と独り言を呟いた時だった。
「嬉子?」
その声に顔を上げれば
「え?…やだ、」
「「久し振り」」
それは、3年前別れた元カレだった。
あんな感じで別れていながらも、私達は友達に会った時と同じ対応をしてしまい、思わず顔を見合わせて笑っていた。
挨拶抜きで元カレは荷物を心配してアパートまで運ぶ、と申し出てくれた。
勿論、断ったのだが、さっと荷物を持ち上げ、どっち?と聞かれた時には、断りづらくなってしまい、結局、行為に甘えることに。
「嬉子ってこんな処に住んでたんだ」
「え?知らなかったっていうか、来た事無かったっけ?」
「あぁ。俺達、4年付き合ってたけど、嬉子は一度も部屋に呼んでくれなかった…」
「えー?そうだっけ?」
「毎回、俺の部屋だった」
「記憶にございませーん」
「嬉子らしい。…ところで、」
「あ、そこ。2階建ての水色のアパート」
「あぁ、でさ、嬉子。この荷物の量って事は男と暮らしてる?」
「えー?男がいたらこんな大荷物1人で持つわけがないでしょ。ったく、1人者に気を使ってよ」
「へー。…なら、部屋の中に入れてくれよ」
そう言って、元カレはいやらしい顔をして私の腕を掴む。
鹿島さんにキスされた時は触られなかったから分からなかったが、腕を掴まれただけで鳥肌が立った。
放して、と言おうと口を開いた瞬間、何かが口の中に入り、思わず飲み込んでしまった。
途端に苦みが広がる。
「っ!?っかはっ!な、なにっ!?」
振り払おうとしたが、今度は上手く行かずに両手首を掴まれ、驚きの余り元カレを見上げた。
その私を見る目は、殺気ががっている。
「3年前、店に置き去りにしやがって!俺がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってる!」
いきなり3年前の話になり、私はあの時の事を必死で思い出そうとしたが、思い出せない。
「お、覚えて、ない…」
「だろうよ!浮気しといてその男は弟だと言い張って!店の中で俺が器の小さい男、と罵った挙句、店に置き去りにしたんだぞ!どれだけ哀れな目で見られたか!」
「だから、仕返ししてやろうって!?」
「そうだよ。先月、お前が男2人とホテルから出て来る処見てな。お前が若くていい男とイチャついてるの見たらあの時の事思い出したんだよ!でも、不感症だったお前が2人も相手に出来るようになったんだろ?試させろよ」
「ちっ、違う!勘違いしないで!あれは弟、っていうか、あの“なりすまし”はアンタなのね!?」
「あ?なりすまし?はぁ!?俺はあの日のお返しに、1回お前を犯せればいいんだよ!」
手早く両腕を後ろで掴まれ、私のカバンから鍵を取り出す。
引き摺られる様に部屋の前まで来ると、躰が熱くなり膝がガクガク笑い始めた。
このままでは本当にヤられてしまう。
「はは!楽しみだな!イきまくってる処、写真とか動画も撮りまくってやるからよ!こんなに上手く行くなら、色々買って来ればよかったぜ!」
「ヤッ!誰か、」
助けを呼ぼうと涙声を振り絞った瞬間、元カレは玄関ドアに倒れた。
鈍い音が木霊す中、私の躰は、元カレを殴り倒した人に抱き締められていた。
うそ、と言ったつもりが、うしょ、と出ていて、私は震える手で口を押える。
「こ、こうじ、しゃんっ、」
何度か私の頭を撫でた課長は私を放すと
「ったく、人の女にちょっかい出してんじゃねーぞ。嬉子。こいつ警察突き出していいな」
聞いた事も無い低い声で、元カレの襟首を掴み携帯を取り出した。
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