第17話 儚い夢
※なりすまし行為が出てきます。
何故、とか、どうして、とか考えたいのに、頭が働かない。
ねっとりと舌を絡められ、どちらともない唾液が私の口端から零れ落ちる。
堪らず背中に腕を回し課長を抱きしめれば、苦しいくらい抱きしめ返されて、腰が砕けて彼の腕に落ちた。
それでも課長はキスを止めず、何時の間にか2人して床に座り込んでいた。
キスをされている、という事だけで、嬉しくて泣けてきてしまう。
ずっと触れられたくて、触りたくて。
再確認してしまう。
課長が、幸司さんが好き、だと。
愛子とどんな関係でいようが、見合いをしてようが…。
ゆっくりと唇が離れ、私は課長の顔を見る事が出来ずに彼の肩に顔を埋めた。
息を吸い込むと、課長の匂いが胸いっぱいに広がる。
たったそんな事でも幸せに感じてしまう。
暫く顔を埋めていると課長は私の頭を撫でながらバツが悪そうに、昨日は悪かった、と侘びを入れてきた。
「完全なるヤキモチだ」
「え?」
慌てて顔を上げれば、困った顔で笑っている。
でも、私の好きな優しい顔で。
「言い訳は金曜にするから、夜あけとけ」
「え?」
「鹿島と合コンなのも知ってる。お持ち帰りされるなって事だ」
「え?」
話しについて行けずに顔は真っかにしたまま私は、『え』を連呼していた。
そんな私を見て、課長は笑いを堪えながら頭を撫でる。
「お前のそう言う処が可愛いと思う。終わったら迎えに行くから連絡をくれ。あーーー、お前は暫くしてから帰ってこい。“何かありました”って顔だからな」
そう言うと、課長はネクタイを締め直して、資料室を出て行った。
『…私の勘違いでなければ、金曜日は、お・と・ま・り!?(ぎゃ--!)早とちりじゃなきゃいいけど、その、課長も?(あんぎゃーー!)…じゃぁ、愛子とは何もないって事?そう言う事も、全部、教えてくれるの?で、ヤキモチって、き、昨日の事、だよね!?』
正座をしたまま考え込んでしまい、足が痺れて動く事が出来ずに、泣く事になった。
そんな私は帰りは早めに帰社。
勿論、会社近くのデパートに向かう為だ。
ここ2〜3年、下着なんて近所の衣料品店で上下セット980円のヤツしか買ってないので、勝負下着を意気込んで見て回ったのだが、超が付くほど脳内がアホ子になっていて、完全に挙動不審者。
でも、優しい店員さんが見繕ってくれ、気に入る物を購入する事が出来た。
そして、背中のぜい肉を上手い事持って行けば、なんとまぁ!谷間は出来なくても、それなりに胸があるように見えるではありませんか!
店員さん、凄い技術をお持ちです。
なんて感心していたら、普段だったら絶対に履かないサーモンピンクのスカートを買っていた。
スカートに合わせたルージュも買うと、準備万端でデパートを後にした。
「機嫌よく帰って来たのに、」
アパートにたどり着いて、私は思いっきり眉間に皺を寄せている。
ポストに入っている数枚の不在表に天国から地獄へ落とされたからだ。
届け先は私の名だが、送り主が全て誰でも利用する通販会社。
だが、私は1度も使った事がない。
母に見た物・触った物を買え、と長年言われ続けているので、それだけは言う事を聞いている。
なので、私や慶史ではない。ましてや両親な訳もない。
葉書から申し込めるものばかりだし、誰でも書き込める『なりすまし』行為。
一昔前に流行った嫌がらせだが、これは悪戯にしたら悪質だ。
家具・電化製品と少し値の張る物を注文しているので、正式な金額は分からないけど、軽く見積もって30万円は行くだろう。
折角いい気分だったのに、こんな事で気分を害されるだなんて。
「脇谷?それとも、愛子?」
いや、2人とも莫迦だけど、ここまで莫迦じゃないはずだ。
急いでパソコンを起動させる。
既に営業時間は過ぎているので、なりすましである事と、以後、同じ様に注文が入った時は直ぐに連絡を入れる様に通販会社のお問合せフォームに書きこむ。
明日、時間を見つけて消費者センターにも電話を掛けなければ…。
イライラしたままシャワーを浴び、ビールを一気飲みしてベッドに突っ伏した。
次の日、不機嫌を隠しきれないまま出社すれば、課長が楽しそうに愛子とおにぎりせんべいを食べているのが目に入り、1日眉間に皺を寄せたまま仕事をした。
で、金曜日…。
「何か、意外。鹿島さんて見た目、真面目そうだけど、話したら面白いんですね」
「そうなんだよ。俺、ちょっと人見知りする気があって」
楽しそうに会は進んで行く中、腑に落ちない事がありました。
人に告ってキスまでしといて、鹿島のヤロー、私の一番仲の良い友達に一目ぼれしやがった!
遅れてきた友人を見るなり目をハートに。
それから猛アタック始めて、友人もその気になっちゃって。
あんぐり、と口を開ける事しか出来ずに、現在、私は蚊帳の外。端っこで1人、飲んでます。(遠い目)
「皆、同い年なんだろ?何か、彼女だけ浮いて無い?」
「あー、嬉子は合コンとか苦手なんです」
「ノリ悪いのって最悪だよね」
ズバリ、と言ってくれる鹿島さんが連れて来た友達の態度にイラッとしてくる。
しかし、5対5、と言っておきながら、男4ってどーいう事なんだ。
私、話し相手が居ないのですが…。
完全にあぶれてしまった私はため息を吐き、時計を見るけど、始まって2時間経った処。
飲み放題3時間コースなので、あと1時間ここに居なきゃいけないのがツライ!
すると、机の上に置いていたアイホンが震えているのに気付き、私は是幸いとばかりに店の外へ抜け出した。
「もしもし?」
『あ、姉貴?あのさ、この前、大丈夫だったのか?』
「うん。大丈夫。ごめんね、折角来てくれたのに。課長にも誤解といたんだけど、誠一郎君にもうあんな事し合ないように言ってて」
『あはは!俺も目の前でされるとは思っても見なかったけどな。まぁ、人前では止める様に言っとく』
「人前じゃなくって。…誠一郎君の事は好きよ。でも、弟としてね。勿論、慶史が一番好きだけどね」
『そんな事知ってる』
クスクス笑って、私達は他愛もない話を暫く続けた。
『…じゃぁ、また連絡する。姉貴もちゃんと飯食えよ』
小姑みたいな台詞を吐いた弟に笑いながら通話を切り、店に戻ろうと顔を上げれば、通りの反対側に見慣れた人がスーツのまま立っていた。
「あれ?課長」
迎えに来てくれる、と言っていたけれど、それには少し時間が早い。
「もしかして、早く来てくれたとか?」
嬉しくなって頬が歪む。
手を振って私の居場所を教えようか、と思ったがこっそり脅かすのも面白いかもしれない。
悪戯心に火が付き、横断歩道を渡ってこっそりと近づいて行くと、課長は携帯を取りだし、耳に当てた。
何を話しているんだろう、と課長のすぐ後ろにあった立て看板に隠れ、聞き耳を立てた。
「…角のコンビニ?…あぁ。…いや、俺の部屋じゃなく、ホテルに。…え?分かった。ラブホの方が良いならそっちで。…別にやる事は一緒だろ。別にどこでも構わない」
何を言っているのか理解出来ずに、口元を抑えて固まる。
立て看板から現れる悪戯が出来ない私を他所に、課長は待ち合わせのコンビニの方へ歩き始めた。
そして、直ぐに私のアイフォンが震えた。
『急用が出来た。明日、連絡する』
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