第15話 残業
※冒頭、回想が入っています。
初恋は小学3年生の時。
障がい児とまではいかないが、ちょっと他の子と違う行動をする子がいた。
所謂、グレーゾーンの子っていうヤツ。
その生徒の補助をする為、教員が1人ついていたのだけれども、その先生がまだ若く男前な先生だった。
その生徒の面倒を見るのが私の仕事でもあったので、私は先生とも仲が良く、段々好きになって行った。
憧れだったのか初恋だったのかは区別はつかないけれど。
慶史には幅広い友人がいた為、毎日の様に男友達が家に遊びに来ていた。
常に男がいる状態だったからか家族感覚で、莫迦言い合ったり喧嘩したりが日常だった。
男を男と思っていなかった私に彼氏が出来たのは高校の卒業式。
他校の生徒で、何度か見かけて好きになった、と告られて、初めての告白に大喜びして付き合う事にした。
お互い初めてで緊張しながらホテルに入って、Hをしたのを覚えている。
入れる所が違って『違う』を連呼して、漸くちゃんと入ったが痛すぎて『痛い』を連呼したのが今なら笑える思い出。
だけど、デートする度に慶史の友達に会い、話しただけでヤキモチを妬かれて面倒臭い男だって分かった。
短大が遠かったので私は家を出て1人暮らしを始めたのだが、慶史が親と喧嘩をしてアパートに逃げ込んで来る事が何度もあり、付き合いだして7ヶ月目、慶史が寝ている処に彼が遊びに来て、二股と勘違いされた。
まぁ、遠距離ともあり結局別れたが、それから半年後に出来た彼氏も慶史に勘違いをして1年で別れる事となった。
だから慶史と会ったりするのも部屋に上げるのも平日の昼間にした。
付き合うようになったら男のスケジュールも把握しておき、出張や帰省している時に慶史と会うように心がけた。
…慶史の存在を知られないように。
こんな付き合いばかりしてきたせいか、どう長続きさせるか、という事ばかり考えていた。
それに、小学3年生の時、先生に恋をしたのが最後、私から恋をしてどうとか、という事が無い。
「恋に恋をしていたのかな…」
何も口に含む気にもなれずにシャワーを浴びて化粧を落とし、項垂れた格好のまま暫くお湯にうたれた。
力無くベッドに潜り込んだが鹿島さんとの約束を思い出し、ヘッド部分に置いてあるアイフォンを手探りで探す。
友人に合コンを知らせようとアイフォンの画面を操作すると、課長からの不在着信とメールに飛び起きて正座してしまった。
恐る恐るメールを開けば
『飯はいつ行くか?ホテル代も請求してくれ』
と書かれており、思わずむっとする。
彼女がいるのに部下とはいえ女を食事に誘う行為が信じられない、と呆れてため息を吐いた。
いや、この人は変に律儀だから借りを返さないと気が済まないのだ、と思うようにして返信しようとした。
手が震える。
『お疲れ様です。本当に誰にも言ったりしませんから安心して下さい。だから食事も無かった事に。ついて来て頂いたのでホテル代くらい出させて下さい。井之頭』
と打ち込み、送信した。
そして、すぐに
『分かった』
とだけ返事が。
自分から断る事をしておいて、あっさり課長が引いた事に余計悲しくなる。
「幸司さんの、ばか…」
アイフォンを放り投げ、枕に顔を押し当てると自然と涙が出て来た。
そして、子どものように泣きながら眠りに就いた。
***
その週末、私は実家に戻り、久し振りに親孝行とばかりに買い物に付き合い、たくさん話をしたら母はいつも以上に笑顔になってくれた。
帰り、駅まで送ってくれた父に、たまに帰ってお母さんに顔を見せてやってくれ、と言われた。
慶史が高校を卒業して家を出て行き、それまで騒がしい毎日だったのに、急に家が静かになり、やれやれ、と思ったのはほんのひと時で、母は急に寂しさを覚えるようになった。
子ども達といる時間が多く、友達という友達が居なかった母。
同じ県内とはいえ、実家と今住んでいる場所は特急で1時間。
私の住んでいる処に遊びに来たくても、乗り物酔いしてしまう母にはきつい道のりだ。
淋しい思いをしている母を思うと、やはり家に帰る回数を増やしてあげた方がいいのかもしれない。
父に、来月も帰る事を約束して、車を降りた。
あれから鹿島さんと話す機会が増え、給料日に合コンの打ち合わせと称して食事に誘って貰った。
そして、課長と愛子がよく話している処を見るようになり、私は課長を避けるようになった。
ーーー
お疲れさーん、と次々に社員は帰って行き、社内には私1人に。
ここの支店は事務員が居ないので、入社した時から何故か事務の仕事もさせられている。
月末で〆るべきモノをやらないと帰れないので、月末は最後に帰るのは私の仕事になっていた。
ロッカーに寝袋も用意しているので、余程の時は客間のソファーで寝泊りする。
アパートよりも防犯がしっかりしているし、深夜、1人で帰宅するよりも会社に泊まった方が安全なのだ。
パソコンに数字を入力して間違いがないか記入漏れがないか確認していると、アイフォンが震えている事に気づいた。
見れば“誠一郎”と表示されており、電話に出るか迷ったが思い切って通話を押すと
『嬉子さーーーん!もう、電話に出てくれないかと思ってましたぁーーー!』
泣きに近い誠一郎の声が聞こえ、思わず笑ってしまう。
本当にイケメンが台無しだ。
『月末だから、まだ会社に居ますよね。あの、今、会社の玄関前に居るんですけど、その、入っても大丈夫ですか?』
「え?」
皆、確かに帰社したはずだが、慌てて周りを見渡す。
部外者を本当は入れる事は駄目なのだが、自分の知り合いだからいいか、と安易に
「う、うん。私しか居ないからいいけど、」
と返事を返していた。
そして、何分もしないうちに入り口が開き、誠一郎と
「慶史…」
バツの悪そうな面をした生意気な弟が一緒に入って来た。
もう、それだけで許してしまえるのは、慶史が可愛くて仕方がないのかもしれない。
「ど〜〜〜のツラ下げて会いに来たんだ〜〜〜?」
意地悪く聞いてやれば
「こんなツラだよ!」
とガキ丸出しで口を尖らせる。
もう、それが可笑しくて、私はお腹を抱えて笑った。
この時間出れる、という事はbarが休みなんだ。
本当に姉離れ出来ない可愛い弟。
「ほら。此処まで来たって事は貢物持って来たんでしょ?」
ほれほれ、と手を出せば誠一郎は何時も通りの私だ、と安堵して泣き、その困った弟2号に泣くなよー、と体当たりして遊んでやる。
そして、差し出された紙袋を覗き、私は歓喜の声をあげた。
「チロルー!それも箱買いとな!おっとなー!」
「5箱くらい買おうかと思ったんだけどよ、在庫が無いって2箱しか売って貰えなかったんだよ」
「いやいや、嬉しー♪」
「で、これはマスターが夜食にって作ってくれたんで、後で食べて下さい」
透明パックに入ったバランスのいい夜食に目を輝かせた。
料理は作れない訳では無いが、どうしても1人だと手を抜いてしまいがちになってしまう。
こういったモノを差し入れされると本当に嬉しい。
思わず背伸びをして2人の頭を撫でてやると、慶史は照れ笑いしている。
「嬉子さーん!」
誠一郎は嬉しさを隠しきれていない。
私に抱き付くのだろう、と思っていたら、チュッとリップ音響かせるキスを。
キスなんてされるとは思っていなかった私は、鳩が豆鉄砲くらった様に目を丸くして誠一郎を見上げていた。
その時、ドンッ、と壁を力ごなしに叩かれた音に私は躰を強張らせ、恐る恐る入り口の方を向けば、怒りを露わにした課長が、立っていた。
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