第10話 お誘い

「お疲れさーん。先に帰るぞー」


「「お疲れ様でーす」」


支店長が軽く手を上げ、出て行くのを見送ると私も一息入れようと椅子から立ち上がり、背伸びをする。

既に7時半を回っており、流石にお腹が自己主張を始めた。


『…お腹空いたなー。帰りたいなー。』


しかし、この書類だけでも今日中に上げておかないと、他の仕事に影響してしまう。

大きくため息を吐いて給湯室に向かった。

コーヒーメーカーにマグカップをセットした処でスマホが震えだした。

見れば高校からの友人。


「やっほー、久し振りだねー。元気?」


『元気元気!って嬉子の方は元気なの?最近、全く連絡くれないんだもの』


「んー、ちょっと色々あって忙しくってさ」


『男?』


「男だったらいいんだけど、仕事よ、仕事」


『なーんだ。男出来て忙しいんじゃないんだね。それは好都合』


「何よ。その好都合って」


『実はさぁ、今度ね合コンと言う名の同窓会をする事になったの』


「何よそれ(笑)」


『この前ね、ばったりクラスメイトに逢って話しているうちにすっごい盛り上がっちゃってさ。何時の間にか仲良い友達集めて合コンしようって事になっちゃった訳』


「はぁー?」


『でさ、そいつ、高校卒業する時に嬉子に告白しようと思ってたのに出来なかったらしいの!で、連絡とってるって言ったら、呼んでくれー!って頼まれちゃたの。ね、お願い!男いないんでしょ?』


「いないけど、それよりも、誰?そいつの名前、教えてよ!」


『ぐふふ、当日まで内緒なのだ』


「あ、嘘だな。そうやって私を舞い上がらせて!おびき寄せ作戦だ!」


『ふぉっふぉっふぉ。本当に居るんだな!ま、そんな事よりも、参加できそう?』


「んーーーー。そうだね。久し振りに皆にも会いたいし。それ日にちと場所決まってるの?」


『まだ。とりあえず男7・女7で集まろうって事と、嬉子の弟のバーがあるでしょ?逢った奴がそこの近くに兄弟が店を出したから、そこを使って欲しいって事だけなの』


「そっか。私の希望としては来月にしてくれると助かるかな。今月は忙しくって無理だから」


『来月、ね。了解。一応伝えとく。女共は何時ものメンバーが集まるから。皆にも嬉子が来るって伝えなきゃ』


「何か、やたら嬉しそうね」


『勿論。嬉子ったら合コン誘っても来てくれないし。年に1〜2回しか会えないから嬉しいの』


「あら、嬉しい事言ってくれるわね」


『本当の事だもん。あ、ごめん!キャッチ入ったから切るね。また決まったら連絡する。じゃーね』


「はいはーい」


スマホを耳から離し、思わず微笑む。

合コンは基本、好きでは無い。

どちらかと言うと人見知りの気があるので、どうしても浮いてしまう。

気の知れた連中なら、莫迦して、騒げるのに。


しかし、同窓会か。

確か成人式後と25歳の時に有ったはずだが、参加出来ていない。

そう考えれば10年ぶりだ。

特に3年生の時のクラスは男女とも仲良く、事ある毎にカラオケに行ったりボーリングに行ったり、と皆で遊びわまったっけ。


「皆いい年こいたおっさんとおばさんになってるんだろうな」


独り言を言って思わず笑ってしまう。


『…さて。8時半には帰れる様にしようっと。アメリカンにしようかな〜。でも、カプチーノも捨てがたいな〜。』


何にするかボタンの前で指をウロウロとさせていると、またもや横から強い衝撃を受け、私は思わずよろけた。


「なっ!」


こんな事をするのは、あの男しか居ない。


「何で、愛子ちゃんにあんな物言いしたんだ!フォローしてやるのが先輩の仕事だろうが!」


「…仕事をしない馬鹿男がよく言えた台詞ね…」


「なっ!なんだと!」


「入社した時から何も進歩してないんだから。此処まで莫迦だと、本当につける薬は無いわ!」


「女のくせに、生意気なんだよ!てめー!」


「…同期といえども私の方が2つも年下で、尚且つその生意気な女が先に出世する事を知ってあんな事したのね。アンタみたいな男の事を“女の出来損ない”って言うんだよ!」


「っ!このクソ女!」


脇谷はコーヒーメーカーに置いていたマグカップを床に投げ捨てた。

それは勢いよく床に当たり激しい音を立て砕ける。

驚いている私の髪の毛を脇谷は掴み上げると、思いっきり腕を振り上げた。

その時。


「おい!何やってる!脇谷!」


課長の声が轟き、脇谷は慌てて後ろを振り向いた。


「ったく!忘れ物して戻って来てみれば!脇谷!お前も大概にしろ!井之頭に突っかかって何が楽しいんだ!前回の事もお前が自分でかけたんだろうが!」


「か、課長!酷いっすよ!何で毎回、井之頭ばっかり庇うんですか!」


「庇う!?本当の事、だろうが!お前は小学生か!何時になったら子どもを卒業する!いい加減、大人になれ!ここは仕事をしに来る場所だ!遊ぶ場所じゃねー!」


課長の怒りもピークだったのか、蟀谷に青筋が立っている。

流石に怒られ慣れた私でも怖く、竦み上がり身を縮めた。


「仕事する気が無いんなら、帰れ!」


長い腕が伸び、脇谷のスーツを掴むと給湯室から放り出す。


「ひっ!」


バタバタと足音が遠ざかって行くのを聞きながら、私はその場に座り込んでしまった。


「い、井之頭!?」


「ふ、っ…、ジダーーーン!」


「はぁ!?新しい男の名か!?」


「違います!私の心のオアシス!何時も使っているマグカップの猫です!あの莫迦男に割られちゃったぁーーー!」


「あ、あの黒と白のえーーーっと、ハチワレ柄の猫か」


「そうです!」


「買ってやる!俺が買ってやるから!泣くな!」


「泣いてません!怒ってるんです!ジダンは脇役だからあまりgoodsでないのにー!」


「っぷ!泣きながら怒れるとかお前、凄い技使えるんだな」


急にゲラゲラと笑い出した課長はしゃがんで私に目線を合わせた。


「威勢のいいのがお前のイイ処だ。でも、使い方を間違うな。脇谷はアホだからいいが、他の男だったらお前、問答無用で犯されてるぞ?」


「え?」


「ほら。シャツの胸元…」


何時の間にか課長の指がシャツのボタンにかかる。

あれよ、と言う間に一番上のボタンが外され、その胸元に冷えた指が。



ぐぐぐぐぐ〜〜〜〜。



「お、お前っ!こんな事されて叫ぶなら分かるが、腹が鳴るなんて!っ、ははは!」


1人でパニックになっている私を置き去りに、課長はお腹を抱えて笑い出し私を立ち上がらせた。


「ったく。何、真に受けてんだ。あぁ、ここは俺が片付けといてやるから、お前は荷物取って来い。飯食いに連れてってやる。何がいい?」


課長にからかわれた、とやっと分かった私は顔を真っ赤にして


「味噌ラーメン!餃子にチャーハン付きーーーー!」


給湯室を飛び出した。






ーおまけー

「おいちゃーん。替え玉1つー。柔目でー」

「あいよー」

「…」

「あれ?課長、食べないんですか?替え玉頼みづらいんなら私、頼んであげますよ」

「自分で頼めるわ!」

「あ、チャーシュー残ってるー。可愛い部下の為に残してくれてたんですねー♪課長大好きー(ハート)」

「あ!それは最後に食べようと思って、って!!!マジで俺のチャーシュー食いやがった!……だからお前は嫁の貰い手が無いんだ(涙)」

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