第4話 ご褒美※
「ーーー、おい、起きろ、この寝坊助」
その声に私は勢いよく飛び起きた。
「え?やだ!遅刻!?」
「っははは!お、お前、起きそれしか言えねーのか?」
余程ツボだったのか、ベッドに腰掛けていた課長はゲラゲラと笑い、膝を叩く。
私は状況が把握できず、キョロキョロと辺りを見渡した。
『え?あ、まだ、課長の家だ。って事は私、あのまま寝ちゃって…。』
何だかんだ寝てしまっていたようで、ちょっと安堵する。
彼女とご対面せずに済んだ事は有り難かった。
『…全く図太い神経だなぁ私。処であの彼女さん何時まで居たんだろう…。』
もしも、彼女さんが部屋に乗り込んで来たら、修羅場になってたのは確実だろう。
恐ろしくてゾッとする。
「か、課長…」
「目、覚めたか?8時前だ。いい加減腹減ってないか?」
その途端、匂って来た香ばしい匂いに再度、腹の虫が自己主張を始めた。
「…お恥ずかしながら。運動させられましたので異常なくらいお腹空いてます。が、あの、服は?」
「あー、その、悪い。スーツを汚してしまってな。クリーニングに出したから、これ、着とけ」
手渡されたのは、女性用のパジャマだった。
それも使用感がある物。
顔には出なかっただろうか、と思う程、胸が痛むが、私は彼女でも無い。
『…こんな時は、自分のスエットでも貸してくれなきゃ。私、今、これを着ていた彼女さんに凄いヤキモチ妬いてるんですよ』
パジャマを握りしめて、口から出そうになった言葉をかみ殺す。
たかが一度、抱かれた位で女面とか。
課長にとっては大人の関係で割り切れていても、それを割り切れない幼い自分に腹が立つ。
「それと、下着はMサイズでいいか?」
封を開けていないショーツを手渡され、課長を凝視した。
「コンビニで買って来た」
ちょっとだけ、顔が赤い?
女性の下着を買うなんて、恥ずかしかったはず。
態々、私の為に買いに行ってくれたのか、と思うと急に嬉しさが込み上げる。
「あ、ありがとうございます…」
「スーツは9時までには届くから、心配すんな。服着たらリビングに来い。飯出来てるぞ」
課長は何時もの様に私の頭をくしゃくしゃにして部屋を出て行った。
パジャマと下着、交互に見遣る。
『…畜生、この女啼かせめ!』
目を閉じて大きくため息を吐ききると、私はパジャマを着てリビングに向かった。
ドアを開けると香ばしお匂いが一層濃く漂って来て、ぐぐぐ〜、とお腹が鳴り響き、課長は笑いを必死にこらえている。
やばい。その顔、ちょっと好きだなって思ってしまう。
「ほら、そんな処に突っ立ってないで、こっち来い」
顔を真っ赤にしてると、対面キッチンのカウンターの椅子に座る様に促され、私は目の前のご馳走に歓喜の声を上げた。
「すっご…。これ、作ったんですか?」
「肉は焼くだけだし、スープも温めるだけで、コレと言って手が掛かった訳じゃない。さ、食うぞ」
椅子に座り、ぶ厚いステーキを切ると大口を開けてそれを頬張る。
「ん〜〜〜!すっごく美味しい!」
何時もの様に幸せそうに食べれば課長の目尻も下がり、そうか、と何処となく嬉しそうに食事を始めた。
『…この料理も、別れた彼女の為に、』
そう思うと、少し暗い気分になった。
「どうした?不味いのか?」
「え?ち、違いますよ。次、どれ食べようかなって迷ってたんです。あ、ご飯食べたら、お風呂貸して下さい」
それに残り少ない二人の時間に、私は寂しさを感じていた。
少しでも一緒に居る時間を増やしたくって。
食事が終わりお風呂を借りる為、脱衣所に向かったはいいが、案内してくれた課長が服を脱ぎだし私は慌てて背を向けた。
「ななな!何で課長まで、脱ぐんですか!」
「名前」
「こ、幸司さん!」
「いいじゃねーか。…何だ?お前、脱ぐの手伝って貰いたかったのか?気が利かなくて悪いな」
そう言って後ろから手が伸びて来て、パジャマのボタンを外しにかかった。
パニくっている私はただ、顔を赤くして言いなりになる事しか出来ず、耳の後ろにキスされ、露わになる躰を気持ち良くしてくれたあの手で触られ、甘い声を漏らす。
さほど大きくも無い胸を後ろから形を確かめるように手、全体で撫でまわされ、掴まれた。
…洗面台の前で1回戦、だったのだが、先にイッてしまった私に不満だったらしく、課長は風呂場のドアを開けて私を椅子に座らせた。
気持ち良過ぎて、虚ろな顔になってい私に課長は、躰を洗ってやる、と言ってボディーソープをまんべんなく躰につけていく。
躰を洗ってくれているはずだったのに、いつの間にか四つ這いにさせられ、まだ勢いを失っていない塊を挿入されたのだった。
終わった後も、躰も隅々まで洗ってくれたのは有り難いが、洗ってやったんだから俺も洗ってくれ、と。
余程、私が顔を赤くするのが楽しいのか、散々、苛められた。
流されっ放しの私も悪いのだが…。
しかし、SEX依存症になる人の気持ちがちょっとわかってしまったかも。
本当に気持ち良すぎる…。
それに、長い時間お風呂に入っていたのは初めてで、
「もう!信じられない!あんな処でヤるなんて!」
テレビ前にあるソファーに横たわり、額にビールの缶を当てながら課長に文句を垂れる。
暫くしてやって来た課長は
「お前が面白い程反応するから、余計苛めたくなるんだよ」
笑いながらガラステーブルの上にブランデーのかかったバニラアイスを置いた。
「わぁ♪」
アイス一つでご機嫌になった私は躰を起こして、大口を開けてそのアイスを頬張る。
「ん〜〜〜!絶品!」
「こんなので機嫌が直るとは。お前も簡単だな」
「何とでも言って下さいな」
上機嫌の私の隣に腰を下ろす。
「お前、明日、明後日の予定は?」
「彼氏も居ない女が週末する事って言ったら、掃除と洗濯くらししかないじゃないですか」
「十中八九そうだろうとは思っていたが、」
「なら、聞かないで下さいよ!」
「くくく、悪い。なら2日間付き合え」
その言葉に私はアイスの塊をごくり、と飲み込んでしまった。
「朝、頑張ったらご褒美をやるって言ってただろ?」
『…ご、ご褒美って…』
私は思わずエロい事を思い浮かべてしまい、顔を赤らめてしまう。
他の事を、と思うのだが、やはり昨夜からの事を(ついでに先程の事も)考えると、どうしてもそっちの方に考えてしまう。
決して私が常にエロイ事ばかりを考えているのではない、と声を大にして言っておこう。
「ほら、スーツ届いてるから着ろ。今からお前の家に寄って、着替えを取ったら出発するぞ」
「え?何処か遠出、ぁ、」
あの時、修羅場ってた二人を思い出し、私は声を詰まらせた。
気持ちを悟られまいと笑顔を作ってお礼を言い、寝室に行き服を着替えた。
彼女と行く予定だった場所に他の女を連れて行くとかありえない、と言えれば楽なのだろうが、行く場所を楽しそうに説明する課長を困らせたくなかった。
莫迦な女だと言われてもいい。
ただ、課長の笑顔を見れればいい。
服を取りに戻り、夜の高速道路を課長は車を走らせ、目的地に向かった。
目的地は県外、という事もあり、課長は私を恋人のように扱ってくれる。
“ご褒美”その言葉通り、2日間は夢のようなひと時を過ごした。
そして、日曜日の夜。
課長の車が私のアパートの前に横着けされる。
「ありがとうございました。何か、すっごく楽しかったです」
「そう言って頂けると、誘った甲斐がある」
微笑みながら課長は私の頬を撫で、顔を寄せるとキスをした。
最後のキスだ。
目を開けるとそこにあったのは、仕事仕様の課長の顔。
『…あぁ、これでお終い』
「では、これで失礼します。南課長」
「あぁ」
短く返事を返され、私は車を降り、振り向く事無く部屋に向かった。
車が遠ざかっていく音を聞きながら玄関を開ける。
そして、部屋に入ると久し振りに声を上げて泣いた。
それ以来、彼が私を名前で呼ぶ事はなかった。
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