第4話 老人を狙う詐欺の手口はいつもイエスマン

 春樹の祖母にもあたる九十歳の女性オーナーは言った。

「今まで内緒にしてたことだけどね、誰かに聞いた欲しかった話。実は私は後期高齢者詐欺にひっかかりかかったんだよ」


 春樹はびっくりしたように

「おばあちゃん、今までそんなこと、聞いてなかったよ。それなら、なぜ僕に一言、言ってくれなかったの?」

 九十歳の女性オーナーーいや略しておばあちゃんと呼ばせて頂くことにするーは、少々深刻な顔で口を開いた。

「だってそんなことを春樹に言ったら、また頭ごなしに反対され、時代遅れ、それは違う、もうおばあちゃんの時代じゃないって説教されるだろう。それが辛くて、詐欺師の甘いお世辞につい耳を傾けてしまったのさ」

 春樹は反論した。

「僕はおばあちゃんの身内だぜ。だからこそ、厳しいことも言うし、他人行儀ではなく、言いたいこともズバズバいえる間柄じゃないか。

 それとも僕の意見よりも、他人の意見の甘言を本気にするのかい?」

 そういえば、聖書の御言葉に「本当のことなどどうでもいい。私はただ耳障りのいい言葉を聞きたいのだ」という箇所がある。


 コロナ渦の前は、甘言に包まれるためならば、男性はキャバクラ、女性はホストが定番で接客料と引き換えに甘言を聞けるのであるが、老人の場合は、それも乏しいからどうしても、若者の甘言に引っ掛かるのだろうか?

 おばあちゃんはしみじみと語り始めた。

「春樹が仕事に言っているとき、集金の女性がやってきてね、この世はもう終わりが近づいていると言うのよ。確かにコロナなんてその典型だね。

 そして、私の代わりに油のこびりついた台所を掃除をしてくれたり、こびりついたトイレの尿石を取ってくれたり、ほら、ここの床の汚れも専用洗剤できれいにしてくれたんだよ」

 春樹は口を開いた。

「それって、老人専門のマルチ商法プラス新興宗教なのかな? その専用洗剤って、アムウェ〇じゃなかった?」

「そう、それだよ。でもそのアムウェ〇って値段は高いけどよく油汚れが落ちるんだよ。いくらこすっても落ちなかった汚れが、まるで魔法のように落ちるんだよ」

 ああ、これは昔流行った有名なマルチ商法であるが、復活してきているのだろう。

ということは、そのマルチ商法女性は五十代かな?

「その子が言うにはね、この世の終わりはすでに近づいていて、地球も宇宙も滅亡するときが訪れるというのよ」

 確かに始めがあって終わりがある。この地球も天体もなくなるときが訪れると聖書の黙示録で読んだことはあるが、それがいつなのかは明記されていない。

 まゆかは答えて言った。

「確かに天地創造は神が行ったものだけど、始めがあれば終わりがあるように、この世の終わりは訪れるわ。しかし、それは神様しかご存じないものなのよ。

 だから人は、そのときまで精一杯、種蒔きするように生きるしかないのよ」

 しかし過去にも「ノスタルダム〇の大予言」が流行った時期があったっけ。

 聖書の御言葉は、預かる言葉と書いて預言だが、予め(あらかじめ)通告しておくという意味の予言ではない。

 預言は預かる言葉だから、預かった言葉に責任を持った言動をし、いずれは返却しなければならない。しかし、予言というのは、天気予報や予告、予定のように、あらかじめ予想しておくということが前提だから、必ずしも当たるという保証はなく、外れることも多々あるが、それに対する責任はない。

「そして、この店が傾いたのは、斜め向かいにあったカフェ友(とも)のママがこの店の悪口を言いふらしていたからだというんだよ」

 春樹は口をはさんだ。

「僕もカフェ友のママは知ってるよ。八十歳なのに、いつもブランド物の服を着て、大きな宝石のネックレスを身につけ、ときおりラメやスパンコールのセーターを着てお洒落をしている人だろう。

 たしかにあのママは、いろんな客の批判をするし、その客がレジを通して帰った途端に、服装が派手過ぎるとか、女性が寿司屋にバイトに行っても、調理させてもらえるわけでもないし、せいぜい皿洗いと掃除くらいじゃないかという批判を言い始めるというね。

 しかし、珈琲代を貸してやったり、決して悪い人じゃあなくて、ちょっとおせっかい焼きがすぎるくらいかな」

 大阪人情カフェか。昔の長屋の井戸端会議のおせっかいおばさんと同じだな。

 おばあちゃん曰く

「私、友のママさんから言われたの。あなた、もっとお洒落しなさい、ファンデーションも塗ってきちんとお化粧しなきゃ。お洒落しなきゃ損よって。

 それはわかってるわ。でも私、肌荒れ症だから、ファンデーションを塗るとぷつぷつができるっていうこと、春樹もよく知ってることだろう。

 若い頃は、ファンデーションが肌に合わなくて肌が赤くかぶれたこともあったわ。それを隠すために、オレンジをベースにしたファンデーションを塗って顔の腫れを隠したこともあった。それ以来、私、化粧嫌いなのよ。まあ、リップクリームくらいはつけるけどね」

 実はまゆかも、荒れ性でファンデーションが合わないこともあったので、どちらかというとノーメークであり、ときどき、ディオールの口紅をつけるくらいである。

「そのことを、その子に話したらね、カフェ友のママは、あなたの店を潰そうと狙っているなんて言い出すのよ。

 そりゃあ、私はカフェ友のママのようにお洒落でもないし、学歴も乏しいし、話題も豊富ではないので、カウンターに立つのが辛いときもあった。

 しかし、まあ真面目に生きてきたつもりだよ」

 春樹が口をはさんだ。

「今更言っても後の祭りだけど、おばあちゃんももっと日本経済新聞などを読んで勉

強すべきじゃなかったかな。クラブのホステスさんは客の話題にあわすために、博学だし、政治経済のことから世の中の裏話まで女だてらによく心得てるよ」

 おばあちゃんは、急にひきつったような暗い顔になった。

「そりゃあそうだけどね。でも私、実はあまり漢字が読めないというコンプレックスがあってね、その子はそんな私のコンプレックスと、恵まれてるとはいえなかった世の中に対する恨みに付け込んだのね」

 まあ、だいたい詐欺というのは、最初は甘言で釣って、お神輿にあげたところで、まるで身内の如く相手の悩みを聞きだし、コンプレックスをさぐってはそれを大金に変えようとする。


 まゆかが口をはさんだ。

「その子って呼ぶには、もう心を許して親しくなっちゃったんだよね」

「ところがその子が言うにはね、カフェ友のままは、私を病気にさせようと企んでいるというの。だから、その前に私がカフェ友のママの方を弱らせる必要があるというのよ。やられる前にやれだよ。戦時中みたいだね」

 まゆかは勿論、戦後の人間であるが戦争の恐ろしさは、世代を超えて伝えていかねばならない、しかしやられる前に相手を攻撃するという考えは、戦争と同じである。

「その子は真剣な顔をしていうの。おばあちゃんは優しくて人がいいから、このままだったら、おばあちゃんはやられてしまう。だからその前に相手を攻撃しなさい。

 すると、相手もあきらめるだろうって」

 ねたみが嵩じて仮想敵をつくり相手を攻撃することで、承認欲求を満たそうとする。まるで仮想敵が障害の壁であり、それさえなくなれば自由奔放に生きられるとでもというように。

 それじゃあ、カフェ友のママは悪党みたいじゃないか。

 平凡な人でも、自分にとって都合の悪い人は悪党になってしまうのか。

「私に二十六万六千六百円払いなさい。そしたらカフェ友のママに呪いをかけてあげる。なぜこの値段だというと、消費税をサービスしたからだよなんて言うのよね」

 まゆかは、おばあちゃんを諭す必要があると思った。

 これは、春樹の将来のためでもある。

 













 

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