第10話 カラカラまわる

 帰ってすぐに学校から電話がきた。担任が心配して電話してきてくれたのだ。そういや先生呼びに行ったって言ってたな。大丈夫だと伝え、僕は電話を切った。

 ほぼ毎日学校に行っては小道具を作り、時には演技班に言われて監督をしてみたり。そんなことを続け、一通り終わった頃には夏休みが半分過ぎていた。

 この日僕は夏休みの課題をするために、いつも夏見と行くカフェを訪れた。なんとなく家でやるよりも捗る気がする。

 午後四時頃。カフェに着いてから六時間が経った。さすがに集中が切れてきた僕はカフェを後にし、家路を辿り始めた。

 踏切の近くにあるコンビニに寄り、アイスキャンディを買った。食べながら車椅子を漕ぐことはできないから、コンビニを出て端に寄り、アイスを食す。美味しい。

 人通りの疎らなこの場所。行き交う人々をぼうっと眺めていた。そんな中、見知った人を見かける。夏見だった。踏切の方に歩いている。僕の家にでも向かっているのか?

 アイスを食べ終え、僕はゆっくりと車椅子を漕ぐ。ちょうど遮断機が降りた。よし、追いつく。だが、夏見は踏切内に入る。そして線路の上で佇んだ。轟音と共に電車が夏見に迫る。気づいた周りの人らは叫んだり、非常ボタンを押す。だが間に合わない。僕の脳裏に浮かぶ、手帳の文字。


『自殺する』


──!!


 金属と電車のけたたましいブレーキ音が響き渡った。カラカラと空回りする車椅子の車輪。倒れた夏見は小さく呟く。


「湊……なんでっ……」


 電車が通るギリギリに車椅子で夏見を突き飛ばした僕は、夏見に覆い被さるように倒れた。線路につまずいた僕の車椅子は向かいまで飛んでいた。僕は自分の腕を使って起き上がり、左手で全体重を支えながら、未だ呆然とする夏見の胸を叩いた。


「っ馬鹿だろ、ほんとに。ふざけるなよ!」


 何度も何度も叩く。次第に拳は強くなるが、それでも僕はやめなかった。へらっと笑う夏見。


「だ、だから言ったじゃん……、私は……」

「うるさい! それで安楽死のつもりか!」


 次第に夏見の両眼に涙が溜まっていく。そして、思いをぶつけるように叫び始めた。


「私は自由になりたいの! あの子みたく死んで自由になりたいの! 私を裏切った神を裏切ってやりたいのよ!」

「何が自由になりたいだ! 何のための自由だ! 死んで自由になってどうする! 死んだらそこで終わりなんだぞ! 生きろよ! 生きて、自由を求めろよ! 神を裏切りたいんなら、この先も生きろよ! 余命なんか超えて、何年も何年も! ずっと……僕の世話をしてくれるって……言ってくれたじゃないか……」


 涙が止まらなかった。死んでほしくない。生きていてほしい。力が抜け、夏見の上に横たわりながらも僕はずっと……。

 殴る。殴る。それは必要な暴力だった。

 怒りで

 悲しみで

 優しさで

 愛で

 殴る手を止め、小さくぽつり。


「僕も君が好きだから」


 夏が壊れる音がした。花火があがる音がした。

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